時の羅針盤③
「K……オヤマダ……?」
「あ! もしかして、『オヤマダ』の名前には聞き覚えがあるの? 先祖自慢になっちゃうけど、やっぱり有名だもんね『賢者オヤマダ』は~」
照れくさそうに笑う仕草も、似てる……体格とか全然違うけどそっくりだ!
「ギャロ……」
「え? 君、ギャロの知り合いなの? そう言えば年も近そうだね……じゃ、あらためて初めまして! 僕はレンブラン……ギャロのお兄ちゃんだよ!」
ギャロのお兄さん?
……ギャロにお兄さんいたんだ……初めて聞______ズキッ。
「っ……!」
不意に頭がズキッと痛む。
〈エラー015:歴史改変に関わる記憶をブロックしました。 なおこの記憶が無くても今後の行動に影響は在りません〉
無機質な機械音が手短にそう耳打ちする。
「ちょ、大丈夫? 無理しないでゆっくりでいいよ?」
「え、いえ、大丈夫です……すみません」
「……でも呼び名が無いと辛いかなぁ」
その人……レンブランさんは、私をじっと見て少し考え込む。
「ヘーゼル」
「はい?」
「君の瞳の色なんだけど、思い出すまでの間そう呼んでいいかな?」
◆
「おーーーし! 新入りぃいい! きりきり振れ! あと、2000! この親衛隊隊長リコッタ・ノーム下についた以上は、記憶を無くしたからと甘えは許さん! むしろ訓練の中で思い出せ!」
「は、はい! 180回目ぇえええ!!」
私は、言われるまま木刀を降り下ろす!
ふっ……キツイ……?
おかしい……体がすごく疲れやすい……?
どうして?
普段ならこんな素振り10000回やったってへちゃらなのに!
ジジジ……。
<補足:一部能力を除き、現行の身体能力及び属性についてはご使用の肉体に既存します>
「へ? それって?」
<スペックについて:ご使用の肉体は猫科獣人の雌16歳雑種の短毛・属性:闇・血液型:猫B型・スリーサイズは________>
「貴様ぁあああ! 何よそ見しとるかぁああ!!」
怒号と共に木刀が脳天直撃なう!!
「いったぁあああ!!」
「腑抜けおて! あと、5・6発なぐったら記憶とやらも戻るか? ん? んん?」
「にぐぅ……暴力はんたいぃいい~~~!!」
「口ばかり小癪な! そんな事では、魔王を目の前に犬死するぞ! 猫の癖に!」
クルメイラ精鋭部隊の新兵として所属してはや二日。
ここにきていろいろ分かった事がある。
それは、このクルメイラ精鋭部隊はこの世界のすべての国から選りすぐられた戦士の集まりであるという事。
そして、その目的は『勇者に頼らず魔王を討伐する事』。
ほかにも大勢の戦士や兵士達が部隊を編成しているらしくて、いま正に魔王の住まうと言われる『デッドスフォール』と言われるクリスタルと砂だらけのこの場所に集結しつつあるらしい。
危険だ……あまりにも……!
私は、なぜ勇者の出現を待たずにそんな危険な事をするのか聞いたけどレンブランさんはにこにこほほ笑んで『ごめんね、機密事項なんだ』とすまなそうに答えるだけ。
早く闇の精霊獣の玉座を探さなきゃと思ったけど、そんな事聞いちゃったらもう心配で心配で……私はそのまま様子見もかねてここにとどまっているんだけど……。
「ヘーゼル! 貴様ぁあああ! またボーっとしおって!」
「ふぎゃっつ?! すみません!」
私の上官、同じ猫科の獣人リコッタ・ノーム隊長の木刀がまたしても脳天に落ちる。
……困った。
私の今の身体能力は『普通の獣人レベル』……こっそり探ろうにもリコッタ隊長の目を盗んでなんて……!
これじゃ、どんな事情で勇者なしで魔王を討とうだなんて無茶な結論に至ったのか調べたいのに動けない!
