女神と魔王と賢者と終焉⑩
パキィイイイイン!
私が軽く剣を振るうと、クリスタイルはいとも簡単に砕け散る。
「小山田!」
細かく砕けたクリスタルが降り注ぐ中、駆け出したキリトはまるで糸の切れた人形の様にバランスを失い倒れ逝くその体を抱きかかえた。
「小山田! おい! しっかりしろ!」
ばし!
べし!
「ふざけんな! 起きろってんだよ!」
ばち!
べちぃん!
キリトは、意識不明のクラスメイトに容赦ない平手打ちを頬に浴びせ、それでも飽き足らず今度はがっくんがくんと揺さぶる。
「あ、ぁ、き、切斗……それはいくらなんでも……」
姉の言葉などお構いなしに、更にとどめとばかりに固く握った拳をその腹に打ち込む!
「かはっつ!?」
「小山田!」
鈍い音と衝撃でビクンと跳ねた体が、カッと目を見開き息を吹き返した!
「ぇ、なっ? ひ、比嘉っ_____うっぷ?! ゲロロロロロロロ……!!!」
小山田浩二は、息を吹き返し視線をあげると同時にキリトの胸に口から大量の吐しゃ物を巻き散らす!
「うぎゃぁああああ!?」
すっぱーん!
キリトは、反射的に小山田浩二の頭を叩いて地面に放り出すがすでに遅くその学ランの上着はゲロまみれだ。
「あ~……僕の上着が……」
「げほっ、うっぷ……な、なにが、上着だ、つか、寝てる人間の鳩尾に腹ぱんて……ナニこの仕打ち? 解せぬって_____ふぅおお??」
ゲロゲロになりながらもなんとか体を起こそうとした浩二の側面から特攻する艶やかな黒髪。
「こっじ! こっじぃいい! ゲロ臭いけどこっじだよぉおお!!」
キリカが、これまで見た事もないような幼い表情でまるで親鳥を見つけた雛のように自分より一回りは小さい男子中学生を力一杯抱きつぶす。
「あぶっつ!? ちょ、胸が! 息がっつ!? やめて! お宅のシスコンの弟さんが殺気だった目でこっちを見てらっしゃるからやみて! お願いーーー!」
息も絶え絶えな所に、キリカの胸に視界と呼吸を奪われ悶えるその姿に私は苦笑する。
「大丈夫か?」
私の肩にそっと乗せられる温かな手。
「ギャロ……」
「今のお前は____」
私は肩に乗った手に触れて、その言葉を遮る。
私は女神クロノス。
例えこの記憶がその陽だまりのような温もりを覚えていても、あそこは私の居場所ではない。
「さぁ、私は女神としての仕事をしなきゃ」
踏み出した私に気付いた三人の視線が集まる。
「……!」
近づいた私を警戒したようにキリトが、立ちふさがって体を強張らせるけど『心配すんな』と浩二が言いどっこいしょっとキリカの肩を借りて立つ。
「久しぶりね……小山田浩二」
「よぉ、女神クロノス」
へらっと笑う変わらない笑顔。
ああ。
この数多世界の統合世界の概念を二人も手玉にとって、今まさに目的を果たそうとしているこの少年が堪らなく憎らしく愛おしい。
たとえそれが、植え付けられたもので全てはその手の平で踊らされていただけだとしてもかまわない。
そう、思う事すら思惑どうりの事だとしても私は……。
「ちょっと待った!」
手をかざした私に浩二が待ったをかける。
「ほら、帰る前にさ、ちょっとだけ……いいだろ?」
ちょっとバツの悪そうな照れくさそうな浩二の視線の先。
そこには、彼の血を引く子孫たちが佇む。
ギャロ、R、ガリィちゃん……それと、いつからそこにいたのかガイル君。
ちょっと焦げたオレンジの毛にふて腐れた態度で耳をたたんで眉間に皺を寄せている所を見ると、足止めではギャロに負けたみたいね。
浩二は、その幼さの残る顔つきに似合わないどこか遠くから見守るような穏やかな瞳で己の子孫たちを映す。
千年。
ユグドラシルの概念として、自我を保てなくなってからは触れることなく遠くから見守ってきた。
永遠の時間の中で、生まれては死ぬ愛しい存在達。
浩二にとって、完全な自我をもって彼らに向かい合うのは本当に久しぶりの事なのだ。
「遠慮なんてしなくていい……彼らは貴方の家族、止めるべくもありません」
「ありがと」
ふらりと、キリカとキリトの元を離れた浩二が私の横を通り過ぎ_____ぽすん。
肩に浩二の手がが触れた。
「ごめんな」
それは、なんについての謝罪?
