フェアリア・ノース①
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あの女がここに来る。
我が主をたぶらかし迷わせる憎い憎いあの女。
殺してやりたい。
いいえ、ただ殺すのでは飽き足りない。
もがき苦しみ、その存在を後悔させて闇の中に沈め二度と出られないように蓋をして絶望の中で死んでいくがいい……。
ふふふ。
あはははは!
さぁ、早くここまでいらっしゃい。
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「ソレじゃー準備はいいかしらん♪」
エナメルピンクのピチピチのボディコンスーツにお馴染みのスキンヘッドのガチムチモードのフルフットさんの背後に、巨大な白亜の門が出現する。
エルフ領リーフベル大聖堂最上階の客間で一夜を明かした私たちは、次の精霊獣を解放するため精霊の国フェアリア・ノースへ通じるこの精霊門の前に集まっていた。
「この門の前に立つのは、前のリーフベルが崩落したとき以来か……」
ギャロがぼそりと呟く。
ここは、エルフ領リーフベルから少し離れた旧:リーフベル。
なんでも、以前……私にまだ記憶があったころ大規模な地盤沈下がおこって首都であったリーフベルがごっそり地の底に崩落してしまうと言う事があったのだそうだ。
幸い、それは女神様の精霊の予言があったお蔭で犠牲者を出さずにすんだし『勇者キリカ』の膨大な加護の力で地盤の崩壊をかなり抑えることができた事から復興も早かったと聞かされた……けど。
それを、私、『勇者キリカ』がやり遂げたのだと言われても今の『私』には全く身に覚えがない。
「ねぇねぇ、どうしたんだな?」
ぼんやりしていた私のスカートの裾を、小さな手がくいと引く。
「……ううん、なんでもないよ」
きらきらと私を見上げるルビーの瞳に真っ白なふわふわの綿毛のような髪。
私がこんな状態であったばっかりにこの子は世界を救う為、親と離れる事を選びここにいる。
いくら古の賢者の力を持っているとは言え、幼い身にその選択はつらいものがあっただろうに……。
「にゅ? ねぇねぇ?」
ふわふわの髪を撫でてあげたら、卵はむにゅっと目を細める。
「卵はローブよく似合ってるね、可愛いよ」
そう言ったら、卵はその白い鱗の尻尾をピンと立てて『ふんす!』と不機嫌そうに鼻を鳴らす。
「ねぇねぇ……おで『かわいい』はヤなんだな! それに卵だなんて! おではもう卵じゃないんだな! おっきい子なんだな!」
「え? えええ? ご、ごめん」
『ふんがー!』っと、呻りそうなそうな勢いで『おこ』な卵にちょっとびっくり!
切斗もたまによく分からない事で激おこになる事があったけど、何だろう……この場合『かわいい』が駄目な感じかな?
「おで、もっとおっきくなったら絶対ぱぁぱぁやおいたんみたいな『男』になるんだな! だから『かわいい』は違うんだな! ソレに、おでにはちゃんと名前があるんだな!」
「え? そうなの?」
困ったな。
私この子の名前とか知らないよ?
私達のやり取りに、ギャロが『ぶはっ!』っとこらえきれないと噴き出す。
「ぷはは……いや、すまない、やり取りがあんまり可愛かったもんだから」
「おいたん! ふんす!」
「はは、怒るな怒るな。 それよりちゃんとキリカに自己紹介をしたらどうだ? まだ名乗ってないだろう?」
「あっ!!」
ギャロに言われ不機嫌に立っていた尻尾がへにょんととするけど、気を取り直したみたいにすたっと私の前にたった卵はふわりと騎士のように膝をついて顔を上げる。
「我、狂戦士ガラリアと黄塵万丈の月に最初に生まれし最初の男の仔、宵の明星の暁の日、明けの明星の蒼の次に生まれし二つのうちの片割れ・R・K・オヤマダ と申します」
いつもと違う随分大人びた口調……なんだか別人みた……って!
コレ名前?!
どっからどこまでが名前??
「ながっつ! 長いよっ!」
「ああ、その名は義兄上がつけたものだ。 リザードマンの名前は詩のように長い事も珍しくないからな……あまりに名前が長いので義兄上は魔王に『リザード・万太郎』と名乗れと命じられたくらいだ」
ギャロが事もなげに言う…って、『リザード・万太郎』!?
なにその魔王の壊滅的なネーミングセンス?!
もはや悪意すら感じる!
「おでの事は『R』ってよんでほしいんだな! まんまもガリィちゃんもRって呼んでくれるんだな!」
卵…もとい『R』は、鱗の尻尾をふりふりしながら言う。
「『R』……そうかレンブラン兄上の……」
ギャロの金の目が伏せる。
「ほ~ら、あーた達ぃ~なにだべってんの! 一度破壊された扉の維持ってものすんごい魔力を消費すんのよぉおおお! お肌が荒れちゃうわん!」
エナメルピンクのボディコンからムキムキと不機嫌に筋肉をぴくつかせてフルフットさんが言う。
「え? あ、ごめんなさいっ!」
慌てる私に、すっとギャロが大きな手を差し出し手を握る。
「さ、行こう……今度こそ、なにがあっても俺はお前を守る」
「ギャロ……」
「おでも! おでも~!!」
ぴとっと、私の足にしがみ付くR。
私達は、フルフットさんにせかされながら音もなく開いた光の向こうに足を踏み出し_______ガクン。
「え?」
反転180度の蒼天。
「みぎゃあああああ!!!」
天地を逆にした私の足にしがみ付いたRの悲鳴に、ようやく状況を理解する!