ジシ…゛…。
<雑談:楽しそうですね? ユーザーキリカ>
「はぁ?!」
「なんだ? ヘーゼル! 上官に向かってその態度は!! 素振りあと1000追加だ!!」
「す、すみません!!」
不意な言葉に反応してしまった私に、リコッタ隊長の激が飛ぶ。
<雑談:失礼しました。 わたくしめへの発言は思考して頂ければ伝わります。 音声は必要ありません>
魔力サポートナビゲーションシステム『0』は、抑揚のない機械音でそういう。
(0……0って呼んでいいのかな? 私が楽しそうってどういう意味よ! 早く、玉座を探さないといけないのに!)
<雑談:はい。 お答えします。 ユーザーキリカの脳内より分泌されている「ドーパミン」「セロトニン」「エンドルフィン」の数値がこの二日ほどの間に上昇したことから『この状況を楽しんでいる』と判断しました>
0は無機質に回答する。
<雑談:分析結果→『楽しみ』とは、玉座捜索とは別件であり内容としては身体能力の制限及び『勇者』として認識されない事とお見受けします。 身体能力制限及び能力の限定はわたくしめには不利益以外認識できません。 その状態を楽しまれていることはに実に興味深いです>
(そ、そんなわけ……)
ぱっぱらぱ~~~ん♪
ぱっぱらぱっぱらぱぁああ~~~ん♪
突如響く、今日のお知らせ係のリザードマンの兵士がラッパぽくだしてる大声で私は我にかえる。
「飯だ貴様ら! よく食べ! よく休め! 魔王との決戦に向けて体をベストへもっていくんだ!」
リコッタ隊長の激が飛んで、みんなぞろぞろと訓練場から出て行く。
「貴様もだ、ヘーゼル! こんな時だらこそ食え、記憶が定まらず不安だろうが体を壊したのでは話にならんぞ?」
「リコッタ隊長」
背後から呼び止めた私を、リコッタ隊長の濃い茶の瞳が『なんだ?』と映す。
「ご迷惑でなければ、一本だけ手合わせをお願いします」
リコッタ隊長は、訝し気に眉を潜め先端がフックのように少し曲がった尻尾をゆっくり振った。
◆
みんなが食事行ってしまって閑散とした訓練場の中央に、私とリコッタ隊長が対峙する。
訓練場と言っても、この野営地の砂地に木の杭で区切られた簡易的なものだ。
ほかの部隊との合流を待つ間、私のような新兵はここで訓練をしている。
「熱心だなヘーゼル……まるで私の若いころ見ているようだ……」
リコッタ隊長は、じっと私を見てニッとほほ笑みジリッと構えた。
リコッタ・ノーム。
今の私と同じ猫科の獣人の女性だけど、最前線に第一陣として切り込むの部隊の隊長。
背はギャロと同じか少し高いくらいの長身で、見た目の年は20代後半から30代くらいだろうか?
今は訓練の後だから格好としては私と同じ白のタンクトップにカーキ色のズボンに黒のブーツを着用している……身長差とそのはち切れそうな羨ましいバスト以外はほぼ条件が同じ。
「さ、来い!」
「はい!」
私は砂地を蹴る!
ガッ!
「くっ!」
「ふ、柔いぞ! そんな事では、魔王の首に指先すらもかすらん!」
腹に叩き込んだ筈の拳が左に受け流される!
「くそっ!」
上段突き!
下段突き!
胴回し蹴り!
リコッタ隊長は、それらを次々に難なくかわしていく!
「そろそろこちらか行くぞ!」
「?!」
しまったと思った瞬間に、腹にめり込む拳。
背中まで突き抜ける衝撃!
こみ上げる吐き気……私はその痛みを知らなかった。
戦ったことがない訳じゃない。
学校の部活は空手部だったし、この世界に来てからも随分戦ったと思う。
けれど、誰も、誰とも……一度だって全力で戦った事なんてなかった。
だって、そんな事したら相手が『壊れて』しまうから。
だって、誰も私を追い詰めてくれるほど強くなかったから。
「どうした? もう終わりか?」
「まだまだ! ______かはっ!?」
顎先に膝。
衝撃で、脳みそが頭蓋骨の中で立てにぶれて目眩がして膝が砂に落ちる……!
