時の羅針盤④
「なんの騒ぎだい?」
リコッタ隊長に縋り付く私の背後から優し気なおっとりとした声が、訝し気に問う。
「は! 狂戦士様……あの、コレはなんというか…コレ、ヘーゼル! ひかえろ御前だぞ!」
しがみつく私の首根っこを掴んてベリッと腹から引っぺがしたリコッタ隊長は、呆れたように泣き出した私をみてため息をついた。
「なんだい? ヘーゼルじゃないか? どうしたのこんなに泣いて~」
ふあふあの綿毛のような金髪と、グリーンの瞳がオロオロ私を見てとふとましい手がどうしたらいいかとリコッタ隊長にジェスチャーする。
「申し訳ございません……本日、本陣と合流でき明日にも魔王と決戦と聞きヘーゼルの情緒が不安定に……おそらく記憶障害の所為かと」
「そう……」
狂戦士様……レンブランさんは、眉を潜める。
違う!
そんなんじゃないって!
『私が勇者キリカだ!』っと口に出しそうになったけど、その途端に『0』がブレーキをかけて口をつぐむ。
ここは過去の世界。
歴史を変えちゃいけないって、だから私が『勇者』はここにいてはならない。
けど!
こんなのほっとけない!
「レンブランさ……いえ、狂戦士様! 私の話を____」
むんず。
突如ぬっと伸びた腕が私のうなじを掴む!
「おいでヘーゼル、あっちでとっておきの話をしてあげる」
私を子猫のように確保したレンブランさんは、『借りてくね~』っとリコッタ隊長に軽く手を振るとそのままぶらぶらさせながら自分の幕屋に歩き出す。
「にぎゃっ?! レンブランさん!?」
「しー、いい子だから大人しくなって……この話を聞けば魔王何て怖くなくなるんだからさ~」
レンブランさんは、そのふくふくとした癒し系の笑顔でのんびりという。
分かってない!
レンブランさんは魔王がどういうモノか、倒せるのは女神の加護を受けた勇者しか倒せないって事が!
バサッ!
「はい! 入った、入った~」
レンブランさんは、入り口の幕をめくるとポーンと軽々と私を放り込んだ!
すたっ!
「おー体はもう大丈夫みたいだね~」
放り込まれ体が宙をまったけど、それをものともせず地面に着地した私に『これならもう戦えるね!』っとレンブランさんは屈託ない笑みを浮かべた。
「あの! レンブランさん、話を聞いてください! 本当の魔王は危険なんですって!」
「はいは~い、その話の前に僕のとっておきの話をさせてよ~! ほらほらそこのテーブル座って? ね? ドンドルゴもあるからさぁ~」
てきぱきと書類だらけの丸テーブルを片付けざかさかと私を座らせて、テーブルをセットしていく……なんだかすごくて馴れてる?
狂戦士様なんて呼ばれているけど、掃除とか自分でするの好きなのかな?
