追憶の月③
「はっ、そういう事かよ…」
「違う! これは何かの間違いだ!」
狂戦士ギャロウェイは、吐き捨てるようにつぶやく弟から守るようにへたりこむ私をその背中に隠す。
「間違い…? なにが間違いだ? 今発動したのは紛れもなく女神の…『勇者』の力だ!」
「ガイル…頼む! 話を聞いてくれ!」
兄の言葉を黙殺し殺気を放つその月の瞳に無数の血管が奔り、オレンジの髪が逆立つ!
「殺す」
ソレは、憎悪に染まった低い声。
ガイルと呼ばれたオレンジ色の空気が明らかに変わって、先程とは比べものにならないくらいの魔力が吹き荒れる!
「…アイツに八つ裂きにされたって構わねぇ! 『勇者』はこの場で殺す!」
殺す?
殺すって…私を??
なんで??
「止めろガイル! ほかに方法がある筈だ!」
声を荒げる兄を弟は金に血の色の瞳で一瞥し、静かに口を開く。
「_____オレはアイツを守る為ならなんだってする____例え兄上を傷つけても」
「ガイル!!」
吹き荒れる魔力の渦が、漆黒の炎に変わって_____え?
漆黒の炎が過ぎ去る。
するとそこには、金色に赤く血走る眼はそのままだけど明るかったオレンジの髪が漆黒に変色させた少年____ガイル君の姿。
見た目が変わったのはそれだけ…なのに…?
どくん。
どくん。
「_____ぁ、ぇ?」
胸が苦しい?
相変わらず、噴き出す魔力は禍々しい漆黒。
その魔力は、先程のモノとは比べものにならないくらい強い…恐らく今のガイル君ならその気になればここら辺一帯なんて簡単に吹き飛ばせるだろう。
でも、違う。
そんなの全然怖くない…これは恐怖なんかじゃない…。
頬に涙が伝って、無意識に手が伸びる。
なにしてるんだろう私…お腹が空き過ぎてぼーっとしてあまり頭が回らない____。
「くそっ!」
その姿を目の当たりにした狂戦士ギャロウェイは、膝をついて茫然とする私を小脇に抱えてその場から脱兎のごとく駆け出すけどっ…!
「逃げきれる訳ねーだろ?」
一瞬にして側面に迫る漆黒の影。
「死ね勇者」
向けられた手の平には、漆黒の炎。
コレは…!
分かる…その炎は私と反するモノ。
私を殺す事が出来る力。
どうして?
どうして、ガイル君がその力を?
私が知る限り、その力を持っているのはただ一人。
近距離で漆黒の炎が私を飲み込もうと膨らむけど、視界が漆黒に染まる前に割って入った胸に抱きすくめられた!
「ぐああああああああああ!!」
焼けつく炎がその背中を焼いて、そのまま叩きつけらるように地面を滑り近くの岩にぶち当たってようやく止まる!
「かはっ! …ぐっ…!」
「けほっ! けほっ! だっ、大丈_____」
大丈夫か?
なんて言葉は喉の奥に乾いて詰まる。
「酷い…!」
狂戦士ギャロウェイの逞しい背中は無残にも焼けこげ、肉がむき出しになって血を流す。
「…無事か…?」
呼吸をすることさえままならない筈の狂戦士ギャロウェイは、無傷の私の姿に安堵したように微笑む。
「わた 私は全然平気だよ! アナタのほうが全然だいじょばないよ!」
どうにかしたくて手を伸ばすけど、こういう時どうすればいいか思いつかなくて触れる事ができない手が迷子になる。
「そこまでだ勇者…これ以上あがくな」
背後で黒髪が揺れる。
「ガイル君……君が私を殺したいのは魔王の為?」
「なんもかんも忘れちまった奴に答えたくねーけど、その通りだ」
睨み返した血走る金の瞳が低く唸って、狂気に染まった。
目眩がする。
立つのもやっと。
でも、戦わなきゃ殺される。
今のガイル君は私を殺す為なら、兄の狂戦士ギャロウェイですら殺す。
駄目…兄弟が殺し合うなんて…。
けれど、今の私にはきっと手加減なんてできないから。
「ガイル君、死なないでね」
私は白銀の刃をガイル君に向け地面をけろうと______ガシッ。
「ぇ?」
足首に食い込む指。
狂戦士ギャロウェは、苦痛に歪む表情を浮かべたままいつの間にか手に持っていたテニスボールくらいのガラス玉をそのまま握りつぶした!
「うわっ!?」
そのと途端、割れたガラス玉からのフラッシュのような光に私は思わず目を覆う!
けれど、少しタイミングがずれて目に少し入り込んだ光が眩しすぎて私は目の前が真っ白にくらむ。
「…キリカ、キリカ……目、無事か?」
足首を掴んだままの狂戦士ギャロウェイが呻いて、私は固く閉じた目を無理やりあける!
「だいじょぶっ…! それよりも…!」
私はしゃがみ、その焼けこげた背中に手をかざす!
「な にを…」
「火傷、火傷には水、冷やさなきゃ! ウンディーネ、お願い!」
気休めかもしれないけど、とにかく冷やさなきゃ!
私に纏わりついていた冷気と、吹き出す冷水が焼けこげた背中に叩きつけられ狂戦士ギャロウェイは声を殺して身を縮める。
「ごめんなさい…我慢して…さっきね…使いすぎちゃって今は『戻せない』の…!」
そう、さっき私はこの二人をとめようと魔力の殆ど使ってしまって、この酷い傷を『巻き戻せない』…だから今私の出来るのはこのくらい…!
