夏目メグの溜息
ナレーター〖残機を一つ失いながらも異世界に蘇生した望月トオル。しかし蘇生した彼を待っていたのは”勇者の後継者”であり、彼を殺害したブリュンヒルデだった。しかしブリュンヒルデは彼を”シグルド”と勘違いしている様で。果たして望月トオルはどうなってしまうのか〗
柿本「さて、望月くんを看病していたブリュンヒルデこと夏目メグさんですがどうなっているのでしょう? 真の勇者に視点を移しましょう! ミニモニターにチェンジ!」
――PPPテレビ ドラマスタジオ
私は”超高校級の役者”夏目メグ。
国際的な演劇集団”色彩”の劇団員であり、そのオリジナル演劇”色彩”の主役である”先輩”役とつとめている。
今は戦乙女であり伝説の勇者の再来”ブリュンヒルデ”という役をやっている。
そんな演劇エリートたる私はいまどうなっているかというとこの番組の”主人公”、望月トオルが私の胸に顔を埋めていた。
(どうしてこうなったのだぁ。今回の仕事は)
私は胸の中で絶叫する。クソッ、私のキャリアを人質にとられていなければこんな仕事。これも全て酒井が悪い。終わったら必ずぶん殴る。
そしてコイツもコイツでたちが悪い。
望月トオルよ。いつまで私の胸に顔を埋めているつもりだろうか。
ラノベ主人公というのはエッチなハプニングに見舞われることは多々あれど、自分からはがっつかない、要は”草食系男子”が主流と思っていたのだが。
望月トオルの場合ラッキースケベに見舞われたら最後、味わいつくさないと気が済まない”肉食系主人公”なのだろうか。
その証拠と言わんばかりに私の胸の中でその感触を楽しみはじめている。
クソッ、ゲス野郎が。
私の胸は誰にも触らせていなかったのに。
あゝせめて演劇中、欲を言えばイケメンの王子様に捧げたかった。
えっ、”望月もそこまで顔は悪くないし一応この番組の主人公だから条件は満たしているのでは”だって!? み、認められないわよ〜。そんな事。
確かに顔は整っていて悪くないけれどなんというか彼、パッとしないのだよね。
主人公は主人公だけれどもギャルゲーの主人公みたい。そして変態クズ野郎は私の好みではないし。
「いかんいかん。まずは状況を整理しなければ」
望月はそう言い、ようやく胸部から顔を引き抜き、私の優美な顔を見上げる。
彼はようやく埋めていた胸が宿敵の胸だと気付いたのようだ。
やはりギャルゲーの主人公じゃないか。
しかしそれはそれで好都合。私はカラダを使って取り入ればいい。
そしたら望月の仲間にすんなりなれるだろう。
私はそこまでしても役者としてのキャリアを失いたくない。私の13年間を棒に振りたくない。
そんな事を考えていると私はニーベルンゲンの指輪の内容をハッと思い出す。
私ことブリュンヒルデにはシグルドという不死の勇者兼恋人がいた事を。
(そうだ。彼をシグルドに仕立て上げれば良いのだ。そしたら仲間入りもすんなりいくだろう)
彼の妻役など願い下げなのだが、仕方あるまい。全身全霊で演じよう。
「アハハ、目を覚ましたのネ。良かった。お帰りなさい。ア・ナ・タ」
私はそう言い、望月を力強く抱きしめた。ここで私は望月にささやかながら復讐として”力強く”抱きしめた。
ふふふ、ざまあみろ。望月トオル。おっといけない。本音が漏れてしまった。
「どういうことだ。ブリュンヒルデ。それに俺のこと“アナタ”って」
彼は最後の力を振り絞り私に尋ねてきた。ふふふ、ここでしっかりと自己紹介しておこう。病んでる系おネエさん”ブリュンヒルデ”としての挨拶を。
「あら、ワスれちゃったの。“シグルド”。ワタシはあなたの“妻”ブリュンヒルデよ」
「なんじゃそりゃぁぁ」
望月の叫びが質素な小屋に響く。
「アラ、”なんじゃそりゃぁぁ”なんてヒドいじゃないの。それがアナタのサ・イ・ア・イの妻”ブリュンヒルデ”に対する態度なのぉ~」
私はそういい、シグルドこと望月に微笑みかける。
しかし私のライフがゴリゴリと削られていく音がした。まるで毒状態の勇者のごとく。演劇に関しては13年のキャリアを持つ私だがこのような経験は初めてだ。
「ええっ、そんな事言われ―― すまない。少々記憶が混濁していたようだ。我が最愛の妻ブリュンヒルデよ」
