精霊獣の見る夢は②
「もう☆ ラブラブなんだからぁん☆」
な、なにそれ?
ちょ、なんでギャロも赤くなってんの??
「まって! 私達そんなんじゃ____ねぇ? ギ____」
「『妻』の俺が『夫』を気遣って何が悪い?」
少し照れたようなそぶりを見せたのもつかの間、しれっとそう言ったギャロは座ったままの私の肩を抱き寄せる!
「ふぁ!?」
肩に食い込む指…なに? なにこれ??
「まぁまぁ~奥手のギャロちゃんが今回は積極的ねぇ?」
「俺とキリカは形はどうあれ婚姻している…今度こそもう手放したりなんかしない」
ギャロは眉をよせ唸るようにフルフットさんを見すえる。
「すぐにボロが出るわよ?」
ほほ笑みを絶やさないフルフットさんの言葉に、ギャロの顔が曇る。
あ。
またその顔。
それは、時折ギャロが私に向ける言葉を詰まらせた苦しような切ないようなそんな顔。
『今度こそ』
その言葉に、『前の私』とギャロとの間に何かあったのは明白だ…けれど!
今は、それよりなにより気になって気になって仕方のないことがある!
「ね? ギャロウェイおいたん…ねぇねぇの奥さんなの…?」
部屋のドアの前、父親の傍らで無邪気にこちらを見つめていたスカイブルーの瞳がぱちぱち瞬きながら手をつなぐ兄弟に問う。
「ん。 みてみて、おいたんとねぇねぇの首のとこぱぁぱぁとまんまのと似てるのあるんだな? あれ、左が奥さんで右が旦那さんなんだな」
無邪気な二人の会話がまさに私の疑問を浮き彫りにする!
「……………ぎ、ギャロ」
「なんだ?」
「ギャロって、…ギャロが奥さんなの?」
私がいつの間にかティーセットを広げ始めていたギャロに問うと、月の瞳が驚いたように見開いて動きを止めた。
「そぉよ、勇者ちゃん! この世界の婚姻はね、勇者ちゃんたちの世界と違って性別で妻や夫の役割が決まるわけじゃなの! 通常は魔力が上の方が『夫』の役割をするけど最近じゃ惚れたもんが負けで愛が深い方が『妻』の役割に就く場合が多いわ~☆」
ぬいぐるみを掻き分けて椅子に腰かけたフルフットさんが、紅茶のカップに口をつけながらじろりとギャロを見上げる。
「まぁ、ギャロちゃんたちみたいに能力を使う時に他人の管理が必要な場合は必然的に『妻』の役をすることもあるわ…けど、大体は『愛』よ…本当に何も教えてあげなかったのね~酷いオ☆ト☆コ」
にょにょにょっと目を細めるフルフットさんが『妬けちゃうわぁ~』って…うそ!
私は思わずギャロを見上げる。
「ああそうだ、俺はお前を愛してる二度と手放さない」
さっき見せた可愛らしい照れなど微塵も感じない低いトーンの声に、少し震えた指先が唇にキャンディを押し込む…ちょっと!
ちょっと待ってよ!
初めてあった時から好意のようなものは感じていたけど、まさかこんな…!
ていうか、この結婚じたいガイル君を退ける為の共闘のようなものだと思っていたのに事態は私が思っていたものより深刻な気がする!
ど、どうしよう切斗…姉さんお嫁さん貰っちゃった?
つか、愛してるだって?
嗚呼嗚呼ああ!!!
何事も良く考えて行動するようにってあんなに口酸っぱく切斗に言われていたのに…怒られる…絶対にマジ切れだ!
「まぁ、いいじゃない? どうせ、今の勇者ちゃんはギャロちゃんからしか栄養取れないんだし食糧と守護者の嫁なんて一石二鳥よ? 責任もって娶りなさいな☆」
頭を抱える私の肩を『ドンマイ☆』っと、フルフットさんがさも面白いとにやけながらかるく叩く。
くっ!