「……残酷な人……」
それでも『私』は、貴方を憎むことなんてできない。
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浩二は、私の側を通り過ぎると徐々に歩を速めついには駆け出す。
無理もない。
彼にとって、愛しいくて堪らな_____。
「ギャロたぁああん! ガイルきゅぅううん! ガリィたん! れんぶらんたん! 俺の毛玉達ペロペロペロ」
両手を大きく広げた浩二が、手前にいたガリィちゃんに迫る!
「みゃみゃっつ!? ガイルおいたん! 全裸が、全裸の人がこっち来るの!」
「だよな! やっぱ、あのジジィ全裸だよな? なんて今まで誰も突っ込まねぇんだよ?! つか、先に逃げんな兄上!」
全裸で駆け込んでくる自分の先祖とされる人物の奇行に、怯えたガリィちゃんがガイル君に飛びつくがそれよりも先にRを小脇に抱えたギャロが脱兎のごとく距離を取ってる?!
「頼んだガイル」
「は?! あにう____ぎゃあああ!??」
全裸の特攻。
逃げ去るのが遅れたガイル君とガリィちゃんは、あっと言う間に浩二に抱すくめられる。
「はぁはぁ、すんすんすん、あむあむあむ」
「ふぎゃ?! 嗅ぐな! 嗅ぐんじゃねぇ!? か、噛むな! 耳を噛むな! いやぁあああ!!」
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「み"ゃ"ぁ"あ"あ"あ"! クサイの! うえってしたのクサイの! はむはむやぁ! み"ゃ"! み"ゃ"ぁあ"あ"ん!」
全裸の先祖に地面に引き倒され、撫でられ、甘噛まれ、嗅がれるガイル君とガリィちゃんの姿をギャロとRが引きつった表情で見てため息をつく。
「はぁ……我らが祖、全裸オヤマダよそのくらいにして下さい」
「そうなんだな! ガリィちゃんに全裸ですりすりばちぃんだな!」
たまりかねたRが駆け寄り、ガリィちゃんの頭皮をすんすんしている浩二の髪をぐいぐいと引く_____がしっ。
「にゅ? にぎゃぁあああああ!!」
当然と言えば当然だけど、Rはぬんと突き出された腕に捕まれその胸元に引きずり込まれる。
「くんかくんか、俺のラブリーなトカゲちゃん♪ するするすべすべ~ぺろぺろ」
「みぎゃ!? 尻尾舐められたんだな! 変態なんだな! 全裸の男の胸にぎゅうぎゅうなんてヤなんだな! キモイんだな!」
浩二の注意がRに逸れやっとのことでその魔手から逃れたガイル君とガリィちゃんは、半ば半泣きになりながらギャロの元へと離脱した。
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「みゃああああ~舐められたの、クサイのーー!」
「ち、くそジジィが! 人の体をべたべたと……! つか、兄上____」
真っ先に逃げた兄に文句を付けようとしたガイル君は、その憂いを込めた表情に口をつぐむ。
「我が祖よ」
Rを弄繰り回すのに夢中な浩二の元に歩み出たギャロが、膝をつき頭を垂れる。
「ぺろぺろ?」
「長きにわたりこの世界を見守りつづけ、更にお救い頂きありがとうございます」
「はむはむ」
「が、貴方が彼女にしたことを俺は許せな______」
ぽす。
頭を垂れたギャロの頭に手が触れさらりと深紅の髪を撫ぜた。
「お前は優しい。 だからこそ彼女を此処まで導けた」
「……!」
その言葉に驚いたように顔をあげたギャロの視線が険しくなり浩二を睨む。
『利用された』
自分の気持もその行動も、この賢者にいい様に使われた。
普段、滅多な事では怒らないギャロに明らかな怒りが色ずく。
「ダメ! おいたん!」
振り上げたこぶし。
