炎と炎②
途切れる絆。
いつも感じていたギャロの温もりが……消える……消えていく……!
ガイル君の腕の中。
牙の引き抜かれた喉笛を真っ赤な舌がなぞって、血流す月の瞳は霞んで私に『殺すな』っといって瞼を閉じる。
「そんな! ガイル君がギャロ……殺した……?」
「はっ!? アンタじゃあるまいし、勘違いすんな!」
ガイル君が、眉間に皺をよせて私を睨むけど口元がギャロの血で真っ赤過ぎて説得力がないよっ!
「おいたん! おいたんぁあん!」
砂に足を取られながらも駆けつけたRが、ガイル君の肩にもたれかかるように気を失っているギャロに飛びつく!
「ガイルおいたん! なんでっ! なんで邪魔するんだな!!」
「……」
ガイル君は無言でギャロを地面に寝かせると、縋りつくRのローブの襟を掴みそのまま自分の目線まで持ち上げる!
「み"ゃ"っつ!?」
「あ"? お前、誰かと思ったら双子の片割れ……卵から孵ったのか?」
キッと、睨むRをガイル君はじっと睨み返す。
「……クソジジィに伝えろ……てめぇの思い通りになると思うなてっな……」
「!?」
それだけ言うと、ガイル君はぺいっとRをギャロの側に放る。
「ほら、ここで兄上になにかあったらあの女が困んだろ?」
「……!」
Rは、はっと顔を強張らせその小さな手をギャロの喉にあてがう!
ガイル君は、その様子を確認すると砂地でへたり込む私を補足する。
ざっ。
ざっ。
一歩、また一歩と踏みしめる素足とこしみのが揺れて、状況がいまいち飲み込めず呆然とする私に向かって殺意をむき出しに迫ってくる。
「……たった今、お前と兄上の婚姻契約を強制的に破棄した……これで兄上はうかつに狂戦士にはなれない」
「そ、そんな事、できるの……?」
「普通なら無理だが、あんな中途半端なものなら一時的に生命の危機に瀕する事で効力を弱め同属性の神とその精霊獣の力……それと対象者に匹敵する魔力があれば破壊する事が出来る」
「……どうして?」
「兄上は返してもらう……お前はここで死ね」
噴き出すガイル君の漆黒の魔力、そしてその色に染まるのは私から奪った『火の精霊獣』。
「返して……私の精霊獣……そんな色に染めないで……」
「言いたいことはそれだけか?」
私を見下ろす殺意は、その髪と瞳を『懐かしい色』に染めあの人と同じ顔で問う。
それだけ?
ううん……違う、それだけじゃない……!
「ギャロを返して」
「『食糧』が無くなると死活問題ってか?」
「違っ……違わない、けど、それだけじゃなくってギャロは私のっつ……」
「ヤだね、兄上がこれ以上傷つくのを見ていられない!」
ギャロが傷つく。
その言葉に、私の胸は締め付けられる。
「兄上にとって、アンタは全てだ……この世界どころか親兄弟をも凌駕している。 だが、アンタはどうだ? アンタの中でアレは『食糧』以外の何者でもないだろ?」
正直耳が痛い。
あの湖で初めて会った深紅の髪に月のように煌めく瞳の猫耳青年は、私にとってこの世界で摂取出来る唯一の食糧である。
私は、愛し気に『私』の名を呼ぶあの人の事を記憶していなかった。
そして、徐々に記憶を取りもしつつある今であってもそれはどこか他人の記憶を流し見しているようで実感が湧かない。
けど!
「ギャロは言った……『今だからこそ決して離れない』って……」
前の私じゃない。
『今の私』を認めてくれた……『勇者キリカ』じゃなくて『今』やっと『私』を見た!
ぞくぞくと背筋が震える。
誰かに愛されるのがこんなに、気持ちいいなんて……愛おしいなんて……!
ああ……まだ全てではないけれど、私は貴女に勝った……ギャロは私のだ!
