賢者の卵⑤
「これから行くのは『儀式の間』この世界に降り立った勇者がまず最初に訪れる場所…簡易的だけど勇者ちゃんに洗礼と装備を整えてもらうわん☆」
フルフットさんは、優しくほほ笑んで歩の進まない私の手を取った。
気が付けば、目の前は突き当り…高く大きな真っ白な壁が立ちふさがる。
フルフットさんは、私の手を握ったままもう片方の手を壁について_____あ_____歌?
不意にその唇が、まるで私達の世界で言うところの『聖歌』のような厳かな響きのする歌を紡ぐ。
その旋律は、さっき私の胸を寄せてあげて全裸を観察してた変態とは思えない…なんだか聞いているだけで涙が溢れそうなくらい心打たれる。
フォン!
「あ!」
一小節ほど歌い終わったところで、フルフットさんの手を中心に円形の幾何学模様が壁いっぱいに広がった!
「さ、ついてらっしゃい☆」
そう言って、フルフットさんは私のてを引くって…え?
ちょっと!
そこ、なんかすごく魔法っぽい感じの模様出てるけど壁っ_____ヌブッ!
「うひゃっ!?」
フルフットさんの体が壁に沈んで、そのまま引きずり込まれた私は思わず目を閉じた!
「…_____ちゃん、勇者ちゃんもう目を開けて」
身を固くして数秒。
優し気な声に私顔を上げる。
「わぁ…」
そこは、先程の通ってきた廊下なんかよりも白く輝く白亜の空間。
高い天井にから照らすのは、清浄な光を放つ透明なクリスタル。
天井を支えるは、この世界の神か精霊をモチーフしたと思われる見事な彫刻の施された巨大な柱…そしてまるで導くようにまずぐ敷かれた深紅の絨毯の先には一段上がって神父が説法をする台のようなものがある。
「さ、こっちへいらっしゃい」
フルフットさんに手を引かれて深紅の絨毯を壇上に向かって歩く…まるでウエディングチャペルみたい…そう思っていると不意に手が離れて足を止める。
私を置き、黒いドレスをしゃなりとさせて壇上へ上がったフルフットさんはくるりと振り返ってこちらを見下ろす。
「これより、勇者の洗礼を行う」
厳かに響く声が空間に反響したと思った瞬間、フルフットさんの体が眩い光に包まれた!
ソレは眩くも優しい緑。
「うわっつ!?」
あまりの眩しさに私は思わず、顔を背けて目を伏せる!
「______顔をあげなさい…勇者キリカ」
優しくも威厳のある良く通る声に、私はゆっくり目を開け顔をあげた。
「____え?」
見上げた檀上。
説法台の向こうから私を見下ろしているのは、年の頃は20代くらいの色白の肌に深い緑の目…エルフ特有の尖った耳に深緑の床にまで届きそうな長い髪。
金糸の見事な刺繍を施された白のローブを身に着けるその人は、目が合うとふわりとその表情がほころぶ…まるで聖母像のような柔和な笑み…うっかり祈りを捧げたくなるくらい神々しい_________誰?
「やーね☆ アタシよア・タ・シ」
いやん☆ っと、神々しいエルフの若者はくねくねと身もだえる!
「え? フルフットさんなんですか???」
フルフットさんらしいその人は、訝しがる私をにっこりと見下ろすとしゃなりと説法台の前に歩み出た。
「そうなのよ~☆ 一応こっちが本来の姿なんだけどちょっと事情が込み入ってるのよ☆」
くねくねと、馴染みのおねぇ口調…なぜだろう…勿体無い!
『残念なイケメン』って、言葉は今使うべきね!
