最終鬼畜神 デウス・エクス・マキナ
「さて、そろそろCM終わっただろう」
魔王の間にある唯一ある調度、そいつは見た目だけは良い段ボール製の玉座に座っている。
足を運んで、完全にリラックスしている姿勢で僕に対して向き合っている。
顎を少しだけ上げて、下から見上げる様にしてニヤリと微笑んで、呟いた。
三分間もこうしてくつろいでにいたのは、コマーシャルが終わるのを待っていた為なのか。
……別に生放送じゃないのだから、そもそも待つ必要なんて無いだろうに。
そしてドッキリ被害者の前でそんな事を言うんじゃない。撮影しているのがばれちゃうだろ。
「――そう固くならないで欲しいな。提督ゥ! こんな格言を知ってる? 『TEAタイムは大事にしないとネー!』
「……」
そいつはそう言って、カップの中のダージリンをすする。
誰が提督じゃい。望月トオルは勇者である。しかもカップの中身はダージリンだし。英国繋がりでネタを被せるな。こん畜生っ!
「はぁ~、さっきちらりとまみえた時もそうだったが、どうしてボクのことを嫁を殺した敵の様に見るんだい、君は。まあ、確かにブリュンヒルデを殺害、いや、夏目メグを降板させたのはボクだけど。けれど、ボクはまだ君に対して何もしてないはずだぜ? それに先程も言ったがボクは別に君の敵って訳じゃ無いんだ。だから、お話しようぜ。勇者くん」
こちらと友好を築かんとする発言をしてはいるが、やはり腹の中には全く別の感情が渦巻いているようだ。証拠に瞳の奥は乾いている。
「……君が誰か分かっていないから、話さえ出来ないんだよ。こっちは」
「ああ、そうだった。自己紹介すらまだだったね。早速するとしよう。……と思ったけど自分について語れと言われても中々難しいな。だから、ボクのことで君が知りたそうな事を話すとするよ」
彼はわざとらしく喉の奥をくくっ、と鳴らし、ゆっくりと話し始めた。
「ボクの名前は、日向イツキ。ちょっと有能な高校生だ」
両手を広げ天を仰いで、高らかに宣言するイツキという男。
この行動にはさすがの僕も驚いた。
一応とはいえ、まだ収録は続いているのに、真名で挨拶をする奴があるか。あえてメタく言うならば、僕は役回りを尋ねたのだが。これが聖杯戦争だったら、取り返しのつかないミスだろう。……というか、テレビ的に言えば放送事故なのでは?
「……俺は勇者シグルドだ。貴公もちゃんと名乗りを挙げよ」
「いや、君は望月トオルだろ? ――ああ、役の名前で自己紹介しろってことか! いやはや恥ずかしいミスを犯してしまったね」
「イツキだっけか、しっかりしてくれよ。番組プロデューサーが泣いちゃうだろ」
僕はイツキに釘を刺しながら『どうしてドッキリ被害者が加害者を心配しているのだろう』と小首を傾げた。
「ふっ、勇者くんはとってもイイヒトなんだね」
「褒め言葉には聞こえないんだが……。それよりも自己紹介は?」
「では、気を取り直して。ボクはこの物語に決着をつける神。名前は無いが……、そうだな。デウス・エクス・マキナとでも呼んでくれ」
僕は彼に聖剣を向けながらも、即座に異世界転生小説で蓄えた豊富な知識と、ばーちゃんにつき合わされた古典的RPGの経験を組み合わせて、コイツの正体を推察した。
【デウス・エクス・マキナ_『機械仕掛けの神』とも呼ばれる作劇用語のひとつ。混乱に陥った局面に際し神といった絶対的な存在が登場し、劇中の登場人物たちの運命を決定し、強引に幕引きへ持っていくことを指す。
あくまでも機械仕掛けの舞台装置からでてくる神であり、機械でできた神、もしくは神に等しい力を持つロボットやプログラムでは無いので注意。
……かくいう僕も最近まで後者の意味だと思っていたが】
「という訳でよろしくね。勇者くん」
「……ちっ」
イツキはティーカップを置き、両手を広げて答える。
剣先を向けられているにも関わらず、余裕の表情を崩さない。
これ以上の圧力は全く意味をなさない。僕は聖剣を鞘に収めた。
「うんうん。それでいい。これでゆっくり話し合いができるってもんだ。君もそう思うだろ? 勇者くん」
「……お前は一体何が目的だ。いきなり現れて、魔王と戦乙女を殺してさ。デウスエクスマキナがなんだって言うんだ」
「おいおい、そう声を荒らげなくてもいいじゃないか。それに質問ならちゃんと答えるよ。何を聞きたいんだい? 勇者くん」
玉座に沈めた身体をひょいと起こし、立ち上がったイツキはそう言って、機械的に首を傾げた。
そんな姿を見て、僕は彼に対して底知れない不快感を催す。
あるべきで無いものがそこにあるような感覚、もっと言えば、劇中に観客が紛れ込み、そのまま主演を演じるような歪さを感じた。
「ほら、早く質問してくれよ。勇者くん」
「デウス・エクス・マキナといったな。お前」
「うん、その通り。神様なんだ、ボク。だから魔王も戦乙女も倒せるんだ」
「大層な神様が何をしているんだ? ……ラグナレクに決着をつけにきたのか」
「設定的にはそうだね。ジャック・オー・ランタンがラグナレクを始めた存在ならば、ボクはその逆さ」
