欠界戦線異常ナシ
「ようやくここまでたどり着いたな」
「……そうね。まさか「ショゴス」の部屋からこれだけ距離があるなんて思ってもみなかったわ」
「そうだな。ここまでの冒険で一番長く苦しい道のりだった」
俺はそう呟きながら、夏目メグの言葉に頷く。
仲間たちが四天王の二人と戦う間に、魔王クロノスに強襲をかけることになった俺たち。
ショゴスの部屋を出たあと、すぐさま城内を進んでいった。
しかし、流石は魔族側の総本山である魔王城。
人間の理解の及ばない異形にして卑劣な罠が張り巡らされていた。
なのでここまでの道中は決して楽なものでは無かった。
そんな罠の例を挙げると……
何故か室内にある毒沼や唐突に放たれる吹き矢、電流が流れる床、宝箱の中にミミック、狭まる壁に転がってくる岩石、小麦粉まみれの落とし穴、平然と商売を営む商人、ラップバトルを仕掛けてくるアークデーモン、返事のないただの屍、返事だけは上手なキョンシー、事の顛末が詳細に記された下士官の手帳、部屋の角から現れるワンコ、闇カジノ、メタルなスライム。
……どれも非常に謎めいたトラップが張り巡らされていた。
ちなみにブリュンヒルデは「あらぁ〜、こんな稚拙な罠に引っかかる事ないでしょ」と言いながら、落とし穴にはまり、小麦粉だらけになっていた。
その後「もう引っ掛からないんだからねっ」と言いながら開けた宝箱がミミックで、腕をガブリと噛まれていた。
まあ、ともかくそんな感じで俺たちは若干楽しみながら、意味不明な地雷原を超えて、なんとかここまでたどり着いた。
「ここが魔王クロノスの右腕である第四天魔族に与えられた執務室だ。また魔王軍総司令部でもあるらしい。この部屋を叩き、敵の伝達網を遮断する」
「あらぁ~、よくそんな事まで知っているわね。流石シグルドね」
「フッ、それほどでもない」
――いや、本当はこの『とある下士官の独白』と書かれた手帳に全て書いてあっただけなのだが。
いざ執務室に入ると、そこは部屋というには大きすぎる空間が広がっていた。
目測だが学校体育館と同等かそれ以上の広さがありそうだ。
しかし、執務室で総司令部というが、デスクや資料棚といったものは見受けられない。
「……広いだけで何も無いな。ちぃ、期待外れだ」
「いや、待って、シグルド。アレ」
夏目メグ、いや、ブリュンヒルデは暗がりの奥を指さす。
目を凝らしてみると、無数にきらめく赤い瞳が見て取れる。
剣を構えながら近づくと、八つの首を持つ大蛇が鎮座していた。
「コイツはまさかっ」
俺は彼らに剣を向けながら、即座に異世界転生小説で蓄えた豊富な知識と、ばーちゃんにつき合わされた古典的RPGの経験を組み合わせて、コイツの正体を推察した。
【ヤマタノオロチ_日本神話に登場する大蛇の怪物。とにかくサイズがデカい大怪獣。出雲の斐伊川で暴虐の限りを尽くしたが、スサノオに酒を飲まされ、動けなくなったところを打ち倒された。和風ファンタジーの強敵】
しかし、俺が近づいてもヤマタノオロチは一切の反応を示さず、ぐったりと八つの頭を垂れるばかりだ。
試しに剣で突いてみるが、変化は見られなかった。
「ねえ、死んでるの、それ」
「多分な。登場予定だった魔物が放置されているのだろうさ」
しかし、今までの魔物と比べあまりにも手が込んだ作りをしているのに一切使わないでお蔵入りとは。
――いや、待てよ。
第二の四天王ってヒミコ。そしてヤマタノオロチとなれば……。
「フハハハハッ、ああ、そういう事か。完全に理解した」
「ど、どうしたの? あんた。突然笑いだして」
唐突なる笑い声に驚く夏目メグ。
……というか少しだけ引かれた気がする。
「いや、この台本を書き上げた人は、国民的RPGが大好きなんだなと思ってさ。四天王のひとりが『ヒミコ』だったのも納得したぜ」
「ちょっと待って。私はなんであんたが納得したのか、一切分からないのだけど……」
「あれ、もしかしてあのRPGの三作目をやってないのか?」
「そんなさも当然のように言われてもやったことないわよ」
「えぇっ、そんな。人生の三分の二を損しているぞ!」
「過半数以上!? じゃあ残りの三分の一っていったい何よっ!」
「さあ、『純情な感情』ではないのか?」
いや、全く知らないが。
そもそも鮭の皮を食べない人間と、『3』をプレイしない人間の人生など、所詮そんなものでは無いのか?
