シルバー
「かあさん!
今日は魚がいっぱいかかったねぇ」
キラキラと輝く髪をたなびかせて、子どもがかけよる。
「そうね!
今日はパリスの好きなムニエルにしましょう!」
「やったぁ!!」
私は罠から魚を出してカゴにしまう。
あの日からもう3年近くも経ち、力をなくした私の髪は銀色になってしまった。
彼に忘れ去られたこの島で、彼によく似た子どもを産んで、私はひっそり生活する。
そりゃ、あんだけ抱かれてたら妊娠だってするわぃ!
文字は変わらず何でも読めるから、翻訳の仕事をしてなんとか食べている。
『いってらっしゃい』と『ただいま』の時、パリスを抱きしめて頬にキスをするのは私の小さな習慣。
なによ、やられたわ!
ジークのやつ、ちっとも常識じゃなかったじゃない!!
「パリスのかあちゃん、お前にベタベタだな!」って言われたときは火を吹くかと思ったわっ!
パリスももうすぐ3歳、近所の悪ガキとそこらじゅうを駆け巡る。
ジークのように太陽のような子どもだ。
基本的にここの国はみんな外で食事をする。
でも私はパリスと楽しく作りたい。
ジークといた時と一緒。
楽しい思い出。
ジークに会いたい。
ジークジークジーク...うん、いかん!
...よし、こういう時は酒を飲もう。
ちみちみ貯めたアルコールで、酔って忘れてしまおう。
◆□◆□
ベロベロに酔った女性が部屋にいる...。
あまりにも自分を追い詰めている姿に、執事が勝手に休暇を手配した。
いつの間にやら手に入れていた島に、様子見という名目がてら強制的に追いやられた。
オレが主人なのに!!
面倒だからと誰も支度をさせずに来たから、誰もいないはずの別荘なのに、...不法侵入か?
しっかり生活している雰囲気を見て「はて、どうしたものか?」と、ちょっと呆然としている。
物音に彼女が振り向いてオレの顔を見ると、途端に彼女は泣き出しそうな顔をした。
「あら?ジーク?
今日は素敵な夜ね。
こんな夢なら大歓迎よ。
お夕飯でも食べる?」
「ゆっ...夕飯?」
オレを知っているのか?
「そうだ、まだしてなかったわね。
ふふふ、それで思い出したけど、やってくれたじゃない。
なっにが、おかえりのキスよ!
一般常識じゃなかったわよ!!
すっかり騙されて、とんだ恥をかいたわ」
そういって抱きしめて、キスをしてくる。
いつもは振り払ってしまうのに、今はそれができない。
「はい、おかえり」
「た...ただいま?」
え?なに?
意味わかんないけど、オレ泣きそう。
いろんな感情が暴れだして、わぁわぁと声を上げて泣きたい気分なんだ。
「今、鍋に火をかける...そうだ、パリスにでも会ってく?
もう寝てるけどね」
「おっとっと!」と、フラフラと危なげに彼女は廊下を歩いていく。
そぉっと扉を開くと、オレによく似た金髪の子供が足を投げ出して寝ている。
「パリスよ。
元気にスクスク育ってるわ。
私は一人でも大丈夫。
だから心配して、夢にまで出てこないくていいの」
振り返って抱きしめてくる彼女は、大丈夫、大丈夫とオレの背中を撫でる。
「...なんで消えたの?
オレを君の世界から追い出したのはなんで?」
何気なくつぶやかれるオレの声。
自分で言ってて意味がわからない。
「そうね...でも大丈夫、私は...ジークを、忘れないわ...」
そのままウトウトと寝てしまう彼女。
あぁ、知っている。
オレは彼女を知っている。
彼女はオレの命だった。
だってこんなに胸が苦しくて張り裂けそうなんだ。
自宅にある、あの荷物はこの人のもの。
オレの全てはこの人のもの...。
◆□◆□
「...ねぇ、起きて」
ゆさゆさと揺すぶられてフッと目が覚める。
いつの間にか私はベッドの上にジークといた。
「...あれ、まだ夢の続き?」
なんて嬉しくて、朝起きたら哀しい夢なのかしら...。
「ねぇ、キスしようよ。
ふふふ、飲みすぎだよ。
酒くさいね~」
「なによ、久々に夢に出てその言い草、変わんないわね!
もっとも初対面の時でも、私ったらベロベロだったからしゃーないわね」
本来はそんなに酒ばっかり飲んでない。
今日のだって久しぶりだもんね。
「ねぇ、名前教えてよ」
「何?あの時のマネ?
いいわよ、水沢梨花よ!
あぁでも今は、ジークと結婚してるからリカ・ブルックね。
ねぇ、今日こそ教えてくれる?
いつの間に婚姻届、私に書かせたの?
今でもわからないのよ」
少しねむくて少し恥ずかしくて、気持ちよくてフワフワする。
「へぇ、オレちゃんとしてたんだね~」
ジークはすごく満足げだけど、何を言ってるのか意味わからない。
夢ってきっと、お互い話してることわからないのね。
「ジークはあいかわらず変な人ね!」
「リカの髪って染めたの?」
「違うわよ?