「ま、いいじゃない☆ 取りあえず略式でちゃちゃと儀式っちゃいましょ☆」
「儀式っちゃうって…」
キラッツ☆ っと、ポーズを決めたフルフットさんの手に60cmほどの長さの銀色のロッドが出現しそれを握るとローブの裳裾を引きながらすたすたと壇上を降り私の前に。
「さ、地面に…えーっと、騎士が控えるみたいになって…そうそうソレでいいわん☆」
指示に従って私が中世の騎士のように片膝を立て地面に控えると、フルフットさんは何やら小声でつぶやきながらその手に持ったロッドでトン、トン、っと私の両肩を軽く叩く。
「______…はい、お終い☆」
「ふぇ?! もう??」
勇者の儀式ってもっとこう…厳かとか仰々しいとかそんなんだと思ったのに…なんか軽くない??
目をぱちくりさせる私をしり目に、『さて、次は~…』と壇上に戻ったフルフットさんは説法台の裏の真下でゴソゴソとし出した。
「あった! あった~これよコレ~☆」
説法台の向こうで、ゴソゴソしていたフルフットさんは、『どっこいしょ☆』っとその長い衣装ケースのようなものを引っ張り出して台の横に立て置くとパチンパチンと止め金具を開けパカンとその蓋を開ける。
キィっと開いた衣装ケース。
その中にあったものに私は目を丸くする!
私の視界に映るソレ…ソレは、余りにも見覚えのある紺色のプリーツのスカートに白地の上着の大きな襟元に紺の2本ラインに赤のスカーフ…胸元には深紅の糸で刺繍された学校法人尚甲高校の獅子を象った校章。
見間違えるはずがない…アレは私のセーラー服だ!
「あの…コレって…!」
「んふふ~☆ 勇者ちゃんと言えばコレよね~☆ ズタズタだったのを修復して、この大司教たるアタシが全力で7属精神の加護を施したの…そこら辺のオリハルコンなんかより数百倍は勇者ちゃんを守ってくれるわん☆」
フルフットさんは、セーラー服をまるで芸術品でも眺めるみたいにほぅ…と感嘆のため息をつく。
制服…。
私ついこの間までアレを着て、学校に通ってたんだ…。
何だか遠い昔の事みたい…。
見慣れた…もはや懐かしささえ感じるセーラー服は、衣装ケースの中で主に袖を通されるのを待っているみたいに静かに佇む。
「あ…コレ…?」
衣装ケースのに掛けられたセーラー服に添えられるように輝くソレに私は目奪われる。
白銀に輝くのはブーツに腕を守る小手のようなもの…綺麗…!
「うふん☆ 特に今回は、このグリーブブーツに力を入れわ~…7属性の加護は勿論だけどスカートとおみ足の『絶対領域』が際立つようにデザインを試行錯誤して_____」
フルフットさんが、饒舌に付属装備について語り出し______どごごおおおおおおおおおおおおおん!!!
「わっ!? なになに???」
突如、大聖堂全体が激しく揺れて私は反射的に地面に伏せる!
「…あらぁん…これは不味いわね…」
激しい地揺れにもふらつくことなく佇む大司教は、眉を潜めて私達の潜ってきた白亜の壁を凝視した。
「フルフットさん?」
「人払いしたのが裏目に出たわね…」
フルフットさんが素早く私の前に出て、ロッドを構える!
「さぁ! ちゃっちゃとお着替えなさい!」
「へ? なう???」
その瞬間、白亜の壁が轟音と共に破壊され粉じんで視界が奪われた!
敵!?
もうもうとたち込める粉じんの中、私は敵を確認しようと薄く目を開ける……舞い上がる粉のような砂のようなものが目に滲みて涙目になるけど…くっ…良く見えない!
私の潤んで霞んだ目に映る煙の向こうに…影。
人?
浮かび上がった影…ソレにしては何だか尻尾みたいなものがヒュンとふる。
「がああああああああああああ!!!」
なっ、ナニ?!
空気が震えるような咆哮で舞い上がる煙が吹き飛ぶ!
へ?