「そこまでだ! 今日は持ったほうだぞヘーゼル? この調子で精進せよ」
リコッタ隊長が、砂地にへたり込んだ私の脇に手を射て小さな子供で立たせるみたいに持ち上げた。
「けほっ? ぇ?」
「……お前の戦い方は容赦がないな」
私のタンクトップから砂を払いながらリコッタ隊長がいう。
「お前の戦い方はそうだな……まるで慈悲のない……いや、軍人としては合格だが……その若さでな……それだけに心配だ」
「す、すいません……わた み"っ?」
むんずと首の裏を掴まれ、ぷらんと持ち上げられる!
「さぁ、飯だ! 苦しくても詰め込め! 喰う事も訓練だ!」
「わぁ!? 放してください! 子猫じゃないんですからぁああ!」
悪態をつく私を、さも面白いと言いたげに笑いをこらえ得ながらリコッタ隊長はみんなが食事をする場所まで連れて行く!
恥ずかしくて振りほどきたいのに、獣人の条件反射でそんな風に首の皮を撮まれると手と脚をぎゅっと畳んでしまう!
「ヘーゼル! またお前リコッタ隊長に挑んだのかw」
「また運んでもらって食事か? まるで赤ん坊だなw」
「ほれほれ♪ 赤ちゃんw まんまんのお時間でしゅよぉおおwww」
食事をしていたみんなは、こっちを指さしてゲラゲラわらいながらリコッタ隊長の側に座らされた私にぽいぽいとパンやら肉やらをよこす。
「ほぐほぐ! うううう!(次はこそは! 勝ちます!)」
「ははは、そのいきだヘーゼル!」
よこされた肉を口いっぱいに詰め込んだ私の背中を、リコッタ隊長がばしばし叩くとみんなもゲラゲラ笑う。
ぁ。
その時、脳裏に浮かんだのは家で父さんと母さんと切斗とみんなでご飯を食べる風景。
小食の切斗は、私と父さんの喰いっぷりにいつもため息とついて母さんはいつも笑ってチキンカレーは美味しくて何杯でもお代わりするから切斗の分が無くなって喧嘩になって……。
帰りたい。
切斗に会いたい……!
ごきゅん!
私は口の中の肉を飲み込んだ!
「……そうだよ……こんな所で止まってられない……」
「ん? どうしたヘーゼル?」
流石、獣人のリコッタ隊長は私の空気が変わった事に気が付いた……言わなきゃ!
早くここを離れて玉座を……そうすれば、この人達だって魔王と戦わずに済むじゃない!
「ヘーゼル?」
「リコッタ隊長! わた_____」
ざわ!
私が話を切り出そうとした時、急にみんながざわめき出す。
「隊長! 本隊が合流しました!」
リコッタ隊長の前に伝令がつく。
「そうか、ご苦労だったなシュバルツ下がれ」
「は!」
シュバルツと呼ばれた豚の獣人が、一礼してかけていく。
「聞いたか、ヘーゼル?」
「ぇ、はい」
「いよいよ本隊と合流だ、これで明日には魔王の領域に踏み込みこの世を滅ぼすとかぬかすその首を掻っ切ってくれるわ!」
リコッタ隊長の激に、みんなが闘志の雄たけびを上げる!
へ?
ま、魔王!?
明日にはこの軍隊は魔王と戦うって?!
ダメだ!
そんなの、女神の加護を受けた勇者じゃなきゃ!
『勇者キリカ』じゃなきゃいけない!
「そ、そんな危険です隊長! みんなを止めてください!」
突然叫んだ私に、あたりがしんと静まり返る。
「……どうした? 落ち付けヘーゼル、お前はまだ記憶が本調子じゃないからわからんかもしれんが、コレは_____」
「ダメ! 止めて下さい! みんな死んじゃう! そんなのヤダ!」
どう、伝えてよいか分からなくて。
どう、あがいても伝える手段が無くて。
私はリコッタ隊長に縋り付く事しかできない!
「参ったな……」
リコッタ隊長は、頭を抱える。




