勇者望月と過ぎ去りし親子愛を求めて
ナレーター〘ちょっとした手違いから異世界へと転生してしまった望月トオル。彼は一体どのような異世界生活を送るのか? そしていつになったらここがドラマスタジオだと気づくのか!?〙
柿本「さて、異世界転生した望月くんですがどうなっているのでしょう? 勇者に視点を移しましょう!ミニモニターにチェンジ!」
――PPPテレビ ドラマスタジオ
俺、普通の不死者、望月トオル。
ゼウス様のちょっとした手違いで死んでしまった俺は、代わりにこの異世界こと双子の世界で新たに転生した。
そのときに獲得したのは不死身性。たとえどんなモンスターに襲われ、傷をおっても死なないというスグレモノ!
神殿の壁にできたワープホールに飛び込み、こちらの世界に転生した俺はまずステータスを確認した。
えっ、異世界では自分の能力が客観的数字で出るのかだって?
そりゃ出るさ。少なくとも読んできた異世界転生ものではそうだった。
それでステータスはきちんと表示された。しかし異世界転生ものやVRMMOではお決まりの体力や魔力といったものは表示されなかった。
けれど、不死身性を示すアイコンがあり、自分を鏡で見たような姿も確認できた。
俺の格好は伝統的なRPGの主人公のような姿に変化していた。
次に気になる身体能力だが、大きな変化は見られなかった。
もしこの”双子の世界”に魔物が多く生息しているなら体を鍛えなくてはいけないだろう。
そうした基本的な仕様の確認を終えた後、目にしたのはどこまでも続いているような草原。前世では外国に行く機会が無かったため、こんな光景は見たことがない。
「すっげー、これが本物の異世界かぁ」
なんだか目頭が熱くなり思わず流れた涙が零れる。
けれど目に違和感があるような……。まあ気のせいだろう。
そうして広大な自然を独り占めしながら、雲一つない青空を眺めていると悲鳴が聞こえてきた。こちらの世界の住人だろうか?
悲鳴がした方を見るとそこにはいかにも町娘といった服装の少女が盗賊に襲われていた。
「キャ~たすけて~伝説の剣を入れた宝物庫の鍵が奪われる〜」
「ぐへへへ〜、貴様が持っている鍵をよこせ!」
どうやらこの異世界というのは、伝統的RPGのようなものだな。
具体的には俺の爺さん婆さん世代がハマっていたようなゲームの世界観にそっくりだ。
しかし、似ているだけで決めつけるのはよろしくない。
少しここで様子をうかがってみよう。
「ぐへへへ〜、早く宝のカギをよこせ! その宝さえあれば、娘の養育費が払えるんだ。そしたら元嫁のサチコも許してくれるだろうな」
妙になまなましい話だった。
異世界でも養育費とかあるんだ。伝統的RPGにはそんなのはなかったはずだ。
けど、名も無き盗賊よ。お前がほんとうに子供のこと考えているなら盗賊なんてすべきでないと思うんだ。
「キャ~たすけて~、あれ、その頬の傷跡は……。 もしかしてお父さん?」
「ぐへへへ〜、まさかお前は10歳のときにサチコに引き取られたメグミか!? こんなにも大きくなって……。父さん間違っていたよ。もう一度家族で食堂をやり直そう」
盗賊は頭を地面に擦り付け謝罪の言葉を述べる。
いわゆる前世でいうところの『土下座』である。
どうやら土下座は万国、いや万異世界共通の様だ。
「キャ~、お父さん、土下座なんてやめてっ。いつか家族でまた食堂をやるために私、奉公に出て、お金を貯めてきたのだから」
「ぐへへへ~、いや、もうこんな盗賊みたいな笑い方はやめよう。『わぁはっは』と胸を張って笑おう」
「キャ~と悲鳴ばかり上げてもいけないわね。これからは『うふふっ』といつでも優雅に上品に笑うことにするわ」
なんという急展開。脳の処理が追いつかない。
俺はその会話を呆然と立ち尽くしながら、聞き入るしかなかった。
しかし本当に感動的な再会だ。関係のない俺ですらちょっと涙が……。
異世界でもこんな昼ドラみたいな展開あるんだな。
心の中がポカポカとして、なんだか優しい気持ちになれた。
でも、二人とものセリフがいちいち台本っぽいし、名前も「メグミ」と「ヒロシ」ってどうなのよ?