「さぁ! おやつはこれで良し!」
ぱぁあ! っと、やり切った感をかもしだすレンブランさんを私はじっと見上げた。
「ぅ? ぁああ、はいはいそんなに急がないの~ちょっとまってね~」
レンブランさんはどすどすと幕屋の中を歩いて、本棚の方から何かを取り出して戻り私の真正面に座ってじっとこちらを見返す。
「あ、あの……」
早速、切り出そうとした私に向かってさっと手が伸びた。
「『どうして勇者を待たず魔王を倒すだなんて危険を冒すのか?』君が聞きたいのはそこだねヘーゼル?」
レンブランさんは、先程までのじらしっぷりが嘘のようにザクッと核心を私に突きつけた。
「どうしてですか? 魔王が危険だって普通の……この世界の民の力では到底太刀打ちできないって事は子供でも分かります! どうして勇者の出現を待たないんですか? 勇者は何度も世界を救ってきたじゃないですか?」
私の問いにを聞くレンブランさんは、優しい笑みを浮かべて一つ一つの言葉をいつもはふわふわの毛の中で畳む耳をちゃんと立てて聞いてくれる。
「確かに君の言う通り、この世界は何千何万の昔から勇者によって救われてきた」
ゆっくりとレンブランさんは言う。
「なら、どうしてですか?! 何千回も救われているなら今回だって待てばいいじゃないですか! そうすれば、みんなが危険な目にあう事もないんですよ! だからこんな無茶な作戦____」
「ねぇ、ヘーゼル」
まくし立てる私の言葉を断ち切り、レンブランさんは諭すように言った。
「君は知っているかい? その勇者が現れるスパンが徐々に早まっているということを……」
その目は、普段の優し気なものとは違って鋭さすら感じる真剣なもの。
「ぇ? ……スパンって……?」
「分かりやすく言えば『周期』かな?」
レンブランさんは、自分で用意したドンドルゴのワインをグラスに注ぐとゴクリと喉を潤す。
「君、前に勇者がこの世界を救ったのはいつだか知ってる?」
不意な問い。
でも、それなら知ってる!
「千年前です」
「ん~惜しい! 正確には997年前くらいだね! ま、もうすぐホントに千年だし大体の人はそう言うだろうけどね」
う"……!
意地悪な質問に、ちょっとイラッとする!
「……だとしたら何なんですか?」
「つまりそれは、魔王の現れる周期が早まっているもしくは勇者に合わせて魔王が早く出現してるかのどちらかだと僕は推測する」
え?
「この調子で行けば、そう遠くない未来には勇者の出現は千年を切って数百年いや数十年単位にまで縮まる可能性だってあり得るよ」
「は? そ、そんなのって……」
「考えてもごらん? 勇者は幾度となくこの世界を救っているけれどちゃんと魔王を倒せてはいない」
その言葉に私の心臓が跳ねる!
考えた事もなかった……私は……勇者は千年前にもこの世界に来て魔王を倒していたけれど倒せていなかったからまたこうしてこの世界に_____。
「全ては同じことの繰り返しなんだよ……まるでその行為自体がこの世界の『糧』であるかのごとくね……」
レンブランさんのライトグリーンの瞳が、ほんのり黄色味を帯びる。
「繰り返し……?」
「そう、魔王が現れ暫くすると勇者も現れて精霊獣を狩り力を蓄えて魔王を倒す……繰り返し繰り返しぐるぐるぐるぐる同じ場所を回る」
そういうと、レンブランさんは自分の手首から少し不格好な木製の腕輪を外してテーブルに置く。
「閉じられた輪廻」
「え?」
「次にこの世界にくる勇者は当然、前の勇者の生まれ変わり……その前の勇者だって同じ魂だ……輪廻なんて信じるなら魂はみな平等で生けるものすべてになる可能性を秘めているのに勇者は死んでも勇者にしかなれない。 繰り返し繰り返し魔王と戦い殺し合う為に生まれるんだ……それは魔王も同じだろ? 僕から言わせれば、勇者と魔王はまるでこの腕輪のようだと思わないか?」
私は、腕輪に視線を落とす。
丸い輪。
切れ目のない円。
『勇者』はその中に捕らわれ廻る……何度も何度も死んで……生まれ変わって……?
ゾッっと背筋が寒くなって、少し吐き気がする。
私には前の記憶はない。
……と言うか、最近の記憶も危うい……そう考えると知らない気が付かないから何度でも戦える……前のことを知らないから同じことを、同じ過ちを犯す……だから終わらない終われない……!
