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勇者望月と悪霊のTV局

挿絵(By みてみん)

・イラスト作成:明太子まみれさま


※注意事項

 この作品は一部、小説の手法ではない『ト書き』を用いています。演出の一環として楽しんでいただけたら幸いです。


□西暦2032年/PPPテレビ


 緑色の背景に包まれた撮影スタジオ。

 簡素な机と椅子、大型スクリーンに撮影機材が並んでいる。

 二十代前半のアナウンサーと四十代の大学教授は原稿に目を通す。

 するとプロデューサー風の男が遅れて現れ、現場のスタッフに指示を出す。

 そしてADのカウントダウンが終わり、撮影が開始される。


柿本「さあ、いよいよ始まりました。新番組『エセカイ転生TV』。実況を務めさせていただきますのは、ワタクシ、PPPテレビアナウンサーの柿本です」


柿本「そして、今回解説をしていただきますのは異世界転生に詳しい専門家、岡崎教授です」


岡崎「岡崎です。よろしくお願いします」


 テレビマンの拍手が小さなスタジオに響く。

 音響スタッフはあくびをかみ殺す。


柿本「さて、早速この番組の趣旨の説明といたしましょう」


柿本「え~、この番組は、近年再び若者を中心にブームが巻き起こっている『異世界転生』を題材にした、全く新しいドッキリバライティ―だそうですが……」


柿本「岡崎教授、『異世界転生』とは、そもそも一体なんのことでしょうか?」


岡崎「異世界転生とは、我々が実際に生活している『現実世界』とは異なる『異世界』に『転生』、つまり生まれ変わるという、小説のジャンルのことですな。元々はWeb小説の発展途上に流行したものでしたが、近年、第二次ブームが到来していますぞ」


柿本「へ~、そうなんですか。ワタクシが学生だった時は学園異能ラノベが中心でしたので、異世界転生についてはさっぱりなんですよね」


岡崎「これを機に少しでも興味を持ってみて欲しいですぞ」


柿本「さて、そんな若者を虜にする『異世界』ですが、なんと当番組が制作に成功しましたっ!」


岡崎「それは凄いですね。そこにドッキリ被害者を『転生』させる訳ですな」


柿本「そうです。そして彼らがいつエセの異世界、『ヱ世界』だと気づくのか。そこまでのタイムを計っちゃおうというのが今回の企画なのです」


岡崎「……これはなかなか凄い企画ですな。異世界転生をテレビ番組に、とは事前に聞いていましたが、まさかこんな物だとは思っても見なかったですぞ」


柿本「そんなもんですかね。詳しくないので、良くわかりませんが……」


柿本「しかし教授。この企画にはどのような人が向いていると思いますか?」


岡崎「うむ、異世界転生が好きで、常識力に欠けているが、適応能力は優れた男性ですかな。いつまで信じられるかは本人の暗示次第だと思うのですぞ」


柿本「そうですかね? ワタクシはその逆、具体的には主婦の方のほうが、案外上手に非日常を受け入れそうですけれど」


岡崎「さてはて、実際に見てみない事には……。そこら辺は今後の展開で明らかになっていくでしょうな」


柿本「ですから、第一回目は気合を入れていきましょうか!」


 ここでADが柿本にカンペを手渡す。

 柿本はカンペを確認し、そのまま読み上げる。


柿本「おっと、ここでどうやら『転生者』がドラマスタジオに到着した模様です。早速中継を繋いでみましょう」



□G県某所/ドラマスタジオ


 野外に設置された仮設スタジオ。

 一面に段ボールで作成された大道具が置かれている。

 神殿をかたどったセットの中には、横たわる少年と、立派な白髭を蓄えた老人。

 それを複数の隠密ドローンカメラが撮影している。


岡崎「これが『ヱ世界』ですか。ふむ、グリーンバックと段ボール製の大道具が特徴的ですが、これでどうやって『転生者』を欺くのですかな?」


柿本「実はなんでも『コレ』が異世界を作り上げる肝みたいですよ」

 

