フェアリア・ノース⑦
ふんす! ふんす! と、怒ってみせるけど子供っぽくて、ちっとも怖くないけれどその意味する所は精霊達を恐怖させるには十分。
精霊達の大事な木。
フェアリアの全ての精霊が生まれ出る神木・生命樹。
首筋の熱が教えてくれる……その運命は私の狂戦士が握ってると。
「呆れた。 アンタ、相変わらす馬鹿猫におんぶにだっこなわけ?」
それは、久々に聞いた彼女の声。
動揺と緊張が広がり、半ばパニック気味だった精霊たちがやうやうしく頭を垂れ次々に道を開ける。
見た目は私と同い年くらい。
陶器のような冷たい印象の白い肌に、肩口までのダークブラウンの髪に暗い瞳、力なくだらりと垂れるウサギの耳を連想させる長いもこもこ耳。
いつもなら、ピンクを基調としたものだったロリータファッションが今は黒を基調とした胸元の露出が気になるゴスロリ。
それは、先程対峙したあの漆黒の翼をもつあの人を思い起こさせて私の中に怒りがこみ上げる。
あの時、不覚をとって夢の中とは言え弟を殺してしまった。
そんな自分への怒り。
「久しぶりねぇ~勇者? あ、今は記憶喪失の裏切り者だっけ? 不都合な事だけ忘れてるって、随分と都合がよろしいこと~」
空中から見下す蔑んだ瞳は、相変わらずに『どーせ、ウチのことも忘れてんでしょ?』と耳障りに付け加える。
「久しぶりだね、アンバー」
私の言葉に、アンバーは垂れた耳先をピクリとして眉をひそめた。
「相変わらすの憎まれ口だね、下僕になっただ何て聞いてたから心配してたけど元気そうだね」
アンバーは、淀んだ瞳が私を舐るように見て『ふぅん』とため息をつくとふわりと地面に降り立ちカツっと鋭いヒールで石畳を鳴らす。
「守護神を解放して、少しは『思いさせた』って? ご都合主義なこと」
懐かしいアンバーの憎まれ口。
アンバーの言う通り、全ての記憶を取り戻せていない……思い出せた断片にアンバーやダチェスの事があってそれに基づいて懐かしさや親しみを感じている。
けれどそれは、私が『勇者キリカ』の記憶を覗いているような他人行儀なものでどこか実感が湧かない。
「ま、アンタの頭の中がどんなに残念だってウチには関係ない。 さぁ、現・精霊王として交渉しよっか?」
アンバーが精霊達に命じて玉座の隣に置かれたシンプルだけどかなりロングなウッドテーブルを挟んで、端と端に私とアンバーは向かい合って座る。
「……辛気臭い顔ね、ウチだってアンタとこんな近距離で向かい合うとか胸糞悪くて気が滅入るんだけど?」
アンバーは、ふかふかのタレ耳を黒く塗った長い爪先でくるくる弄びながら辛辣な言葉を浴びせてくる!
「ひどっ! このテーブル幅広いよ2mは離れてるよ!? 遠いって! 前みたいに仲良くしようよ!」
「うるさい! 馬鹿猫じゃあるまいし、可愛子ぶってもウチには効かない! こっちは住み家を荒らされて頭にきてるしなによりアンタ、ウチの『女王様』の敵だしね! おててつないで仲良しとかお花畑なのも大概にしてほしいわね?」
一気にまくし立てたアンバーは、水属性の精霊に命じて氷のグラスに注がれた水を一気に飲み干す。
「す、住み家を荒らしたつもりは……」
「はぁ? しらばっくれてんじゃないわよ! ここに落下してきた時、どれだけの木々を吹っ飛ばした? 突然、古の大陸を浮上させたときどれだけ地形が変わったと思う?」
「それは、前の約束を守りたくて……倒した木々だって結果としてはもとに……」
「あのね~! なんでもかんでも『壊しました・元に戻します~結果オーライ♪』とか思ってんじゃないでしょうね? その過程で巻き込まれたこっちの身にもなれっての!」
だん! っと、テーブルを叩いたアンバーは何かもっと言いたいところをギリッと唇を噛んて不機嫌そうにそっぽをむく。
「そんなつもりじゃ……」
何てことだろう!
良かれと思ってしたことが返ってアンバーたちに迷惑をかけていたなんて、私ったらホント独りよがりで大まかな事にしか目が行ってなかった!