望月は私の発言に反論しようとしたが何かを思い出した様な素振りを見せると自分の事をシグルドと認識した。私の懸命な祈りが神に通じたのか。
それとも望月の厨二心がくすぐられたのかは分からないが私が提示した設定に乗ってきたわけだ。
なんにせよやったぜ。
これで私が13年積み重ねた演劇のキャリアは粉砕!玉砕!大喝采!せずに済みそうだ。
「お前の美しさはあの頃からまったく変わらないな。我妻よ」
望月ことシグルドは私に対し白い歯を輝かせながらこう言い放つ。
ああ〜ん、メグのときめきはぁとがきゅんきゅんしちゃうぅ
――訳ないだろ。良く考えてみろ。
なぜ私が浮気がばれた夫のセリフみたいなので大切な青春ときめきハートを打ち抜かれなければならないのか。
しかし“夏目メグ”としての感想はこれでいいかも知れないが自身の夫シグルドを愛してやまない“ブリュンヒルデ”としてならばこれから採るべき行動はたった一つしか残されていなかったのである。
「アア〜ン、嬉しいコ・ト、言ってくれるジャないの。我がサ・イ・ア・イのシグルドぉ」
こうして素直に艶めかしく悦ぶしかないのである。
くそっ、耐えるのよ。私。ここを乗り切れば“超高校級の女優”としてひとつレベルアップできるのだから。
そう自身に言い聞かせるもすでに心の下唇は血だらけである。
もうやめて!とっくにメグのライフはゼロよ!状態なのだ。
しかしやられっぱなしでは終われない。私はささやかな反撃を実行することにした。
「ネエ、ソレよりシグルドぉ。私の好物覚えているわヨネ。あの時はあれだけ食べさせてくれたのだから」
「えっ、あ、うん。ああ、そうだったな。あの頃は良く一緒に食べたものだった」
「アラ、何を食べていてか教えていただきませんこと?」
「ええっと、たい焼きだったか」
「ウフフ、ザァンネン。正解は今川焼きですのヨ」
――やべえっ。思わず私の大好物を答えてしまった。しかもよりにもよってこの異世界にない食べ物を正答とした。
流石にいろいろと疎い望月でも流石に気づいたか。そしたら番組は台無し。そして私のキャリアは“滅びのバーストストリーム”されてしまう。
メグはめのまえがまっしろになった。
「えっ、あ、その…… ふっ、“イマガワ”とよばれる餡を小麦で包んで焼いたものだよな。よく食べたものだった。ようやく思い出せたよ」
――なんとかなった。奇跡だ。奇跡は起きたのだ。
一応断りを入れておくが決して私が眼力で彼に圧力を加えた訳ではない。
それによく言うではないか。真の英雄と糸屋の娘は目で殺すとな。
まあ私は言わずとも両方な訳だが。
これは彼の自主性を重んじた結果である。
さらによくよく考えると“たい焼き”などという異世界においては正解になりえない解答を出したのは他ならなず彼だったのだ。
そうしてくだらない会話を交わしていると望月が落としたメモ紙にふと目が止まる。
「貴様が演技でブリュンヒルデを騙せ。自分はシグルドであると信じ込ませろ。そうすれば何とかなろう。駄目だったらその時だ。頑張りたまえ、人間の若造よ。 医神アスクレピオス」
そのメモの文字。そして書かれている内容を確認し私は思わず目を見開く。
ああ団長は正真正銘”カミサマ”だったのか。
私は納得すると同時に全ては”カミサマ”の手のひらだったのかと思いため息をつく。
どうやら私がシグルドの妻として演技することすら折り込み済みだったようだ。
しかしそれならば話は早い。無理して色仕掛けに走らずとも彼に聖剣エクスカリバーを託し私は舞台、いや番組から退場すれば良いのだ。
そうすれば私は脇役として十分に役割を果たし団長からのお咎めも無し。
私が考えうる中で一番のシナリオだ。
「ネエ、シグルドぉ。あなたの為に私、アレを見つけておいたわよぉ」
「うむ。ありがたい。しかし“アレ”とはいったい何のことなのか」
「“アレ”よ。“アレ”。アレがなければあなたらしくないジャない」
私はそう言い、望月に聖剣エクスカリバーを託す。
「ハイ、あなたの愛剣コト魔剣グラムよ」
「すまない、俺には“聖剣エクスカリバーにしか見えないのだが」
「イイエ、間違いなくあなたの愛剣グラムジャない?」
「本当にすまないが、そんな目で見られてもエクスカリバーはえくす―― いや、起源は同じという説もあるし、これもグラムなのか」
