表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
クロノブレイク・WORLD END  作者: えんぴつ堂
時の羅針盤
42/54

時の羅針盤⑧

 ここは魔王のいる筈だった空間。



 無。


 闇ですら霧散してしまう混沌。



 これなら、闇の精霊獣とこの闇属性の肉体なら取り出せる……可能性が……魔王と同じがそれ以上のモノを!



 『気に入らない……私は精霊獣にそのような力の所持を設定してはいないはず……ああ……ユグドラシル……彼方は何故……!』



 その陶器のような肌を伝うのは涙。



 透明な宝石のような滴。


 美しい。



 「どうして……」



 そんな涙が流せるなら、どうしてこんな酷いことができるの?



 軍の皆が、リコッタ隊長が、レンブランさんが何をした!


 彼らは貴女の世界の民でしょう!?



 「だから……私は貴女を否定する」


 貴女に創られた『勇者』だから、貴女が間違っているならそれを正して見せる!


 それが、例え……この世界を危険にさらす事になるとしても!



 頭の中で嘲笑がする。



 これは飛んだ茶番だと、闇の精霊獣がせせら笑う。



 『泣き叫び、もがき苦しめ、それがお前の罪の解』



 その為に全ての力を尽くそう。



 私は、罰せられることを犯した罪を恐れない。



 女神様の手から放たれた魔力の塊と、無数の羽が私に向かって降り注ぐけれどそれは触れる前に飛散する。



 ヤダ……なんだかこんなの『魔王』みたい。


 全ての否定。


 それが魔王の力。


 これは、その再現にすぎないけれど今の女神様には堪える筈だ。



 混沌の闇では、いかに女神様でも実力の殆どを発揮できないでいる。



 だから、こんな精霊獣と借り物の体で再現した力に翻弄されてしまう!



 そう、こんな所に女神が出向くのはそれだけで危険なはず……それを承知で貴女はここで何をしていたの?



 レンブランさん達が、魔王を討とうとした事のなにがいけなかったの?



 魔王と私の戦いがこの世界を救うプロセス?



 それはどういう事?


 『前の私』は、それを知っていたの?



 問いただすべき女神は、口を閉ざして私とレンブランさんを殺そうとする。


 

 私の最後の記憶を解放させる闇は『ほう、目的の為なら勇者の創り主たる女神を殺すか?』と、答えれないの知っていて愉快そうに言う。

 


 空間がゆがむ。


 うねる混沌が女神様を飲み込む。



 悲鳴。


 

 女神の顔が苦痛に歪む。


 ああ、ごめんなさい______いかないで。


 まるで、大切なものを無理やり体から引き裂かれるような孤独と痛み……それは誰の物?



 痛いのに。


 苦しいのに。


 意思とは裏腹に私の唇が動く。



 「クロノブレイク」





 ドクン。




 目の前が真っ暗になる…ううんコレは…!



 それは嵐。


 荒れ狂う空間の渦。


 まるで、ドラム式洗濯機に押し込まれて激しく回転しながら高速で凄まじい量の画像を見せられて……ぁ。



 錐揉み状態の中なのに、その画像は私の目を通して頭の中に蓄積される。



 知っている……ここにあるこの画像を……これは私の……『歴代の勇者達の記憶』。



 『やっちゃったね』



 それはあどけない小さな男の子の声……けれどRじゃない。



 『おねがい、あのこをたすけて』



 ドクン。



 突然、嵐が止んで私の体は重力に従って真っ直ぐ落下する!



 落下する先、真下に見える青白い光の束!



 私の体はその光の中に落ちていく……これはまるで木?



 大きな大きな木。


 体が、凄まじいスピードでその枝葉に触れたというのに痛くない。


 それどころか、揺れり折れたりもしない……まるで……!



 そして、今さら私は気づく。


 自分の手も脚も補足できない事に!



