時の羅針盤②
なんだか申し訳ない気持でいっぱいになる!
「大丈夫、心配しないでいいよ? 同じ猫科の獣人の好だと思って気にしない気にしない!」
ふとましい手は、どこからか取り出したのか真っ白なハンカチで私の瞼をふいて……え?
「猫……?」
「ん? もしかして、君……自分の種族が何かも思い出せないの?!」
驚いた様子その人は、私の背後で起立する部下と思しき兵士に命じて何かを持ってこさせる。
「ぁ、あの……私、獣人じゃ……」
「落ち着いて、ゆっくりこれを見て」
差し出されたのは小さな手鏡______へ?
言われるま覗いた鏡。
小さな手のひらほどのそこに映っていたのは、赤茶のまだら色の髪からぴょこんとしたケモ耳。
それをヘーゼルの瞳がポカンした顔を映している。
「え? 誰?」
「君だよ?」
「え? 知らない人だよ?」
「大丈夫、落ちついて」
「いや、だって!」
その時、私の脳裏にRの言葉が蘇る……タイムトラベル……巻き戻しの応用……闇の精霊獣の玉座……死にたての新鮮な死た……!
思い出した!
私、来ちゃったんだ……Rの言ってた前の私が『勇者キリカ』がこの世界に来る三年前って場所に!
「えっと、あのっ私っ!」
「大丈夫、君を知っている人が見つかるまで僕が責任もって面倒みるから」
「違う! 違うんです! 私っ、なんていうかやる事があって、未来から……ってえと、私は他の世界からこの世界に来て、ソレで前にも来ていたって言うかずっといたって言うか多分ここってんと、あれ? 前の私が来る3年前だから大体13年前って事に……」
上手く話がまとめられずあうあうとする私の両肩を肉厚な手がガシッと掴んで、ライトグリーンの瞳がじっと視線を合わせる。
「君、僕の目を見て……そう……大きく深呼吸して……大丈夫、僕がついてるから……」
いやぁああああ~~~優しい瞳が憐れんで私を見てるぅうう!!
ソレに、心なしか殺気まで放たんと機嫌を悪くしていた精鋭部隊の兵士さん達も『なんかごめん』とか言ってるよぉ!!
きっと私、この人たちの中で残念な子にカテゴライズされてるぅ……助けて切斗ぉ~……。
◆◆◆
ざッ!
ざっ!
ざっ!
砂漠の上を全長10mほどありそうな四足歩行の特大トカゲの背に乗せられてひたすら爆走する。
「しっかり僕に捕まってるんだよ? もうすぐ野営地点だ! 飛ばすからね!」
「は、ひゃい!」
ガクンとした揺れに、私はガリッっと自分の舌を噛む……いひゃい!
私の混乱っぷりっを目の当たりにして、『残念な子』とカテゴライズしたらしいこの丸々としたぶ……猫科の獣人の青年は取りあえず日が暮れるとこの辺りは危険だと判断したらしく既に陣を張っているという地点まで戻ってから話の続きをしようと言った。
困ったな……。
出来る限り早く闇の精霊獣の玉座を探して、彼女と仲直りをしたいのだけれどこの人の好い彼は私の事がほって置けないらしい。
しかも、さっきあれ程までに敵意を剥きだしていた兵士の皆さんも何だか私に同情したらしくすごく好意的になってしまった。
まさかこの状態でこの高速で走るトカゲから飛び降りる訳にもいかないし……取りあえずは彼らについて行って隙を見て逃げ出そう。
私はそう腹を括った。
括っていたのに…!
「がつがつ! もぐもぐ! ……ごきゅん!」
「ははは~よっぽどお腹がすいていたんだね~♪」
お肉!
お肉!
魚っ!
スープも!
ぱん!
ぱぁああん!!
あれから小一時間ほどで『野営地』という一時的な基地のような場所についた所でまたしても私のKYな腹の虫が盛大に悲鳴を上げそれを見かねた兵士の皆が、取りあえず食事にしましょうと言ったので今に至る。
久しぶりに。
本当に久しぶりにギャロ以外の『食糧』を口にした。
最初は、取り敢えず食べる振りだけでもって思ったけど……食べれた!
もう、嬉しくって! 嬉しくって!
たき火を中心に円を描くように座る兵士のみんなが、自分でもヤバいくらいドカ食いする私に若干引き気味になりながらも『これも食え』『あれもうまいぞ』『苦労したんだなぁ……さっきはごめんな』とか言いながらなんかいろいろ持ってきてくれる!
「ふぉむもぐもぐうぐぐ! (ありがとう!)」
「こらこら、ちゃんと食べてから喋りなよ? はしたないよ?」
「ごきゅん!」
「え? 一気飲み? ちゃんと噛もうよ!?」
「ふみ"っ! す、すいませっ……私、もうずっとご飯食べてなくて……!」
その言葉に、円を囲んで食事をしていた兵士たちの動きが止まりまるで可哀そうな子でも見るような憐れみに染まる。
「……大丈夫だよ……同盟軍の……この僕のいるクルメイラの部隊にいる限り君を飢えさせたりはしないさ」
そう言ったその人は、ふくふくとした親指で私の口元のソースとグイッとふく。
「ふふ、君を見ていると故郷に置いて来た弟妹達の事を思い出すよ」
故郷に置いて来た弟妹。
切斗……。
不意に蘇った弟の泣き顔に、胸が締め付けられる。
「おっと? 今度はどうしたんだい?」
そんなつもり無かったのに目からあふれ出した涙に驚きながらも、その人はきっとその子達にするように優しく微笑みなががら飲み物を差し出す。
「コレはドンドルゴのワインだ、今日はそれ飲んでもう寝なよ……明日細かい話を聞くからさ」
私は木のコップの中の真っ赤なワインを飲み干す。
甘い。
甘くてほろ苦い。
お腹いっぱい。
あれ?
