女神と魔王と賢者と終焉⑦
月の瞳。
赤い耳。
その見事な尾が、揺れて。
「ギャロ!?」
何でとか、どうやってとか、そんな事を問う間もなくギャロは私の前に立ちはだかりソレに貫かれる!
ビチャ。
頬に跳ねる甘く濃い血。
「ギャロ! やめて!」
手を伸ばそうとしたけど、その手はすでにボロボロに朽ちて肘から先がない。
その背に追いすがろうにも、左足が膝から陶器の人形のように『割れて』しまった。
ビチャ!
ビシャ!
ギャロが血を流す。
『私』を庇って、『私』なんかの為に!
もういいの!
もう私は助からない!
ソレに、私は貴方の『キリカ』じゃない_____。
「また、くだらない事を考えてるな」
血に染まったその背が、私を咎める。
「俺は言ったはずだ、『俺は今までも、今現在も、これからも、来世でもずっとずっとお前を永遠に愛し続ける』と」
「ギャロ! だから、私は貴方の愛する『勇者』なんかじゃ_____」
じくっと、鈍く疼く熱を持った右の首筋。
え?
私は、まだ無事なほうの手で恐る恐るその熱に触れる。
熱い痣。
それは、まぎれもなくギャロの牙が食い込んだ場所。
「どうして……?」
キリカが持っていたものは全て返したのに……私に残されるのは女神クロノスの残りカスくらいの物だったはずなのに。
まさか!
「気が付いてたの……?」
「ああ、最初は半信半疑だったけどな」
「いつから……?」
「確信したのは、お前があの砂漠で正式に俺に求婚したときだ」
ギャロの立つ地面は、血だまりが出来ているけどそれでもその口調は淡々と言葉を続ける。
「お前は、強く俺を欲した……が、俺の知るキリカはそんな事しない。 誰にも平等に愛を振りまく勇者は、決して一人を深く求めることはしないんだ」
罪悪感で胸が締め付けられる……私はなんてことをしたんだろう。
コレは、結果としてギャロを騙した事になる。
「ご……ごめん……知らなかった、私、自分が何なのか知らなかったの……謝って済む事ではないけれど」
「は? 何故、謝る?」
攻撃を一身に防いでいるギャロが180度首を回して私を睨む!
え?
体は正面向いて攻撃を防いでるよね?
「ええ?? キモっつ!? つか、首の骨やわらかっつ!? なにソレ、どうなってってんの!?」
「ん? ネコ科の獣人は柔軟性にとんでいるからな……って、今はそこじゃないだろう?!」
ギャロは、顔だけこっちを向いたままツッコみを入れて眉を顰める。
「謝るとはどういう了見だ!」
「だって! 私は、厳密には勇者じゃ……ギャロが愛するキリカじゃなかったんだよ? なのに、け、結婚なんてして……」
「ん? 俺は、キリカも愛してるし今のお前も愛してる。 何か問題でも?」
「え"?」
ギャロは事もなげに言う?
ん?
キリカも好きで、私も好きって。
「ふ、二股じゃん?!」
「フタマタ? なんだそれは?」
「なによ! この前、私がガイル君から栄養を分けてもらった時とか散々文句いっといて自分もう、浮気じゃない!」
「浮気とは聞き捨てならんな! 俺の愛は、浮気の様にどちらかにうつろうような半端なものじゃない! 妻として二人の夫を命に代えても愛してる!」
「どっちもなんて! そっちの方が問題だよ!!」
なんなの?
この世界って、一夫多妻? 多夫一妻? 的な事が許される系?
ハーレム、逆ハーレムがデフォルトなの??
