そして、少女は目を覚ました
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「ごめんな」
その人はそう言って、抱きしめてくれていた腕をあっさりと放した。
ゴポッ。
ゴポッ。
冷たい水。
落ちた。
沈む。
息が出来ないよ。
どうして?
なんで、手を放したの?
もっと一緒に居たかった。
ねぇ。
「ゴポッツ ゴポッ…」
伸ばす手。
光が遠ざかる。
深い。
冷たい。
一人にしないで。
さみしいよ…。
不意に伸ばした腕が、強くつかまれ上へと強く引かれる。
「キリカ!」
青い空に濡れた深紅の髪と金色の瞳。
涙。
安心したように笑ってる…色違いの同じ顔。
こんなに泣いている男の人を見たのは、弟の外ではあの人以来だ。
重ねられた唇は同じ味で、流れ込む温もりも同じなのに抱きしめたその腕はまるでちがうものだった。
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コレはどういう事だろう?
この行為を表す言葉を私は一つ知っている。
キス。
唇と唇を重ね互いに好意を伝える方法。
まぁ、他にも意味合いはあるのだろうけれどこの現状で私が施されているのはかなり深い。
がっつりだ!
だって!
ベロ入っているもん!
「ぶぶぶぶういぶぶぶぶぶ!!(なにすんだああああああ!!)」
そのまま叫んだせいで、相手の頬が空気でパンと膨らんで咳き込みながらやっと離れる!
「ゲホッ! ゴホッ…よかった! 気が付いて…」
咳き込みながら、私の口腔内を貪っていた変態が顔をあげる!
「なっ なに?? なんなの??? なんでっつ?!」
兎に角この変態から離れようとするけど、足がもつれて私はすっころぶ!
バシャン!
へ?
水?
そこは澄んだ水辺、見回すとどうやらここは泉のほとりと言ったところだろう。
温かいきれいな水。
こんなの今時には滅多に見られるもんじゃない…て、ここ何処?
それに…なんで…私…全裸??
「ぎゃあああああああ!! 私に何をしたぁああ!」
そこら辺に浮いてる葉っぱや藻をかき集めて、体を隠そうともがく私を変態はきょとんとした顔で見てる。
「は? 何をって?」
変態はさも身に覚えがないと首をかしげると、それに合わせてぴこぴこと『耳』が動く。
え?
私はこの時ようやく目前の変態の顔をまじまじと見た。
年は私より上…20とはいかなくても19ぐらいだろう若い男。
ただ、その髪はまるで血のような深紅で腰に届くくらい長く、その瞳は月のような金色…それに加えて何故か上半身裸から拝める鎖骨や腹筋はまるで無駄のない引き締まったものだが…ぴこぴこ。
『耳』その『耳』はどう見ても形がおかしい…いや、おかしいと言うかどう見ても動物的な強いて言うなら『ケモ耳』。
あ"、よく見れば変態の背後で揺れるのは尻尾じゃないだろうか?
なにこの人、ひいき目に見ればイケメンなのに残念すぎる!
コスプレ好きの外人さんかな?
バシャ。
「…一体、どうしたんだ? どこか痛いのか?」
変態は、困ったような顔をしながら私のほうに向かって近寄ってくる!
「…どうした? まだ足りないのか?」
心底心配そうな優しい声。
変態は、藻をかぶってへたり込む私の前に跪いてそっと頬に触れる。
「血色がまだ悪い…もう少し追加しておく必要ががるな」
そういって頬に触れてた親指が私の唇をなぞって、顔を近づけて______。
「うきゃああああああああ!!!」
ボコッ!
ブクッ!
ブクブクブクブクブク!
「なっなんだ?!」
私の周囲の水が泡立ち熱を帯び盛り上がった水柱が、変態目がけてぶつかりあっという間に飲み込む!
な 何?
湖面はまるで、嵐のような濁流。
その中で、もがく変態…に…逃げなきゃ…!
私は、水から上がってあたりを見回す!
森?
うっそうと茂る木々を見るに、どうやらこの泉は森の中にあるらしい。
「ゴポッ! ま まて!!」
水を蹴って、森に駆け込む私の背中に変態の声がするけどそんなの構っていられない!
ここは何処?
なんで私…探さなきゃ…!
きっと一人で泣いてるの!
「はっ、 はっ、 はっ、 ケホッ ケホッ!」
私は、全裸のまま森の中を駆ける。
裸足の足は、小石や枝を踏んで血がにじむけどそんなのどうでもいい!
探さなきゃ!
探さなきゃ!
もうあの変態のことも自分が全裸な事なんてどうでもよくて、頭の中には一つの思いでいっぱいになる。
此処がどこか何て、そんなの些細な事だ!
探さなきゃ…私の大事な…!
「大事? 誰…______!?」
踏みしめた地面が、突然崩れる!
なっ!?
落とし穴____?
頭に凄まじい衝撃と、視界がぶれて私の目の前が真っ暗になった。
ゴポゴポ…。
ああ、また水の中。
でも、沈む感じとは違う。
激しい流れに、もみくちゃにされて___って!
呑気に構えてる場合じゃない!
何も見えない、真っ暗な濁流の中をただひたすら流される!
「ゴポッツ! ボボッツ!」
いっ、息できない!
やばいよ!
このままじゃ死んじゃう!
兎に角なにかに掴まろうと手を伸ばすと、岩かのように固い物に触れ私はすぐさまソレを握った!
その瞬間。
まるで嘘のように濁流は止み、暗黒の水中にほのかな明かり。
「______ゴバッ!?」
眼前。
眼前擦れ擦れにソレは覗き込む!