「わた、私っ……」
言葉が詰まった私を見たレンブランさんは、すまなそうに眉を下げる。
「怯えさせてしまったみたいでごめんよヘーゼル……でもね、だからこそ今回の作戦はこの世界を本当の意味で救うこの出来る可能性を秘めているんだ! 上手くすれば、勇者も魔王もこの閉じた円の中から解放されるかもしれない」
「ほ、ほんとうに……?」
「ああ、これをごらん」
レンブランさんは、テーブルの上のワインをどけてそれを置く。
「ぇ? これって……?」
テーブルの中央に置かれたのは一冊のノート。
それも『普通』の……あの、100均一とかで売ってるようなあの『紙』で出来た。
いや、それよりなによりそのノートの表紙にちょっと歪んだ感じに押されている獅子を象ったスタンプ……間違いない!
これ、ウチの学校の……私の通う尚甲学園の校章!
それにこのノートは、中等部と高等部が合同で行ったマラソン大会の参加賞だ……間違いない!
だって、そのスタンプ押すの生徒会の手伝いで私やったもん!
「珍しい材質だろう?」
「レンブランさん! これって、これをどこで……」
「コレは、我が一族に代々受け継がれてきた『賢者オヤマダ』の記した古文書だ」
レンブランさんの太い指が、そのページをそっとめくる。
「ぁ……!」
そこに記されていたのは、もはや懐かしさすら感じる『日本語』の文字……だけど……んん?
何というか、書かれ方が自由すぎる!
文字の並びも縦に書かれたり横だったり!
走り書き的なものから、落書き的な図やw・\(^o^)/オワタ・Σ(゜д゜lll)ガーンとかワロスだとかそんなものが乱立してるし独特の言い回しなのか同じ日本を学んだ私ですらその意味が分からない!
「ふふ……君には読めないよコレは異世界で使われている言語だからね」
レンブランさんが、食い入るようにノートを覗き込む私にほほ笑む。
いや、コレ同郷の私にも無理だから!
「ノー……古文書……? この古文書にはなんと書かれているんですか?」
私の問いに、レンブランさんは安っぽいノート的な古文書のページをめくってトントンと指で叩く。
「ここ、此処の部分の書かれている記述なんだけど……」
指ののった部分を食い入るように覗くとそこにはようやく私にも読める文字……え?
「『勇者と魔王を使ったエネルギーを利用した世界軸の巻き戻しには限界が来ている。 崩壊を定められた時の補正にはあのクソババァだって逆らえない。 俺のしたことは間違いだったのか? いや、勇者より先に魔王に至ればその可能性はある。 俺はアイツらを』……ここで途切れてる」
レンブランさんが、いくつかちりじりに走り書きされた文字を読み上げる。
「ヘーゼル、僕はこの世界を救いたい……我が祖:賢者オヤマダの意志を継ぐ」
優しいライトグリーンの瞳には、強い意志が宿りその奥に狂戦士の金色を持つ。
「大丈夫、古文書によれば魔王の力の増減は勇者の成長に比例するらしいから現段階ではまだ完全体ではないはずだ、だからもし戦闘になっても勝算がない訳ではないよ」
パタンっと、ノートの古文書を閉じたレンブランさんは『安心おし』っと言ってまるで小さな子供を落ち着かせるように私の頭を撫でる。
「……レンブランさん……」
「ぁ、ごめん! 奥さんのいる子の頭を……なんか子供扱いしちゃってごめんね? けど、なんか君って僕の弟に少しにてて他人な気がしなくって~」
あはは~っと、照れくさそうに頭を掻くレンブランさんはその表情を不意に固くさせじっとこちを見た。
「僕は、『オヤマダ』の名にかけて必ずこの作戦を成功させる……しかしソレには兵士一人一人の協力が必要だ……だからもし君が無理だというなら……」
「____いいえ! 私も! 私も戦います! 戦わせてください!」
私は椅子から立ち上がって、レンブランさんに頭を下げる!
賢者オヤマダ。
私の記憶を封じ、過去へ送った古の賢者。
そのノートに書かれたことが本当だとしても……信じられない!
けれど、もし魔王が不完全体だというのか本当ならもしかしたらここで仕留めることができる!
そうすれば、全てが終わる……!
「ヘーゼル……ありがと、君はすごね」
「へ?」