他人事だからって!
「お取り込みのところ大変申し訳ございませぬ」
ひゅんとしなる緑の鱗の尾。
あ、いけない!
自分の状況にいっぱいいっぱいで、すっかりこの人の事を忘れていた!
視線をあげると、ドアの横でリザードマンが騎士のように膝をつき頭を垂れている。
「どうした義兄上?」
やうやうしく控える義兄に、ギャロはため息交じりに顔をあげてくれと付け足すけど今度は一向に顔を上げようとはしない。
「此度の件…勇者様におかれましては感謝してもしたりませぬ」
「え? それはもういいよ、そんなに畏まらないで」
私の言葉にも耳を貸さずリザードマンは更に頭を垂れて、床に額をこすりつける勢いで言葉を続ける。
「ですが、某は魔王様に使える『魔族』本来なら『勇者』を目の前に引き下がる訳にはまいらぬ身の上…しかし某、恩人である勇者様を無理やりにとは余りにも恩知らずというのも…」
伏せっていたリザードマンは、すっと顔をあげその爬虫類特有の瞳で私を見上げた。
「どうかお願い申し上げます! その御身、魔王様の元へ!」
「断る!」
間髪入れずギャロが怒鳴った。
「…ギャロウェイ様…! 魔王様は…!」
「キリカを魔王の元に行かせるわけにはいかない!」
リザードマンの言葉を遮りギャロが低く唸る…どういう事だろう?
あのカランカと名乗った姉御もそうだけど、今まであった魔族の人はこぞって勇者である私を魔王の元へ連れて行こうとする…。
普通、殺しに向かってくるか魔王に勇者を近づけないようにるすものじゃないのかな?
それとも、魔王は…。
「ねぇ、魔王の目的はなに? どうしてあなた達は私を魔王の元へ連れて行こうとするの?」
そう聞いた私の言葉に、ギャロとにらみ合ってたリザードマンの目が見開き信じられないものでも見るみたいにこちらを見すえた。
え?
私そんなに変な事聞いたのかな?
無感情な爬虫類の瞳がようやく瞬き何事か口をきこうとしたときその傍らから白い鱗の幼子が、てくてくと私の前に歩み出てくるっと父親の方へとむきなおった。
「ぱぁぱぁ、勇者のねぇねぇはこの世界を救うと言ったんだな」
我が子の言葉に、リザードマンはちょろちょろとしていた舌を引っ込めその眉間に皺をよせる。
「何と…よもや勇者様、またしてもその道を行かれるか…!」
殺気。
それはまるでギャロの弟のガイル君と同じ。
このリザードマン…ううん、『魔族』にとって勇者である私が世界を救うと言う事は必然的に『魔王を倒す』と言う事に直結してしまう…だからこの反応は当たり前。
「そのご意志は曲げぬおつもりか…?」
リザードマンの問いに私はうなずく。
それと同時にリザードマンの砕けた漆黒の鎧の首元から青く眩い光が漏れて、この部屋の温度が一気に低下した!
「恩人である勇者様にこのように牙をむくは道理に反すこと…しかし、我が君に刃が届く貴女をこのまま野放しにしてはおけぬ」
ビキッツ。
パキッツ。
私の前におかれていたティーカップに注がれた紅茶が、音を立てて凍り付く。
「キリ_____」
ギャロが、私の前に出ようとしたけそれより先に細い腕をめいっぱい広げた卵が父親をキッと見すえた。
「ぱぁぱぁ、おで、ねぇねぇとおいたんと世界を救うんだな!」
自分を睨む赤いルビーの瞳に、部屋全体を氷漬けにする勢いだった魔力流出がピタッと止む。
「我が子よ……自分が何を言っているか分かっているのか?」
低く地を這うような声が問うけど、卵は臆すると来なく大きくうなずく。
「おで、まんまやぱぁぱぁやガリィちゃんのいるこの世界を守れるならなんだってするんだな! もう、卵のなかで怯えるだけなんてヤなんだな!」
にらみ合う父と子。
「うにゃっつ!!!?? なっ、なにしてんの!?」
ガリィちゃんは、突如傍らから離れ親子喧嘩を始めた兄弟を連れ戻そうと足を踏み出したがその肩を父親の手が掴かまえる。
「な、なんで! 放して! ぱぁぱぁ!!」
父は首をふる。
「…全てを承知の上で意思を曲げぬのだな?」
「…決めたんだな…! おで、ねぇねぇについていく!」
卵の言葉にすっと視線を伏せた父は空いていたもう片方の手をさっと振った。
パキィン!
