表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

28/38

望月トオルが奏でる異世界狂想曲

 僕は望月トオル。


 ”普通”の男子高校生だ。


 今はどういう因果か、テレビ番組の主役『勇者望月』をやっている。


 僕は自分でいうのはなんだけどいわゆる特徴が無い”非才少年”だ。


 5歳の時、保育園の先生に『いい子だけど特徴が無い』と言われ、七歳の時にその意味をはっきりと自覚した。

 クラスメートはみな『足が速い』とか『顔がいい』などの長所、または『勉強が苦手』や『口が悪い』といった短所、いわば『個性』を持ち合わせていた。

 『個性』とは個人を決定づける特徴であり、善し悪しこそあれど誰もが持ち合わせるものだ。

 しかし、僕はその誰もが持ち合わせるはずのそれを持たなかった。

 徒競走は六人中四位、黒髪のスポーツカット。テストは65点で本人の前では悪態をつかない。そんなどうしようも無いほど”無個性”少年だった。


 自身に個性がないと幼心に気づいてしまった僕は大層焦った。

 このまま個性を持ち合わせ無かったら、自分は自分にもなれないと。


 そう危惧した僕は様々な習い事を始めた。何かを極める事が出来れば『個性』を獲得できると信じていたのだ。ピアノに水泳、テニスに英会話。なんだって全力で挑んだ。


 しかしどの習い事も『平凡』を突破できなかった。

 そうして『平凡』にしかなれない僕の隣を『夏目メグ』のような天才たちが通りすぎて行った。

 僕はそんな『個性』に恵まれた彼女たちを遠目から眺めて羨ましいと思うことしかできなかった。


 そうして憤る心に追い打ちをかけたのは、僕の妹、望月アヤカの存在だ。

 彼女は僕が言うのは何だが頭脳明晰、文武両道、才色兼備が揃った非の打ち所がない天才少女だった。

 アヤカは僕が成し遂げられなかった習い事をいとも簡単にこなし、数々な形で評され、『天才』という個性を獲得していった。

 当然兄の威厳というものは無くなった。『兄より優れた妹など存在しない』と言いたかったが本当に優れていたからどうしようもない。

 周囲の人間からは『じゃない方の望月』やら『普通で面白みがない兄』と言った評価を受けた。

 そうして『平凡』という個性すら失った僕は『非才』へと落ちぶれたのだった。


 そんな『非才少年』の僕に唯一優しくしてくれたのは『本』の世界だった。

 特に優しかったのは『異世界転生もの』だ。

 こういった小説の主人公は現実世界では良い扱いを受けていないのだが、転生した後は神から貰った異能力を駆使したり、ちょっとした工夫で幸せになっていく。

 そう言った主人公に自分を重ね合わせ、なりきると胸がスカッとして充実した気持ちになれた。

 主人公になりきるとなんだって出来た。

 竜も魔王も神も僕の敵では無かったし、誰もが僕を主役として認めてくれた。

 だから僕は異世界転生小説を読み漁り、主人公になりきって、恋い焦がれた。


 そうして『非才』というどうしようもない烙印を押され、他人になりきったが故に、自分の人生の主役にもなれないままこんな歳まで成長してしまったどうしようもないDKこそ僕だ。


 そんな平凡を絵に描いたような僕にも転機が訪れた。

 そう、この『物語』の主人公、いや、ドッキリ番組の被害者役だ。


 うん? 「いつから気づいていたのか?」だって?

 そんなの最初からに決まっている。


 まさか、僕が本当に騙されていると思っていたのか?

 もしそうならば、君の目は節穴なのだろう。


 大体最初からおかし過ぎるのだ。


 即効性があり過ぎる睡眠薬や、噛み合わない死因。

 わかりやすい神様に、都合の良いヒロイン。

 明らかに狭い世界、ミニ四駆仕掛けの巨人。

 軽すぎるエクスカリバー、口調のおかしな戦乙女。

 明らかに胡散臭い賢者、通じるソシャゲの話、ヒロシ。

 目的がはっきりしない魔王、3対7000で殲滅戦。

 スマホを流用した”ぼうけんのしょ”。


 上げ始めればキリがない。こんな”素晴らしい”異世界は仕組まれていないと成り立たない。

 

