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その2 勇者がやってきた!

 ――ところで、魔王といえばセットでかならず出てくる存在がありますね。

 そう、勇者。この世界には、当然勇者も存在しています。この城へもたまにやってきた記録が残っていますが、今の魔王様になってからはまだでした。

 魔王様、はじめての遭遇は玄関掃除をしてらっしゃる最中でした。

 いえ、誰かがというかタナカ様が玄関掃除を命じたわけではありませんよ。魔王様にそんな仕事を命じる者なんて、いるはずもありません。これは魔王様が自主的になさっていることです。大した仕事もできず、役に立てていないことを大変気になさっている魔王様は、せめてご自分にできることをと雑用に励んでいらっしゃるのです。

 タナカ様はじめ主立った部下たちは外へ出ています。魔王城の広い玄関ホールを、魔王様はおひとりでせっせと掃除してらっしゃいました。アタシもお手伝いできたらよかったんですけど、猫の手ならぬケット・シーの手では雑巾一枚しぼれず……うう、魔王様のお気持ちが痛いほどわかります。せめてバケツを運んだり……できるわけないですよね。くわえようにも、背が届きません。

「ニケちゃんごめん、お外に出ててね? ここ全部モップがけしちゃうから」

 結局邪魔にしかなりませんでした。アタシは魔王様のお言葉に従って、扉の外のポーチに出ました。ああ、今日はいいお天気ですねえ。お日様がぽかぽか当たってさっそく眠くなってきます。

「あ、猫がいる」

「ここの飼い猫かな。気持ちよさそうに寝てるな」

 睡魔に抗えず横になっていると、なにやら聞き覚えのない声がしました。複数の足音が近付いてきます。アタシの三角耳がぴくりと動き、開かれたブルーアイが侵入者をとらえます。

「なんだこの世界猫歩きみたいなのどかな風景は。本当にここが魔王城であってんのか」

 若い男の四人連れでした。見たことのない顔ですね。魔王様同様、まだ生まれたばかりでさほど知識もないアタシですが、近所の住民くらいは把握しています。周辺パトロールはアタシの任務です。

 推定二十歳前後の人間の若者たちは、あきらかによそ者でした。うちの近所には十六歳以上三十五歳以下の住民はおりません。若者は小学生が三人と中学生ひとりです。成人後はみんな都会へ行っちゃって、なかなかこっちへは帰ってこないそうです。ナカジマさん家のおばあちゃんがぼやいてました。

 って、地元の過疎問題はおいといて、目の前の連中ですが。

 アタシも魔王軍の一員として生まれたためか、はじめての遭遇にもかかわらず彼らが何者かはすぐにわかりました。そっちのオタクっぽいのが僧侶、こっちの敏捷そうな軽装備のが盗賊、それからやけにひょろひょろと細長いのが魔法使いですか。

 で、中央のガタイのいい、そこそこイケメンなのが勇者……ですよね。

 これが勇者パーティってやつですか。はじめて見ましたよ。四人パーティってどうなんでしょ、ちょっと少なめ? お約束の紅一点エルフとかいないんですかね。あ、今どきの流行りは奴隷娘ですか。

 男ばかりのむさくて潤いのない面々は、無遠慮にポーチへ踏み込んできました。そこ、さっき魔王様が掃いたばかりですよ、汚い靴で汚さないでくださいね!

「なんか想像と違うな……やけに明るくてこざっぱりしてるし、花壇とかあるし、玄関先で猫が寝てるし」

 当たり前です玄関は家の顔です、きれいにしておくものでしょう。それからアタシは猫じゃなくてケット・シーですからね。

 アタシは立ち上がり、魔王様をお呼びしようかどうしようか迷いました。呼んだところでどうなるんでしょう。魔王様に彼らの相手は、まだちょっと難しいですよね。これはひとっ走り、タナカ様に知らせに行く方がいいのでしょうか。

 しかしアタシが結論を出すより先に、中の魔王様が来訪者に気付いて顔を出されました。いつものビキニコスチュームにモップを持ったお姿です。エプロンならつけてもいいとタナカ様から許可が出たのですが、なんだか裸エプロンみたいに見えて卑猥なので、結局なにもつけずに掃除してらっしゃったのです。

 気配に気付いた勇者パーティがおのおのの武器に手をかけて一瞬身構えますが、出てきたのがちんまい美少女と知って驚いていました。魔王軍には女性もいますし、お色気ムンムンな美女や知的でクールな美女がものすごく強かったりもするんですが、女相手だとつい油断してしまう男どもの習性でしょうか。なんだか視線が魔王様の谷間に集中しているような気もしますね。

「あ、おはようございます……えっと、うちにご用でしょうか?」

 勇者たちに気付いた魔王様は、ぺこりとおじぎをなさいました。今の、タナカ様に見られたらまた叱られていたところですね。むやみに頭を下げてはいけないというのが、どうしても魔王様には難しいようです。