 ADが二人に飴粒大のケースを手渡す。

 岡崎がケースを開けると、その中にはコンタクトレンズが入っている。


岡崎「これは……、使い捨てのコンタクトレンズですな。『コレ』のどこが凄いのですかな?」


柿本「実はこれ、VRコンタクトなんですよ。そして特殊なグリーンバックスクリーンを活用し、ARの技術を組み合わせているそうです。いわばMR、複合現実を再現するらしいですが。あっ、実際の映像がこちら」


 仮設スタジオが大型スクリーンに映し出れる。

 しかし、先程までとは違い、そこはパルテノン神殿を彷彿とさせる外装とバロック建築風の豪華な内装を持ったセットに様変わり。

 中にいた白髪の老人はウール布を巻いた古代ギリシャの格好に変化する。


岡崎「ほう、これはこれは。なかなかの完成度ですな。しかも現実世界の建築様式がごっちゃまぜになっているのも『異世界』感がしていいですな。これなら騙される人は騙されるんじゃないかな」


柿本「ですねぇ~。おっと、ここで『転生者』、望月トオルくんが目覚めたようです。岡崎教授、彼が一体どのような反応を示すのか気になりますねぇ」


岡崎「うむ、異世界転生が好きな子ならば、このようなシチュエーションを何回も妄想したことでしょう。しかし、実際に転生するとテンパりそうですけれど。ちなみに『テンプレート』だと、主人公はなんとか冷静を装い、神に気に入られるでしょうな」


岡崎「そうすれば、異世界転生小説のお決まり、『チート能力』が手に入れるわけですから」


柿本「しかし、何故、世界の管理者たる神が人間に気前よく異能力を与えるのでしょうか?」


岡崎「柿本さん、この世には触れないほうが良いこともたくさんあるものですぞ。特にこの界隈で長生きしたいならね」


柿本「そうですか。おっと、今回の転生者、望月トオルくんですが、異世界転生小説が大好きな『普通』の男子高校生(17歳)だそうです」


岡崎「これはリアクションが気になるところですな。果たして彼はどういった行動を取るのでしょう?」


柿本「早速確かめてみましょう。『転生者』に視点をチェンジッ!」




□G県某所/ドラマスタジオ


 俺、普通の高校生、望月トオル。


 土曜日の午前中授業を終えた後、俺は一目散に異世界転生小説を買いに行った。

 入荷した新刊に描かれた『金髪碧眼エルフ』に心を奪われていた俺は、背後から近づいてくる男に気づかなかった。


 そして気がついた時には、俺はなぜか豪華絢爛な装飾が施された場所に横たわっていた。

 けだるい身体を起こしながら、辺りを見渡すと、人の姿。

 立派な髭を蓄え、白いローブを身にまとった白髪の老人だ。


「ほほほ~、目が覚めたかの。わしはゼウス。全知全能の神をやっておる」


 彼が会釈すると同時に後光が差し込み、茨の冠は花をつけ、水はワインとなった。

 こんな奇跡をフルコースで起こせる以上、この老人が本物の神様だと確信した。


「どーも、神様。俺は望月トオル、普通の高校生だ」

 

 あいさつは大事だ。古事記にもそう書かれている。

 自己紹介を行い、固い握手を交わす。

 

「ほほほ~、きちんとしたあいさつ、近頃の若者にしては珍しいのう」

「ありがとう。……それでここはどこだ?」

「……天界じゃ。すまんのぉ。お主はわしの手違いで死んでしまったのじゃ」


 神様はそういって頭を下げる。

 手違いで死んでしまうなんて、あっけない末路だったな。俺。

 しかし、いくら手違いとはいえ、たかが人間つちにんぎょうを殺したぐらいで謝るのだろうか?