それは、背後から掴まれる。
「止めろ兄上」
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「止めるなガイル! お前らだって魔王の事が」
「オレと害虫はヒガが望むなら従う」
自分の腕をがっちりと掴んだ震える腕に舌打ちしたギャロは、口惜しそうに拳を収めた。
「おーおー~良い子でしゅね、ガイルきゅぅううん♪ そんな健気な良い子にはじぃじから_____」
へらへら笑う浩二にギャロがさらに殺気立つけど、弟の手前その怒りを咀嚼する。
ああ、ギャロ。
私は_____。
「女神クロノス」
不意な背後からの声に私は振り向く。
「キリト」
名前を呼ばれたキリトは、少し眉間に皺を寄せたがその視線に先程の憎悪はない。
「……本当に、僕の知る女神は死んだんだな?」
「我々にとって、『死』と言うのは少し違うけど彼女は此処で眠りについた」
私の撫でる下腹に眉を顰めたキリトだけれど、すぐに視線を戻し口を開く。
「本当に僕と姉さんを元の世界にへ戻してくれるのか?」
声にこもった疑念は当然の事だ。
魔王であるキリトにとって、女神クロノスは敵であり姉のキリカを苦しめた憎い存在。
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それに、かつての女神クロノスの発狂ぶりからしての信用できないもの無理はない。
「ええ、私は貴方たちを元の世界へ返します……信じることができないのも無理はないけど……信じてほしい」
じっと見つめる漆黒の双眼は、探るように私の目の中を覗く。
「切斗、『姉さん』が信じられないの?」
キリトの肩に手を乗せキリカがたしなめる。
「姉さん! けど!」
「切斗……私と彼女はつい最近まで一つだったんだよ? それに、こっじも大丈夫って言ってたじゃない?」
姉の言葉にようやく視線をそらしたキリトだけど、やはり警戒は解いてはくれない。
寂しいけれど仕方ないよね。
いくら私の中に『比嘉霧香』としての記憶があっても、私は『霧香』では……あの子の『姉』ではなもの。
「クロノス……」
私の手をそっとキリカが取る。
キリカは何か私に言いたげに口を動かそうとするけれど、それは言葉に出来なくて辛そうに息をするのがやっと。
「ありがとう。 大丈夫だから」
「けど!」
泣かないで私のキリカ。
私は、キリカの額にキスをする。
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「お前! 姉さんに何すんだ!」
驚いたキリトが、キリカを私のもとから引っぺがすように連れ去りキスをした額を確認するようにまさぐる。
「ちょ! 切斗! 何にもなってないってば!」
「何もなってない訳ではないんだけど……」
「え!?」
「てめぇ!!」
私は、引きつる二人をどうどうと諫める。
「べ、別に怪しいものじゃないから! ただ、与え損ねていたものを付与しただけだから!」
「ふ、ふざけんな! 一体何を与えたんだ!?」
「わぁ! やめなさい切斗! 痛くないし、どこも変じゃないから! 大丈夫なものだよ……た、多分」
やいのやいの騒ぐ私達の元に近づく複数の足音。
「おーい! なんか盛り上がてんなー?」
猫耳の集団を引き連れた雑草のこしみのを巻いた浩二が、意気揚々とこちらに向かって歩いてい来る。
「こっちの用は済んだからさー! さっさとお家にかえろうぜーーーー!」
元気いっぱいそう言った浩二は、キリカとキリトの間に立ちじっと見上げた。
「じゃ、いっちょやろうか?」
「……はい」
差し出された掌底に私は手の平を重ねる。




