炎と炎③
必死な目。
大事なものを守りたいそんな目。
守る為なら全てを投げ出せるそんな目。
守りたい、守る為ならどんな事でも出来る……私を殺すそんな目。
_______弱いくせに_______
_______何も出来ないくせに_______
_______残念だね_______
「君じゃ何も守れないよ」
ガイル君にしてみればそれは一瞬。
見開いたギャロによく似た月の瞳は、腹にめり込んだ私の拳を凝視する。
鈍く重い肉の感触。
大分手を抜いたつもりでも、かなりのダメージを与えてしまった。
死ななければいいけど……って。
「おっと、殺しちゃ……死なせたら精霊獣も一緒に……それはダメ」
呼吸が出来なくてはくはくと口を動かすことが精一杯のガイル君を私は、赤ちゃんを抱えるみたいにそっと抱いて地面で膝に抱える。
「可哀そうに、苦しいね……内臓いくつか破裂してるっぽいもの仕方ないよ?」
腹を裂けばあの子を取り出すのは容易いけれど、ソレじゃダメ。
「……本当は旦那さんがいる人にこんな事しちゃダメだけど……ごめんね?」
「っ……!」
私は、空気を求めて喘ぐ口を問答無用で覆う。
要領は、はギャロと同じ。
けど。
不味い。
苦い。
まるで、3日は普通に煮出し過ぎたコーヒーを5倍濃縮して酢と砂糖をぶち込んでそれを一気飲みしているみたい……酷い味……!
吐きそう。
兄弟だから少しは期待したのにこんなに違う。
やっぱり、私の食糧はギャロだけだね。
カロン。
ジュル……ごくん。
「うぷっ……じゃかえしてもらうね? ついでに破裂したお腹のなかも『戻して』おいたよ。 けどしばらくは安静にして……」
出来ればもう邪魔しに来ないでほしいけど、腕の中で恨めしそうに睨むその目はまた何度でも襲ってきそうだね。
面倒だな。
でも、ギャロにお願いされてたもの……コロスは駄目だ。
「は……はなせっ!」
「あ、うん、ごめん_______」
ざわっ。
背後に殺気!
私は、勢いよくガイル君を放り出して臨戦態勢で振り向く!
「え?」
そこにいたのは、顔面蒼白で私を見下ろす月。
「お、おいたん! 落ち着くんだな! 不可抗力ってやつなんだな! ねぇねぇも! そんなのお腹ぶしゅってしてすぐ巻き戻ししたら良かったんだなぁああ!!」
ギャロの腰にしがみ付くRの言葉、ちょ??
「そ、れは流石に痛いんじゃなかな……って、ギャロ?」
強張った顔に虚ろな表情の……どうしたんだろう?
「ギャロ? どうしたの? 喉の傷……良かった塞がって……」
ぱしっ。
傷口に伸びた手が払われる___へ?
「ぎゃ、ギャロ?」
「婚姻契約が破壊された途端、浮気か?」
「へ? うわきっつ??」
「俺は、お前以外にに唇なんて許した事ないのに……」
いつものりりしいギャロの顔が、まるで夫の浮気現場に乗り込んでショックを受ける妻の顔に!?
「唇って、コレはガイル君を傷つけないで精霊獣を取り戻しただけでいつもの『食事』と変わらないよ! う、浮気とかそんなんじゃ!」
「ああ、所詮お前にとってそれはその程度なのだろう? ……分かってる、俺に聞き訳が無いことくらい……!」
「ええっと、ギャロ、あのね!」
え、ええ?
ナニこれ私が悪いのかな??
「しかし、俺だって許容は広いつもりだ……精霊獣どもに加護を与えるための口づけ……コレは分かる……けど、弟とは言え俺以外の男と!」
「ねぇねぇ! 此処は潔く謝るんだな!」
決死の表情のR……でもこれ私が謝るところなの?
だって、ギャロがガイル君の事殺さないように傷つけない様に言って来たんじゃない!