「は? なに? また自分が悪かったんだーって盛大に落ち込んで見せてなんだかんだで立ち直って繰り返すってわけ? 全く……アンタには成長ってもんがないの?」
アンバーは、神経質に垂れた耳先をぴくつかせながら『ああ、それも忘れるんだっけ?』と吐き捨てる。
忘れる。
忘れてる。
思い出せない……。
だから私は同じ過ちを犯す。
「はぁ~……短絡的で無知で花畑……こんなのが最強? これじゃ『前』のがましじゃない!」
「前……?」
アンバーは目を伏せる。
前の私……『勇者キリカ』……皆に認められた真の勇者……。
フルフットさんの言葉が蘇る。
「守護神も解放したんだからもうここには用はないでしょ? さっさと生命樹の上でたき火してる馬鹿猫を連れで出てって!」
「アンバー! 私は……!」
乱暴に席をたったアンバーは、私を睨んですぐに背を向け少しだけ肩をふるわせた。
「なんでこんなになっちゃったのよ……今のアンタより前のアンタほうが今より弱くてもウチは……好きだった」
ふわりとアンバーが宙に浮く。
「まって!」
思わず走った私は、浮上する黒いヒールの足首に手をのばして_____捕まえちゃった!?
「きゃぁ!? なに!? なに掴んでんのよ! ここは去る所でしょ?! 空気よめ!」
「空気って……ちょっと私の話も聞いてよっつ!」
空へ逃げようとするアンバーと引っ張る私に、周りの精霊たちはオロオロと旋回する。
「ああもうっつ!!」
「ぶべら!」
あ"、思いっきり引っ張ったらアンバーが地面に顔面からダイブ!
あ~あ~は、鼻血が!
どうしよう、痛そっ。
「な"~に"~す"ん"の"ぉ"~~!!」
陶器みたいに白かったアンバーの顔がリンゴみたいに赤く、鼻がどす黒く滝のように鼻血が……嗚呼ぁ……それを見た精霊達が自分達の精霊王のあまりの状態にどう突っ込んでいいか分かんなくて微妙な表情をしながらなんかおかしな編隊を組んで飛び回ってるぅ!
「アンタって奴は~~~!!!」
「ご、ごめっ、」
アンバーの垂れたに耳がぶわっと立ち耳になって、瞳が更に暗くなるその背には魔力で形成された巨大な『しゃれこうべ』。
アレは、アンバーの得意能力……その中でも取りわけたちの悪い遠隔操作系の化身。
あのしゃれこうべは、遠く離れた相手の思考や魂をアンバーの意のままに操り時にはその意識を直接憑依させる!
初めてあった時、ダッチェスがそれを喰らって私とギャロはとんでもない目にあわされたっけ……『懐かしい』。
「ちっ!」
フシュン。
突然、アンバーの背のしゃれこうべが消える。
「アンバー……?」
首をかしげる私を険しい表情で見すえたアンバーは、急にドカッとテーブルの席に着くと傍に立つ私を見上げた。
「……精霊王としての役目を忘れてました……交渉を再開しましょう『勇者キリカ』様」
それはまるで、がらんどうの様な空っぽの瞳。
「ぇ? アンバー?」
いつものように肩に触れようとしたけど、無表情なその顔に私は手を止めて促されるまま離れた席にもどって向かい合う。
「改めまして、魔王領フェアリア・ノースの精霊王……いえ、古の大陸が戻りましたので『フェアリア』と名を戻しご挨拶申し上げます」
真っ直ぐ私を見すえる暗い瞳は、氷のように言葉を紡ぐ。
「この度は、我が守護神『光の精霊獣』の解放及び失われた古の大陸をご返還頂きありがとうございます」
「……」
感謝の言葉とは裏腹に、アンバーの声は冷たさを増していく。
「この度の守護神の解放及び古の大陸の再生をもちまして、先の大戦のおりの我らと交わした誓約は果たされた物である事をわたくしの精霊王の名に懸けて宣言いたします」
それって……でも、私は____。
「貴女様のした裏切りは許されませんが……事情は察します」
言いかけた言葉は、冷たい声に遮られる。
そう。
私は……『勇者キリカ』は裏切りものだ。
それは、この世界を救うはずだったのにそれを成すことが出来ず『魔王』に破れてしまったから。
世界を救えず、役目を果たせずのこのここの場に立つ私は紛れもなく『裏切り者』。
例のごとく記憶があいまいで、何処かぼんやりとではあるけれどその事は理解していた。
ギャロは、ゆっくり思い出せばいいと言っていたし私自身その記憶はこの子たちを……精霊獣を解放すれば徐々に思い出せるそう思ってあまり深くその事は考えては無い……考えないようにしてた。
事情。
アンバーの口からでたその言葉……『勇者キリカ』が魔王を倒せなかったのには何か事情がある?