 まさかッ。――あー、そーゆーことね。完全に理解した。


「なるほど、するとここは天国か?」

「そうじゃ。わしが誤って、原初の雷『神成かみなり』を――」

「いや、そうでは無いだろ。俺の死因は『ラグナレク』に巻き込まれた事だ」

「ひょ? 『ラグナレク』!?」

「さて、『本当の死因』を話してもらおうか。こちらは全部解ってんだ。ラグナレクも、――唯一神位継承権の事もな」


 俺は冷静かつ沈着に『この世の真実』を神に問う。

 神は痛いところを突かれたのか、苦虫を噛み潰したような顔で押し黙ってしまう。


「……ほほほ~、本当にお前さんは人格が出来とるのぅ。この世界で生きていたら大人物になれたろうに」


 そう言い、ゼウスは事の真相を話し始めた。


「『ラグナレク』とは『唯一神位継承権』を巡る大戦争じゃ。」

「やれやれ、神様というのはどいつもこいつも傍観主義だと前々から思っていたが……」


 まさか世界中の信者から集めた金まで使って、そんな下らない事をしていたとはな。

 俺のばーちゃんが聞いたらぶっ倒れてしまうぜ。ブッタだけにな。


「なんとでもいうがよい。それが神々の道理なのじゃ」

「その道理の中で殺したのか。人間界への不干渉が絶対原則の天界、さらに神魔中立地帯『日本』に住む少年を。そんなミスは許されないのでは?」

「そうじゃ、もしこのことが他の神にバレてしまえば、いくら全知全能のわしといえど、失脚は間逃れないじゃろう」

「だが、たかが人間つちにんぎょうの為にそうなりたくない。ゆえに謝罪して事態を隠ぺいしている訳か」

「……大変申し訳ないことをした」


 ゼウスは先程よりも深く頭を下げ、謝罪する。

 俺はそんな彼をにらみながら、こう告げる。


「このミスをどう埋め合わすのか。俺はそこを聞いている」

「もちろんすぐに蘇生させる。ただ、もとの世界ではなく、『双球世界』に転生じゃがな」

「なにっ、それは異世界転生って事かッ!」

「急に食いついたのぉ。……そうじゃ、その世界で『望月トオル』として暮らしてほしいのじゃ」


 まさかそんな神々の動乱に巻き込まれ、異世界転生してしまうとは……。

 しかしそれはグッドニュースであってもバットエンドでは無い。

 俺はつまらない17年間をリリースし、生前夢であった異世界転生をアドバンス召喚したのだ。

 むしろ嬉しくてたまらない。


「そうして俺の存在ごと異世界に送り、帳尻を合わせようって魂胆か」


 そういえば、小説ではお決まりみたいな『アレ』はあるのだろうか? いやいや、あって当然か。

 『不運』にも巻き込まれた青年へのせめてものお詫びぐらいあるだろう。


 スマホアプリですら不祥事を起こせば『侘び石』ぐらいくれるのだから『異能チート』ぐらい与えてくれるだろう。

 ソースは今まで読んできた異世界転生小説だが、何か問題は?


「クソッ、謙虚、誠実をモットーに生きてきたというのに……。いきなり異世界転生だなんて。せめて異世界を生き抜く力がほしい。ゼウス。あんたなら出来るよな」


 ちなみに、前の世界に戻って暮らす気持ちなんて、サラサラないから、この言葉は全て出任せだ。

 しかしそう言った方が"異能チート"が獲得出来る気がした。


「そう言って神を脅すか。お前さんの腹のうちはわしに筒抜けじゃ」

「俺は『権利』を主張しているだけだ。これぐらい当然であろう」

「食えん奴よ。仕方ない。お前さんには『不死身性フェニックス』を与えよう。おいっ、アスクレピオスッ」

「どうされましたか、全知全能の神、ゼウス」


 ゼウスがそう呼びかけると、瞬間に大柄な男が現れた。


 彼こそが、アスクレピオス。ギリシア神話序列4位の『灼熱太陽インフィニティ・サン』アポロンを父に持ち、医術に優れ、死せる者を完全に蘇生させる『完全手術パーフェクトオペレーション』という能力を持った医神だ。


 なぜ彼を知っているかって?

