夏目メグの憤慨
ナレーター〘最強の九尾の攻撃をもろに食らってしまった望月トオル。残された勇者一行はいったいどうなってしまうのか? そして望月トオルは第二の四天王を倒し、魔王の下までたどり着くことはできるのか?〙
ナレーター〘ここで戦乙女ことブリュンヒルデに視点を移すことにしよう! ミニモニターにチェンジ!〙
――PPPテレビ ドラマスタジオ
私は超高校級の演劇者、夏目メグ。
今は超中年級の悪徳プロデューサー、酒井に騙されて『ブリュンヒルデ』という役を渋々演じている。
そんな演劇エリートたる私はいまどうしているかと言うと、この番組の主役にして勇者シグルドである望月トオルと刃を交えていた。
「どうしてこうなったのよぉ〜。今回の仕事はァァァ」
私は華麗な身のこなしで望月の剣撃を躱しながら、頭をかきむしる。
そもそも、どうして(そうはいっても)主役である望月と戦う羽目になったのか? ことの発端は5分前にさかのぼる。
――5分前
「くらえ、『強制洗脳びーむ』じゃ! ビビビビビぃぃぃ――!」
アホみたいな技名を恥もせず、四天王ヒミコはビームを放った。
……よく演技とは言え、こんな恥ずかしい事を堂々と出来るな。私の様な若くて華麗なJKならばともかく、ヒミコの中の人っていい歳したオバサンだよ。
「避けろぉ! ブリュンヒルデェェ!」
この『強制洗脳びーむ』は望月トオルでなく、私に向いていたようだ。
どうやらヒミコのオバサンの手元が狂ってしまったのだろう。
あちゃー、後で団長に怒られるのだろうな。オバサン。
「ぐおおおおおぉぉぉぉ」
望月は私をビームから守るべく、私を突き飛ばし、ビームを代わりにくらった。
「シグルドぉぉぉぉ」
彼の果敢な行動と愛する妻を守る姿勢に私は涙した。
こんなクサイ事を行えるヤツが私と同じ高校生と言う事実にも涙した訳だが。
……ここまで聞くと、何はともあれいい話の様に聞こえてくるが、問題の点はここからだ。
望月がくらった『強制洗脳びーむ』などと言うのはあくまで防犯用のライトと浴びせかけたにすぎない。よって、そんなのをくらったからといって洗脳されるはずが無い。
酒井たちが予想していたシナリオは、ライトにビックリした望月トオルをアスクレピオス様の所に送り、そのスキに私たちは洗脳びーむをくらったフリをして望月を裏切る演技をする予定だった。
しかし、現実は小説より奇なり。しばらく気絶すると思われていた望月トオルは、『強制洗脳びーむ』をくらった後、たったの二分で起き上がったのだ。
当然現場は混乱したが、そこまでならばまだあり得るハプニング。
こんな場合は「望月トオルは真の勇者であるため、そんなびーむは効かないのだわぁ〜」とか言えばまだ納得いく軌道修正が測れただろう。
ただそんな軌道修正案は甘く、現実と望月トオルはそんなに甘くなかったと言う事だ。
ムクリと起き上がった彼は別に怪我したわけでない右腕を抑えながら一言。
「クソッ、力が抑えきれ―― ……我こそは無限混沌、ヨルムンガルド」
どうやら右腕だけでなく頭もヤラれてしまったようだ。
なんだよ「無限混沌」って。現役中二生でもこんなイタい設定は考えないだろう。
しかも「右腕に封印されている」という設定なんてもはや古典的だろう。それ。
そんなツッコミどころが多すぎて突っ込む事を放棄したくなる様なキャラ設定を携えて帰ってきた望月トオルだったが、彼の暴走はこんなチャッチなものじゃ無い。
彼こと望月トオル、いや今は「無限混沌」と言うべきか。
まあともかく彼はいつの間にか身につけた黒いローブをなびかせ、ヒミコのとこに向かい、彼女の前でひざまずいた。
何をするのかと見守っていれば、彼はいきなりヒミコの手の甲に口づけし「我は今宵より貴方の忠実な下僕だ。巫女殿下」と語り彼女に忠誠を誓ったのだ。
つまりは、彼は突然我々勇者一行を裏切ったのだ。それも『自分の意思』において。
……いや、ありもしない『強制洗脳びーむ』を本当に信じ込み、プラシーボ効果が発生しているだけかも知れないが。
「何やってるのよォォ。望月トオルゥゥゥ」
今まで後の展開を憂慮して発言を抑えていた私だったが思わず叫んでしまっていた。
「グハハッ、威勢がいい娘だな。気に入った。我が直々に始末してやるぞ。巫女殿下、雑魚の始末は頼んだぞッ」
彼こと無限混沌ヨルムンガルドはそう語り、これまた都合よく黒化した聖剣エクスカリバーを構え、私に斬りかかってきた。
もちろん彼のような初心者の剣筋は容易に見破ることができ、手に構えていた聖剣アスカロンで受け流した。
ここで彼の攻撃を受け流す余裕があることが分かった私はヒミコの方に視線を向ける。