「ええ、そうよ。あなたがいなくなっていた間にそうなったみたいよ」
望月が本当にちょろくて助かったぜ。これでなんとかなりそうじゃないか。
私の今回のお仕事。キャリア防衛にも成功した訳だし。帰ってゆっくりと今川焼きでも食べよ。
「アナタの手にグラムが戻った訳だしぃ、私こう見えて戦いとか好みではないしぃ。勇者にふさわしいのはシグルドだからアナタに任せるワ」
私は望月にそう言い、聖剣を譲渡する。
やった。これで今回の役、“ブリュンヒルデ“堂々の完結を迎えられる。本当、今回の仕事は大変だった。
下手すれば”色彩“の”先輩“役よりも大変だったかもしれない。
けれどなんだか名残惜しい感情が心の隅にくすぶっているような気がした。
望月トオルの”演技力“は今まで一緒に仕事をしたどの役者とも違う不思議な感覚を覚えた。
まぁ、望月はこれを”現実“と思ってロールしているのだから当然かも知れないが。一緒に舞台に立ってみたいという思いを胸に抱いていたのかもしれない。
私はそんな思いを抱えながら小屋から飛び出した。
しかし、硬い男性の胸板に阻まれた。
「何処に行かれるのですか? お嬢様。まだ魔王を倒していないではありませんか」
ローブ姿の青年だった。しかし顔や声には覚えがある。しかもそれらには嫌な思いしかしていない。忘れたくたって忘れられない。
「チッ、本当にきやがったな。酒井」
「ええ、ついさっきぶりですね。夏目お嬢様」
「もちろんですな。夏目さん」
こちらも似たような賢者のローブを羽織った中年男性だった。気をつけているのだろうがほのかに加齢臭がする。
「酒井さん。岡崎さん。名前、名前」
こう言う20代後半の男も見たことがあった。
しかし朝の情報番組で一方的に見ていただけだったが。
こいつも同じようなローブを身にまとっている。
おそらく“三賢者”みたいな集団という設定なのだろう。
「まあ、望月君聞いていないしセーフでしょう。セーフ」
「おおっと失礼。しかしそういう柿本さんも」
「あ、失礼いたしました。アナウンサーとしてだったら後でプロデューサーからお叱りがあったところでした」
「心外な。僕、そこまで厳しくないよ。ほんとだよ」
三人は私たちを無視し本当にどうでもいい話に花を咲かせる。
「アラ、そこの怪しげな馬鹿三人組さん。こんなところに何でやってキタのかしら?」
私はブリュンヒルデとして彼らに尋ねる。
「ああ、そうだった。目的を忘れるところだった」
本格的にアホだったようだ。なんだこいつらは。
仮にもお前ら役職的に高い地位にいるのだろう。
かわいそう。彼らの部下。こんな“大人のなりそこない”が上司で。
「我らは三賢者。真の勇者の復活を祝し、宝剣を持ってきた。お主が使い、魔王討伐に向かう勇者を助けるのだ」
えええぇぇ。まだ私これを続けないといけないの。もう嫌だ。こりごりだ。
しかしソレは“夏目メグ”としての感想であり。
「ナント光栄なことなのでしょう。私の身はすでに勇者に捧げております。私もまた勇者の剣として、また盾として全身全霊で戦う所存です」
こういわざるを得ないのだ。
最後にひとつ叫ばせてほしい。
私の今回の仕事は何かがおかしいと
ナレーター〘なんとまさかの急展開。望月くん、シグルドになっちゃった。しかもちゃっかり真の勇者に無事に就任。しかし、突如現れた三賢者とは何者なのか?怒涛の展開に目が離せない。気になる続きは…〙
ナレーター〘CMのあとに〙
――CM
エマ「トム、ちょっと相談に乗って欲しいの」
トム「ああ、もちろんだとも。愛しのエマ」
エマ「私の”グランドフォン”が壊れてしまったのよ。修理が終わるまで私はどうやってアナタと連絡取ればいいの?」
トム「HAHAHA、そんな事か」
エマ「なにがそんな事よ。笑い事じゃないの」
トム「その悩みならばこの”スマートフォン”があれば大丈夫さ」
トム「電話も出来るし、写真も取れる。しかもアプリやショッピングも出来るのだ!」
エマ「まあ、意外とこんな端末でも色々と出来るのね」
トム「ただスクリーンは宙に投影出来ないがね」
観衆「HAHAHA」
お子様へのプレゼントにも、ゲームにも
玉藻印のスマートフォン、1万1980円。
――玉藻トミー社――




