ブラック
◆マークで視点変わります。
読みにくかったらすみません。
ねぇ、あなたは私を覚えててくれる?
◆□◆□
ドアのノックの後、ガチャっと音がして私はふりかえった。
「リカ、ただいま。
今日は何を読んでるの?」
「おかえりなさい、ジークフリート。
古代語によるアシェリーカの旧世界史物語よ」
私は本をパタンと閉じて、ジークフリートに抱きつきキスをする。
したくてしてんじゃないからねっ!
こっちの『ルール』なんだからねっっ!
「う~ん、ずいぶんと古くまで遡ったね」
「ははは...、読む人がいるかどうかもわかんないけど、こんなもんしかできないからね。
さぁ、ご飯を食べましょう」
ジークフリートは私の雇い主兼夫だ。
普段はすごく穏やかで優しい人。
数ヶ月前に日本の水たまりから、たまたま転げ落ちて異世界にきた私を雇って、妻にした人。
ていうか、いつの間にか結婚してたんだけど「オレを『結婚しないのに抱く人間』だと思ってたの!」となじられて「ととととんでもございません!よろしくお願いします」と言った経緯だ。
でもいつの間に結婚したんだろう。
いまだに不明だ...。
こっちの常識もわからないから、いつだって教えてもらってる。
『おかえりのあいさつ』が西洋風なのは、顔立ちが似てたら異世界も共通なのかな。
ゆいいつできるのは一人暮らしで培った料理の腕前と、こちらに来て最初から身についていた何でも読める力。
だから毎日食事を作って、翻訳の仕事をしている。
◆□◆□
今日もリカはおとなしく、家から出ずに翻訳の仕事をしているのだろうか?
一日中不安だったオレは、まっすぐ帰宅する。
執事に1日の報告を聞く。
「リカ様は昼食後の息抜きに、庭を散策なされてました。
わたくしめが帽子をお渡ししましたので、問題はございません。」
「そうか、助かる」
「また他の商家かとは思いますが、何名か周辺を嗅ぎまわってる様子です。」
「わかった、しばらくリカと出るから荷物の用意と、いないうちにそいつらの確認をしといてくれ」
「わかりました」
リカに関わることなのか、不安で変な汗が出る。
ドアをノックしてリカの仕事部屋に入る。
「リカ、ただいま。
今日は何を読んでるの?」
と、声をかけると、リカはにっこりほほえみ「おかえりなさい」と言いながら抱きついてくる。
抱きしめてキスするのはオレが教えたルール。
一般常識だと考えてるリカはかわいい。
リカはオレに安らぎと安寧をくれる。
「何もできない」というリカは謙遜しすぎだ。
さっさと囲いたくて、雇用契約書に婚姻届をしのばせたのは秘密。
「私たちいつの間に結婚したの?」とよく聞いてくるけど永遠の秘密。
そしてオレはリカの作った夕飯を食べる。
どこの家も基本的に外食で、自炊なんてほとんどしていない。
特別な俺だけの常識。
リカの調子が悪いとき以外は、毎晩毎夜リカを抱く。
抱き潰しておかないと、リカは無防備に外へ出る。
ねぇ知ってる?
帝都では君を血なまこに探してるんだって。
召喚位置がずれて変なとこに放り出された、黒髪の女性を探してるんだって。
リカは帝都のものじゃない。
もう俺だけのものだ。
◆□◆□
「すごい、ジーク!!
海がキレイ!!
あの生き物は何かしら?!」
ベッドの中でウゴウゴしていたら、朝イチで出かけるって言うんでどこに行くのかと思えば、久しぶりに旅行に連れてってくれるらしい。
「ちょっと気をつけて、リカ!
落ちたら笑い話にもなんないよ」
お・ち・ま・せ・ん!
「ほら、リカ見て。
あそこに島が見えるでしょう?
最近、あそこの半分をオレが所有したんだ。
あそこで2週間ほどのんびりしよう」
ジークが嬉しそうで私も嬉しい。
「いいね!
仕事がないなら一緒に泳いだりたくさん遊ぼうよ」
ジークの髪はキラキラ金髪で太陽のよう...。
きっといい休暇になる。
楽しい時間はあっという間...。
そのあとは舌なめずりをした恐ろしい現実。
ボロ雑巾のように血だるまになった執事さんの後ろには、たくさんの帝国軍。
「この執事は口を割りませんでしたが、周りの者は案外簡単に口を割りましたよ。
さぁ、黒髪の乙女。
この執事の命とその青年の命と、あなたの身柄を引換です」
「やめろ!!
リカっっ、行くな!!」
後ろで帝国軍に羽交い締めにされたジークの声が聞こえる。
そっと執事さんを助け起こすと、私自身驚いたことにみるみる傷も欠けた部分も治っていく。
周りがどよめき、執事さんは呆然とする。
「痛かったでしょう?
つらかったでしょう、ごめんね。
ほんとにごめんなさい、私の知らない間に...」
私は涙を流しながら全力で魔法を使う。
今ならわかる。
自分の力の在り処。
「痛くて辛い記憶は消しちゃおう?
執事さんもこのままじゃ心が壊れちゃうよ。
みんなの中から私とこの2週間を消したら、誰もなぁんにも悪くならないし悲しくない...」
「リカ!
リカっっ!!」
最後にジークの声がする。
振り返るとジークが泣いていた。
光がまたたいた...
◆□◆□
ねぇ、あなたは私のこと覚えててくれる?
誰かの声がした。
目が覚めるとオレは自宅のベッドの上だった。
寝汗でベトベトだ。
どうやら泣いていたようだ。
泣くなんて十何年ぶりだろう?
隣には...当然誰もいない。
ヨロヨロと起き上がり確認すると、いつの間にやら2週間ほど経っていて、日にちがわからなくなるほど働いたのか?と焦ったが、執事に聞いたら単純に休暇をとって寝ていたらしい。
オレってそんなに寝れる体質だっけ?
とりあえず着替えようと思って、自分のクローゼットを開けたら半分女物の服がおさまっていた。
サイズからして俺が着るもんじゃないよな。
首をかしげながら書斎へ行ったら、読めもしない古代語の本がずらりと並んでいた。
売るつもりで買ったのだろうか?
なんなんだろう。
どれもこれも必要ないのに捨てる気にもならない。
なぜだかそれらを見ると、変に焦るようで自分が気持ち悪い。
「お食事は外で?」と聞かれたが、家で食うやつなんてほとんどいない。
「当たり前だろう、何を言ってんだ?」と言えば、執事も「そうですよね」と首をかしげる。
そんな気持ち悪さもそのうちおさまった。
相変わらず女には枯れ果てて何の気も起きない。
夜も剣の稽古をして体を動かしたり、酒を飲んでからじゃないと眠れない。
なんだろう。
夜はモヤモヤする。
泣きたくなる。
だれか...いなかった?
楽しんでくれたらありがたいです