非才少年の下剋上〜勇者であるためには手段を選んでいられない〜
「ハハハッ、最高、最高だよ。夏目メグ。このまま踊り続けよう」
「あいにく私はそんなつもりは無いわっ。早く勇者に戻りなさい」
段ボールで作られた魔王城に聖剣、いや、段ボール剣がぶつかり合う。
戦況、流れは僕の優勢だ。夏目メグは攻撃を防ぐことに集中している為だ。
彼女はまだ僕が『勇者望月』に戻ると信じて、演技を続けているのだろう。
流石は超高校級の天才女優だ。
けれどその思い込みがつけ入るスキとなっている事には気づかないのか。
「ねえ、まだこんなことを続けるの? あんた、分かって演っているでしょ」
夏目はボロボロになった聖剣をこちらに構えながらこちらを睨む。
「……ああ、君の言う通りだ。僕は最初からこの世界が贋物だと気づいていたさ」
やはり演劇の天才の前では、初心者の演技はバレバレだったか。
結構頑張って演じていたのだけどね。
「ますます分からないわ。分かって上でなお『無限混沌』を演じるの?」
侮蔑と憐憫が織り交ざった様な表情を浮かべる夏目メグ。
そんな顔してこちらを見ないでくれ。そんな君が僕を傷つけると何故分からない。
「それが『非才少年』だった僕に与えられた絶対なるチャンスだったからさ。こんな機会でないと主人公になれないからね」
そうだ。これこそ、徒競走でも容姿でも勉強でも性格でもピアノでも水泳でもテニスでも、そして人生でも主人公になれなかった僕に許された唯一の主人公だ。
お前の都合で手放してたまるかっ。
「こんな世界の主人公の何がいいのよ。あんた、TV局に都合よく使われていると分かってヘラヘラ笑っているの? そんなのただの道化じゃないっ!」
彼女は今度は憤慨の眼差しを向ける。
「うるさいッ。『そんなの』なんて言うな。分かったふりをするなよッ」
これまで成功と栄光の人生を歩んできた彼女に、敗北と屈辱に塗れた人生を歩んできた僕の本質は理解できるはずが無い。
「いいえ、分かっていたわよ。陰謀と策略だけが渦巻く異世界、いや、ヱ世界なのに、皆が贋物なのに、それでもあんたが心の底から楽しんで演っていた事ぐらいっ」
彼女は僕の顔をまっすぐと見つめながらそう叫ぶ。
確かに、僕はこの物語が心底楽しかった。転生すると言われた時は緊張したし、サイクロプスと対峙した時は恐怖したし、仲間たちが増えていくのも嬉しかった。
「……その通りさ。だからこそ、僕はこの物語を終わらせたくないんだ。だから勇者には戻らないッ」
「それは違うわ。あんたが勇者望月を楽しんでいたからこの物語が輝いていたのよ。だから今のままじゃあんたが初めて掴んだ主人公ですら手放すことになるわ」
彼女は剣をおろして、肩をかっしりと掴む。
「だからここであきらめちゃ絶対にダメ。この物語をしっかりと終わらせたならばあんたは自身の魅力を自覚できる。だから……」
ここで少し思案して、言葉を紡ぐ。
「だからあんたはこの贋物語を本物になさい。その義務を果たすのよ」
贋物を本物に。それこそ本当に追い求めていた理想だ。僕だって本当はこんな『贋物の人生』の主人公ではなく『本物の人生』の主人公になりたかった。
けれどそれは僕にはかなわない。
この理想を何度夢見て敗れてきた事か。
「でも、それはで――」
そこでパアンと鈍い音。
「……痛い」
遅れて赤い痛みが襲ってきた。最初は何があったのか分からなかった。
彼女の渾身の力を込めて放たれたビンタだった。
どこかで一度ビンタされた事はあったが、比べものにならない。
けれど、何故か少しあたたかい。
「いつまでうじうじしているのっ。この軟弱者。あんたが諦めたらそこで試合終了なのよ」
「じゃあ、僕はどうしたらいいんだよ。僕は……、一体……」
何ができるんだ。非才少年に。
「そんな泣き言、聞く耳持たないわ。それに簡単じゃないっ。楽しめばいいのよ」
楽しむ? そんな事今更……。
「もう一発殴られたいのかしら。別にあんただけが頑張る必要は無い。私たちがいるじゃないッ!」
彼女はそう言って手を差し伸べる。
一度その手を払いのけた相手に、彼女は何故ここまでしてくれるのだろうか?
気になって仕方ない。その真相は魔王を倒し、この物語を終えることが出来れば、分かるのだろうか。
正直、このままの状態は心地いい。例え贋物であってもそれもまた一興。
けれど僕は……。
続けたいと思ってしまった。
「……ただいま。ブリュンヒルデ。遅くなってすまない」
彼女、『ブリュンヒルデ』の右手を握り、返答とする。
「敵陣で昼寝とは暢気ね。シグルド」
彼女は手に力を込めてそれに答えてくれた。
……というかめちゃくちゃ痛いんだけど。
「さて、戦況はどうなっている?」
「四天王の一人、ヒミコと交戦中。けれど彼女の眷属は撃破したわ」
……無限混沌の事か。今、冷静になって考え直すと、中二病すぎるな。
これが地上波で流れるとなると恥ずかしいな。
あとでカットするように頼まなきゃ。
「ふむ、それでヒミコとは誰が戦っているんだ?」
「そこの端でヒロシとメグミが戦っているはずだわ」
彼女はそう言って、部屋の隅を指さす。
「「「へっ?」」」
……三人とも棒立ちでこちらを見ていた。
こりゃ完全に油断していたパターンだな。
「クソッ、いい加減落ちろよっ。ケモ耳っ子っ!」
「ですわ。私とお姉さまを邪魔するようなら容赦しないです」
「くくっ、わらわにそんな攻撃が通用すると思っているのか? たわけ」
視線に気づき慌てて戦闘を再開した三人が、よく見るとヒロシの三又槍をメグミが持っていたり、僕から強奪した『ぼうけんのしょ』をヒミコが持っていたりとちぐはぐだ。
……劇団色彩の団員がこれでいいのか。
「ねえ、あれはヒミコの幻術って事にして欲しいの。シグルド」
「……お前の頼みなら聞こう。それで奴を倒せばいいのか?」
あのオトボケ四天王なら簡単なような気がするが。
「相手は腐っても四天王。彼女に物理攻撃は一切効かないわ」
なんだ、このチート能力。
『最強チート高校生』である僕より強いのではないだろうか?