「エエ! もちろんよ。全員余の念力でねじ切ってやるんじゃ」
……ずいぶんと張り切っていた。
最初は望月の奇行に戸惑い、私や番組ADにヘルプの視線を送っていた彼女だったが、若いお兄ちゃんに(手の甲とは言え)キスしてもらったのがよほど嬉しかったのか。
その証拠として彼女の頬は特殊メイクの下からも分かるほど紅く染まり、目はとろりとし、口元はだらしなく開いていた。
うわぁ~、オバサンチョロッ。あんな大人にはなりたくないわぁ〜。
私はそう思いながら、望月の剣撃を躱す。
……クソッ、ここで殺してしまったら流石にここが異世界でないのがバレてしまうぞ。もうどうすれって言うのよぉォォ。
――現在
こうして、この問題は未だ解決策は見いだせていない。
そもそもこんなシナリオは誰一人として予想していなかったのだから。
今、ADが酒井に電話をかけているが、一向に繋がる気配はない。
あのクソプロデューサー、後で覚えてなさいよ。
牛タン弁当ぐらいじゃ許さないのだから。
「グハハッ、大口叩いていた割にはこの程度でお終いかい? 娘よ」
「くっ」
ああっ、本当にムカつくヤロウだ。望月トオルという男は。あんなヤツ私が本気を出せばイチコロなのだからね。
そんな私の胸の内は、裏切ったシグルドに対しての怒りの演技と彼のよく分からない中二病演技への嫌悪感。
そして自分では決して認めたくないが、『望月トオルという男をポットでの女に奪われた』事に対する怒りと喪失感が一番大きかった。
なぜか分からないが、私の自尊心が著しく傷つけられた気がするのよぉ〜。
大体あんな女のどこがいいのよッ。望月よ。
あのおばさん、三十代後半だぞッ。
いや、今はミコミコでケモケモな幼女、いや「妖女」か。
別に裏切らなくても良かったじゃないの。
そもそもなんで、『妻』である私をおいて彼女を選べるのよ。望月トオル。
……私だって顔立ちはいいし、体付きも悪くないだろうし、なんなら自分の稼ぎだってあるし。
あ〜あ、私のもとに戻ってきてくれないかなぁ。
……って、何考えているのよッ。私。こんな邪な妄想は心の贅肉だわ。
それよりまずは『勇者望月』の洗脳を解かなければヤバイぞ。このままだと私の役者人生に大きな影響がでる。
――いや、待て。そもそも彼はなぜ裏切ったのだろうか。まさかとは思うが『それが一番面白そうだ』と思ったからなのではないのか?
いやいやいや、流石にありえな……。
そういえば、よくよく考えれば彼、魔王が現れたときにはヤラシイ目で見ていたし、漫画やアニメでも主人公の闇落ちは定番と言えば定番である。
そう考えると説得力があるぞ。この説。
……もしこの仮説が正しいとしたら、
彼が面白いと思える設定及び言動を提示すれば「目が覚めたッ。そこの邪智暴虐なババアを倒すぞ。ブリュンヒルデ」とかいってこちら側に戻ってくるのでは?
ならば、一つだけ良いアイデアがある。
しかし、これは一か八かの大勝負。負けたことを考えると……。
「グハハッ、なかなか楽しめたぞ。娘ッ。だが次で勝負を決めるとしよう」
望月はそう言って黒聖剣エクスカリバーを構える。
その刀身は赤黒い光がこぼれている。
流石にこれをくらったらやられたフリをしなければならないだろうな。
もう時間がない。もうここまで来たのだ。当たって砕けろ。夏目メグッ!
「待って、シグルド、いや望月トオル。まだ貴方に伝えていない事があるのよ」
「ほう、面白い。三分間待ってやる。その間に好きに語ると良い」
「実は私――」
私は初めて自ら台本を裏切った。
ナレーター〘何と洗脳されてしまった望月トオル。いや、「無限混沌ヨルムンガルド」。果たしてブリュンヒルデこと夏目メグは「衝撃の真相」で望月トオルを正気に戻せるのかッ! そして、この番組は軌道修正を図ることができるのかッ。気になる続きは……〙
ナレーター〘CMの後に〙
――CM
店 員「新しい美容品『AR化粧水』をご存知ですか?」
奥さん「いいえ、知りませんわ」
店 員「この化粧水は気になる小じわやシミに吸着し、そこに拡張現実、通称ARを被せる商品です」
店 員「だから、実際には五十代の田中さん(仮名)の肌に塗ると……」
奥さん「わー、すごい。赤ちゃんの肌見たいよぉ」
店 員「さらにこれを顔全体に塗ると……」
奥さん「うわぁ~、十代前半みたい。というかそのもの!? こんなこともできるのですか!」
店 員「今日はこのCM終了後三十分以内にお電話されたかた全員に無料サンプルを差し上げます」
奥さん「今すぐ電話しまきゃ損!」
店 員「0120‐凸凹△‐〇□◇」
奥さん「かけ間違えないでねッ!」