「ごめんね」
「あ"?」
私は、立ち上がって真っ直ぐガイル君の漆黒の双眼を見返す。
「君のお兄さん……もう返してあげれない」
「あ"あ"??」
だって。
「アレは私の『妻』だもの」
「は? ふざけた事ぬかしてんじゃねぇ!!」
怒号と共に、触れられるほど近距離からガイル君の漆黒の炎が一瞬にして私を焼き殺さんと襲い掛かる。
それは、コレほどにまで近い互いの姿が目視できなく成るほど渦巻く。
けど。
「まずは一つ……返してね?」
とん。
それは、余りに簡単にガイル君のブラジャーの中心に私の手が触れた。
「かはっ!?」
見開く双黒、消し飛ぶ炎と焼き切れるブラジャー……がくんとガイル君の膝が地に落ちる。
あれ?
この一撃で取り返すつもりだったのに。
「けほっ! てめっ! げほっ! げほっ!」
息苦しそうに足元から私を睨みあげるガイル君の瞳は、漆黒から穏やかな月の金へ髪も鮮やかなオレンジへ『巻き戻される』。
けどソレは、火の精霊獣を奪われる前にはちょっと足りない……咄嗟に避けたんだ流石ギャロの弟だね。
「大丈夫? 少し強めにし過ぎちゃったかな? けど、大丈夫……ギャロに君を『殺すな』と言われたから殺さないで置いてあげる」
「ふざけんな!」
ガイル君はその場を飛びのき、牙を剥いてその体に明るい炎を纏わせる。
困ったな。
「ガイル君。 分かるでしょ? 君が私に敵う訳ないしこの『巻き戻し』は直接叩き込むからとっても苦しいでしょう? もう一発喰らう前に返してよ私の精霊獣」
「……!」
苦痛に身を屈めるガイル君の口元が、苦し紛れにつり上がって聞こえるか聞こえないかくらいの小さな声で唇を動かす。
「え?」
今なんて?
そう問おうとした時、突然ガイル君を中心に走る炎の筋。
それは、幾重にも奔り円を描く!
「なに? 魔法陣?」
多分そうだろうと思われる魔法陣の中心にいるガイル君は、苦しそうに肩を震わせる。
え……なにこの魔力?
ガイル君のじゃない……魔王とも違う、綺麗な……清浄な炎。
これ、知ってる『前』にたしか……リフレが召喚しようとした?
まだノイズがかってチラつく記憶の中で、リフレが父で大司教であるフルフットさんに近づこうとして何度か試していた陣を思い出す。
結局、私の知る限り上手くいったことはなかったけど。
だが、今回に限ってガイル君はリフレでも上手くいかなかったその陣を火の精霊獣の力を呼び水に成功させてしまったようだ。
ずずず……。
ずずず……。
陣の中から這い出す真っ赤な肌の長い腕、覗く二つの顔に七枚の舌がチロチロする。
……そして、何よりその大きさなんて15mは在りそうなくらいデカい!
てか、その姿は清浄な魔力である筈なのにどう見ても禍々しいし…なによりも!
「なんでそいつも『こしみの』なのよぉおお!!」
なんなの?
こしみのはこの世界では流行なの??
ていうか、なんで燃えないの____あ、ちがっ、燃えてる!?
燃えてるよねソレ??
魔法陣から姿を露わにした燃える巨人は、二つの顔で私とガイル君を見るとその赤い炎の拳を振り下ろした______ガイル君に!
「ガイル君!」
私は地を蹴り、拳よりの先に陣の中央で呆けるガイル君を担ぎ上げて離脱する!
「なっ!? は、放せっつ!」
女に担ぎ上げられて恥ずかしそうに悪態をつくけど、私はそんなのお構いなしに繰り出される拳や踏みつぶそうと振りかぶる脚やらを回避して相手を伺う!