体が動かない。
まるで、目眩みたいに世界がぐるんと回り出す。
〈ガピピ_____ご使用の肉体のパフォーマンスが著しく低下しています。 生命維持の為摂取したエネルギーを使用可能な状態に変換するため強制的にシャットダウンを行います。 次回起動まで後6時間45分〉
耳鳴りが甲高い声でそう告げる。
起動?
生命維持?
シャットダウン?
ナニこれ?
なんでこんな頭の中で喋ってんの!?
ていうか、上手く意識が保てない……シャットダウンって気を失うって事!?
ここにはギャロもRもいないのに、こんな得体のしれない場所で……待って……この人達はとてもいい人のような気はするけど、こんな所で動けなくななるのは怖い!
と言うか何でそんな事に??
感情とは裏腹に、体はまるで鉛のように重くなって砂地に倒れ込む。
「ふふ……お腹いっぱいになったら寝るなんてまるで____うちのギャロみたいだね」
まるで電池が切れたみたいに横たわった私の頭を、優しい手が撫でた。
◆◆◆◆◆◆
ガガガガ……ピピ……。
〈_____テスト_____〉
ピピピ……。
〈通信_____テスト_____応答願います_____エラー03___回線復帰作業78%_____〉
ピ。
〈回線接続完了:これより起動までのお時間の間に現在の状況についてナビゲートを開始します〉
〈現在の時間軸についての補足:現在時間軸はユーザーキリカの肉体の存在する時間軸より13年前『前勇者キリカ』が異世界召喚される3年前に当たり現段階では『勇者』はこの世界に存在を悟られてはならない。 コレは歴史改変を防ぐための処置である。 よって、今回精神のみを時空転移させ死亡した兵士の肉体に借り置きしたものである〉
________?
〈_____はい。 その問いにお答えしますユーザーキリカ、 わたしくめは賢者オヤマダによって作成された魔力サポートナビゲーションシステム『0』これから7日間ユーザーサポート致します〉
______??
〈起動準備完了:それでは、おはようございます〉
◆◆◆◆◆◆
「……うにゃっ……まって、なにそれ……んみ"っつ?!」
ぷにっ!
……んう?
薄暗い……毛布のなかあったかい……すりっしてらもぞってする。
もちもち柔らか……それになんだかいい匂い……お腹空いたぁ……ギャロ……ギャロ食べた_______ガリッ!
「みぎゃぁああああ!? お腹?! それ僕のお腹だからっつ! 噛まないで千切れる肉千切れるからっつ!!」
「もがっつ?!」
首筋をがしっっとわしずかみにされて、めりっっと引っぺがされる!
「え?」
見開いた目に映ったのは、はだけた毛布から上半身裸の噛み後にうっすら血を流しながら若干涙目を浮かべるふとましいもち肌。
「もおぉおお~なにすんのさぁ~お腹減ったの? 炊き出しの用意できてるから食事にしよっか~」
そのまま立ち上がって、まるで子猫でもつまむみたいに私をぷらんとさせたその人はふにゃっとほほ笑む。
「わーい! ご飯だぁ♪ ……って、ちょっとまてぇええええ!!」
辺りを見回せばそこは、シーツの乱れた簡易的なベッドに簡素な木製の机があるだけのTVとかで見た事あるような遊牧民的な感じのテントの中で……って……ベッド
あのベッドに二人で?
ぎゅうぎゅうだよね??
どうしよう、ギャロに浮気だって怒られちゃうよ!?
「わ、なに?」
「何じゃない! 何じゃないよぉおお!! どうしてっ?! なんで私、一緒に寝た?! 寝たの?? 寝ただけだよね? そうだよね??」
「それは寝ちゃった君がボクの手を放さなかったからでしょ? 安心して、いくらなんでも奥さんのいる子に手なんか出さないよ? それに僕、彼女いるし」
あははっと、屈託なくほほ笑むとその人はまま首根っこを掴んだままバサッと暗幕をめくって外に出た。
ざわっ。
集中する視線。
どよめく兵士。
そう言えば、昨日はいきなりすぎてよく見てなかったけれどここの兵士人たちってリザードマンが多めだけど他にもなんだかいろんな種族が集まっているみたい。
「あれ? みんなどうしてこっちをそんなんに凝視してるのかな?」
まるまるとした顔が、急に浴びた注目にカクンとする。
……私、結構抜けてるって切斗に言われるけど流石にコレは分かるよ?
思いっきり勘違いされているよね?
そのままぷらんぷらんとされたまま、兵士のみなさんから何とも言えない視線を浴びながら昨日食事をした場所まで連れていかれた。
「……取り敢えず一晩たったけど何か思い出した?」
お皿いっぱいの肉とパンを貪る私をほほえましく見守っていたライトグリーンの瞳が、遠慮がちに聞く。
「ぇう……ひょれは……」
ど、どうしよう……名前、言った方が良いのかな?
ふと、私の脳裏にあの声の言葉がよぎる。
〈現段階で勇者の存在を悟られてはならない〉
夢……じゃななかったよね……?
どうやら過去の世界であるらしい場所に明らかに自分の物とは違う体だし、やっぱりここは適当に____。
「ぅ……ん、あの……」
「あ、無理しないで! そうだね、まずは僕が名乗るべきだね!」
妙な気を使ったその人は、私の口についたパンくずを払ってほほ笑む。
「僕は、商業都市クルメイラ次期領主レンブラン・K・オヤマダ。 一応、皆には『狂戦士様』なんて呼ばれてるけど気にしないで! レンブランって気軽に呼んでくれて構わないよ!」
ごろごろと鳴る喉にほほ笑むその顔は、私のよく知る人物と重なる。




