習作:徒然なるままに 2
「姉が欲しい」
唐突に、先程まで目の前で弁当箱をつついていた輩がそう宣った。
「……」
ちらりと目を向けると、何やら深刻な表情で考え事をする姿が目に入った。
机の反対側に座るこの女は頭の中身が残念なことになっている。無視をするのが賢明な判断だろう。
「おい、私の魂の叫びを無視しないでもらおうか」
すると、一瞬目を向けた後すぐ背けたのが気に食わなかったのか、目の前の残念娘が食ってかかる。
「無視してねーよ。聞かなかったことにしただけだ」
「それの何処が無視と違うのかを25字以上20文字以内で説明出来たら納得してやろう」
「無理難題じゃねえか……何が悲しくて文字数を虚数にしなきゃいけねーんだよ」
「悲しいのはお前の脳ミソだろう。私の心からの叫びを聞いて何も思う所が無いっていうのは、その無駄に高い位置に誂えられた無駄に整った表面構造に覆われているモノが無駄にブドウ糖を無駄にしてる事の証左に他ならない」
無駄無駄うっせーな、こいつ。何、オラオラッシュ的なの捌いちゃう系女子なの?高身長で顔の良いバカとか、褒めてんのか貶してんのかはっきりしろよ。
「お前、無駄を無駄に消費して無駄って言葉を無駄にしてるのわかってる?」
「やかましい。取り敢えず私の話を聞け俗物」
「お前にだけは言われたくない」
姉を求める俗物は俺の言葉を無視し、咳払いをして続ける。
「姉というものは一体どんな存在なのか、『姉』のイデアはどこにあるのか……私はそれをずっと考え続けていた」
日常的にやってることがくだらな過ぎる。
マトモに取りあってたらダメなやつだわ、コレ。
「『姉』──『お姉ちゃん』『姉上』『お姉様』とも言い換えられるこの言葉は、甚だ甘美な響きを持つ。ただ頼れる存在に依存する安心感とは別に、何処か背徳的な魅力を連想させるのだ」
「ねーよ」
「あるのだ。黙って聞け」
異議申し立てを封殺した残念娘はなおも続ける。
「特に『お姉様』にこの傾向が強い。お姉様と言えば、某学園都市第三位の電撃姫や某ミカエルな女学園の美しく頼り甲斐のある先輩を筆頭に『美しく強い』という特徴が強い。しかし斯様な『美しく強いお姉様』という存在は、『押されると弱い』という側面があるのがテンプレである。従って、『美しく強いお姉様』=『フェムタチ要素』+『フェムネコ要素』という方程式が成り立つのだ。つまりは受けでも攻めでもある。最強ではないか」
そろそろ何を言っているのか分からなくなってきた。
理解を放棄した俺は、弁当箱を挵る作業に戻ることにした。
「例えば、この『お姉様』が『幼児体型のオドオド小動物系女子』とのカップリングを持ったとしよう。このとき産まれるものは、『ムラムラと滾る愛情を刻み付けていく、攻めっ攻めなお姉様』と『ハジメテの行為にドキドキしつつも期待しちゃう、体は正直系女子』の相乗効果による『共依存』と『深い愛』。性欲とはまた別の次元にある、崇高な感情の美しさが垣間見れる訳だ」
何でベッドインする前提で話を進めてるんだ、コイツは。話が偏り過ぎだろ。
「では、その『お姉様』が『活発で積極的な妹』とのカップリングを持ったらどうなるか?……単純明快、攻受が反転するんだ。今まで相手をリードして泥沼に引き込んでいたお姉様が一転ベッドに組み敷かれ、されるがままになる……そこに産まれるのは何か?これもまた単純。『恥じらい』だ。Sな娘が実はドMだと自覚してしまった時と同じ羞恥だ。『恥じらい』即ち『興奮』、『興奮』即ち『快楽』。快楽に身を震わせて表情を蕩けさせる姿には、今まで見せなかった弱さを攻める好奇心と嗜虐心を刺激されずにはいられまい」
集中を逸らしたつもりだったが、余りの突っ込みどころの多さに意識が戻される。
何で妹と百合ってるんだよ。
何で例えがSとMなんだよ。