 けど、僕は怒っておる訳ではないんだ。むしろこんな素晴らしい機会を用意してくれた人には感謝したい。それが本心だ。


 だって例え、全てが段ボールで出来た偽物の『世界』と、僕を欺く為の『登場人物』でも、この僕を『主人公』にしてくれたのだ。

 

 徒競走は六人中四位、黒髪のスポーツカット。テストは65点で本人の前では悪態をつかない、どうしようも無いほど”非才”少年の僕を主人公にした人間が居るという事実が何より嬉しかった。

 だってその人はどんな理由であれ、何もなく空っぽな僕を見つけて、大役を任してくれたんだもん。


 だから僕はどうしようも無いほど非才な『望月トオル』を捨てて、この物語にふさわしい『主人公』になる事を決めた。


 そして考え抜いた結果、冷静沈着で、好奇心旺盛で、向こう見ずで、大胆不敵で、鋼の精神で、思慮深い勇者になると決意した。

 そうして生まれたのが、あなたが今まで見ていた『望月トオル』という男だ。


 いや、これだとわかりづらいか。

 つまり、僕は『勇者望月トオル』を演じたのだ。

 だから『勇者望月』の性格が良いだの悪いだの、そう言った議論はすべて意味を成さないって事さ。

 だってそうだろう? 『勇者望月』は僕じゃないのだもん。

 それともなんだい。ロミオの性格を秤にかけるのか? 難儀な性格だね。


 ……おっと、話題が逸れたね。


 それでこの『勇者望月の物語』だけど、人生で一番面白かったね。

 だって何をしたって良かったのだもの。

 剣を振れば敵は倒れ、町娘は僕を褒め称えた。

 知恵を活かせば、周りはそれに同意した。


 これは傑作だったね。演じるってこんな楽しんだと思ったね。

 僕は今まで木の役しかしてこなかったからわからなかったよ。


 だけど四天王の一人を倒した辺りで気がついたんだ。

 脚本家の台本通りにこのまま四天王を倒し、魔王を倒したらこんな楽しいイベントは終わりを告げ、『ドッキリ大成功』の看板と共に『個性』を持った『勇者望月』は死んでしまうんだってね。


 ……別に『勇者望月』の行動一つ一つが面白おかしく編集され、お茶の間に届けられるのは構わないんだ。


 けれど、『勇者望月の物語』が終わってしまうのは耐えられない。

 だってこんな楽しい経験は”非才少年”には二度と回ってこないんだ。

 なんとかして幕を閉じない方法が必要だった。


 そんな時都合よく出てきたのが『ヒミコ』だった。

 彼女の洗脳を受けたフリをして『勇者望月』である事を辞め、『無限混沌ヨルムンガンド』とかいう痛い存在になれば、台本はめちゃくちゃ、僕へのドッキリは成功しない。だから僕が『ヨルムンガンド』から『勇者望月』に戻るまで『勇者望月の物語』は進行しないという事に気がついたんだ。


 どう? これが僕が考えた少しでも長く”主人公”を続ける方法だ。

 良いアイデアだろ?

 でも『勇者望月』ではいられなくなってしまったのはちょっと残念だけど。

 勇者としての目標が叶わなければ、この夢は永遠に終わることが無いからね。


 しかしその計画は”天才少女”夏目メグの手によって頓挫しようとしている。


 やっぱ、彼女は天才だね。自身が憑依転生した戦乙女だとバラしたり、この物語の黒幕といって、僕にプロデューサーの存在を示唆したりするんだもん。

 そんなの台本には載っていないだろうからアドリブだろうけれどよくやるよ。危うく『勇者望月』に戻ってしまいそうだったよ。 


 けれど残念だったね。君は”天才少女”ゆえに僕のこの想いに気づかない。

 いや、考えもしないだろうね。だから僕が納得のゆく答えなんて出せない。


 でもそれでいいよ。さあ、この物語が続く限り、段ボールの剣を交えよう。

 それが君にできる最善だ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
小説家になろう 勝手にランキング 『ヱ世界転生TV』の視聴率向上のため、是非クリックを!
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