女神と魔王と賢者と終焉⑥
私は、誠意をもって包み隠さず正直な気持ちを切斗に話す!
は、恥ずかしくったって、ちゃんと言わなきゃ!
私は、切斗の姉さんなんだもん!
切斗が生まれた時に誓ったから。
清く正しく清廉潔白に!
あんたに見せても恥ずかしくないそんな人間に成ろうって!
そして、あんたの事は必ず『私』が守るって!
だから______。
「姉さんが、アイツを好きだって?」
私の肩にもう痛いくらい食い込む指の力がすっと抜ける。
「ふふふ……あはっ」
「き、切斗?」
肩から離れた左手で手で自分の目を覆った切斗は、堪えることができないみたいに吹き出す。
「あり得ない、僕の姉さんは全てを等しく守りはするけれど誰も愛さない」
「な、なに言ってるの?」
「ああ、愛さないんじゃなくて全てを愛していると言うのが正しいかな?」
「ちょっと、私は真剣に____」
がしっ!
突然、切斗が私のセラー服の襟を乱暴に掴んで引き寄せる!
「僕の最愛の姉、比嘉霧香は全てを守り救う勇者だ! だからそれはあり得ない! そう創られてはいないんだよ!」
「!」
私の脳裏にギャロの言葉がよぎる。
そう、彼女はキリカはギャロの事なんか愛して無かった。
キリカにとって、ギャロもこの世界のすべての民は守る対象……愛する者たち。
その愛は、誰かに偏るモノじゃない。
切斗の事だって同じ。
守るべきもの私の弟。
でも、この思いは?
ギャロの事がこんなに愛おしいこの気持ちは、一体誰の_______どくん。
「ぁっ、かはっ?!」
「ようやく効果が出てきたな」
切斗の声が冷たく笑う。
い、息が苦しい……背中が焼けるように熱い……!
下腹の奥が荒ぶって、内臓が蠢めいて、左の胸が熱くて熱くて痛い!
「けほっ! あ、熱いぉ……キリちゃっつ!」
生理的に涙を流す私を、切斗のまっ黒な瞳が冷たくみあげる。
「さっき、お前の翼を刈った刃は僕の血で形成されたものだった」
「けほっ……?」
「勇者を女神クロノスを否定する魔王血。 それが、少量とは言え傷口からお前の体内に入り体中めぐってる。 はじめはメイドに持たせた武器の中に、知らずに動きが鈍った所に次は刃で」
じくっと、手がしびれる。
「切斗っ……なんで?」
「呼ぶな!」
襟を掴む手がギリッっと、締め上げ息が詰まる。
「姉さんの記憶で、姉さんの姿で、姉さんの声で、姉さんの瞳で、僕を想うな、僕を見るな、僕を呼ぶな! ……返せよ、姉さんはお前の一部なんかじゃない!」
ああ。
私は、やっとのことで涙を溜めるその目尻を拭う。
可哀そうに。
苦しそうな弟が愛おしい。
『私』は、思い出す。
黒ぶち眼鏡の向こうから、へらりと笑ったあの男は『私』のすべてを破壊しそのかけらで私が壊したあの子の____キリカの修繕に使った事を。
キリカ。
今はそう呼ばれている『私』の創った勇者。
本来、何感情も持たず定められたプログラムに従い魔王を討ち共に世界の糧になる『勇者』と名のついたエネルギー体。
けれど、あの子は異世界からの訪れた賢者によって感情を与えられ異世界へ逃れてからは弟思いの姉になった。
それを『私』は奪い、壊し、もとのプログラムに戻してしまった。
その時、キリカと呼ばれた人格は記憶だけを残して消滅したと言って良い。
普通なら、もう元には戻れないけれど。
魔王の血。
いいえ、弟の想いは完全に壊れた姉を一時は取り戻した。
そう、けれどそれは一時だけの事。
だから、貴方はキリカを連れ去った。
姉思いの弟を悲しませない様に。
ごくり。
触れた唇から流し込まれた黒い血。
苦く。
焼ける。
ああ……もう十分だ。
全てを返そう。
この愚かな『私』を貴方が生かしたのは、この為なのだから。
◆
「姉さん! 姉さん!」
全身の激しい痛いみと、その悲壮なまでの声に私は目を開けた。
頭が痛い……吐き気がする。
大樹の幹に横たえる体は、鉛のように重い。
「姉さん、分かる? 僕だよ! 切斗だよ……お願い……目を開けて……」
最愛の姉を抱きしめる弟は、嗚咽を漏らす。
ああ、泣かないで……大丈夫。
もう目覚める筈、ほら。
「ぁ、姉さん! 姉さん!!」
「切斗……?」
キリカは、まだぼんやりとした意識でようやく動く手を伸ばして涙の伝う頬を撫でる。
「私のカレーまだ残ってる?」
姉の微笑みに、弟は息苦しい程にその体を抱きしめ崩れるように膝をつく。
良かった。
貴方のもくろみは成功した。
これでキリカは、私の補助なしに自活できるまでに修復されたのね……。
私は、鈍りのように重く鈍い体をやっとの思いで起こす。
「姉さん下がって!」
体を起こした私を見た切斗は、抱きしめていたキリカを自分の背に隠してその手に漆黒の剣を出現させ警戒する。
「姉さんは取り戻した! 最後はお前を殺すだけだ……女神クロノス!」
勇ましく刃を向けるその背後。
見慣れた黒の瞳が、私を捉えると驚いたように見開く。
私は浅く息をした。
さぁ、始めよう。
最後の戦いを。
「ふふふ……」
私は立ち上がり、二人の仲の良い姉弟を見る。
その見すえる二人の双黒の瞳が映す姿は、腰まで届く白銀の髪に赤い瞳の背中に六枚の白銀の翼を持つ時と時空を司る女神。
勇者と魔王。
戦うべくして生まれた二人が、仲睦まじく互い互いを想い手を取り合って私に対峙する。
ああ、コレで良かったのだ。
コレで私の罪は注がれる。
けれど。
その代償はあまりにも大きい。
私は私の座するこの地面の幹を見る_____間違いない。
……この枝はあの世界の具現。
滅びの時から救うには、あの子達を糧にしなければ『巻き戻せない』。
「諦めろ、女神クロノス! 今のお前は、姉さんとの分離でほとんどの力を消費している筈だ! 終わりだ、僕らはコレでこのクソみたいな宿命から解放されるんだ!」
魔王が、漆黒の剣を構え地を蹴る。
「まって! 切斗!」
勇者が手を伸ばすが、一歩ずれその手は届かずあっと言う間にその切っ先が私の首に迫った。
ごめんね。
ガキィイン!