私は火傷を冷水冷やしながらあたりを見回す。
あきらかに、ついさっきまでの場所とは違う真っ白な半球型のドームのような空間。
広さは、私と狂戦士ギャロウェイを中心に大体半径5mほどの…その外壁と思われる壁が外部からの攻撃で振動する!
「ねぇ、ここ何処?」
私の問いに、狂戦士は激痛にあえぎ息を吐いた。
「…場所が変わった訳じゃない…」
そう言って、握りしめていた手の平を開くとそこには砕けたガラスの破片がキラキラと輝く。
「…コレは、クルメイラとリーフベルの開発したアイテム…一時的にだが空間を次元的に分離することが出来る…あまり長持ちはしないが…」
「ぶんり…だからなんだか様子がおかしいのか…って、持たない!?」
「ああ…これは、実験的に作られたサンプル…なんだ」
震える体を起こした狂戦士ギャロウェイは、私に視線を合わせかしずくように膝をつく。
「え? なに? 動かないで、じっとして!」
「…頼む…弟を殺さないでくれ…!」
掠れた声が、頭を垂れて懇願する。
「…お前は誰よりも強い…例え魔王の力を帯びた狂戦士のガイルでも敵わない…!」
「殺さない! …殺さないように頑張るけど、でも、戦わなきゃ! このままじゃ私、私達ガイル君に殺されちゃうよ?」
私の問いに狂戦士ギャロウェイは黙り込む。
そうこうしている間に、外壁の振動はだんだん激しくなってついには亀裂が入り始める…突破されるのは時間の問題。
…ガイル君は本気だった。
目を見ればわかる。
戦わなきゃ。
殺されるのは、死ぬのは嫌。
アレの力は私を邪魔するモノ…消さなきゃ…守らなきゃ、そのためには_____。
「キリカ!」
無意識に立ち上がった私の腕に爪が食い込んで、月の瞳が見上げる。
「ぁ れ?」
私、今、何しようとした?
左手の白銀の切っ先が、震えて艶めく。
ぞくっ。
背筋に冷たい物が走って、私は思わず剣を手放す!
剣は手から離れると、地面に落ちる前にフシュンとその姿を消し私の中に戻った。
何考えてる?
今、私はガイル君をどうしようとした?
私は思わず自分を抱きしめて、その場にへたり込んだ…頭の中でぐわんぐわんと騒音がする…気持ち悪い。
ううん…自分のしようとした事がたまらなく怖い。
_______切斗_______。
私、どうしちゃったんだろう?
…こんな得体のしれない場所で何もかもあいまいで、まるで自分が自分じゃないみたい。
ゴゴゴゴ…。
外壁が振動して亀裂が広がる…時間がない、切斗なら…私の賢い弟ならこな時どうするだろう?
『姉さんは頭そんなに良くないんだから知らない事はちゃんと聞かなきゃ』
弟の生意気な笑い声が耳を掠めて、私は怯えるのをやめた。
そう。
どうせ、今の私には何も分からない。
分からなければ聞けばいいし知らなければ知ればいい…怖くなんかない!
「ねぇ、何か方法は? あるんでしょ?」
私の問いに、狂戦士ギャロウェイは口ごもりながら視線を落とす。
「…方法はある…この方法ならガイルを殺さず退けられる…ただソレは…」
「…ホント? そんな事出来るの? じゃぁ、やろ! 今すぐ!」
思わず肩に掴みかかった私に、月の瞳が意を決したよう視線をあげ言った。
「キリカ、俺と結婚してくれ!」
…………は?
『ワタシの』空気が凍る。
「キリカ、俺と結婚してくれ!」
「二回言った!?」
私は思わず、剣の切っ先を変態狂戦士に突きつける!
「うぉ!? 落ち付け!」
「うん、なにそれ? 正気? 微塵も落ち付けないよ? この流れのどこにそんな発言につながる部分が? 話が全く見えない! こっち来ないで変態!」
「へんた…俺は正気だ!」
「なお悪い!!」
コワイ!
恐すぎる!!
この変態狂戦士は、背中の火傷の激痛に耐えながら真剣な曇り無き眼で私を見すえる…マジだ、この男はガチで『結婚しよう』っと言っている!!
「…そうだよな…ちゃんと説明しないとな…」
あまりの事に、剣を突きつけたまま涙目でカタカタカタ震える私を落ち着かせようとしているのだろうか?
変態は、一度呼吸を整えてゆっくりと口を開く。
「俺たちの種族は、伴侶を得ることで本来の力を発揮することが出来るんだ」
私を見据えた瞳が、地面にそれる。
「今のままの俺じゃ、魔王の力を使うガイルの足元にも及ばない…このままじゃお前をとガイルを戦わせることになる…守れない…俺は大事な人達をこれ以上失いたく無いんだ!」
肩が微かに震えている。
弟を守りたい。
泣き出しそうなその顔に、自分と同じ思いを感じて私は剣を下す。
「どういう事なの? 結婚するとガイル君を止めることが出来るの? それに…そう! ガイル君と貴方は同じ狂戦士なんだよね?」
そう聞いた私に、狂戦士ギャロウェイは顔を曇らせる。
「…本来『狂戦士』の力は制御できるものじゃない…一端発動させればその間理性を失い目に付くもの全ての生命を殺戮する」
「え? でも、ガイル君さ理性保ってるよね? だって、的確に私を殺しに来てるよねあれ?」
私の問いに、眉間に皺を寄せた狂戦士ギャロウェイは重い口を開く。
「……ガイルは既に結婚している、その相手を『主』とする婚姻契約を結ぶ事で暴走する狂戦士の力の管理と互いの魔力の一部共有をしている状態だ」
「は? それって…」
あ"。
ガイル君が結婚したのって魔王なんだ。