「ともかくヤツがオロチである以上は敵である。倒してしまおう」
「えっ、あいつもう動いてないけど倒すの?」
「ああ、それに倒したら恐らく『良いもの』が手に入る筈だ」
それだけ言うと俺は大蛇に向け、エクスカリバーを振るった。
腹を引き裂かれたオロチは特に抵抗を見せるわけでは無く、そのまま重力に従ってくたばった。
そして腹の内側にから大小さまざまな宝石が血の代わりと言わんばかりに溢れだした。
「これは宝石ッ! ルーン魔術に使えそうだわ!」
「ブリュンヒルデよ。お前、魔術なんて使えたのか……。てっきり暴力しか才が無いと思っていたが……」
「失礼ね。私だってやればできるんだから。――失敗は多いけど」
ブリュンヒルデは自分の言葉に傷つき俯いてしまう。
やっぱり殴る方が得意な様だ。
まあ、そっちの方が『夏目メグ』にあっている様な気がするしな。
「あ、それよち、こっちも防具があるわ。あら、意外とよいものじゃないっ!」
「ああ、これはなかなか良い防具、それも装備一式がご丁寧に二人分あるな」
足元に転がってきた盾を拾い上げ軽く叩く。
すると軽い音が返ってきた。
音の具合と硬さから推察するにこれはプラスチック製か。
強化段ボールよりは硬度が期待できる為、これはありがたい。
「どう? 似合っているかしら。シグルド」
振り返ると、ブリュンヒルデが早速、防具一式を装備していた。
……確かに白銀の鎧は戦乙女であるお前にはたいそう似合ってはいるが、いかんせん今までの装備が『ビキニアーマー』だったため、なんか残念だな。
「あら、聞こえてるわよ。……やっとビキニアーマーから解放されたのよ。少しは気づかいなさいッ、このバカっ」
「フッ、悪い。あまりにも似合っていたからちょっとからかいたくなっただけさ」
「それでこの装備一式があなたが言っていた『良いもの』なの?」
「いや、違う。おかしいな。コイツが持っているはずなのに……」
俺が思っていた『良いもの』は宝石でも防具一式でも無い。『草薙の剣』である。
【草薙の剣_別名、天叢雲剣。八尺瓊勾玉・八咫鏡と並んで「三種の神器」と称される宝具。スサノオに退治されたオロチの体内から出てきたという逸話が残る剣。また、国民的RPGにおいてもオロチを倒すとドロップする】
「クソッ、ほんとにないな。魔王との決戦に際し、戦力は少しでも補強すべきなのに」
「ねえ、シグルド。この石の台座と何か関係はあるかしら?」
ブリュンヒルデはその台座を持ち上げて見せてくれる。
よく観察してみると、確かに剣が刺さっていた跡がある。
「おかしい。誰かが『草薙の剣』を持って行ったというのかッ!」
「ねえ、そんなに気にする事かしら? 別に『エクスカリバー』さえあれば魔王クロノスを討伐出来る訳だし」
「……そう言われればその通りなのだが」
どうにも腑に落ちない。
何か致命的なミスを犯してしまっている様な感触を覚えている。
それは玄関の鍵を閉めたかどうかはっきりしない時に近しい。
「気にしても仕方がないじゃない。ポジティブに行きましょ。シグルド」
「フッ、それもそうだな。そちらの方が俺らしいじゃないか」
それに何があっても俺たちならば大丈夫。
どんな困難も『ケセラセラ』さ。
そうして我々夫婦は、執務室を過ぎていく。
その途中、ブリュンヒルデ、いや、夏目メグは立ち止まり言った。
「……ねえ、望月トオル」
「な、いきなり名前でどうしたんですかっ。夏目さん」
僕は思いがけない呼びかけに驚きつつ、夏目メグの方を振り返る。
「あんた、何そんなに驚いているの? それと私の事は別にメグでいいわ。名字で呼ばれるのって好きじゃないから」
「そうですか。それでメグさん。『収録中』ですので本名はちょっと……」
「私は『勇者望月』でも『シグルド』でも無く、あんたに話があるの。だから名前で呼ぶのが筋ってものでしょ」
「……それで話というのは?」
「そんな大層な事じゃないわ。ただ、魔王を倒し、この『物語』が終わったあと、あんたはどうするのか聞いておきたいと思ったのよ」
「エンディングの向こう側……」
この物語が終わる。
それはもう受け止めた事実だ。
だから今、勇者望月としての使命を果たそうとしている。
しかし、その使命を終えたとき、勇者望月で無くなったとき、僕がどうなってしまうのか自分自身分からない。
『非才少年』に戻るのか、それとも何かが変わるのか。
――だけど。だから。
「その答えを見つける為に魔王と戦いたい」
それがこの物語を通して見出した答えだ。
「あははははっ、聞いた私が馬鹿だったわね。シグルドも望月トオルもなんの違いもないじゃない」
「フッ、そうだぞ『ブリュンヒルデ』。目の前の巨悪を挫くのに理由など必要ないのさ」
「何その理論。でもあんたは、いつでもそうやって戦ってきたものね」
「フッ、それにここまで来たのだ。いまさら迷うものかッ!」
「そうね。私も最後まで付き合うわ。戦乙女として、夏目メグとして」
「それでは魔王クロノスを倒しに行こうか」
「ええ、そしてこの物語を終わらせましょ」
僕たちは走り出した。
魔王クロノスを打ち倒し、答えを得るために。