「いろいろと言っていることは最低だが……つまりはギャップ最高、ってか?」
「その通り、『お姉様』にはギャップ萌えを大いに刺激する要素があるんだ」
どうだ、と言わんばかりに薄っぺらな胸を張る残念娘。
腹立つな。嫌がらせに、そのまな板の上で鯉でも捌いてやるか。
「だから何なんだよ。何でその話から『姉が欲しい』っていう変態発言に繋がるんだよ」
すると、目の前のまな板はポカンと口を開けた。
「──貴様、さては馬鹿なのか?救いようの無いレベルでおバカさんなのか?」
「うるせ。お前の話は百合の中の『お姉様』についてだろ?現実として姉が欲しいって話には繋がらんだろうが」
核心を突いたはずの俺の言葉に対して、まな板はただ溜息を吐くだけだった。
「全く、これだから人の話を聞かない奴は……私が所々主観的な感想を混ぜてるのに気付かないのか?何の為に肯定的な主観を織り交ぜたと思う?」
……「肯定的な主観」でやっとピンと来た。
分かりにくいな、こいつの話。遠回り過ぎるわ。
「……開発かよ」
「ふはははは、その通りだ!!私の望みはただ一つ、『普段はクールなお姉様を全力でオトし、新たな扉を開かせる』事だ!!!」
「お前何でそんな堂々としてんの?公衆の面前だよ?学校なんだよ?ココ」
間違っても「お姉ちゃんを調教したいです」とか言っていい場所じゃねぇだろ。
派手な音を立てて立ち上がったコイツに生徒の視線がチラチラと向けられるが、周りの目は気にしない系女子は構わず続ける。
「学校ではヤリ手の年下キラーとして名を馳せる姉を乱暴に押し倒して無理矢理に唇を奪い、予想外の行為に『やめ、……っ、私達姉妹なのよ!?』と抵抗を示す姉の手足を押さえ付けて一方的にカラダを弄ぶ!普段とは逆の立場に置かれて恥ずかしさに悶える彼女だが、与えられ続ける快楽に思考を溶かされ『あれ──これも案外悪くない……?』と思い始めてしまう彼女!ここで私はこう言う……『──あれ?もしかしてお姉ちゃん、感じてるの?こんなに乱暴にされて感じちゃってるの!?この変態!!』──キャァーッハァァァァ!!!!!!」
おい、こいつ、自分の世界に入りやがったぞ。不健全な妄想を垂れ流しにしてやがる。周りも凄い目で見てるじゃねーか。
奇声を上げつつクネクネする変態は、ドン引きする周りなぞ意にも介さずヒートアップしていく。
「『へ、変態なんかじゃ……!』と反論する姉だが体は既に火照りに火照り、腰も太股も未知の快感に震えている!!『こんなに乱暴にされてるのに足腰ガックガクなんて、変態以外の何物でもないじゃない!ほら、これがイイんでしょう!?こうやって、乱暴に、シて欲しいんで』「いい加減にせいやド阿呆がァッ!!」あぐァっっっっ!?」
俺の辞書に顎を打ち抜かれ、ド変態が宙を舞う。
「さっきからギャーギャーうっせーんだよ!!発情ならテメーの家でして来いやこのド変態が!!!」
床でビクンビクンしている件のド変態に、容赦なく罵倒を浴びせた。コイツはマジで何なんだ。
すると、何故か顔を真っ赤にして涎を垂らす変態さんは、床に倒れ伏しながらこうのたまった。
「くっ……悔しいが──イイ、っ!」
「もうマジで何なんだよお前ッ!!」
「ふう、取り乱したな」
真顔に戻った変態は、顎をさすりながら息を吐く。
取り乱したってレベルじゃねーだろ、アレ。
「結論から言えば、私は姉をアヘらせたい。私の性奴隷に堕としたい」
「言ってることが最低ってレベルじゃねーよ。軽く犯罪じゃねーの?」
「姉を快楽の坩堝へと叩き落とし、蟻地獄の如き泥沼に嵌める事の何処が犯罪なんだ」
「『強姦罪』って言葉知らないの?」
相手をベッドに組み敷いてアヘアヘさせる事の何処が犯罪じゃないというんだ。
「相互の承認のある特殊な情事だ。何か文句あるか」
「事後承諾でとった承認はこの場合の『承認』には当てはまらんだろ」