あ"。
そう言えばさっき、リフレがRとガリィちゃんをお嫁さんとか普通に言ってた気がしないでもない。
けど、それにしても……。
「ふふ……」
「なんだ? いきなり怒ったと思ったら____」
私は、訝し気に眉を顰めた180度首をこちらを回す愛しい妻を見上げる。
今まさに、死ぬって言う大ピンチだって言うのに。
自分の事なんて全部諦めていたのに。
欲が湧く。
死にたくない。
貴方と一緒に生きたい。
「ギャロ、そこをどいて」
「断る。 その手足のもげた体で……死ぬつもりか!」
「違う」
私は、じっとギャロを見上げる。
顔には出さないけれど、ギャロはもう限界……これほどまでに長くあの二人の攻撃を防ぎ続けるなんて流石は賢者オヤマダの血を引くだけはある。
けれど、もうこれ以上は駄目。
「ギャロ、私は死なない……信じて」
ギャロの月の瞳が私をじっと見据え、ぐっと瞼を閉じた。
「俺も一緒だ」
素早くのいたギャロは、私の背後に回って体を支える。
ギャロがのいた事により、遮られていたエネルギーが白と黒の螺旋が混じって私たちを貫く!
「かはっ!」
肺に刺さって血がせり上げる。
私は天を仰ぎ、大きく両手を広げた。
『遍く時よ! 我が命を持って、滅びの時より遡れ!』
私の呼びかけに、白銀の魔法陣が展開しそこに白と黒の螺旋が吸収され混沌の空に巨大な門が現れた。
門の上部にはクリスタルの文字盤の時計がはめ込まれ、それを中心に数え切れないほどの巨大な薇や小さな薇が犇きそれぞれがかみ合いカチカチと規則正しく時を刻む。
カチカチ……カ______。
突如、それらの全てが動きを止める。
ぎ……ぎ……ギギギギギギギギギギギギギギギギ!!!!
耳を塞ぎたくなるような鈍い音を立て、時計の秒針が逆さに回る……それはまるで悲鳴のようだ。
時計の秒針が巻き戻り12時を指す。
ボーン。 ボーン。 ボーン。
空間に鐘の音が響き扉が開くと、白い光が差し込み私を照らした。
「くっ……まさかアレは!」
「ね、姉さん……!」
ガクッと膝をつく勇者を同じくらいふらつく魔王が支える。
「まさか……ここであれを使うなんて……!」
忌々しいと、キリカが私を睨む。
そう、貴女ならわかるはず……コレは『時の羅針盤』。
かつて、女神クロノスたる私がユグドラシルと同じ数多世界の集合体であった頃に時と時空の均衡と正確な時間を刻む為に創造したもの。
けれど、私はそれをこの世界の破滅を引き延ばす為に無理やりネジをこじ開けて巻き戻していた。
ソレに必要な糧としてあの子達のエネルギーを搾取して。
「抵抗しても無駄。 あなた達のエネルギーは全て『時の羅針盤』に集められた」
私の言葉に、勇者はその手の中にあった筈の聖剣が消え自分の髪の色が元の黒に戻っていることに驚愕する。
それは、魔王も同じ。
見た目こそ変わってはいないけれど、漆黒の剣を再生しようとしてもそれが出来ないどころか立つことすらも辛そうだ。
羅針盤にエネルギーを糧として吸収される……本来ならその存在ごと消滅するところなのに肉体が無事と言う事はやはり……。
「よかった……」
悟られない様に小さく漏らした私の言葉に、ギャロの耳がぴくんと振れる。
私は、ギャロの腕から離れ這いずりながら『時の羅針盤』に手をかざす。
そう。
このエネルギーを使えば、また、いつものように『巻き戻せる』。
滅ぶ前に。
朽ちる前に。
マキモドドセ!
マキモドセ!
ワタシノ『セカイタ』ダ!
モウウバワレナイ!
ナクサナイ!
クリカエセ。
ナンドデモ!!