「……お前に愛されていない事は分かってる。 この思いが一方的だと言う事も承知だ……こんな女々しい事を吐露するのが恥なのも分かっている……けど、相手がいくらい可愛い弟でも!」
うるうるしてる月の瞳。
普段は、私を守るって豪語するその様子からは考えられないくらい『弱ってる』。
かわいい……!
腰が砕けそうなくらいぞくぞくする……こんなに筋骨隆々とした男の人のなのにまるで壊れそうなくらい震えて潤んで……!
嗚呼! 今すぐ抱きしめて、それから、それから!
「あ! おいたん!」
素早くRの手を振り払ったギャロが、その場から駆け出す!
「R、ガイル君お願い!」
「ねぇねぇ!?」
私は走り出したその背を追う!
◆
どごぉおおおん!
「まって! 話をきいてよぉお!」
ちゅどぉおおおん!
巻き上がる砂埃。
私は、全ての攻撃を巧みにかわしながら駆け抜ける深紅の髪をなびかせる背中を追う!
なんてすばしっこい!
こうなったら、加減なんて出来なくなるよ!
「とまれぇえええ!!」
けど、次も、その次の攻撃もギャロは難なくかわしていく!
「なっ、どうして当たらないの??」
こう言っちゃなんだけど、私とギャロの婚姻契約はガイル君に壊されちゃったから今は繋がりを感じない。
だから、婚姻契約のお蔭で感じることが出来たお互いの気配や遠いけれど触れた感情が全く分からない。
つまり、今のギャロがほぼ手加減出来ない私の攻撃をこんな風にかわすなんておかしい!
こんな避け方、私の考えが読めなきゃ出来ないもん!
こうなったら!
私は、魔力を手中して自分の体に注意深く循環させる。
落ち着いて、冷静になれば扱える!
背中に熱と白銀の翼……6枚も要らない2枚で____!
私は目を見開_______ぇ?
見開いた眼前に月。
「ああ、そうだ。 女神の翼を6枚出すのは強すぎる。 俺ぐらいならその数で急速旋回して仕留めればいい」
「!」
「左手にウンディーネの術式、万一俺を仕留めそこなった時に一気に氷で機動力を奪うつもりだろ?」
「!?」
「そして_____」
ギャロの大きい手が、私の右の手首をそっと掴む。
「聖剣は____俺に向けるつもりはない……か……」
あたたかな月の瞳を気落ちしたように曇らせたまま、ギャロは掴んだ手を放す。
当たってる!
いまギャロが言った事、ほぼ一言一句間違いない!
私は思わず自分の首筋を手で押さえる……ない、なにも感じ無い。
「そんなもの無くても、お前が何を考えているかくらいは分かるよ……ずっと見て来たんだ!」
「ギャロ……」
「今もその前も、俺は傍らにいた……けれどそれは俺の身勝手だ……お前は強い」
「ねぇ!」
「本当はあんな付け焼刃な契約なんて必要なかった、ああ、そうさ、誰の手を借りるまでも無く女神クロノスの力を持つ『勇者キリカ』に不可能はない」
立ち尽くす私の狂戦士。
「本来は従者など必要のない絶対的な存在……それが我々が『勇者』と呼ぶモノだ」
消え入りそうな掠れた声が上ずる。
「お前はこの世界の誰よりも強い……一人で大丈夫なのは分かっている、だから」
「ねぇってば!」
「もしも、お前が望むなら______」
がしっ!
私は、背の高いこの男の襟を掴んで目線の高さに引き下げた!
「き、キリ?」
強制的に交わった視線は、やっと私を認識して困惑する『なんで泣いてるんだ?』だと!?
「いい加減、私の話もきけぇえええええ!!!」
「?!」
私が、全力でお馬鹿な嫁を投げ飛ばすとその逞しい体は砂地を5回はね数百メートル先へと吹っ飛んで丁度首の落ちた火の神アグニの幻影にぶつかって止まる!