これってまさか……。
「出てこい、そこにいるのは分かっているんだ!」
盗賊改めコックのヒロシの叫び声で俺は現実に引き戻された。
ヤバイ、盗み聞きしていたのがバレてしまった様だ。
早いとこ逃げよう。
盗賊のヒロシが弓使いで無いなら逃げ切れる。
「俺は何も見てないし聞いてないですから。それじゃ失礼」
そう言い放つと全速力でダッシュした。
まるで学校指定の運動靴を履いているようにすんなりと走れた。
「違うんだ、君。前をよく見るんだ」
「前ですか? なんのことですか? 何もしてないっすから」
そう言いつつ、言われたとおりに前を向くとそこには5m以上ある人と同じ五体を持った醜い怪物がゆっくりと俺に迫って来ていた。
ギロリと光る単眼。
手に握られているのは人ひとりを肉塊にできるようなハンマー。
「うげぇ、気持ち悪い」
俺は生理的嫌悪感を覚えた。
しかし異世界転生小説の知識とばーちゃんに付き合わされたRPGによる知識によりこの怪物の名が一発で理解できた。
【サイクロプス_ ギリシア神話に出てくる、一つ目の巨人種族の総称。
破壊の申し子であり、また人を好んで喰らう。しかしながら武装錬成という強力な武器を制作する鍛冶の神の側面もある。俺を手違いで殺しちゃったゼウス様の武器、神成を制作したのも彼らだ】
えっ、一般的なギリシア神話にはそんな描写がなされていない?
ふっ、君たちのような一般人の理解が及ばないところに”真の神話体系”がある。
そこではそう記されていた。決して”中二病患者”の戯言ではない。
ふと後ろを振り返る。町娘のメグミは腰を抜かしてしまったようだ。それはそうだろう。人間はあんなのをマジマジと見続けて、精神が持つように作られてはいない。
しかしこの俺はクーフーリンの様に屈強な精神と鋼の肉体を持ち合わせる普通の高校生だ。このぐらいなんてことない。
サイクロプスの様子をうかがうために再び前を振り向くと元盗賊のヒロシが果敢にもサイクロプスに挑んでいた。
「せいやぁー!」
ヒロシは間抜けな掛け声と共に剣を振るう。
しかしその剣は、サイクロプスには届かない。
「うガァ、うギャ」
サイクロプスの丸太の様に太い腕部によりはねのけられ、ヒロシは吹き飛ばされた。
……というか自ら吹き飛ばされたような気もしたけれど。
「うぅっ…… 私の内臓の8割がやられた。私はこのまま放っておいてくれていい。メグミと共に町まで逃げてくれ。頼む」
元盗賊のヒロシは自分勝手に言いたいことだけいうと気絶した。8割も内臓を破損している割にはよくしゃべったものだ。
「クソっ、しかしもう逃げるには遅いんだよおっさん」
仕方がない。俺があの怪物を討伐してやるよ。おっさんが残した剣を拾い、構える。
「来いよ、鍛冶神様よぉ。俺様は他の食材よりもちょっと活きが良いから気をつけな」
「うギギギフィギギギ」
どうやら煽られた事を理解したのかサイクロプスは奇怪な悲鳴をあげながらハンマーを振り下ろしてきた。
もしあれに当たったならば重症は免れない。一撃で仕留めて離脱する!