狂った哀れな声が、耳の中で残響する。
けれどそれは貴女の言う通り『繰り返す』だけ。
また、時が満ちれば同じことをしなければならない。
「やめて、クロノス! また繰り返すの? もう、もう……こんなの……やだよ……」
魔王の腕に縋り付き辛うじて立つ勇者は嗚咽を漏らし、支える魔王は二度と離れたくないとしがみつく。
それはまるで、ひな鳥が寄り添うように。
相容れない二つの魂。
何千何回と殺し合い、砕けて消えて繰り返す閉じた輪廻。
その輪を逃れた二つの魂は、同じ血の肉体をもって手を取り合う。
「ギャロ……これから何が起こっても、私を信じてくれる?」
脚が割れ手がもげた惨めな女神の残りカスの言葉を、背後の私の月が無言の肯定をする。
ギギギギギ……ギギギギギギギ……!
無理やり出現させた空中に蠢く『時の羅針盤』は、幾度も繰り返されいる苦痛を与える主人に不機嫌に呻く。
「時の羅針盤よ、その遡る力を_______私に!」
ガコン。
命ずる言葉に『時の羅針盤』は、従う。
巨大な秒針が重なり、溜まりに溜まった行き場の無くなったそのエネルギーをはき出す!
ドン!
まるで、滝のように羅針盤から溢れる勇者と魔王の魔力。
降り注ぐ羅針盤の中で咀嚼されたそれは、先程までの触れればその身を焦がすと言う事はない。
苦痛に代わりは無いけれど、私はそれを全て飲み込む!
凄まじい衝撃と、混沌を照らす光と闇。
決して交じり合うはずの無かった二つの力は、私の胎内で蠢き破壊し巻き戻し破壊してそれを繰り返す!
苦痛に耐えかね獣の様に吠える私を、ギャロが背後から抑えようとするが触れることは叶わない。
「_______ぁ、けほっ! ぁ"ぁ"……」
永遠とも感じる苦痛が不意に終わりを告げる。
バキィイイイイン!
混沌の空で、『時の羅針盤』が砕けその時を刻む時計盤が歯車が秒針が小さなネジが粉々に崩壊してゆっくりと飛散していく。
「そんな……時の羅針盤が……! クロノス……一体何を……?」
勇者の顔が強張り、魔王が言葉を失う。
時の羅針盤の崩壊。
それは、もう二度と時を巻き戻すことが出来ないと言う事。
そう、もう二度と繰り返せないし繰り返さない……あの世界はもう……!
私は軋む体を起こして、立ち上がる。
苦痛と引き換えに手に入れた力。
おかげで、手も足も体も傷も修復再生され背中の翼も大きく広がる。
「その姿……!」
背後のギャロが、息を飲む。
そう、私の姿はキリカと同じ黒髪にその背の6枚の白銀の翼には黒羽が混じる。
混じらない二つの力を肉体に宿す。
それは『女神クロノス』じゃ絶体に出来なかった事。
けれど、今の私なら……今の私だからこそそれが出来る……!
Rのルビーの瞳が脳裏をよぎる。
そして、その言葉は賢者の_____小山田浩二のもの。
ねぇ、こっじ。
貴方は私がこうする事を見越して全てを整えたというの?
私はその手に剣を構築する。
それは、漆黒と白銀の入り混じったこの場と同じ混沌の色。
「ギャロ」
「分かった」
背後で控えていたギャロが、地を蹴り勇者と魔王の元へと駆け私は混沌の剣を振り上げ自分の足元に狙いを定めた。
「ま、まさか! やめ_______」
勇者の叫びは、弟と共に抱えられたギャロの腕に遮らる。
ギャロと目が合う。
頷くギャロが二人を抱えた地を蹴ったのを見計らって、私は剣の切っ先を地面に____霊樹ユグドラシルの枝に突き立てた。
霊樹ユグドラシル。
数多世界の集合体。
幾重にも連なる世界線が寄り集まり大きな幹を。
広がる可能性が枝を広げる。
混沌に根を下ろすその姿は、大樹の姿によく似てる。
そして、我々の立つこの場こそあの世界の枝の化身。
ジュクッ。
ああ、突き刺さった切っ先から『死』が広がる。