ジャック・オー・ランタン、それは、この異世界を裏から操る真の黒幕だ。ゼウスもクロノスも彼に騙され、ラグナレクが引き起こされたという。
……まあ、個人的には、この番組を企画したプロデューサーのメタファーだと思っているが、確証は得られていない。
「だからジャックに協力する魔王を暗殺したって訳か。ではなぜ戦乙女を……」
「……めんどくさいなぁ。実に面倒だよ。勇者くん、いや、望月くん」
「はぁ? 何を言って……」
「そのままの意味だよ。だって望月くんは気づいているんだろ。この物語がテレビ局に仕組まれていた事を」
「……そうだけど、それが何だって言うんだ」
「だから、いちいち設定を語る必要もないって事さ。分かりづらいだけだろう? 視聴者も望んじゃいないだろうし」
「……」
彼はこちらを一瞥し、カメラ目線でそう言った。
口を開けば、舞台裏の話をする野郎だ。本当に気に食わない。
僕はここがヱ世界と解った上で勇者を演じているというのに……。
「面倒だから本当の自己紹介と行こう。ボクは日向イツキ。ジャック・オー・ランタン、いや、この番組のプロデューサーに直接雇われた役者モドキにして、この異世界転生劇における主人公だぁぁっ!」
彼は渾身のどや顔をつくり、高らかに宣言した。
……やはり、ジャック・オー・ランタンは番組プロデューサーだったか。
夏目メグの口ぶりからなんとなく予想はついていた事だが、それが確信に変わった。そりゃホントの意味での元凶だし、物語に登場しない訳だ。
プロデューサーがしゃしゃり出るテレビ番組なんて見たこと無い。もしそんな出しゃばりなプロデューサーがいるなら顔が見てみたいものだ。
……うん? コイツ、その後、なんて言った?
ああ、『ボクが本当の主人公だぁぁぁっ!』と言ったのか。
「……はぁ? お前なにを言ってんだよ」
「そのままの意味だよ。望月くん。魔王を倒した者こそが勇者なんだよ。だから真の主役はボクだった。それだけの話さ」
「いやいや、ちょっと待てよ。お前が何を言っているのか分かんないだけど」
「それは君が【非才少年】だからだろ。大体、君みたいな人間が主役になれるわけないだろ。ちょっとはおかしいと思わなかったの? 君はボクという真打が登場するまでの前座なのさ」
「……っ!?」
「だから、君と争うつもりはないって言っただろ。それはそうさ。争いは同じレベルでないと起こらないんだ。……これで何を言いたいのか分かっただろ」
「……まさか主役を渡せって言うのか!?」
「そうだ。よく出来ました。ってわけで最後通告だ。主役モドキくん。もしボクに主役を譲るなら、この世界の半分と脇役の座を上げよう。……不本意だけど。さあ、選べよ」
彼はマシンガンの如く一方的に喋り尽くした後、こちらに指を指してそう言った。
それに対して勇者は……、僕は……。
「そんな条件飲むわけないだろ。俺を誰だと思っているッ! 伝説の竜殺しにして不死身の大英雄、シグルドだぁぁぁっ!」
俺、シグルドは不死性を付与する鞘から、エクスカリバーを引き抜いた。段ボール製の筈の聖剣は虹色に輝きだした。そしてそれをそのままイツキに向けた。
「……はぁ、君はよほどサイアクな目にあわされたいんだ。それ以上近づいたら心の底から後悔するはめになるぜ」
心底呆れた表情を浮かべ、肩をすくめるイツキ。しかし、いつの間にか黄金刀、草薙の剣を構えていた。
しかし、俺は彼の忠告には耳を貸さず、一歩前に踏み出した。
「仕方がないな。だから、非才と天才は大嫌いなんだよっ!」
イツキは紅き制服から黄金に輝く球体を取り出して天に掲げる。
すると、魔王城内は光に包まれ、俺は思わず目を閉じる。
目を開けると、魔王城の天井は破壊され、星々が輝く夜空が広がっていた。
「ここが最終決戦の場所か。良いセンスだな」
「そうだろ。今日は素敵な日だ。星は煌めき、魔王は朽ち果てた。こんな日こそお前みたいなニセモノは、地獄の炎に焼かれてもらうぜ」
そいつはそう短く吐き捨て、動き出した。
左手を柄に添えたかと思うと、次の瞬間には既にそいつの半身ほどある巨大な日本刀を振りかぶっていた。
それは人を無力化する事に重点を置いた動作で、それが演技の為に放たれたもので無い事は明白だった。
『ファイナルベント』と軽快なエフェクト音と共に、刀身が金色に染まる。今まで見てきた中で一番派手な演出。これが彼の必殺技なのは一目で分かった。これを喰らえば、この世界という舞台を降りる破目に陥るだろう。
彼が持ちうる最強にして最悪の必殺技は俺にむかって放たれた。
しかし、一度見た攻撃を喰らうほど、俺もバカでは無い。
寸前のところで、エクスカリバーを構え直し、攻撃を受け流した。
「……外したか。ボクはいつも思っていたんだ。なんでみんな最初に必殺技を使わないんだろうって」
「バカの一つ覚えと思われるのが嫌なんだろう」
「ふっ、ははははっ。その台詞、撤回させてやる。覚悟しろ、ニセ勇者」
こうして戦いの火ぶたが落とされた。
最悪な目にあわされそうな予感と共に。