「ではどうしたらいいのか?」
「奴には大きな弱点があるの。何か分かるかしら」
こんな時にクイズかよ。早く教えてヒロシたちを助けた方がいいのでは?
あっ、でも別に急がなくても、見えて無いところは休んでいるから別にいいか。
「筒状のチョコ菓子による切断攻撃に弱いとか?」
「それは逆よ。シグルド。そのお菓子は彼女の脇から生成されるわ」
なんじゃそら。チョコ溶けるだろ、それ。
「正解は愛よ。彼女は愛の力の前には無力なのよ」
「はぁ?」
彼女はヒミコと楊貴妃の性質が混ざった魔族。
むしろ愛には強いのでは。
いや、まてよ。確か初めて恋したのは勇者だと言っていたな。
それ以外は全て幻術の力によるものらしい。
「そうよ。彼女の前に絶大なラブラブパワーを浴びせれば、奴は死ぬわ」
ああ、僕が街なかでいちゃつくカップルを見ると「爆発しろっ」と思うのと同じ理論か。
納得。
「そうか。では我々夫婦の愛を放つとするか」
「へっ……? わ、私とシグルドでするの?」
彼女は顔を真っ赤に染めあげながら、そう聞き返す。
この展開ならばこうするのが台本的に自然であろう?
なに緊張しているのだろうか?
「そ、そうね。私たちの持つ聖剣に力を込めて、ぶつけましょ」
なぜか動揺しつつ聖剣アスカロンを拾い上げる夏目メグ。
何が彼女をそうさせるのだろう。
……というか、今回は自分から提案した作戦なのにな。
「のじゃのじゃ、何を企んでいるか知らんが、もう一度喰らうが良い。『強制洗脳びーむ』じゃ!」
「喰らうかよ」
僕はそう言ってエクスカリバーでびーむを切り裂いた。
……ふと思ったのだが、なぜ剣でびーむが切れるのだろうか?
いや、考えるのは止しておこう。
どうせきちんとした設定は考えていないのだろう。
「さて、長かった戦いに終止符を打つとしよう」
夏目メグと共に竜さえ穿つ聖なる剣を構える。
「さあ、チェックメイクと行こうか!!」
「えぇ!!」
『ふたりの、聖剣、真っ赤に燃える!!』
「幸せ掴めと!!」
「轟き叫ぶ!!」
『爆熱・・・エクスカリバーァァァーーーッ!!』
「アスカっ!!」
「ロンっ!!」
『ラァァァッブラブゥゥゥッ!!勝っ利ぃぃぃぃ剣っっっ!!!!』
数多の神話を作り上げてきた伝説の聖剣と純粋なる二人の愛のエネルギーは、初代恋慕王、キング・オブ・ソードをかたどり、ヒミコに向かって放たれた。
「チックショぉ、結局、あんたも、若い子がいいのねぇェェ」
ヒミコは謎の断末魔を残し、消滅した。僕らの愛が勝利を掴んだのだ。
「ふっ、すまないが、嫁がいるものでな」
そう言って彼女を抱き寄せる。
こういうのは最後まで演り通さないと逆にかっこ悪くなるからな。
「あ、あら~、大胆ね。シグルド」
「そうか? 別にこれぐらいよいだろう」
「でも、この技は封印しましょ。だってめちゃくちゃ恥ずかしいし、なんか告白みたいだし……」
別に問題ないのでは?
僕が演じるシグルドとブリュンヒルデは恋人同士。
それは僕が真相を知ったとしても変わらない。
彼女は先程から何を恥ずかしがっているのか?
でも嫌がる事を強制はできない。
「そうか。では今後はその技を使うのは控えるとしよう」
「ありがとう。シグルド」
「それより今は四天王を撃破した事を喜ぼう」
この戦いは単なる四天王戦では無く、僕が勇者に戻すための戦いだった。
だからこそ今はこの勝利を手放しに喜びたいと心の底から感じたのだ。
――PPPテレビ 魔王城特設スタジオ
NO.3「ヒミコがやられた様じゃな」
NO.4「でも彼女は四天王の中でも最弱ですよ」
NO.3「じゃな。もとより四天王は儂等で成り立っていたし、是非もないよね」
NO.4「ですが次はどちらが勇者の相手をしますか?」
NO.3「なあ、お主よ。儂、いい事思いついたのじゃが」
(こそこそ)
NO.4「ふふっ、外道らしくていい案ですね。乗りました」
NO.3「決定じゃな。奴らに儂等の力を見せつけようぞ!」




