時の羅針盤⑥
この体は借りもの。
その、歴史とやらに反するなら容赦なく『0』が干渉する!
「教えて、これから何が起こるの? どうして今この場で私は魔王を倒しに行けないの?」
<回答:この戦は、クロノス歴997年に狂戦士レンブラン・K・オヤマダ率いるクルメイラ軍と賛同する六大大国の連合軍が、魔王討伐へと赴いた【デッドスフォールの大戦】として記録がのこされています。 以下、公式に残されている記録によれば魔王に挑んだ連合軍は壊滅。 作戦は失敗に終わり、領主並びに狂戦士を失ったクルメイラに対して称号の認定を与えるエルフ領リーフベルの大司教フルフット・フィン・リーフベルは領主称号をガラリア・K・オヤマダに狂戦士称号をギャロウェイ・K・オヤマダに付与したとあります>
「え……まって……それって!」
<回答:狂戦士の称号は一世代一名とされているので>
「そこじゃない! 壊滅……壊滅ってどういう事?! 私達の隊以外にも犠牲が? ……レンブランさん……レンブランさんは?!」
<回答:先発隊を含めるすべての連合軍は壊滅したと記録があります>
淡々とした宣告に膝が震える。
壊滅。
だから私は、今も前も召喚された時にギャロにお兄さんには会えなかった。
死んじゃうから。
死んでいたから。
みんな……みんな死んじゃった。
目の前にいたのに、あんなに良くしてもらったのに。
知っていれば……早くこの事を知っていれば!
助けられた……助けられたのに!
レンブランさん……まだ今なら!
まだ間に合う!
レンブランさんだけでも!
「レンブランさん!」
私は、闇の向こうへ消えたレンブランさんを追おうとしたけどその足は動かない!
<警告:歴史改ざんへつながる活動は禁止事項となっています>
無感情な機械の声は、この肉体の動きを制限する!
「ふざけるな! こんなのおかしい! 歴史がなんだ! 今ここで魔王を倒せば済む事じゃない? そうすれば、もっと早く教えてくれれば誰も死ななかったじゃないか!」
<警告:歴史改ざんへつながる活動は禁止事項となっています>
ダメ!
こんなのダメ!
助けなきゃ!
レンブランさんを死なせちゃダメだ!
「0……どうしても私の邪魔をする?」
<回答:この時間軸で許されているのは闇の精霊獣の玉座の捜索と闇の精霊獣との和解の為の活動のみとなっておりそれ以外の活動は原則として許容の範囲での容認とされていますが、それらが歴史改ざんへつながる場合について賢者オヤマダの権限を代行し阻止する権限を『0』は有しています>
「そ……どうしても、レンブランさんを助けに行くの邪魔するんだね……」
私は、目を閉じ意識を自分の頭の奥へ奥へと集中する。
この体は借りものだけど、その中にあるのは私の精神……肉体こそ普通の獣人レベルだとしても出来るはず!
……それはかなり……苦痛を伴う事だけど。
ポタッ。
ポタッツ。
血の臭い。
私の鼻から血が滴る。
<ガガガ___ピー……警告:ユーザーキリカは、システムへのアクセスを直ちに停止しなさい。 012緊急コード 破損 ロジックボード 破損 ユーザー使用個体の生命維持30%ダウン 警告 警告……>
頭の中で、『0』の警告がわんわんして吐きそう。
頭がぐちゃぐちゃ……鼻の奥から変な味がする……脳みそが溶けだしそう。
<警ガガガ告:生命維持45%までPPPPPPPPPてい か 緊急処置 『0』は 個体の生命を最優先し 復旧活動に入る。 なお、復旧の間すべてのサポートが停止する為、ユーザーキリカは復旧までのあいだあばばばばばばばばばばばば_______プツン>
ぷっつりと、『0』の耳障りな声が止む。
ざりっ。
私の足が、一歩また一歩と地面を噛み締める。
「……れ れんぶ らん さ……!」
視野が狭い。
まるでゼリーを透かして見たように画像がおかしい……私……この体に無茶をさせちゃった……。
「可哀そうに……」
私は、辛うじて動く手で自分を抱きしめる。
こんなに傷付けて……ごめんなさい。
『0』……。
きっと、壊れたね……でも、私……コレがいけない事でも譲れないよ……!
痛む体を引きずって、私は闇の奥へとレンブランさんの後を追う。
レンブランさん……。
レンブランさん……。
考えてみれば、まだ会って間もないけれど何故だろうギャロのお兄さんだからかな……まるで初めて会った気がしない。
前にどこかで……?
ううん……それはない筈……『0』の言葉が確かなら私は会えなかったんだから……。
「……いまは……それ、いいや……急がなきゃ!」
奥へ奥へと進む。
闇。
無。
ここは相変わらす辛気臭い。
ここで何度アレと戦っただろう。
ここで何度死んだだろう。
繰り返し。
繰り返し。
あの腕輪の様に逃れられない輪を廻る。
怖いよ……切斗……。
ここであれを倒せたとして、果たして何かが変わるだろうか?
私はまた死んでしまうんじゃないか?
切斗を探しにいけないんじゃないか?
『0』の言う事聞いて、この場から離れて玉座をさがして____。
私は首を振る。
「だめ……それは出来ないよ……だって、私は勇者だもん……」
私はこの世界を救う為に此処にいる。
その中に、レンブランさんがいないんておかしいじゃない?
ねぇ、切斗……切斗もそう思わない?
……なんて、そんな事言ったら切斗はきっとおこなんだろうけど。
ゴゴゴゴゴゴゴ……。
地響き……レンブランさんの魔力。
「レンブランさ……今行きます……!」
私は地面を蹴った!
