賢者の卵②
私って、子供にも嫌われるんだけど動物にあんまり好かれなんだよね…この前なんて木の上で困ってる子猫を助けたんだけど威嚇されるは引っ掻かれるわで…。
切斗なんて、すぐに懐かれてたのに!
「ねぇねぇ! こっち来て!」
嫌がる巨大ニワトリの手綱をぐいぐい引っ張る女の子が大声で私を呼ぶ!
…ぼーっとしている場合じゃない!
背中に担いだ眠り姫の滑り落ちそうな頭の位置を直し、私はニワトリと女の子の所に向かう。
「コケッ!? ピキャアアアアアア!!」
「こら! コッカス! だめでしょ! ちゃんとするの!」
私が近寄ると、巨大ニワトリのはばっさんばっさん羽をバタつかせて暴れる。
「めっ! たら、めっつ! 悪い子!!」
巨大ニワトリは、女の子の言う事なんか聞かずに手綱ごと振り払て逃げ去ろうと大きく羽を広げ今にも飛びたとうとする!
ガシッ!
「ゴゲッツ??」
間一髪。
私の手が、手綱を捕まえる!
ふぅ、危なかった…飛びたたれていたら、ギャロをリーフベルに連れていけないとこだった…。
私は胸をなでおろし深呼吸をする。
「ゴゲッツ!! クエエエエエエエ!!!」
手綱を私に掴まれたニワトリは更にパニックを起こしてのたうつ…うん、まずは落ち着かせなきゃ!
…そう、私が動物に嫌われるのは『もふもふしたい~』とか『きゃわいいい☆萌えぇえええ!!』とかが前面に出過ぎてるからいけないんだって切斗が言ってたっけ?
よ~し、まずは脅かさないようにクールに落ち着いて…大声を出さないように…。
「駄目じゃない…言う事聞かなきゃ…」
いつもより声のトーンを落として、じっとニワトリの黄色みがかったオレンジの目を見る。
「お願い、急いでるの…私たちを乗せてちょうだい…でないと」
『また』その羽を狩り飛ばすわよ?
「?!」
「コケッッツ!!」
次に見たのは、まるで凍り付いたみたいに動きを止めたニワトリと涙目の女の子。
「あ、あれ?」
「…ご、ごめんなさいっ! コッカスを殺さないで! 友達なのっつ!!」
ついに泡を吹いて白目をむいた友達を守ろうと縋りつく女の子…え? え?
なんで??
切斗、姉さんまた何か間違えた??
瞼の奥で、切斗があきれ顔でため息をつくの姿が浮かぶ…なによ!
たしかに、私はよくやらかす事が多いけど…ああ…こーいう時、切斗がいてくれたら…!
「な、泣かないで…私、なにもしないから…ね?」
ニワトリにしがみついてプルプル震える耳はすっかり畳んで尻尾も巻いて…だめ、完全に怖がられてるぅ…なんだか泣けてきた…。
ドドドドド…ドドドドドドドドドド゛ザザザっ!!!
どうしてよいか分からず、おろおろしている間に遥か遠くにあった砂埃があっという間に私たちのすぐ近くまで迫て止まる。
「けほっつ! けほっつ! なに…?」
舞い上がる砂埃が、風に舞って視界を塞ぐ!
「あーやっとこさ追いついたねぇ~」
低いけれど、気風の良い女の人の声。
砂埃が過ぎ去って薄く開けた私の前に立ちふさがる…大きな白い…『亀』!?
見上げれば、地面から頭までの高さが3mはありそうな大きな亀が、その体格の割に小さな頭で小首をかしげまつ毛のばしばしのつぶらな瞳をぱちくりさせながらヌヌヌンと私の顔を覗き込もうと近寄る!
「ふしゅん!」
べしゃ!!
覗き込まれた亀の鼻から不意打ちジェット噴射のごとく私の顔面に鼻水が直撃!?
