精霊獣の見る夢は①
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ここはじっとりとして暖かで心地よい。
安らかなまどろみの中、静かに眠る。
あの女神は世界を救う為だと言い、あの哀れな『仔』に命じた。
喰われ。
奪われ。
押し込められた。
哀れな仔は、喰うたび泣きながら詫びる。
ああ、泣くな哀れな仔。
たとえ自我を失おうとも我らはお前を愛している。
愛しいお前の為ならば、我らは数多世界をも敵にしよう。
さぁ、何千何回と繰り返されるこの忌まわしい悪夢を今度こそ終わらせるのだ。
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き…気まずい。
すっかり乾いてふわふわになった真っ白な髪。
不安気に怯えるルビーの瞳にプルプル震える耳がぺちゃんと畳む。
生まれたばかりだと言うのに完成された体格は小さいけれど、多分ガリィちゃんと同じくらい。
てか、顔がガリィちゃんと瓜二つだよね?
違いがあるとしたら、その白い鱗の体に伸びる尾がなんだか爬虫類っぽいくらい…てことはやっぱり…。
それは、ギャロが言ってた『我が一族』と言う言葉からも明らか。
駆けつけたガリィちゃんは、私の腕の中ら奪い取ったその白い鱗の体を抱きしめて飛びのくと小さな牙をむき出して威嚇する。
「えと、あのねガリィちゃん」
「ふしゃーーーー!!」
ガリッ!
思わず伸ばした手が鋭い爪で引っ掻かれる!
痛い!
でも可愛い!
「落ち着くんだガリィ、大丈夫…キリカはなにもしない」
ギャロは、ふーふーっと毛を逆立てる姪っ子をなだめようとする。
「だめだもん! このねぇねぇ全然だいじょばないもん!」
撫でようとするギャロの手をいやいやしながらガリィちゃんはキッと私を睨む。
「だいじょばない…て、そんなぁ~」
…身に覚えはあり過ぎるけど、こんな小さな子供に面と向かって『だいじょばない』とか言われるとかなり凹む。
切斗…姉さんどうしたら子供に好かれるんだろう?
「あらあら~☆ すっかり嫌われてるわねぇ~勇者ちゃん?」
瓦礫の中、ガチムチスキンヘッドのおねぇがしゃなりしゃなりと白いローブの裳裾を引きずる。
このエルフ領リーフベルの大司教ことフルフットさんは、先程までの美しいエルフの青年の姿からすっかりガチムチに戻っていた。
「ふぅ…それにしても派手にやってくれたわね~」
辺りを見回したフルフットさんは、やれやれと肩をすくめため息をつく。
「ご、ごめんなさい…」
「やちゃったとこは仕方ないわよ…ソレに、発端は…ねぇ?」
フルフットさんの緑の瞳は、ぬるりとある一点を見すえる。
そこには、ザッっと騎士のように膝をつき頭を垂れるボロボロの鎧をまとったリザードマンの姿。
「顔を上げろ」
ギャロが私の元から離れリザードマンの前に立つ。
膝をつき、心なしか震えるリザードマンを月の瞳が見下ろす。
「顔を上げろ」
もう一度言うけど、微動だにしないリザードマンにスッと右手が動く!
不味い!
だって、あのリザードマン…ガリィちゃんが『ぱぁぱぁ』って!
