追憶の月②
「…貴方は一体誰なの…どうしてこんな事が出来るの?」
そう聞いた私に、彼は少し悲しそうな顔をして口を開く。
「俺は狂戦士ギャロウェイ、勇者キリカの従者にして勇者がこの世界で口にできる唯一の『食糧』だ」
この人が食料?
この世界で唯一の。
「どうしてそんな…」
「お前の魂はこちらの世界のモノだが、その肉体はあちらの世界のご母堂の体内で形成された…この世界にとって異物であるその肉体はこの世界の食糧から栄養を摂取する事は出来ない」
彼…もとい、狂戦士ギャロウェイは私から距離を取って腰を下ろす。
「ぇっ? それが、本当だとして…それで、キ___って、どうして唯一の食糧なんて!」
「俺にはお前と同じ世界から訪れた賢者の血が流れている…その賢者もかつての勇者の『食糧』だった」
「そんな…! それじゃ私____」
「飢え死にしたくなければ、お前は俺から糧を摂取するしかない」
私は言葉を失った。
こんなの無いよ!
ご飯が食べれないなんて!
ご飯が男の人なんて!
ご飯を食べるのが私の人生の中で一番の楽しみなのに!?
ガクンと項垂れる私をしり目に、狂戦士ギャロウェイは鉄の棒に肉を刺しては火にかけていく…いいにおい…いいにおい!
これ見よがしに滴る肉に食い込む牙!
何よ!
もおおおおおお!!
ぐぎゅるるるる~…。
「待て」
狂戦士ギャロウェイは、思わず近づこうとした私にまるで命令するみたいに遠くから手で制止してくる!
私は犬か!
「にく…肉っ!」
「モチャモチャ…ゴクッツ! 待て、まずは俺が食事をしてからだ! 流石に連続供給は身が持たん!!」
引きつる『食糧』。
逃がすか!
よこせえええ!!
「ゴキュッツ!? まてまて! こっちくんな!」
私は自分でも驚くくらいのスピードで、その体を地面に組み伏せる!
「ふしゅうぅぅぅぅ…」
「っち! こうなったら…許せ、キリカ!」
バチッツ!
名前を呼ばれた。
そう思った時には、体が一気に硬直して目の前が真っ暗になりそのままガクンと体が崩れてその胸の上に私は倒れ込む。
「ごめんな」
そう言ったその声は、あの人と同じだった。
◆
「ギャロ、貴方はとても優しい人だからこんな事は私に任せておけばいい…これ以上血にまみれる事なんてない」
私は震える月の瞳をそっと手の平で閉ざして、嗚咽を漏らす唇を塞いで『ごめんな』と言う言葉を飲み込んですべてを喰らって眠らせる。
振り返れば、荒ぶる漆黒の龍。
アレが最後の精霊獣。
これを倒せば、私の中の勇者の力は完全なモノとなる。
そうすれば、この世界を救える。
ギャロも皆を守る事が出来る。
たとえ、『私』が消えてしまうとしても。
◆
ゴト。
ゴト。
ゴト。
「ん…ふぁ、ぺっ! ぺっ!」
薄暗い。
四方を木の板で囲われた場所。
いや…暗くて狭い場所はいや…!
ううん、一人はいや…一人は寂しい…もうこんな冷たい所で一人きりはいや…!
冷たい?
木の壁の上にぽっかり空いた四角い小窓から光が差して、うっすらあたりを照らす。
温かい。
柔らかい。
草木の良いにおい。
大丈夫。
ここはあの暗くて冷たい箱とは違う…。
草?
ううん、これ藁ってやつだ…。
見渡す限り枯れたような色の藁が敷き詰められていて、地面がゴトゴト音をたてて動いて…?
「もがっ!?」
…動けない?
体を覆う黒のマントの上からぐるぐるに巻かれた縄…こういうの何て言ったっけ?
そう、確か時代劇でこんな格好の人が川とかに投げ込まれてたのみたなぁ…『す巻き』ってやつだよね?
ガタン!
「わぷっ!?」
急に激しく揺れて私は、藁に顔を突っ込んでしまう…地面が揺れているんじゃない動いてる?
コレは______。
「のっ、乗り物っつ!?」
ガタン!
ガタン!!
ゴン!
「いっつたあああ~~~!!」
多分、岩かなんかを乗り越えたと思う大きな揺れに中途半端に顔を上げていた私は板の壁に思いっきり額をぶつける!
「キリカ! どうした!?」
額の痛みに悶える私の頭上で、光が差す小窓ほどの大きさの四角い穴から心配そうな顔がひょっこり覗く。
「どうもこうも! ナニこれ?? 何がしたいの?? 拉致なの? 監禁なの??」
「落ち付け! もう少しだ!」
コレが落ち着いてられますか!?
こんなぐるぐる巻きにされて意味わかんないし、一体どこに連れて行こうとしてるのかも分からない…こんなの大人しく従うとでも?
「に…逃げなきゃ!」
私は、後ろ手に固定された手の平に意識を集中させる!
さっきの要領を思い出して…呼び出すの…私の剣______。
「来て、グランドリオン…」
けれども、いくら念じても彼女は来てくれない…どうして!?
さっきは出来たのに!
もだもだしている内にも、ゴトゴト揺れるこの乗り物は速度を上げ荒々しく突っ走る!
ガコン!
ガコン!
ドカアアアアアアン!
悪路を駆けていた筈の箱が激しく揺さぶられる!
「え"?」
地面からじゃない!