その瞬間、部屋中の魔力で形成された氷が術砕け散り部屋の温度も常温に戻っていく。
「いいだろう…」
「み"ゃ?! ぱぁぱぁなに言っているの!? ダメ! こっちもどって!! ガリィおこるよ!!」
にゃぁにゃぁと喚き、こちらに目いっぱい腕をのばしてじたばたする娘を父はひょいと小脇に抱え込んでくるりと背を向けて…え?
まって!
私は思わず席から立ちあがる!
「あの! ちょ…! 卵のパパさん、まって!」
そのまま立ち去ろうとしたリザードマンは、首だけ私の方を向いて鋭い眼光を浴びせながら口を開く。
「…此度はリーフベルの結界に配備したリザードマン軍を撤退させ、娘ともども魔都クルメイラへ帰還いたします」
「それって…!」
「今回は見逃すと言う事か?」
ギャロの言葉にリザードマンは頷く。
「はい、勇者様への借りと我が子の決意に免じて…」
ギャロと私に向けられていた鋭い視線は、今度は私の前で一生懸命に両手を広げる卵に向けられる。
「我が子よ…次にまみえる時にはいかに我が子と言えど容赦はせぬ」
「…ん…」
まるで敵に向けるような冷たい父の声に、小さな背中が震えて鼻をすする。
え?
なにこの状況?
ちょっと、ちょっと待って!
周りの話についていけない!
なんで親子がこんな事に???
でも、これだけは分かる…きっと私の所為だ!
「そんな! ダメ! ねぇ、駄目だよ! 折角さ、卵から出てきたじゃない? ちゃんとお家に帰らなきゃ!」
思わず叫んだ私に、卵は首をふる。
「うんん…コレはおでが、おでが決めたことなんだな…ねぇねぇの所為じゃないんだな」
まるで私の頭の中を見透かしたような赤いルビーの瞳が少しうるんで私を見上げてぎこちなく唇を釣り上げて…。
「では、某はこれにて…」
踵を返す緑の尾がしなる。
「ま______」
思わず引き止めようと駆け出した私の眼前に、鋭い尾の一撃が白亜の床を叩く!
「キリカ!」
寸前で避けた私は、今にも飛び掛かりそうなギャロを手で制す。
「パパさん! 冗談ですよね? 本当に…本当にコレでいいんですか? どんな理由だって、親子が離れるなんて…そんな…!」
言葉を続けようとして、私は気付いてしまう…その尾の先が微かだけど震えていることに。
「勇者様…いかに雌雄の定まらぬ幼体なれど、武士の子が一度口にした覚悟…冗談などではございませぬ」
「けど! 貴方はそれでいいの?」
前を向いていた首がまたヌルりと私を見すえる。
「勇者様、次にまみえる時には魔王様の御為、そのお命頂戴いたしまする」
そう言い放つと、父は我が子に背を向け部屋の戸に手をかけた。
「あらん☆ お待ちなさいな、此処からじゃ目立つわよん? アタシが結界外まで転移させたげるわ~」
今まで沈黙を守っていたフルフットさんが、すっと椅子から立ち上がりいつの間にやら手に持っていた白銀のロッドを振るうとその足元に魔法陣が浮かぶ。