「ぎゃあああ!? 鼻みじゅっつ?? 目が嗚呼嗚呼!!!」
「おやまぁ、ごめんよお嬢ちゃん~」
思わず飛びのいてマントの裾で顔拭く私に、その声は亀の甲羅から地面に飛び降りる。
「…!」
ようやく顔を拭いて見上げたその人第一印象は、『気風の良い姉御』。
女性にしては背が非常に高く2m位はあるだろう長身に赤毛に近い長い髪を高めに束ね、はち切れそうな胸を押さえつける露出の高い漆黒の鎧にそれに合わせたヒールの高いブーツに黒のマント。
その背中から柄をのぞかせるのは、彼女の背と同じくらいはありそうな『大剣』が二本。
けど、私が言葉を詰まらせたのはそんな理由じゃない。
にっこりと、私をを見下ろす彼女の顔の左側が額から顎にかけてまるで何者かに切りつけられた…いや、何かで焼かれたような傷後が在った為だ。
「あれま、コレはどういう状態なんだい?」
笑顔のはずなのに、何処か凄みのある雰囲気を感じて私は思わず身構える。
「おや? その背にいるのは指令? アンタ…その顔…」
赤茶色の瞳が、背中のギャロと亀の鼻水まみれの私の頭から足の先までを舐めるよう見て少しハッとしたように息を飲んだ。
「…こりゃ驚いた…まさか指令とお嬢様を探していたら『勇者様』にお目にかかれるなんてねぇ…」
傷の顔がニッと笑って、私の背後をちらりと見た。
私の背後には、あのニワトリと女の子がいる…お嬢様ってあの子の事?
ソレに、指令って…ギャロ?
「貴女は誰? ギャロとあの子の知り合い?」
私の構えた手に現れたグランドリオンの切っ先が、警戒するようにギラリと光る。
「あれまぁ、コレは悪かったねぇ~そうさね、まずは互いに自己紹介といこうか?」
ガツッっと、一歩踏み出したブーツのヒールが小石を踏みつぶし姉御が前に出て腕を組むとたゆんと胸が揺れて…う"…なによ!
お、大きければ良いってもんじゃなんだから!
「アタシは魔王軍四天王:狂戦士ギャロウェイが傘下リマジハ兵団団長のカルア・カランカだ、本日は我が司令官ギャロウェイ様と姪のガリィお嬢様の捜索の為この地へ赴いた」
赤茶の瞳が笑う。
「ま…魔王軍…? 司令官?」
私は耳を疑う…だって、ギャロが?
なんで?
勇者に仕える狂戦士だって、私を守る為にガイル君にあんなことまでしたギャロが?
「ウチの魔導士がここら辺一体の水域とこの地点から膨大な魔力反応を検知してねぇ、やっと追いついたよ」
カルア・カランカと名乗った姉御は、やれやれと重そうな胸をゆさっと揺らして暑いとばかりに手で顔を仰いでためきをつく。
「それにしても、いきなり勇者様を見つけたなんて魔王様が知ったらさぞお喜びになるだろうに…ウチの司令はなんでそんな所で伸びちまってんだい? ま、連れ帰れちまえばいいかねぇ…」
ザリッっと、ヒールの足が私に向かって近づく!
「こ、来ないで!」
私はギャロを背負ったまま後ずさりして、ニワトリと女の子の所まで下がる!
「ぅにゃ…ねぇねぇ…」
背後で不安げに鳴く子猫。
怯えはてない所を見ると、やっぱりあのカランカと言う人をこの子も知っているみたい…だけど『魔王軍』と聞いて素直にはいそうですかなんて勇者的にありえない!
「大人しく着いてきて…はくれないみたいだねぇ?」
その言葉に、控えていた三体の亀の残り二つの甲羅から人影が飛び降りてカランカを守るように立ちふさがる!
一人はカランカよりも小さいけれど、どう見ても人間くらいはある直立二足歩行の大トカゲ。
それが何故か蝶ネクタイにベストにエプロンのギャルソンルックをしていて手にしたカッップからお茶を飲んでいる。
けれどきっと猫舌ね、だってふーふーしながら舌がにげてるもの。
そして、あともう一人は…小さいおっさん?!