 それはこの前読んだ異世界転生もので登場したからだ。


「ほほほ~、もし異世界でこのモノが死すことがあれば、アスクレピオス、お前さんの『完全手術』で蘇らせてほしいのじゃ~」

「はっ、仰せのままに」

「……という訳だ。よろしくな。アスクレピオス様」

「ふん。人間風情が」

「ほほほ~、これでお前さんならばあちらでもやっていけるじゃろう。さあ、行くのじゃ望月トオル。幸運を祈っておるぞ〜」


 ゼウスはそう告げると、どこからか取り出した銀色の鍵を使い『ゲート』を創造した。


「ふっ、言われなくとも。俺は自由にやらせてもらうぞ」


 俺は希望に胸を膨らませつつ、飛び込んだ。

 それは本当の意味での人生の再スタートだった。



□放送スタジオ


岡崎「いやはや、まさか本当に『テンプレート』通りの『転生者』でしたな。それはそれですごく面白かったですけど」


柿本「いやぁ~、でもなんだか壮大なことが起ころうとしているようでしたね! 岡崎教授」


岡崎「我々は意図せず、『ラグナレク』に巻き込まれてしまいましたな」


柿本「ただね、岡崎教授。ワタクシ、時々VR無しで見ていたんですけど、これ、高校生と青年と白髪のおじいさんが変なセットの上で話していただけでした」


岡崎「それって、テレビ的には大丈夫なんですかな?」


柿本「次からの盛り上がりに期待しましょうか」


柿本「それにしても、ものすごい設定の数々でしたね。恥ずかしながら彼の言っていることが全然わからなかったですよ」


岡崎「それが普通の反応ですぞ。いきなり『ギリシア神話』とか言われても「はっ?」ってなりますよ。普通ならね」


柿本「しかし、『唯一神位継承権』とか『ラグナレク』って番組があらかじめ用意していたのでは無いですよね」


岡崎「そんな設定は考えてなかったようですな。手元の台本にも、そんな台詞はありませんし……」


柿本「では、そしたらすごいのは、彼の考えた痛い中二病設定についていったあの神様。すごいですね。だってアレ全部アドリブでしょう?」


酒井「劇団色彩の元団長なんですよ。彼」


 収録を見守っていた『ヱ世界転生TV』プロデューサー、酒井がカメラの裏から説明をいれる。


岡崎「劇団色彩って……。あの国際的な演劇の? よく出演してくれましたね」


柿本「現役の方々もちらほら紛れているみたいですよ。ただ予算はそこに消えたとか」


酒井「そこは、ノーコメントで」


柿本「どうやらワタクシのギャラはスズメの涙ほどのようですね」




柿本「さて、異世界転生した彼は、その妄想力でどこまで異世界と思えるのか。そしてその中でどのような爆笑ドラマを生み出していくのか! 異世界転生後の望月トオルくんの運命はいかに! 注目の続きは……」



柿本「CMのあとで」

 

――CM

エマ「トム、ちょっと相談に乗って欲しいの」

トム「あぁ、もちろんだとも。愛しのエマ」

エマ「お部屋を全部和風に変えたいの。けれど私のマムがそんなのいくらかかると思っているんだ。そんな金は一銭たりともないって……」

トム「HAHAHA、そんなことか」

エマ「なにがそんなことよ。笑いごとじゃないのよ」

トム「その悩みならばこのVRコンタクトレンズがあれば大丈夫さ」

トム「こうやって目にはめて、パソコンから設定すると……」

トム「はい、この通りッ!」

エマ「分からないわよ! だって私はソレしてないんだから」

観衆「HAHAHA」

トム「もちろん、君の分も用意してあるよ」

エマ「まあ、ステキなサプライズ。抱いて!」


世界の見え方を変えたい君にも、日常の形を変えたい君にも

VRコンタクトレンズ、2万5000円。


玉藻トミー社

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