思わず駆け出そうとした私の腕を、ガチムチの手が掴んで『大丈夫よん☆』っとほほ笑む。
促されてギャロとリザードマンの方を見ると、伸ばされたギャロの手がリザードマンの肩にのせられる。
「顔を上げてくれ『義兄上』」
立ち上がり見下ろしていたギャロは、視線を合わせようと膝を落とした。
「…まさか手荷物にガリィが紛れ込んでいたとは…心配をかけた」
ギャロの言葉に、伏せていたリザードマンは顔を上げる。
「なりません! ギャロウェイ様! 四天王ともあろうお方が某のような一介のリザードマン如きに頭を垂れるなど! それに此度は我を失ってこのような事態を招いたのは某の落ち度…どうか手打ちに…いえ! この場にて切腹を!!」
あわあわと明らかに狼狽するリザードマンに、今度は咎めるような視線を向けたギャロは軽くため息をつく。
「義兄上…貴方は俺の武術の師であり今や我が姉上の夫にして二人の子の父…立派な我が一族の一員だ、それなのにいつまでも残兵の気分が抜けないのはいただけない」
「しかし、ギャロウェイ様…!」
「いい加減『様』づけは止めろ義兄上」
ピシャリとしたギャロの言葉にまたしてもさっと伏せて黙り込むリザードマンの膝元にグレーの綿毛が転がり込む。
「ギャロウェイおいたん! ぱぁぱぁを叱らないで! ガリィが黙ってお城を出てきたの! 悪いのはガリィなの!」
ガリィちゃんは、ぎゅっとリザードマンに抱き付きスカイブルーの瞳に涙を浮かべてギャロを見上げた。
「ガラリア…」
リザードマンの緑の鱗の手が、ガリィちゃんの髪を撫で心底安心したように抱き寄せる。
「うにゃ…ごめんなさい…ぱぁぱぁ…」
ピスピス鼻を鳴らしながら父親に抱かれるガリィちゃん…そうか…フルフットさんが殺すのは不味いと言ったのは領民の為でもあったけどやっぱり親子だから……って!
「そういう事は早くいってよぉおおお~…」
私だって鬼じゃない、ちゃんと言ってくれてれば!
いくら『魔王軍』だからってちゃんとガリィちゃんのお父さんだって聞いてたら、あんなにタコ殴りになんてしなかったのに!!
暫くガリィちゃんを抱きしめていたリザードマンはすっと顔を上げ、その爬虫類の瞳で私をじっと見た。
「あ、あの…」
「此度の件につきましてまず勇者様に感謝を」
さっと、ガリィちゃんを横に避けたリザードマンは地面に額をこすりつけ土下座をする!
「え? 感謝? ちょっとまって、私…」
「いいえ、勇者様は子のことで我を失っていた某を止めて下さいました…それに…某の力及ばす肉体を成せなかった我が子を救ってくださいました」
リザードマンは、いつの間にか私の横で不安気にスカートのすそを掴むその子に視線を向けた。
「お前はそのような姿だったのだな…なんと愛らしい…顔立ちなど母にそっくりではないか…」
「ぱぁぱぁ…!」
駆け出した卵が、父親の胸に呼び込むとガリィちゃんも飛びつく。
抱き付く子供。
その二人の姿に小さかった頃の切斗が重なる。
切斗…。
小さいころは夜の闇が怖いっていつも私に抱き付いてきたっけ…。
ジジジジ…ジジッ…!
え?
ソレはまるで割り込むように一瞬だけ浮かんだ温もり。
小さな赤ちゃん?
切斗…? と、私?
暖かな胸に抱かれておっぱい飲んで…お母さん?