今度は、側面から何か強い衝撃がこの箱のように囲われた全体を揺さぶって中にいる私はまるでピンボールの玉みたいにゴロゴロと勢いよく転がされて壁にあちこちをぶつけまくる!
それも何回も!
「ぺっ! ぺっ! わりゃが口にっ!」
「キリカ! 俺がいいと言うまで伏せてろ!」
藁に顔を埋める頭上から声。
口に入った藁を吐きながら私は確信する…この恐らく馬車のような乗り物は、今、まさに何者かに攻撃されていてそれから逃れようと逃走しているんだと!
バキッツ!
「うきゃああ?!」
そう考えをまとめた瞬間、外から木の壁を貫いて何かが飛び込む!
それは赤い…矢のような、矢が赤くてメラメラしてるって言うか…これって…!
「火? 火だよねコレ??」
認識した時には遅くって、矢の様だったソレはそこら中に敷き詰められた藁に一気に燃え広がる!
え?
え?
ナニこれどうしよう!?
こんな時どうするんだっけ??
えっと、避難訓練とかで何習ったっけ???
あ、そうそうこんな時はまず周りに危険をしらせるっるっはずだよね!?
「かっ、火事だーーーーーーーーー!!」
って、叫んだけど…いやいや叫んでもどうにもならないから!
ここ消防車とかないから!!
「火、火! 火には、水!!」
そう、落ち着いて…!
私は勇者。
魔法、この世界には魔法がある…水。
ごぽっ。
腹の奥で答える。
「水の神の僕ウンディーネの名のもとに唸れ! タイダルウェイブ!!」
目の前の火の海が一瞬にして水底に覆われ、そして私を乗せたこの木の箱が突如出現した内部水圧に耐えきれず破裂した!
ざっぱーーーーん!
それはまるで水風船が割れるように一気に決壊したように、私は噴き出す水に外にはき出される。
「けほっ! げほっ…」
「やっと、見つけた」
頭上から降る声に、私は水浸しになった赤土の地面からようやく顔を上げた。
眩しい…。
太陽の逆光に顔が直視できないけど、その燃えるような明るいオレンジの髪と満月のような二つの瞳が私を睨みその手を伸ばして_____。
「キリカに触れるな!!」
深紅の一閃。
ソレに弾き飛ばされたオレンジ色は、肩口を抑えて忌々しいと言いたげに顔あげた!
年の頃は15か16くらいだろうか?
黒を基調とした機動力を重視した軽装でシンプルな防具を身に着け、特徴的な燃えるようなオレンジの髪に耳がぴんを立て睨みつける同じ月の瞳が対峙する。
そっくりな顔。
私は思わず二人を見比べる…わっ、まるでコピーでもしたみたい!
「どういうつもりだ…ギャロウェイ兄上!」
オレンジ色が吼える!
兄上?
「…アイツがどんな想いで探しているか知っているだろう!?」
「…」
狂戦士ギャロウェイは、ビリビリと空気を振動させる咆哮から私を守るようにその背に隠す。
「どけ…今すぐアイツの所へ連れていく!」
「駄目だ、絶対に行かせない!」
そう互いに叫んだ二人は、互いに地面を蹴る!
「我、火を司る神アグニの名の下に命ず! 灼熱をもって焼土と化せ!! 『フレア』!!」
「我、火を司る神アグニの名の下に命ず! 灼熱をもって焼土と化せ!! 『フレア』!!」
拳がぶつかった!
そう見えた瞬間、凄まじい爆発と灼熱の熱風が周囲を巻き込み私に向かって迫った!
ごぽっ。
思わず目をつぶった私の耳に水の音がして、胸の精霊石が氷のように冷たくなる。
あ、熱くない…?
直撃するはずの熱風は、いつまでたっても私を焦がさない…それどころか底冷えするように寒い?
『お気をつけて、我が君。 あなた一人のお体ではありませんのよ? どうぞわたくしめをお召ください』
包み込む冷たい水の球体に、ゼリーの瞳が微笑んで頬に冷たく唇を寄せて消える。
体を冷気が包んだまま、私は顔あげ未だ凄まじい炎と爆音をあげながら争う深紅とオレンジを睨む!
オレンジの子は、狂戦士ギャロウェイを『兄上』と呼んだ。
そして、あの子は私をどこかへ連れて行こうとしてそれを止めようとする狂戦士ギャロウェイと争っている。
…そっくりな顔。
どう見たって二人は兄弟で、理由はよくわからないけど喧嘩の原因が私らしいことは間違いない!
「…だめ…そんなの…!」
私は手をかざす。
スチャ。
手の平にいつもの感触。
「兄弟は仲良くしなきゃ…!」
私は剣を構え、爆音と灼熱の渦に切り込む!
精霊石からのウンディーネの力の加護をえているお蔭で、体を焼くことはない!
爆発で舞い上がる土煙の中、私は剣を一文字に振るう。
「時と時空を司る女神クロノスの羅針盤、遡れ在りし日の時へ! レェトゥラアクティヴ!」
すると、舞い上がった土煙がひび割れ隆起した地面がまるでビデオの巻き戻しのように戻される。
範囲は魚人たちの水域より遥かに小規模だけど、今の私にはコレが精いっぱい…!
「こっ、コレは…!」
「キリカ!!」
互いに殴り合っていた二人は、弾かれたように離れ狂戦士ギャロウェイは目眩に膝をついた私の元へ駆け寄りオレンジ色は距離を取ってこちらをうかがう。
その視線は、一瞬驚愕したように見開いたけど次の瞬間には殺気を放って私を睨んだ。