「何を言っている。ベッドに組伏せた際には衣服をはだくに留め、そこから更に完全に自由を奪うこと無く行為を進めるというワンクッションもおいているのにも関わらず『正当防衛』という法に認められた自衛手段を用いないというのは、明らかな承認の証だろう」
「『カラダは正直』ってヤツかよ。あれだろ、パニック状態でそれどころじゃない、ってのはあるだろ」
「そんなもの知らん」
おい、コイツ半ば強引にコトを進める事自覚してんぞ。歪み加減に歪みがねぇな……。
「とにかくだ。私はこのような理由から姉が欲しい」
話をごり押した残念娘に、俺は唯々息を吐くばかりだ。
「……そうかよ」
但し、ここには問題が1つ。
「──ところで。お前はさっきから散々妄想を垂れ流していた訳だが、現実がそれに追い付くとは限らんぞ?実際にそんな百合百合した『お姉様』が身近にいる訳でも無いし。そこんとこ、どうすんだ?」
さっきからコイツが話してるのって、自分の妄想ストーリだよな。「こうだったらいいなー」って感じの。
そんなヒトに、果たして出会えるんだろうか。
我ながらクリティカルな指摘をしたつもりだったが、しかし対する残念娘は全く動じていなかった。
「残念ながら、その点については問題無い。──実は1人、先の妄想にピッタリハマる人間がいるんだ」
「お、おい、マジかよ……こんな人間として終わったヤツの妄想にピッタリハマっちまう人間がいるのかよ……終わってんな、そいつ……」
「おい貴様、それは余りに失礼な言い草だろう」
いや、だって。
絶対ヤベェ人間じゃん。
ヤベェ奴のお眼鏡に適っちゃうとか。
「全く、貴様は姉に対する愛が足りていないな……いくら家族とはいえ、本人がいない所で『頭がおかしい』は相当な言い草だぞ?」
「いや、聞こえてなきゃ陰口にもならんから……おい待て今何と言った」
予想外のフレーズに思わず思考が停止する。
……え、嘘だよね?残酷に見える世界だけど、実は優しいんだよね?ぼくのおねえちゃんがコイツの言う「おねえさま」にピッタリ一致するとか、うそだよね?
「だから、実の姉に向かって『頭がおかしい』はあんまりだと思うのだが。何だ、反抗期なのか?」
嘘なんかじゃなかった。世界はとっても残酷だった。ぼくはせかいをゆるさない。
「は!?うちの姉!?俺の姉ちゃんそんな人間なの!!?」
予想だにしていなかった事実を突きつけられ、思わず大声が出る。
「有名な事実だぞ?朝登校してから部活を終えて帰宅するまでに女を5人はひっかけてるってウワサだ」
「道理で姉ちゃんを訪ねてくる女の子が多い訳だよチクショウ!!ああもう、姉ちゃんをお前の毒牙から守るべきか姉ちゃんの毒牙から周りの人を守るべきか、どっちかわかんねえよぉぉぉぁぁ!!!」
「五月蝿い。落ち着け。皆見てるぞ」
「お前がそれを言うか!!?」
バンっ!!と机を叩き激高する俺。残念娘は動じることなく続ける。
「纏めると、私は貴様の姉の妹になりたい。そうして毎日を楽しく明るく過ごしたい」
「テメェの生活のダシに人んちの姉を使うなッ!!」
「ダシではない。糧だ」
「変わんねーよ!?」
いまだ興奮冷めやらぬ俺に、そいつは冷静に言葉を投げかける。
「今問題なのはそこではない。問題なのは、どうやれば貴様の姉の妹になれるかだ」
「ハァ……続けんのかよ、その話……」
「当たり前だ。何のためにこの話を始めたと思っている」
……ええええ、知ってますよ……どうせ養子にしてくれとか言うんですよね、知ってますよ……
「そこで、貴様に1つ頼みがある」
「ハイハイ何でしょ実印ですか通帳ですかクレジットカードですかぁ?」
投げやりに言葉を吐く俺に、目の前の輩はこう宣った。
「その中では実印以外要らないな。──貴様私と結婚しろ」
時間が止まりました。