「ぎゃ~~~ろぉおお~~~!!」
めり込んだ砂から顔を上げたギャロの顔が恐怖に引きつる……ふふ、可愛い……。
私の女神の翼は、ギャロに逃げる暇を与えず一気に組み伏せ身動きを封じる!
「きっ、キリカっ?!」
「黙れ! しゃべるな」
耳元でつぶやけばその深紅の尾がちりちりと毛羽立つ。
「キリッ____ぶひゅ??」
私は、無駄口を叩こうと動く顎を右手で固定する。
「ギャロ、私がなんで怒ってるか分かる?」
見開いた月の瞳は、ぐらぐら揺れるけどきっと自分が弱いからだとかそんな事を考えてぐるぐるしてるんだ……ギャロって『前』からそんなところは変わらない。
見た目は凛々しくてカッコいいのに、泣き虫で超がつくほどお人好しで子供好きの狂戦士なんて全く向いていない優しい人。
そんな彼方は、『勇者キリカ』の為に血を流し戦いに明け暮れる。
仲間を実の弟すらも敵に回して。
それが、例え『勇者キリカ』にとって無用の長物であったとしても。
馬鹿な人。
彼女は彼方なんか望んで無かった。
……ううん、彼女にとっては彼方もそこら辺の守らなくてはならない『民』と変わらないのに。
そんな女に恋い焦がれて。
貴方の事を忘れた女に此処まで尽くして。
『私』とその女と重ねて。
勝手に結婚して、破棄されたからって『諦める』だと!?
やっと、やっと、私を見たくせに!
「駄目だよ……もう、『彼女』には返さない」
ごめんね『キリカ』。
コレ、私がもらう。
「首出せ」
「!?」
私は、掴んだ顎をそっと放す。
そのまましても良かったんだけど、ソレじゃ意味がない。
「キリカ? 何を言っている……?」
茫然とした顔で、ギャロが私を見上げた。
「なにって、やだなぁ……やり直さなきゃ、ううん……今度は私からちゃんと言わなきゃ」
「落ち付け! ウェイトだ! 一時的な気の迷いでこんな事をしてはいけない! 食糧面を気にしているのなら出来うる限り邪魔にならないように付き従う! ガイルの事もどうにかして見せるから気はつかわなくていい!」
ギャロは、自分の首筋を手で覆って砂地を尻もちをついたまま下がるけどその逃走は火の神アグニの幻影の硬直した体に阻まれる。
「気を遣う? 私がギャロに? どうして?」
「どうしてって、お前は誰よりも強く優しい……この世界を民を全てを守る『勇者』だ…だからあの時、俺の頼みを断らなかったじゃないか!」
ふいっと視線をそらした口が『今だってそうなんだろう?』っと、少し不機嫌そうにつぶやく。
めんどくさいな。
でも、可愛い。
「ギャロウェイ・K・オヤマダ」
私は、私の狂戦士の名を呼んで視線を逸らす頬にそっと手を当ててこっちを向かせる。
「結婚して……勇者でも他の誰でもない『私』と」
見開く月の瞳は私の顔を映して、ぴんと立った赤い耳は訝し気にスッと畳む。
「キリカ……正気か? また、『前』のように自我が_____」
「私は、他の誰でもないギャロが必要だ……『前』となんて比べ無いで今の私を見て」
私は、首筋を抑えるギャロの手をそっと掴んで自分の胸元へ乗せた。
「……早いな……こんなに鼓動させて早死にするぞ?」
ギャロは、眉一つ動かさずじっと私を見上げる。
「ギャロ……」
「……いいのか? 俺は今までも、今現在も、これからも、来世でもずっとずっとお前を永遠に愛し続ける……この思いにその鼓動は応えるのか?」
「それは、ずいぶん苛烈だね」
「ああ、俺はお前が思うよりずっと女々しくて嫉妬深く面倒な男だ……それでも欲するのか?」
「うん、ちょうだい……ぜぇええんぶ」
胸元から離れた手が、襟元を緩める。