「え、なにこれ、女の子出てきたんだけど」

「めっちゃ可愛くね?」

「玄関にいるということは、門番的な何かか? 装備モップだけど」

「メイドモンスター? ビキニのメイドってありか?」

 一歩さがった勇者たちは、困惑したようすでごちゃごちゃ言っています。魔王様も困惑してらっしゃるようです。留守番中の来客応対は野菜や回覧板持ってくる近所の人くらいしか経験ありませんものね。顔見知りのお年寄りと違って全然知らないよその人にどう応対すべきか、悩んでらっしゃるようです。

「あの、うちの者にご用でしょうか? あいにく今みんな出払ってまして。ちょっとお待ちいただければ、呼んでまいりますけど……あっ、もしかして勧誘とかですか?」

 知らない人が二人または数人連れでやってきたら宗教の勧誘の可能性が高い、ということを思い出されたようです。もっともそれって、中年の女の人がほとんどなんですけどね。

「すみません、うちは魔王軍なんで、宗教とかそういうのはだめなんです。あと新聞はもう取ってますので」

「まあまあ、一週間なら無料ですからお試しに……って、ちげーよ! 俺たち見て勧誘とか思うか!?」

「……ええっと」

 困り顔で首をかしげる魔王様。そんなお姿も可憐です。

「……受信料は口座引き落としにしてますよ?」

「集金でもねえから!」

 ちょっと短気ですね、この勇者。まあ気持ちはわからないでもないですが。彼らの姿を見て勧誘とか集金とか普通思いませんよね。でもうちの魔王様は世間知らずの箱入りなんですよ。お留守番スキルも開発中なんです。

 ていうか、アタシには彼らの正体がすぐわかったのに、なんで魔王様にはわからないんでしょうね? 気付いた上でわざとやってるなら魔王様もずいぶん成長されたなと感心するところですが、どう見ても素ですしねえ。

「あの……じゃあ、どういうご用件でしょうか」

 困った顔で、でもちょっとだけ不審げに魔王様は聞かれます。あらためて用件を問われ、勇者も少し答えにくいようでした。きっとこういうやりとりは想定してなかったんでしょうね。視線をさまよわせた後、気を取り直して胸を張ります。

「雑魚に用はない、俺たちの目的は魔王だ!」

「え……」

 スミレ色の目をみはった魔王様が答えるより早く、後ろからパーティメンバーたちが勇者を引っ張りました。また少し離れてこそこそ言い合います。

「ちょっ、待てって。そんなすっぱり切り捨てたらもったいねえじゃん」

「あれすげー可愛いじゃん、ゲットしようぜ」

「ゲットってどうすんだよ。ボールやポケットに入れるのか? 今どきは腕時計か?」

「や、そっちはゲットするわけじゃない。見つけるだけで」

「普通に戦って倒して隷属させたらいいんでね? ワタナベ、アイテム持ってたよな?」

「隷属の首輪は魔王のために手に入れたんだぞ。ここで使うわけには」

「魔王は完全に滅ぼしちゃえばいいよ。隷属とかめんどくせー」

「やっぱ時代は女奴隷だし」

 ろくでもない相談していますね。魔王様にももちろん聞こえていて、だんだんお顔が青ざめてきました。彼らが滅ぼそうとか言っている魔王当人ですし、それに加えて隷属させようとか言われているわけですから、そりゃあ青ざめるってもんです。魔王様の目が、すがるようにアタシを見ました。合点承知です。今すぐタナカ様を呼んできますよ! 魔王様は中に入って鍵かけて、タナカ様が戻ってくるまで絶対に開けないでくださいね!

 アタシは四肢に力を入れて駆け出しました。勇者たちの足元をすりぬけて、一直線に門へ。外の道へ飛び出そうとしたら、その瞬間目の前に黒い柱が立ちはだかり見事に正面衝突してしまいました。

「みゃんっ」

 反動で後ろに吹っ飛び、背中から倒れてしまいます。魔物ですからダメージはそれほどありませんが、ちょっと目の前に星が散りました。

 頭を振って立ち上がろうとするより早く、首根っこをつままれました。持ち上げられ、うんと高くされて――うわあ、目の前に美しくもおっかないお顔があります。

「ニケ、いきなり外へ飛び出してはいけないと言ったでしょう。車に轢かれますよ。無惨な轢死体になってカラスにつつかれたいんですか」

 アタシがぶつかったのは、タナカ様の脚でした。はい、ごめんなさい、忘れてました。そうですよね、この辺のどかに見えて車は意外にとばしてるから、けっこう危険なんですよね。いや田舎は移動が大変だからたいていみんな車に乗っていて、しかも道は空いてて信号もないからとばすという。そのうえ野生動物がたくさんいるから、不幸な事故はあとを絶たないんです。タヌキとかアライグマとか、シカが倒れていたこともありましたね。……もちろん、猫も。