「ちっ!」
首に触れた刃は、白銀の羽に阻まれ弾き飛ばされる。
「切斗!」
弾き飛ばされた魔王を支える勇者が、私に鋭い眼光を向けその手に聖剣を出現させた。
「どうして? それが、本心なの?」
そう問う瞳は、漆黒から鮮やかな赤へ。
髪も私と同じ白銀へと色めき、その背から同じ翼を広げる。
キリカ。
私の勇者。
何千何回とその命を捧げ、この世界の糧となった愛しく可愛い哀れな仔。
今の今まで私たちは一つであった。
貴女の目に、今の私はどう見えているのかな?
短い間だったけれど、同じ記憶を共有し共に過ごしたこの日々をどう感じている?
繋がりの事切れた魂の色めきなど、もう解りはしないのだけれど。
「ねぇ、答えて! 私は、出来れば貴女を殺したくはない……! けれど、」
キリカ、涙を流すその瞳はなんと美しのだろう。
「どうか、許して」
ああ、感情を植え付けられてなお穢れ無き魂よ。
弟を守り共に生きる事を選んだ事を悔やまないで、貴女は決して間違ってはいない。
けれど、私はそれを許す訳にはいかないだ。
この世界を守らねば。
私は女神クロノスなのだから。
「姉さん! クロノスに何を言っても無駄だ!」
魔王は、涙を流す勇者に言う。
ええそうね。
私とあなた達は相容れない。
こんな時、『女神クロノス』ならなんと言うだろう?
『私』は、持ち主を失った記憶に呼びかける。
そこに見えたのは、満たされない孤独。
可哀そうに。
枝葉を失い、たった一人で絶望に苛まれて。
抱きしめてくれる手も。
語り掛けてくれる相手も。
貴女には誰もいなかったんだね?
ただ、自分が生きるために必要とされたかったんだ。
寂しさからこの世界に寄生して、かりそめの温もりを守る為に勇者を創って。
馬鹿な人。
そんなの虚しいだけなのに。
「そう、私は女神クロノス……」
自分の持つ世界の全てを失い、己の死を目の当たりにして狂ってしまった哀れな統合思念なれの果てはきっと。
「ふふふふ……私に、この女神クロノスに逆らうと言うの?」
「!?」
狂った嘲笑に、勇者と魔王は身構える。
「糧の分際で身の程を知りなさい!」
吹き荒れる白銀の羽は、鋭い刃の嵐となって降り注ぐ。
「くっ!」
「切斗!」
無数の羽が魔王の腕を掠めその肉を焼く、それを目の当たりにした勇者が聖剣で払いのける!
魔王が私にとって有害ならその逆もしかり。
押さえた腕の傷は、じゅうじゅうとくずぶり苦痛に歪む。
「クロノス!」
「私に牙を剥くの? キリカ……悪い子ね」
弟を想うその眼光は、かつての従順なそれではない。
「切斗によくも!」
そう、貴女はそれでいい。
貴女は、弟の為。
私は、この世界と民の為。
たとそれが、歪んだ身勝手な願いであったとしても。
「さぁ、戦いましょう」
私は残りの魔力を循環させて翼を広げ、勇者と魔王は手を取りう。
二つの反発しあう力は、つないだ手を傷付けながら混じってその力を跳ね上げる。
魔王の力は確かに私に反する力だけど、女神を消し去るには足りない。
勇者の力は女神クロノスと同属のものだから傷つける事も叶わない。
だからあなた達は、その方法を取った。
交じり合う二つの力。
それは、滅び行く世界の時を巻き戻せるほどに強大だ。
それだけあれば、今の私を倒す事など容易だろう。
とても敵わない。
今の魔力残量を考えても、その力は遥か上……防ぐことすら叶わない。
交じり合う黒と白は同時にその言葉を口にする。
「「クロノブレイク!」」
それは、全てを破壊する破滅の言葉。
黒と白の光が私を貫く。
世界が終わる。
私の世界が。
黒と白の光が私を貫く。
ねぇ。
どうしてかな?
私は、『女神クロノス』はさみしかっただけ。
己の死よりも。
混沌の無の中に取り残される孤独に耐えかねて、狂ってしまった哀れな数多世界の統合思念体のなれの果て。
それが、『女神クロノス』壊れてしまった私。
裏切り者。
結局、私には何もできなかった。
裏切者。
今度こそ守るっていったのにね。
裏切者。
いつも騒がしかった下腹奥には、もう誰もいない。
ああ……このまま『私』は誰にもなれなまま消えて______。
「情けない、それでもお前は俺の夫か?」
朽ちかけた私の前に、揺れる深紅の長い髪。
「我が夫は、こんな事ではくじけたりはせん。 立て!」