 そして、私はそこに降り立った。



 青白い……幾重にも絡まって膨れ上がった醜い『枝』。



 ほかの美しい均一の取れた幹や枝達とは明らかに違う歪なそれは、今にも崩れ落ちそうにガラガラと樹皮が剥がれ落ちる。



 けれど、そんなもの私にとってはどうでも良かった。



 「ふっ……グスッ……ヒクッ、けほっ……」



 それは掠れた涙声。

 

 その歪にねじれた枝に編み込まれるように、いた……泣いてる……私の可愛い弟が!



 切斗!



 そう叫んだつもりだったのに、声が出ない……やっぱり……今の私には体がない。


 多分それは、賢者オヤマダの力で体を置いて精神だけを時間移動させたから。


 それに、借り物のあの獣人の体ではここへはきっとこれなかったんだ……!



 でも、それどころじゃない!


 切斗!


 やっとあえた!


 こんな所で何してるの?!


 どうして、こんなとこで編み込まれてるの??


 苦痛に歪み閉じた瞳から涙を流す弟をどうにかしてこの歪に絡んだだ枝から助けたいのに、今の私には文字通り手も足も出ない!



 「ね さん……」


 力なくうなだれていた切斗の青白い顔が、ゆっくりと首をもたげる。


 あああ!!


 切斗!


   切斗!


 目を開けて!


 私はここだよ!



 バリッ!


 ……?!


 切斗に体当たりする勢いで迫った私は、何か壁のようなものに弾き飛ばされる!


 

 涙をぬぐってあげたいのに……触れたくても、抱きしめたくてもこのままでは出来ない……どうして……!



 「ね……さん……?」


 震える唇……吐く息は白い。


 ここは寒いの?



 「かえろ……家に……で……」



 ……うん!


 帰ろう! 二人で!




 もう、一分一秒だってこんな所に私の弟を置いておけない!



 切斗の泣き腫らした目がうっすら開いて私を見た。



 「……違う……お前……姉さんじゃない」



 それは、ぞっとするような冷たい声。


 

 「姉さんは……いわない……二人でだなんて……二人だけだなんて……」


 

 ようやく会えた可愛い可愛い私の弟は、見た事もないような険しい眼光で私を睨む。



 切斗!


 何言ってるの?!


 私、私だよ? 姉さんだよ!


 それに、うちに帰るのに私たち以外に誰がいるの?



 「お前は……僕の姉さんじゃない……どんなに似せても見間違うもんか……消えろ……」



 それは禍々しい漆黒。


 それが切斗から噴き出て、私は一気に闇に飲み込まれる!



 遠ざかる……弾き出されてしまう!

 


 いや、まって!


 切斗!


 きりとぉおおお!!



 私の声は、切斗には届かない。



 

 叫ぶ声は、濁流の闇に飲まれまるでカメラが切り替わるように眩いそれは目に飛び込む。



 羽が弾けた。


 悲鳴が消えた。


 残ったのは、彼女の残り香と降り注ぎながら混沌に溶けて消えて舞う無数の羽。



 胸にぽっかりと穴が開いたような喪失感。


 漠然と私は理解する。



 「死んでしまった……私が殺した……?」




 <回答:女神クロノスの反応が消滅しました>



 死んだ?


 こんな事で?


 本当に女神クロノスのが……私が……この世界を司る女神を?


 「私……なんてこと……」


 彼女がいなければ、この世界は滅んでしまう。



 切斗……私っ……!



 <緊急警告:女神クロノスの消滅により発生する歴史改ざんを補正するためにユグドラシルにより『時の補正』が執行されます>

 


 淡々とした『0』の声が、訳の分からないことを言う。


 「な なに? ほせい?」


 <回答:現時点での女神クロノスの消失は、現時間軸より三年後の勇者召還及び魔王との決戦へつながるプロセスへの壊滅的影響が懸念される為、補正の為に世界樹ユグドラシルが介入します>




 世界樹ユグドラシル……それは数多世界を司る絶対の意志。


 時と時空を司る女神クロノスと同格の……いいえ、今の彼女状態ではその意志にそれにあらがうこなど困難だった筈。


 ……あれ?


 私、何でそんなこと知ってるんだろう?