あの時私を忘れるために力を使ったら、使い果たしちゃったみたい。
黒髪が銀色になっちゃったのは、私だってびっくりよ!
あぁ、そうね...あの日から会ってなかったもの。
知らないわよね」
「みんなって...そこにオレもいたんだね」
「一緒にいたのは当たり前じゃない。
みんなよ、み~~~んな!
遠くても近くても、私を知ってる人、み~~~んなの記憶から私を消したの。
あのとき...あなたを泣かしちゃって...ごめんね」
「そう...」
ジークは考える様子を見せると、再び私を抱きしめてきた。
「その時のことはもういいから。
リカ、今度こそそばにいてよ」
あぁ、そんなことが起こったらなんと幸せなことなのに!!
「いいわねぇ、ずっといたいわよぅ。
でも夢だから無理なのよぅ...」
鼻の奥がシクシク痛くなってくる。
「自分でかけた魔法なんだから...。
忘れてしまったあなたに、自分の気持ち押し付けちゃいけないのよぅ~~...」
後から後からこぼれ落ちる涙に「忘れててごめんね」と優しいキスをしてくれる。
久しぶりにジークをガッツリ味わって、いい夢見たな~~~!サイコーーだな~~!!なんて、私は眠りについた。
夢の中で寝るなんて変なの!!
◆□◆□
なんで何もかも忘れてしまったのだろう。
たった数時間で、今でもこんなに求めているのに...。
答え合わせをさせて。
「ねぇ、名前教えてよ」と聞けば少しづつ教えてくれる君とオレとの優しい過去。
『リカ・ブルック』だって!
ねぇリカ、この気持ちわかる?
痺れるような歓喜!!
オレたち結婚してたんだって叫びたかったよ。
あぁ、あとで婚姻証書を調べてみよう。
例え消えてなかったことになってたとしても、もう一度書いてもらおう。
そして過去のオレに感謝をしよう。
「へぇ、オレちゃんとしてたんだね~」って言ったら「ジークはあいかわらず変な子ね!」なんて言うから笑っちゃった。
いいや、オレは欲しいものをしっかり手にしてた、立派な男だったよ。
少しづつ答えが集まってくる。
オレは別れの瞬間泣いたのか。
絶望して、自分が不甲斐なくて、忘れたくなくて...。
あの時の焦りは君のことだったんだ。
ずっとそばにいたかった心が裂ける苦しみだったんだ...。
リカ、ずっと一人にさせてごめん。
でもオレだって離れたくなかったよ。
オレはもうリカでしか欲情しないのかも...。
だってこんなに気持ちよくてこんなに幸せなんだ。
やっぱり君は夜の色だ。
黒い髪は闇夜の色。
銀の髪は月夜の色...。
「ねぇリカ、君がいないとオレは夜をうまく迎えられないんだ...。」
こうやって安堵して眠れる夜がこないんだ。
フッと気が付くと外が明るい。
カタンッと音がして振り返る。
「だぁれ?
もしかして、とーさん?」
ぐにぐにと目をこすりながらツギハギのうさぎを抱えて、小さな子がヌボ~っと立っていた。
◆□◆□
日差しがまぶしい...。
体が重い...。
日差しがまぶしい?
まぶしい??
「寝坊したあぁぁーーー!!!」
がばちょっ!と起き上がる。
「ぐあっ!
体が、ダルイ...しんどい!」
昨晩はいい夢見た気がする。
なのになぜにこんなにしんどいっっ!
風邪でも引いたのかしら?
ん?
なにやら甘い、いい匂い?
パリス、ホットケーキでも焼いてるのかしら?
火はつけられないはずなのに?
もしや悪ガキどもがつけたのか?
あいつらはウチで食べるのを生きがいとしてるからな...。
しか~~し、火事にでもなったらどうする気だ!
体の不調に疑問を感じながら、ヨロヨロと支度をし着替えてキッチンに向かうと、奥から声が聞こえる。
「イヤよぅ、だめよぉ!
今度は私にさせてよぅ!」
「こら、危ないって」
「やだぁ!
私がするのぉー!」
「あ~~、潰れた!
やっぱりさせてもらってないんでしょ!
これどうすればいいんだよ~」
いつもとは違う男の人の声に「ん?」となる。
ちょっとちょっと!
パリス、とうとう知らない人まで家に上げてるの?
手近にあったホウキをグッと構えて、私は声をかけた。
「人が寝てるのをいいことに、私とジークのかわいい子どもに何してくれてるのよ!!」
「あ~~!
かあさん、起きちゃった」
「リカ、オレ感無量!」
「もー、とーさんがうるさくするから!」
小脇に抱えられフライ返しを持ったパリスと男性を見て、私は固まってしまった。
「...ジ?」
「おはよう、リカ」
ジークが私におはようのキスをしてくる。
私はジークを見てオイオイ泣き出してしまった。
抱きしめてくれたジークの腕は夢でも幻でもなくて、本当に温かった。
パリスのお腹がグ~~~ッって鳴いた。
読んでくださりありがとう