ううん…私と切斗は年が4つも離れてる、だから二人で一緒におっぱいとか飲んだことなんてないのにまるで蘇ったような温もりはあまりにリアルで…。
「キリカ…俺からも礼を言う」
肩に乗った熱い手の平に私の意識が引き戻される。
「え?」
一瞬、なんの事か分からないと首を傾げた私にギャロはゆっくりと口を開く。
「あの子を救ってくれてありがとう…」
「あ。 ううん…私、殻に罅を…それに早とちりしてガリィちゃんのお父さんをボコボコにして…!」
うなだれた私の頭にそっと手が触れて髪を滑る。
「いや、あれは正しい判断だ…あの状態の義兄上はほっておけばリーフベルを滅ぼしていたさ。 全く、リザードマンの身で姉上の力を使うなんて無茶をする…」
ギャロは、やれやれと肩をすくめるけどガリィちゃんたちを見つめるその瞳はとても優しい。
「はいはいはぁ~い☆」
パンパンとフルフットさんが真っ赤なマニュキュアの手を叩く。
「もうすぐ騒ぎを聞きつけて、下がらせていた司祭やシスター達が戻って来るわ! 取りあえず全員アタシの部屋に行きましょ!」
それを聞いたギャロは、『そうだな』と言って私の手をサッととる。
「ぁ」
足取りの遅い私の手を引いてずんずん進む腰まで届く深紅の髪から覗く逞しい背中…知ってる前にもあった…それは確かなのにまるで霞が掛かったみたいに『思い出せない』。
身に覚えのない記憶はよぎるのに知りたいことは何も思い出せないなんて…私の頭の中はどうしてしまったんだろう?
賢者…ギャロ達のご先祖様らしいその人はどうして私にこんな事を?
て言うか、相当昔の人らしいと思うのに何それ生きてるの?
お化けとか?
何それコワイ…!
先頭を歩くフルフットさんは、瓦礫に埋まった壁を魔法で吹き飛ばし次々手を触れる。
すると、壁は消え薄暗い通路が現れた…どうやら隠し通路らしその場所に私たちは戻ってきた司祭たちの騒めきから逃れようと足早に飛び込んで小走りで駆け抜けた!
「さぁ! さぁ! 入ってちょーだい☆ ここはアタシのプライベートルームよ☆」
薄暗い通路の突き当りのドアをフルフットさんがパーンっと開け放つ…わぁ…。
殆ど駆け込むように部屋にふみ込んだ私たちは、部屋の有様に息を飲んだ。
そこは、ピンクと白をベースにしたフリルにレースの洪水にファンシーなドレッサーに特大リボン付きの天蓋ベッドに所狭しとぎゅうぎゅう詰めに並ぶぬいぐるみたち…足の踏み場もない。
ワンルームくらい広々としている筈の空間は折角の広さを台無しにしている。
「やぁね~可愛いでしょう?」
無言になった私たちに、フルフットさんはぷぅっと頬を膨らませて見せるけど…うん…さっきまでの美青年に姿ならいざ知らずスキンヘッドのガチムチのおねぇがそれしても可愛くないな…。
「相変わらすだな…いや悪化している」
ギャロは、げんなりとしながら呆れるけど躊躇せずにぬいぐるみとレースを掻き分けながらずんずん進むとまるで勝手知ったるようにティーテーブルと椅子を三脚ほど発掘して適当にぬいぐるみを避けると私に座るように言った。
「キリカ、顔色が悪いな…大丈夫か?」
椅子に腰かけた私の傍らにギャロが傅く。
「そ、そうかな……自分では気が付かないけど」
私は自分の頬に触れる…熱はないみたい…。
「あれだけの事をしたんだ無理が出ている…水飲むか? ああ…栄養にはらないが渇きを潤すくらいは出来る」
「え、うん」
「そうだ、お前の好きなミサイルビーのキャンディ…アレがいいな」
「へ? キャンディ…? ぁ、ちょっと! ひゅぶっ?_」
ギャロは手慣れたように何処からともなく取り出したグラスに水をそそぎ、手の平に乗るくらいの小さな陶器のポッドから琥珀色の楕円の塊をつまんで私の口に押し込む…甘い…!
久しぶりの味覚。
甘さでじゅわんと口中が痺れるみたいに痛い。
「だ、大丈夫か?! 水、水を!」
思わず口を覆った私に、ギャロが甲斐甲斐しく水のグラスを差し出す。
「あらまぁ☆ 子供達も見てるのに早速みせつけちゃってくれるわねぇ?」
んふ♪ っと、茶化すフルフットさんとじっとこっちを見てる無邪気な瞳にギャロの頬がうっすら赤くなる。