蒼天 空 私 絶賛 落下中 なう!
てか!
高さって、これ絶対飛行機とか飛んでるレベルの高度だよね?!
だって、下に見える大陸らしいところがどんどん近づいて来てるとはとはいってもまだ私のスマホくらいの大きさだもん!
これ、地面に激突したら確実に死ねるよね?
いやあああああ!
門から足を踏み出したらソコは、いきなり空中でパラシュートなしでスカイダイブって言う!
「ねぇねぇ! おいたん!!」
Rの叫ぶ声に私はようやくギャロの存在を思い出す!
そうだ!
ギャロって召喚とか出来たよね?!
そう、たしか、あの水脈のプラナリオのところでみたあの鳥!
それを出してもらえば!
「ぎっ___ギャ ロッ!」
私が傍らにいるギャロを見と、その表情は何か焦ったように強張っている。
ギャロ!
お願い、あの鳥______!
私の言わんとしていることは既にギャロも分かっている筈なのに、困惑した表情のまま口をぱくぱくとさせるばかり。
「____ない____」
「ええ? なんだってーーーー??」
風圧と風の音で、いまいち大事なところが何を言っているのか分からない!
え?
何て?
口を読んで? んん?
ギャロは、大きくくちを開けて何が喋ってる。
『召喚が使えない。 すまない』
え?
ギャロはそのまま掴んでいた腕を引いて、私を歩きよせがっちりと腕を回すともう片方の腕を地面に向けた。
「このまま、最大火力で魔法を撃ち落下速度を落とす!」
耳元で怒鳴る声。
そっか、最大火力で地面に向けて攻撃魔法を撃てば衝撃波とか上昇気流とかで落下速度が弱まるからソレで何とかする______え?
最大火力?
ずくんっと、首筋が熱くっ……ま、まさかっ!
ギャロの深紅の髪が白銀のソレに変化する!
「ちょっ、まって! ダメ!」
狂戦士。
私との婚姻契約によって、ギャロは暴走せずにその力を100%扱えるようになったと聞いた。
そして、この白銀の髪は私の基本属性である『時と時空』の影響を受けたもの…その属性自体をギャロが全て扱える訳では無いらしいけど狂戦士としての力をはね上げるには十分。
ギャロの属性は炎と雷。
この世界の住人たちは生まれる時、必ずその体に属性を宿すらしいけどギャロのように2つも持って生まれてくるのは滅多に無いらしい。
つまりギャロは、それだけでも稀有な存在で更に狂戦士の力と私との婚姻で更にその力を強固なものにした。
狂戦士だけでもそれなりに世界を危機に落とす事が出来るらしいのに、今まさにその手の平に集まった圧縮に圧縮を重ねてもはや禍々しさすら感じる魔力の塊が迫りくる地面『フェアリア・ノース』目がけて放たれようとしている!
大陸を砕くとまではいかなくても、落下地点に与える影響は軽く隕石くらいはありそう。
……ヤバい……もし、ぶっ放した先にの近くに精霊のみなさんがいたりしたら?
か弱い彼らは、たちどころに消し飛んでしまうかもしれない!
「ギャロっ……!」
ギャロを止めなきゃ!
こうなったら……恥ずかしいけど、軽く吸い上げて行動不能にしなきゃ!
ギャロにキスする。
どうしよう…今まで、空腹に任せて本能むき出しに理性を飛ばしてたからこんなシラフの状態で______ごくり。
抱すくめられて見上げる逞しい首筋からの顎のライン。
落下する風になびく白銀の髪が首筋に、筋肉に絡んで色っぽい。
男の人に変かもしれないけど、ギャロ肉付きってなんて艶っぽいんだろう……うぁ、うわぁ!
どうしよう、恥ずかしい!
でもでも!
ここで、私がギャロにキスしなかったら精霊達が大変なことに!
恥ずかしくない! 恥ずかしくない! 恥ずかしくない! 恥ずかしくない!
私、旦那さんなんだし!
奥さんにキスしても良い筈!
それが、傷つけないで止める最良の方法だもん!
腹を括って体を引く抜こうともがいてその唇に迫ろうとするけど、私が止めようとするのを見越してか抱きしめる片腕がぐぎぎぎっつっっと締め上げる!
いだだっ!
背骨っ!
あばらも逝くから!
「ぬぐっぅ……ぎゃろぉ~!」
無視するギャロ。
『今度こそ、なにがあっても俺はお前を守る』
ギャロは言った。
それは、多分どんなものを犠牲にしても『勇者キリカ』を守ると言う宣言。
きっと、ギャロは『勇者キリカ』を守る為なら顔色一つ変えずにフェアリア・ノースの精霊たちを皆殺しにだってする……わかる……疼く首筋が冷たく熱い。
ああ、君は彼女の為ならそこまで非情になれるんだね。
がりっ!
「なっ!? キリカ?!」
喰らい付いたのはその左の首筋。
その瞬間、白銀だったギャロの髪は深紅へ戻り地面へ向かって放たれんと集まった魔力が飛散して消えた。
「やめろっ、や め……!」
私を抱きしめていた腕の力が抜けて、あっというまにその体が宙で離れていきそうになる!