かき消された粉じんの向こうに、漆黒の鎧に身を包んだソレはぬるりと艶めく緑の鱗。
ガラガラと崩れたがれきの向こうに佇むソレは、無感情な黄色の瞳に直立二足歩行を実現した人ほどの大きさの生物。
「トカゲ…人間…?」
私の第一印象はそれ。
「ふしゅぅううううう…」
太く長い緑の鱗の尾をぶんっと大きく振り空気を斬ったトカゲ人間は、二股に割れた舌をチロチロさせながらその鼻から空気を吐き出す。
何アレ?
鎧とか文明的なものを着てるけど、言葉とか通じる気がしない!
…これはこの世界の魔物≪モンスター≫的なものなんだろうか?
でも、水脈でみた魚人たちの事を思い出すに、もしかしたら…何とか意思疎通が取れるんじゃないかって_______。
ふとそんな事を考えていた私の耳にあの聖歌のようなフルフットさんの歌が飛び込み不意に途切れる!
「戒めの鎖≪ワニングチェーン≫!!」
フルフットさんがロッドを大きく振ると、白亜の床一面に円形に幾何学模様≪魔法陣≫が無数に広がりその陣という陣から大量の白銀の鎖がまるで噴水のように湧き出た!
ジャラララララ…っと、噴水のように湧き出た鎖は瓦礫の向こうに佇むトカゲ人間目がけて襲い掛かっていく!
あっと言う間。
鎖は、トカゲ人間を覆い尽くし締め上げる筈だった。
バキィイイイイン!
鎖が弾ける。
「こ、氷?」
捉えた筈の鎖は、トカゲ人間から噴き出したような鋭い氷の切っ先に冷やされ耐えられず脆くなって弾けたそんな感じ。
フルフットさんは、その様子に深緑の瞳を細め微笑したままロッドを指揮棒のように振るう。
すると、地面に打ち捨てられたようになっていた鎖は息を吹き返したようにまたトカゲ人間を飲み込もうと波打ちながら氷の刃を破壊していくけど氷の刃はトカゲ人間を中心に次々生えて切りがない!
「無茶するわね…彼、死ぬ気かしら?」
容赦なくロッドを振るうフルフットさんは、眉を下げ呆れたようにため息をついた。
「え? 知り合い何ですか? って、言うかアレは何なんですか??」
「…彼は種族で言うならリザードマン、所属で言うなら魔王軍よ」
「は!? 魔王軍!? 魔王軍が攻めてきたんですか??」
「そ、ぬかったわ…勇者ちゃんが復活した事は極秘にしたかったから大聖堂から僧侶や神官たちを下がらせていたんだけどこんな所まで侵入をゆるしてしまうなんてね…」
面倒くさい…っと、フルフットさんはこれでもかと言うくらい壮大なため息をつく。
「で、でも一人なら…」
私が剣を出そうと手を構えると、フルフットさんは首を振った。
「いや…普通のリザードマンなら良かったんだけどねぇん…倒すのはちょっと…」
弾かれ破壊される鎖たちを眺めながらロッドを振るうフルフットさんはどこか浮かない顔をする。
「え? なにか倒せない理由でもあるんですか?」
「このエルフ領はね、魔王軍の侵攻を防ぐためある一定の魔力を持つ者は許可がない限り強力な結界によってこの地を踏むことは出来ないの…もし、結界を突破したとしてもこの大聖堂には更に強力な結果が行く手を阻むわ…けど、あのリザードマンはここまで突破し大司教たるアタシの攻撃を弾いている」
「それだけ強いってこと? …でも…」
私なら倒せる。
ふっと湧いた感情。
それが顔に出ていたのか、フルフットさんは『でしょうね』っと横目で私を見て視線を鎖に戻す。
「おそらく彼は一人じゃない…エルフ領の外にはきっと軍勢が控えているはず、下手に殺せば街に兵がなだれ込むかもしれない…いくら勇者ちゃんが強くても一人だわ…そんな一般の民を巻き込むのは大司教として無よ…」