賢者の卵③
「え? あの、言ってたって…この美味しそうな___じゃなくて! その『卵』が?」
思わずそう言った私から、籠の中の卵を庇うような仕草を見せたガリィちゃんが『ふーーー!』っとまた威嚇してギャロ深紅の髪に隠れるようにサッと伏せる。
魔王軍…魔族…勇者はそれらを殺す…。
そうか…魔族からしてみれば勇者は…私はとんだ殺戮者てことなんだ…!
けれど、どういう事だろう?
ガリィちゃんは、自分を魔族だと言った…と言う事はギャロも?
でも、ギャロが魔族ならどうして勇者の私を守ろうとするの?
深紅の髪に猫耳の眠り姫は、相変わらず何も答えない。
かっかどうどぅどぅどぅ~~…。
私達を背に乗せたニワトリの白い翼が風邪を切り大空に羽ばたく。
「ぁ…」
ギャロの顔が霞んで見えて、頭がふらつく。
あ…だめ…意識が遠のく…この 体 無理させ過ぎた…ギャロにも…無理させて…ごめんなさい…貴方にはこんな役向いてないのに…。
伸ばした手がギャロの髪に触れる。
ああ…変わらない艶のある腰のある心地よい感触。
大丈夫…この風と速度を保てば、日が暮れる前にはきっとリーフベルへたどり着く…『前は』陸路だったから随分苦労したけど_____もうすぐだから。
頭の芯の痺れる感触と喉の奥で酷く苦い味がして、ギチチっと軋むニワトリの鋼の羽音が私の耳から遠く。
あれ…?
『前』?
前って何の話?
私…私…リーフベルなんて場所は初めて行くのに…?
どうして、位置や方角がこんなにも鮮明に浮かぶんだろう?
ぽす。
いつの間にか横たわっていたらしい私の額に、おっかなびっくりにおずおずと小さな手が乗った。
「…こう? こうでいいの?」
誰かに問うガリィちゃん。
そして、小さな手が滑って頬に添えられる。
うちゅ。
小さな唇がそっと触れて、ぷつんと私の視界が暗転した。
◆◆◆◆
「姉さん、おはよ」
目を覚ますと弟の切斗が、二段ベッドの上からぷらんと顔を覗かせていた。
ああ、そっか…昨日ジャンケンに負けたから上の段取られたんだっけ…?
子供の頃からずっと同じ部屋の私と切斗。
一応、姉弟とは言え大きくなったからって父さんが部屋を分けようとした事もあったんだけど切斗がめちゃくちゃ抵抗して結局同じ部屋を使う事になったんだよね。
別に、それ自体は構わないだけど『僕は絶対に姉さんから離れるもんか!』って父さんに怒鳴ったの見てね姉さんアンタの将来がすごく心配になったよ…。
弟にこんなに好かれるのは姉冥利につきるんだけど、やっぱりここは姉離れをしてもらわなきゃ!
いつか、切斗にだって彼女か奥さんが出来るんだから…その人が困るじゃない!
「…うるさいなぁ~もう姉さんだってオトナだよ…自分で起きれるから…ほっといて」
私は精一杯、声を低くして言ってみる!
「そ、じゃぁ、早く目を覚ましてよ? スキンヘッドのガチムチが迫って来てるから」
「は!?」
◆◆◆◆
「あらん☆」
ねぇ、切斗。
見知らぬ土地で目を開けたら、眼前にスキンヘッドのガチムチが迫ってきているなんてよくある話ですよね?
「っつ????」
ムキムキの腕が身動きとれないように私の腕を組強いて、ベッドらしい柔らかな場所に沈む。
「ちょーっと、大人しくしなすぁいねん☆」
野太い声に光る頭。
真っ赤なルージュの唇が迫って、耳元で囁き通り過ぎて首筋にねっとりと押し付けられてねるりとねぶる!