こぽっ。
コぽっ。
「……そう、アンタはそんな事すら覚えていないのね」
こぽっ。
コぽっ。
「ねぇ……私……『私』はどうして魔王に負け、倒せなかった……の?」
アンバーは、私を憐れんだような目で見て口を開く。
「魔王様に会えば嫌でもわかる……ウチに言えるのはそれだけ」
アンバーは、すっと席を立つ。
「勇者キリカ様、精霊王の名に懸けてあなた方がこのフェアリアを立つまで我々はあなた方に一切の手出しもしないと約束します。 それと、一番近場の火の精霊獣の場所まで転移させて差し上げます」
「まって! 知ってるなら教えて! 何があったの?」
思わず立ち上がった私を見ても、アンバーの表情は変わらない。
「私、今度こそ魔王を倒す! この世界を救う! けど、このままじゃ……何も分からないままだなんてもう耐えられないよ!」
私は、あっと言う間に2mの距離を詰めてアンバーの手を掴む。
「魔王様を倒す……アンタ、本気で言ってるの?」
アンバーは少しだけ顔を強張らせたような気がしたけど、すぐに無表情になって私の手を払いのける。
「待って、アンバー______」
ひたり。
氷のように白くて冷たい手が、そっと私の頬に触れる。
「かわいそうなキリカ」
優しくて、冷たい声。
頬を撫でて耳を触って、アンバーの手は離れていく。
「あの時何があったかなんて、アンタの馬鹿嫁に聞けばいい……早くこの土地から出てって……転移陣はここに用意しておく」
精霊達とふわり空へと去るアンバー。
私はその手をまた掴もうって出来ない……だって、頬を撫でたアンバーの表情がなんだか苦しそうだったから。
「ねぇねぇ」
去りゆく光の粒を見上げる私のスカートの裾をRの小さな手が引く。
「早くおいたんのとこ行ってあげないと、精霊達の木ね燃やしちゃうんだな」
「……うん」
私は、小さな手に引かれてふらふら歩き出す。
『かうわいそうなキリカ』
アンバーは、私にそう言った。
可哀そう?
私が……?
どういう意味?
『前』に魔王と戦った時に一体なにがあったと言うんだろう?
ギャロは、その時の事を知っている……ギャロ自身そう言ってたっけ?
「ねぇねぇ? どうしたんだな?」
「……ううん、何でもないよ……それよりR、ここまでどうやって来たの?」
アンバーに気を取られていたから忘れていたけど、Rにはギャロと一緒にこの場から離れていた筈。
ギャロがいる生命樹と、この場所はかなり離れている事を考えると戻りが早すぎる気がした。
「ん、それね、おいたんの鳳凰なんだな!」
Rは事もなげに言う。
「鳳凰? ああ、ギャロの召喚の……でも、それってここに落ちてきたときは使えなかったはず___」
こぽっ。
腹の奥が熱くなる。
ああ、そうか。
この子を解放したからアンバーが仕掛けていた結界が破れて、ギャロが鳳凰を使えるように……それでRを先にこっちに送ったんだ。
「ぁ、それなら……ね、Rちょっと離れててくれる?」
「う? ねぇねぇ?」
私は目を閉じ、意識を腹の底に集中させる。
温かい。
『どうぞ我を召しませ』
それは可愛らしい男の子が、照れ草そうに呟いた拙い丁寧な言葉。
「うわぁ~ねぇねぇの羽、今度は金ぴかなんだなぁ」
Rが私の背中を羽を見て、瞳をキラキラさせる。
「ぁ、あれ? 召喚したつもりだったんだけどな……うん、これでもいっか」
背中の羽は、あの白銀の羽とは違って温かくて軽い。
「おいでR! ギャロのとこまでひとっとびだよ!」
「ん!」
腕にすっぽり収まるRを抱いて、私はギャロの待つ生命樹へと飛翔した。