「って、言うか! なんで自分で呼び出したもんに攻撃されてるのよ!」
「う、うるせぇ! は、初めて使った……つか、お前なんか踏まれて死ねっ!」
「なによ! 『死ね』とかあんまり人に言っちゃダメなんだよ? ギャロってば弟を甘やかしすぎだよ!」
「はぁ?! てめーに都合の悪い奴を取りあえず殺そうとするサイコ女に言われたくねぇ!! マジで『勇者』なのかよ?」
「何それひどっ! まるで私が頭おかしいみたいじゃない!」
「無自覚か! ガチで怖えよ! うちの旦那のほうが可愛く見えら……」
うう……ガイル君の旦那さんって『魔王』だよね?
私、魔王よりヤバいって言われてる……ぐすん。
「つか! 降ろせっ! 自分で走れんだよっ!!」
「もう! 走ってる時に暴れないでっ____わっ!? 」
どごぉおおおん!
いい加減しびれを切らしたと言いたげな赤褐色の巨大な手が、地面の砂地を吹き飛ばし巻き込まれた私とガイル君は空中へ打ち上げられる!
ががががが!
まるで機械人形のように示し合わせ、こちらを見上げる二つの顔。
打ち上げられ落下を始めた獲物を二つの大口をあけ待ち構えるその咽喉の奥には、マグマのように凝縮した魔力!
これ、私は兎も角ガイル君が怪我しちゃう!
「っ、こうなったら!」
清浄な魔力である以上、普段はきっとそんな害のある存在ではないのだろうけどこちらを攻撃してくるのだから仕方ない。
私は剣を抜き、魔力を_____。
「手ぇ出すな!」
手から抜け出した、ガイル君が私より先にその右顔の口に面目がけて拳を突っ込む!
「爆ぜろ!」
その号令と共に、感じた私の精霊獣の気配と爆発。
「はっ! 勇者に救われるなんざ、魔王の妻として一生の恥だ!」
吐き捨てるようにそう言った月の瞳は、地面に降りたち私を睨む。
______そんなこんなで今に至る訳なんだけど_______
ちらちら揺れるこしみのが『火の神アグニの幻影』に飛び掛かっていく。
情勢はガイル君がやや不利。
魔王の炎を使用していない所を見ると、私の与えたダメージがかなり響いているみたい。
「ガイルくーーーん! 無理しないでーーーー! 私、代わるよーーーー!!」
「うるせぇえええええ!!」
ギッて、睨んだガイル君は闇雲に炎を上げて突っ込んでいく…あーあーあれじゃそんなに持たないよ?
ガイル君ってキレやすいんだなぁ……温和で優しいギャロとは大違いだよ?
兄弟でもこんなに性格が違うんだなぁ。
決死の表情で飛び回るガイル君。
その姿を見ていたら、私の瞼に暫く会えないでいる弟の姿が重なる。
切斗……。
混沌の闇の中で私を探して泣きじゃくる……それは漠然としたイメージでしかないけれど胸が締め付けられて苦しい。
何事にもクールで、泣くなんて滅多にない切斗。
そんな私の弟が、どこかで私を探して泣いている。
気が付くと私は手にした剣で『火の神アグニの幻影』の首をはねていた。
ざくっ!
私が、落ちた首に脳天から剣を突き刺し止めを刺すと燃えるその巨体はがくんと膝をつきその動きを止めた。
「てめっ!」
きっと、私が何をしたのか見えなくて呆けたように見開いていたガイル君の月の瞳に血管が走る。
「ごめんね、私こんな所でぐずぐずしてられない……君がいくらギャロの大事な弟でも邪魔はだめ……」
「『また』その目かよ」
目?
目って何の話だろう?
「……? なんの事を言ってるか知らないけど、私が何を言いたいのかは分かるよね?」
そう問う私にガイル君は、牙を剥きオレンジの髪を逆立てる。
「コレは返せねぇな、アンタが精霊獣を使ってかつての力を取り戻すのだけは避けねーとなぁ……」
かつての力?
それって、『勇者キリカ』の私の力……って事?
封じられているのは記憶だけじゃないって事なのかな?
ギャロは、そんな話していなかったのに…?
「ねぇ、どうしても返してくれない? どうしても私と戦う? 私はギャロの大事な弟である君を傷つけたりしたくない」
「兄上は、……家族の誰よりもアンタを選んだ……抜けよ!」