「________ぶちゅううううううううう!!」
「うきゃああああああああ!???」
かりっ。
首筋っつ、そこ、ギャロに噛まれたとこっつ…舐められて、噛まれて、あ、熱い!?
「は、放せえええええええ!!!!」
私は、反射的に魔力を発動させてこの首筋に吸い付くこの変態スキンヘッドガチムチを弾き飛ばす!
「じゅばっつ??」
「はぁ! はぁっ…なに? なんなの?? ここ何処? ぎゃ、ギャロとガリィちゃんは何処!」
私は、弾き飛ばされ壁にめり込む変態スキンヘッドに剣を突きつけた!
え?
私は、壁にめり込んだ変態ガチムチに剣をつきつけたそのはずだった!
けれど、目を逸らさなかったはずの眼前にあの変態スキンヘッドガチムチの姿が忽然と消える!
「え? 消え___」
「んふっ☆ 相変わらず荒い寝起きねぇ?」
ぬるり。
背後から伸びるムキムキの腕が腰に回って、髪をかき分けて耳元に熱い吐息と舌が首筋を舐める。
「ひん!?」
動けない!
背後を取られた屈辱と、這い回る舌の感触に恐怖のあまり情けにない声がでる…いやぁ!
助けて! 切斗ぉ!
「ずいぶん雑な婚姻契約をしたものね…これじゃギャロちゃんに過大な負担が出ているもの仕方ないわ」
くちゅ、っと首筋から離れた唇が耳元でため息混じりに呟いてようやく私を解放する。
「や、なっ、へ?」
解放されるなり、すぐにその場から駆け出したかったけどまるで力が抜けたみたいに私はその場に膝をついてしまう。
ぐきゅるううううう…。
やぁ!
こんな生きるか死ぬかの緊急事態に、KYな私の腹の虫が養分を請求して盛大に鳴り響く!
「あらあら~☆ ごめんさすわぃねん☆ アタシの力じゃ全快は無理なのよぉ~あくまで一時的な応急処置ね?」
背後の野太い声は、んふんふっと笑う。
「や、なっ、ここどっ!?」
「あ~はいはい、ここはエルフ領リーフベル大聖堂最上階の客間で勇者ちゃん達が到着して丁度3日たった所かしら?」
え?
リーフベルに着いた…って、3日っていつの間に!?
いや、そんな事よりも今この人私を『勇者』って言った?
「取りあえず体拭かせて頂戴☆ 若くて代謝が良いからもうべったべたでしょ?」
野太い声はそう言って、ずっしりと肩に手を乗せる!
はぁ!?
拭く!? てか、拭いてたの? 私の体、勝手に??
「いやああああああ!!」
私は、肩に乗る腕を振り払ってベッドの上まで飛び退き剣を構え臨戦態勢に入る!
そして、直視したこのおねぇ言葉の主。
視界の飛び込むは、てらりと輝くスキンヘッドに筋骨隆々の腕にムキムキの体を親戚の叔母さんのアルバムでしか見たとこのないバブル時代に流行ったボディコンドレスにみちみちに詰め込んだ年齢不詳の『エルフ』姿。
「久しぶりねん☆ 勇者ちゃん☆」
変態おねぇエルフは、そのエルフ特有の深いグリーンの目をウインクし長く尖った耳をピクリとさせて何故か小指をくわえる!
え、と、この人やっぱりコッチの方でいいのかな?
それならある意味女同士なんだし、体拭かれてもセーフと言うか…むしろ3日も介抱してくれてたんだからお礼を言わないといけないような気もするけど…。
でも、それよりも気になるのはこの人今『久しぶり』って言った?