 空っぽだった、霞が掛かったようになにも分からなかった筈なのにまるで溢れるみたいに答えが『思い出せる』。



 戻った……記憶が。



 ああ、分かる!


 思い出した!


 召還されてからの事、ギャロやダッチェスやアンバーやリフレやクリス……皆と旅したことそれに……ん?



 不意に浮かんだのは優しい笑顔と冷たい水の中で震えていた私に触れた温かな手。



 黒髪に黒縁眼鏡のあどけない少年が、泣く私に唇を寄せて空腹を満たす。



 その手にすっぽりと収まるほどに小さな私は、この少年の名を呼んでまるで本当の親のように慕う。



 それはもう一人の子も同じ。


 もう一人の子。


 まっ黒なバスケットボールくらいの大きさのポヨポヨのあったかい塊。


 少年は私に『今日からこいつはお前の弟だ』と言って、そっと私に抱かせてくれた。


 あたたかい。


 あたたかい。


 怯えていたその子。


 もうしないよ。


 ぼくはきみをもう叩いたりしない。


 ごめんなさいをして、ぼくはその子をまもるときめたんだ。


 だって、この子はぼくの『弟』になったんだから。




 <アップデートのお知らせ:ユグドラシルによる『時の補正』発動に伴いユーザーキリカのバージョンがアップデートされます>


 

 記憶の海にまどろんでいた私の意識が謎のお知らせに一気に引き戻される!



 「は?」


 あっぷでーっと?


 あっぷでーっとってなに??


 <回答:アップデートとは不具合の修正や小規模の機能追加を目的とした更新を指すもの。 ただし今回の場合は、キャンセル不可の大幅な更新作業となる事を事前におしらせします>



 『0』は、相変わらず淡々となんだかろくでもない事を言う!



 <回答:ユグドラシルによる補正効果は、現時間軸から三年後の『勇者キリカ』の召喚及びさらに10年後の再出現にいたる限られた範囲となっておりその後の世界維持にはこのアップデートが必須となります>



 世界の維持に必要なアップデート。


 拒否は不可能。


 それが、私の犯した罪の代償なのだろうか? 



 「アプデート……それをすることがこの私が女神様を殺……しちゃった事態の収拾になるの?」



 <回答:女神クロノスに『死』の概念は存在しません。 従って、ユーザーキリカが女神クロノスを殺したという表現は適切ではありません>



 「え?」



 <回答:女神クロノスは消失こそしましたが、その存在は定められた時の補正により修繕・アップデートによって更新されます>



 まって……このアップデートって……。



 <更新データのダウンロード:ユグドラシルのによる修繕が完了及びデータのダウンロードが終了しました。 これよりユーザーキリカの『時の羅針盤』にたいしてアップデート作業を順次行います。 終了まで30分>



 ヴヴヴウウヴウヴウウ!


 『0』の無機質な宣言とともに、耳にハチの羽音のような音がして視界が真っ暗になって……うっ、うぷっ?



 こみ上げる吐き気。


 食べたくもない物を強制的に口から押し込まれるような苦痛。


 やめて!


 こんなの要らない……!


 私は……このまま……このままがいいの!


 かわりたくない……戻りたくない……違う……やぁ……切斗……ギャロ……苦しいよ……!



 どんなに、もがいても、もがいても、無駄。


 泣き叫んで、許しを乞うても止まらない。



 さっきまでの覚悟を決めたみたいな威勢のよさなんて、紙ずくのように崩れ去る。 




 ppppp……。



 00010100111011100011101100……ナンバーレス……ユーザーキリカ…0011101110110111…約15分。


 勇者001~比嘉霧香のメモリーを拡張ハードへ、女神クロノスの既存データ及びβクロノスのデータの共有……00100111仮装メモリー80%解放。


 許容量を超えたデータ量の為、現在使用中の『獣人♀』の肉体を離脱し魔力による外郭を作成。



 腹の底から肉を伝ってくぐもる無機質で冷たい声は、私のすべてを書き換える。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