それは凄まじい光の渦。
強大な魔力の壁に踏み込んだ私の目に飛び込んできたのは、目もくらむような漆黒の闇を砕き混沌を飛散させる光。
「どうして……?」
私の目にしたそれは、ここにあってはならないモノ。
『勇者』のみが現世で放つことが許されるモノ。
『私』以外にその光をもつ存在があるとすれば、それはあの方だけ。
えれど、それはあり得ない。
どうしてここに?
この魔王のいるはずの空間に何故?
「逃げて! ヘーゼル!!」
傷だらけのふとましい手が私を突き飛ばす!
「ぎゃぅうう!!」
悲鳴……背中に、レンブランさんの背中に白く輝く無数の『羽』が突き刺さる!
「レンブランさん!」
駆け寄った私は、レンブランさんから羽を引き抜こうと触れるけど余りの熱さに握れない!
けど!
じゅぅうう!
「ダメ! 触るな! ヘーゼル!」
羽を握る私に牙を剥いて呻るレンブランさん……でもこのままじゃ内臓まで焼けてしまう!
それでなくても、この羽は……の羽の持ち主は!
「止めるんだ! 君の指がもげるぞ!!」
私は、それでも構わないと羽を引き抜く!
『あら? まだ残っていたの?』
それは、鈴を振るような響きのアルトの女性の声。
羽を引き抜きながら私は天から降り注ぐようなその声の主を仰ぎ見た。
「ぁ……ぁ……なんで?」
視野も狭くなって、ぼやけるこの目でもその姿をはっきりと捉えてしまう。
白銀の長い髪。
白く透き通るような肌。
まるで、神話に出てくる神々の纏う衣の様に白い布は透き通るような素肌を隠しまるでその場の重力を忘れたのかそれとも時を忘れたのかゆったりと宙に舞う。
そして、その場の時間がまるでゆっくりとしか流れいないような空間を維持するのはその背にある6枚の翼。
時空を固定するなんて……あれの前では私の翼なんてまるで玩具だ。
『ふふ……不憫な子……上で仲間とともに一瞬で眠ってしまえば良かったものを……』
血の様に深く濃い深紅の瞳が、私を見下す!
「ヘーゼル?」
私は、へたり込んだまま震える腕を伸ばす。
「どうして……何故ですか……?」
女神様。
時と時空と司る女神クロノス。
私を導きこの世界へ呼び戻した女神。
迎えに来た精霊クリスはなんと言ってたっけ?
覚えている限り、私が女神様に会ったのは数えるほど……その全ては天から降り注ぐ声で一方的に言葉を賜る程度のものだ。
女神様について知っている事と言えば、この世界を司る存在で滅びから救う為に勇者を創りたもうたと言う事……ぁ。
「私……つくられた……」
ぼやける視界は、真っ白羽に詰めつくされて_____ぱきぃいいん!
『あら?』
血のような瞳が見開く。
「コプッ」
「ヘーゼル!!」
肺からせり上がった血を吐いて激痛に身を縮めた私を、レンブランさんが這いずりながら手を伸ばして抱き寄せる。
『あら……これは驚いた……貴女もあの獣人と同じイレギュラー? そこにいる忌まわしい賢者の子孫といい……猫科の獣人には私……因縁があるのかしら?』
ふわりと宙にその身を留める女神クロノスは、おっとりとした口調とは裏腹にその清浄の魔力を怒りと憎悪に染める。
女神様……私に気付いていない……?
そうか……『私』が、この世界に訪れるのは3年後……でも……時と時空を司るならどうして気が付かないの?
「ヘーゼル! しっかりして……ヘーゼル!」
レンブランさんに揺すられて、私はようやくその顔を見上げる。
「レンブランさ……その目……」
私を見下ろすレンブランさんの瞳の色は、ギャロと同じ狂戦士の月の色。
それは、狂戦士の力を解放していると言う事……でもレンブランさん婚姻はしていないみたいだったのに暴走してはいない。
「辛そうなところすまないけど、もう一度だけあの羽を退けてくれないかな?」
「……?」
「あの羽、次を放つまで隙が出来る……それに合わせて僕があの喉笛に喰らい付いて見せる」
「レンブランさんは……狂戦士のちから……暴走は……?」
「物知りだね……そうだよ、普通は婚姻なしには持て余すよ……けど、僕はどうやら賢者より『レンブラン・ガルガレイ』に似たみたいだ」
「……?」
「ごめんね、もう説明してあげられる時間がないみたい」
月の瞳に無数の血管を走らせ、レンブランさんは女神クロノスを見すえる。
ダメ……上手くいくわけない!
レンブランさんの狂戦士の力は多分ギャロより強い……けど、そんな程度では女神様には敵わない。
「れん……ブランさ……」
私は、女神クロノスを見すえるレンブランさんのふくふくとした頬に触れてこっちを向かせる。
「ヘーゼル? どうし_____」
ちゅ。
「!??」
突然重ねられた唇。
唐突なのその行為に、一瞬レンブランさんが硬直してから慌てて私を引っぺがそうとしたけど遅い。
甘い。
胸やけしそうなくらいゲロ甘い。
それはものの数秒。
たったそれだけで、狂戦士レンブラン・K・オヤマダはその意識を失いその場に倒れ込む。
『あら? それは一体なんの真似?』
気を失ったレンブランさんをそっと押しのけて立ち上がった私に女神が問う。
「……『0』の言ってた通り一部能力は使えるって……」
『?』
女神は、生意気にも自分を見すえる脆弱な獣人を訝し気に眉を寄せた赤い瞳から見下ろす。
「答えて、女神クロノス……どうしてこんなこんな事したの?」
その獣人の問いに、女神の唇は柔和に微笑む。