丁度、5歳の子供程の大きさだけどその顔には表情も見えないくらいびっしりとした髭に覆われていて、カランカと同じ材質の漆黒のボディプレートから伸びる短い手足はもりっとした逞しい筋肉に覆われて、その腕には体に似合わないほど大きな斧を構えている。
今まで、カランカに気を取られてこの二人に全く気がつかなかった…!
どうしよう…私この3人に勝てると思うけど今はギャロがこの状態で更に小さな子までいる。
私も万全じゃないこの状態で、二人を守りながら戦えるかどうか…!
でも、最悪この子こは置いていっても被害はうけないんじゃ____。
ぎゅっ。
私の羽織るマントを小さな手が掴む。
「ガリィ、おいたんとねぇねぇと一緒にいく!」
潤んだスカイブルーの瞳。
きっと、私のことすごく怖いと思うのに必死に勇気を振り絞って…よほどの理由があるのね…。
よし!
「ガリィちゃんでいいのかな? 私に掴まって、絶対に放しちゃダメだからね!」
私は手にした剣を地面に突き立てる!
「っつ! しまった! 水脈に! まずい! 散れ!」
カランカが叫ぶけど、もう遅い!
「羅針盤の勇者の名の下に命ず、哭け! 水の精霊ウンディーネの嘆き…タイダルウェイブ!!」
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ!!
突き立てた剣が輝き地面が波打つ!
「うにゃああああ!?」
「掴まって!」
水脈にたたき込んだ魔力が、ウンディーネの加護で増幅され行き場を失た水が地面を割り吹き出し、巨大な噴水の様に私たちを巻き込んで空へと吹き上げた!
「うげっ! げほっ! げほっ! こ、こっかすうううう!!」
投げ出された空で、ガリィちゃんが、叫ぶ!
「こけっ?! ぴきゃあああああ!」
小さな主の叫び声にようやく目を覚ました巨大ニワトリが、打ち上げられた私たちめがけて大きな翼を広げその背に受け止めてこの場を離脱する!
眼下には、白い亀の甲羅と私達を見上げるカランカと部下二人。
「げほっ! けほっ…よかった、上手くいった…」
巨大ニワトリの鳥臭い背の上で、私はやっと息を整えた。
「大丈夫? ガリィちゃん…?」
「けほっ、けほっ…うにゃぁ」
私のお腹にしがみつく子猫は、びしょぬれの外巻きカールの耳をぷるぷるさせる。
は!
ギャロは!?
私は背中からギャロを下ろし様子をうかがうけど、相変わらずぐったりとして動かない。
し、死んだりしてないよね?
急に怖くなって、私はギャロの手首から脈を取ろうするけど…ダメ…やっぱりテレビドラマみたいに脈で確認しようとか素人じゃ無理!
「おいたん! おいたああん!!」
飛びついたガリィちゃんが、ギャロの胸に耳を当てる。
あ、そっか!
そういう手があったか!
耳を当てて数秒。
ぴくっっと、押し当てていた耳が立つ!
「…よかった~おいたん、だいじょぶ…ねぇねぇに殺されたかと思った…」
「ちょ、私そんな事しないよ!」
私の大声に驚いたガリィちゃんは、寝ているギャロの向こう側に弾かれた様に飛んでその横たわる体を盾にぷるぷる震え耳を畳んで尾を丸めた。
「ぅにゃっ…だって、ねぇねぇは勇者の人でしょ? ガリィ達のこと殺すでしょ? みんな言ってたもん!」
にゃぁ、にゃぁ、と、恐がりながらもガリィちゃんは必死に言う。
「え!? 私がガリィちゃん達を殺す?? 誰が、どうしてそんな事!」
「お城の兵士みんなだよ! 魔王様に従う魔族は勇者が復活したら皆殺しだって…でも、」
ガリィちゃんは、動かないギャロをじっと見る。
「ギャロウェイおいたんは、違うって言ってた…それに…」
スカイブルーの瞳は、自分の背負ってる籠ちらりと見た。
「この子も言ってたの…」
この子?
まるで、卵が口でも聞けるみたいにガリィちゃんは言う。