魚?
いや、違う!
人のような体が全身虹色の鱗に包まれて、私の掴んだ腕の手の平には水かきと鋭い爪。
人魚…いやそんな可愛い物じゃない…魚人って感じ…キモッ!
微塵も可愛くない!
目が合う。
人の頭より少し大きめの魚の顔が、ぎょぎょっと私を見返してコポッと口を開ける。
『チャプン! チャプン! チャプンチョ! チャプ! チャプバーマ!』
甲高い耳障りな音が響くと、魚人の鱗が虹色に強く輝いてそれに合わせて一つまた一つと虹色の灯りが増えあたりを照らす!
100…? いや、もっと…数えきれないくらいの魚人が一斉に合唱するとあたりの水が振動してるのが伝わる。
暗黒の濁流は、魚人たちの振動の外を流れているみたい…それに…苦しくない?
呼吸が出来る訳ではないけれど、不思議と苦しくはない…みたい…?
『チャプン! チャプチャプチャプン!!』
え?
真正面から真横をギョロりとした向いた顔のギョロとした魚類の目が、私を睨んでる?
魚人は睨みつけたまま、掴まっていた腕にひんやりとした魚類の手の平を乗せその口を高速で動かす。
『チャプン! チャプチャプチャプン!! チャプン! チャプチャプチャプン!!』
すると、100を超える魚人たちが一気に口を開いて虹色の光が強くなる!
目が開けられない!
うっ、五月蠅い!
耳がキーンってなる!!
『チャプン…ウラギリモノメ!』
眩しさと騒音の中、寄せられた耳元で魚人に口が言う。
ウラギリモノ?
次の瞬間。
私は、固い地面に投げ出された!
「ゲホッ! コホッ! …いたぁ~…!」
なに此処…?
水のすえたような匂い…うす暗くてあたりが良く見えない…けど苔で滑ったような感触…岩、岩場だぼんやりだけど何とか分かる。
ペタッ。
ペタッ。
背後からの足音。
強くなる虹色の発光に私は振り向く!
『チャプン! チャプン! チャプン!』
ぬらりと輝く虹色の鱗の群衆。
その中から歩み出た一人が、私に向かって水かきの手を伸ばす!
パシン!
思わずその手を払うと、魚人はよろめいて尻もちをついた!
「こっ! 来ないで!!」
私もへたり込んだまま、後ろに下がったけどすぐに背中か岩に当たって阻まれる!
『チャプン! チャプン! ウラギリモノメ! ウラギリモノメ! ウラギリモノメ!』
思わず耳を塞ぎたくなるような凄まじいなき声の中に、あの言葉…なに?
この人たち、私を誰かと間違えてるの?
「まって! 何のこと?! 私は_____きゃぁああ!!」
岩に阻まれて、逃げ遅れた私の肩を歩み出た二人の魚人が捕まえて引っ立てる!
「ちょっと!」
ヒヤリとした水かきの指から伸びる鋭い爪が、肩の皮膚に食い込んで痛い!
『ウラギリモノメ! ウラギリモノメ!』
『ヤクソクヤブッタ!』
『コロシタ ケガレタ』
どんなに抵抗しても、次から次に腕が伸びで私を引きずりまわす!
「やだ! 放して! 放せっ!!」
何とか逃げようとしてもがくけど、そのたびにヒヤリとヌルつくひだの手とガリッっと爪が体中をひっかく!
「いたっつ! 痛いって!!」
『チャプン! チャプン! チャプン!』
ガシャン!
「きゃあ!?」
ぬるぬるっと、もみくちゃにされた私は今度は岩肌に掘り込まれた牢のような場所に放り込まれそのまま閉じ込められる!
「ちょっと! 出して! 人違い! これ、絶対人違いだよ!」
閉じられた鉄格子のようなものをガシャガシャ揺らすけど、魚人たちはそんな私に目もくれずサッと蜘蛛の子を散らすように去っていく。
なに…一体なんなの…?
余りにも色のんなことが起こりすぎて、私はその場にへたり込む。
ここは、此処は何処なの…?
私、素っ裸だし引っ掻き傷だらけ…それに何アレ?
魚人、魚人とか!
そんな生き物がこの世に存在するなんて、河童並みにあり得ない!
そっ、それに…!
思い出すだけで、顔が熱い…だって!
…スされた…。
初めてだったのに!
「なんでこんな事にぃ…」
急がないといけないのに、こんな所で…あれ?
私は、ふと気づく。
えっと…なにをそんなに急いでいるんだっけ?
とても大事な事のような気がするけど、思い出せない…ただ、兎に角急がなきゃいけないそれだけは分かる。
そう、大事な____ヒタッ。
「 ぅ ひゃあああああ!!」
私は背中にヒヤッとした感触を感じて、振り向き様にソレを突き飛ばしてしまう!
ザザッツ!
ビタン!
ソレは異様に軽く、弾き飛ばされて床を擦り何かにぶつかって止まる。
「ぎ 魚人…? あれ?」
薄暗い牢の中で虹色の鱗。
やっぱり、魚人には違いないんだけど…小さい…子供かな?
でも、その小さな子供の魚人の鱗は光ってはいるけれど弱弱しくくすんでいて体の大半の鱗は黒く変色してしまっているし何より酷く苦しそうに口をパクパクさせている。
「あ、えっ!? ごっごめんねっ、大丈夫…じゃないよね…?」
私は、その子に駆け寄ったけど触って良いか分からなくて戸惑う。