いろんな事が脳裏をよぎって言葉を失う私をじっと見ていた変態おねぇエルフは、うっすらと浮かべていた笑みから一転真剣な眼差しを向ける。
「ギャロちゃんに聞いたとおりね…まさか本当に記憶の大半を亡くしているなんて…」
少し寂しそうに呟いた変態おねぇエルフは、今度は私に向かってやうやうしく頭を下げた。
「申し遅れました。 わたくしは、このエルフ領リーフベルで大司教を努めておりますフルフット・フィン・リーフベルと申します」
その声は、先ほどのおねぇ語全開の軽いものとは違うまるで教会の神父のような威厳のあるもので私は少し安心する。
「信用して貰えたかしらん☆」
変態…もとい!
フルフットさんはそう言うと、持ってきたと思われるワゴン方へ行ってガラガラと私が仁王立つベッドの脇まで押してきた。
「さ、そんなに汗かいて…お体拭いて起き替えしましょ?」
「ぇ、あ、はい_____って、ナニ脱がせてるんですかっつ????」
さも当然のように太い指が羽織ったギャロの黒いマントを外しにかかる!
「あらぁん? ぬぎぬぎしなきゃ拭けないわ~☆」
「いや、あのっ、自分でしますからっ!」
「だめよ~まだふらついているじゃない? 遠慮しないで…それともこんなおじさんに触られるのイヤかしらん?」
フルフットさんは、へにょんと悲しそうに眉を下げる…あ、私何てこと…見た目だけで判断するなんて!
彼女の体は屈強な男性でも心は乙女だっていうのに…!
「いいえ…! お願いします…背中…届かなくて…」
私はベッドに座って、マントを脱いで背を向ける。
パシャ。
にっこり笑ったフルフットさんは、ワゴンの上の陶器の器でタオルを濡らして絞ると私の背中を丹念に拭き始めた。
「んふ…玉のような肌とはこの事ね…はぁ…触ってるだけで心が洗われるようだわ…」
ほうぅ…と、息をつきながらフルフットさんの大きな手がまんべんなく背中を拭いて…するん!
「うきゃっ!?」
アンダーバストに手! 手がっつ!!
「相変わらず美乳ねぇ~この張り弾力…堪らないわぁ~☆」
「ぁああのっ! あのぉおお??」
寄せて、上げて、ゆっさ、ゆっさ、優しく汗を拭きとる…ふぇっ?
えと、あれ?
なんかおかしいくない???
「貴っ様ぁああああああああああ!!!」
聞き覚えのある怒号が響いて、白亜の石壁が赤く染まる!
私は反射的に振り返って、フルフットさんをベッドから思いっきり突き飛ばす!
どごおおおおおおおおおん!!
石壁を溶かし貫くマグマの如き煉獄。
疼く首筋を抑えた私が見たのは、煉獄と稲妻をまとい烈火のごとく深紅の髪を逆立てる金の目の狂戦士。
「キリカに触るなぁあああ!!」
あ。
大変! 完全に我を忘れてる!
このままじゃ、フルフットさんを殺しかねない!
そして、予感的中とばかりに壊した壁から侵入したギャロは、床で乙女っぽくりにへたり込むフルフットさん目がけてマグマに稲妻を足して憎悪で倍増させたみたいな灼熱の塊を練り照準を合わせる!
げっ!
熱気だけで、天蓋の布とベッドが燃え出してるぅうう!
「ぎゃ、ギャロ! えっと、落ち着て! フルフットさんは汗を拭いてくれ______」
「馬鹿! あの変態は両刀だ!! 息子だっているんだぞ!!」
へ?
ギャロの怒号で私の時間が止まる。
両刀=バイセクシャル=男女どっちでもOK。
私は、ギギギギっと硬直した首をまわして乙女ぶる変態ムキムキおねぇを見た。
「ああん☆ 勇者ちゃん…張りのあるバストの維持は寄せて上げて小刻みに揺らすが基本よん☆」
うっとりと頬を染めた変態が身もだえてやがります。
「ひぅ…い、いやああああああああああああ!!」
み、見られた!
触られた!
寄せて、上げて…小刻み…って!
やぁああ! 切斗ぉ~姉さんもうお嫁に行けない!!