「そうりゃぁ」
俺は渾身の力を込めてハンマーを待つ右腕を切り裂いていく。
まるで丸太の様に太い筋肉質な右腕はいともたやすく切断され、ポトッという軽い音と共に地に落ちた。
「ウゲゲエエァァァ」
奇怪な叫び声を上げるサイクロプス。右腕があったとこからは緑色の液体が吹き出す。
右腕を失ったことによる痛みで大きく体制を崩した。
俺はその一瞬を決して見逃さなかった。
「がら空きなんだよ」
再び剣に渾身の力を込めて、鉄の剣を奴の脳天めがけて振り下ろした。
サイクロプスも守備動作を取るが間に合わない。
「ウゲゲエエァァァ」
”一刀両断”
今まで一日たりともイメージトレーニングを欠かさなかった必殺技。
コツコツと積み重ねた技が勝利を導いたのだ。
サイクロプスの身体は光に包まれると所持品を残し消え失せてしまった。
残した所持品を調べると、3つのものが出てきた。
一つ目は、三叉の矛である。海神ポセイドンの武器だ。
通常ならば非常に大きなものだが、これは小さく、俺にはピッタリだった。
二つ目は、この世界の地図である。
この異世界が想像以上に小さいことが伺える。
三つ目は、倒したサイクロプスの娘が作ったとみられるお守りである。
そこには”おとーさんお仕事頑張ってね。次の週末は遊園地に連れて行ってほしいです。カノン”と書かれていた。
そして折りたたまれた写真にはさっき俺が倒したサイクロプスと3mぐらい身長があること以外は普通の小学生が一緒に笑顔で写っていた。
恐らくは先程の奴の子供だろう。つい忘れがちな事だが、魔物にも家族はいるのだ。
罪悪感で胸が押しつぶされてしまいそうな思いになった。
「あんまり背負うもんじゃないぞ。勇敢な者よ」
ヒロシのおじさんが目を覚ましてこう言う。内臓の8割を損傷した人はこんなに早く復活できるものなのか?
「けれど… あんまりじゃないですか。こんなの」
自責の念からこう答えるしかなかった。
「もしお前が怖気づいたり、彼らの気持ちをくみ取ろうとしたら少なくとも私達親子は、サイクロプスの胃の中にいただろう」
「そうですよ、わたしがこうして父とまた話せるのは他ならぬあなた様のおかげなのです。なのでどうか責めるなら私たちを責めてください」
町娘のメグミはそういい、震える体を抱きしめてくれる。
細くか弱い腕から人肌の温もりが感じられる。
「ありがとう、怪物殺しの英雄さん。わたしが知り得る一番の感謝の表現です」
メグミはそっと頬にキスをした。
あぁ、異世界に来てからことあるごとに涙が出る。
けれど今回の涙は今までのどの涙よりもからくって、それでいて熱量が感じられた。
その後、今更ながら正式な自己紹介をすることになった。俺は幼い頃に記憶と両親をなくした旅人の振りをした。
正直に言うとうまく誤魔化せた気はしないが……。そうして次の目的地を探る振りをしつつ、それとなく彼らの町に行きたいことを伝えた。
「うふふっ、望月さんったら。感情が表に出すぎですよ。クールなふりしたってバレバレです」
「わぁはっは、望月よ。我が故郷ミリノに来たいのだな。是非歓迎するよ。なんたって命の恩人なんだから」
「いいのか、ありがとう。君たちの手料理も食べてみたいと思っていたのだ」
やった! 次の目的地が決定した。まずはミリノの町で情報収集だ!
☆
ナレーター〘まだまだここが異世界でなく、ドラマスタジオだと気づかない望月トオル。それどころかパーティを増やし、冒険する気満々! しかし、いくらここがエセカイといえども世界はそんなに甘くない。死んで、死んで、死にまくる?そしてこれを見ている放送スタジオの反応はどうなっているのか?気になる続きは…〙
ナレーター〘CMのあとに〙
――CM
「5年ぶりに再開した父は、コソ泥をしていました」
とある農村で食堂「ジャンヌ堂」を経営している実家を持つOL、北条 恵。
ある日彼女の実家の食堂を買い取りたいという人が来る。
彼によると、ここは彼女との忘れられない思い出が詰まった場所だと言う。
しかし恵にとっても食堂は5年前に忽然と姿を消した父が建てたというかけがえのないものだった。
恵は対立する彼と言い争いをしながらも関係を深めていく。
そんな時、姿を消していた恵の父、東園 宏が捕まった。
混迷を極める人間関係、憧れの父と身近な彼の間で揺れる恵の恋心。
そして明かされる家族の禁断の過去。
新火曜ドラマ「ジャンヌダルクも恋したい」
この番組のあとに! チャンネルは変えないで!
「絶対に見てくださいね!」