 思い出して震えが走りましたが、今はそれより大事な問題があります。アタシは懸命にタナカ様に伝えました。

「にゃにゃにゃん、にゃにゃにゃん!」

「ん……?」

 アタシを抱き直したタナカ様が、玄関の方へ目を向けられました。うん、伝えなくてもわかる状況でしたけど。鋭いお顔がさらに厳しくなり、足早に玄関へ向かいます。

「あ……」

 タナカ様の姿に気付いた魔王様も、ほっと安堵の表情を浮かべられました。

「うおっ!? なんだお前!」

 背後に部下たちを引き連れて、颯爽と登場したタナカ様に勇者たちも身構えました。

「こ、この迫力……いきなり魔王登場か!?」

「外から現れる魔王とか! 意表をつく作戦かよ!?」

「普通に帰ってきただけだ。そして私は魔王ではない。どけ、邪魔だ」

 低く通る声が、氷の冷たさで勇者たちを押し退けます。とびずさり武器に手をかける勇者たちを意に介さず、タナカ様は長い脚で大股に進みあっという間に魔王様の前まで来ました。アタシを魔王様に渡し、背を向けて勇者たちに向き直ります。

 お願いしますね、タナカ様! やっちゃってください! 魔王様はアタシがしっかりお守りしますから! ぎゅっと抱っこされちゃって、ちょっと身動きできませんけど!

 タナカ様は勇者パーティを見回し、ふんと小さく鼻を鳴らしました。

「見たところ勇者一行のようだが」

「そのとおり、俺は勇者ワタナベだ!」

 タナカ様の迫力に気押され気味な面子の中、さすがに勇者はびくともせず胸を張って進み出ました。

「ワタナベ、か。ふん、私の記憶にはないな。名乗りを上げたばかりの新顔が、箔付けにとやってきたか? 身の程知らずな」

「ほざくがいいさ。どっちが身の程知らずかはすぐにわかる。貴様の名も聞いておいてやろう、名乗るがいい」

「別に聞いてもらいたくもないがな」

 面倒くさそうに息をついて、タナカ様は答えました。

「魔王副官タナカだ」

 簡単で事務的な名乗りに、勇者パーティの顔色が変わりました。勇者もぐっと眉を寄せます。

「ナンバーツーってわけか……上等だ。面倒なダンジョンや雑魚戦すっとばして中ボス戦からやれるなら、手間が省けていい」

「レベルアップもすっとばしているがかまわんのか? 言っておくが再挑戦はできんぞ。ちゃんとセーブはしてきたのだろうな。逃走はいつでも可能なので遠慮しなくていいぞ」

「はっ、その余裕がどこまでもつかな! 行くぜ!」

 タナカ様の親切な忠告にもまったく耳を貸さず、勇者は背にかついだ大剣を抜き放ちました。普通の人間には持ち上げることもできないような剣を軽々と構えるあたりはさすがです。そのままタナカ様を見据えて突っ込もうとした、その時です。

「待ってください!」

 懸命に声を張り上げて、なんと魔王様がふたりの間に割って入ったではありませんか。アタシを抱っこしたまま。これには勇者もタナカ様も驚きました。アタシも驚いてますよ、魔王様何するおつもりですか。

「さがりなさい! あなたの出る幕ではない、ここは私にまかせなさい!」

 厳しい声を出して押し戻そうとするタナカ様に、魔王様は精一杯の決意を顔に浮かべて首を振りました。

「だめです、なんでいきなり戦うんですか!? お互いの事情も全然聞いてないのに! やめてください、こんなこと!」

「勇者相手にそんなことを言っても無駄です。彼らには力で思い知らせるしかないんです」

「決めつけないでください! そんなの、話してみなければわからないじゃないですか。勇者さんも! どうしてわたしたちと戦おうとなさるんですか!? うちの者が誰かあなたたちにひどいことでもしたんですか? もしそうならきちんと調べますから言ってください!」

「…………」

 魔王様に問われ、勇者はとまどったように視線をそらしました。

「なんだこれ……猫抱いた美少女に止められるとか、すげーやりにくいんだけど」

 なんかぶつぶつ言ってますね。

「今さら何を言ってる、勇者と魔王は戦うさだめだろう。くだらないことを聞くな」

「だから、どうして戦わなければならないのかって聞いてるんです! わたしたちがいると、何かあなたたちに困ることでもあるんですか?」

「魔王の存在は世界の不幸だ、決まってるだろう!」

「……そんな」

 勇者のひとことに魔王様はショックを受けて、ふらりとあとずさりました。なんてひどいことを言うんでしょう! 乙女を傷つけるなんて、勇者の名が泣きますよ! 魔王様、放してください、あいつひっかいてきますから!

 黒衣と手袋に包まれた長い腕が伸ばされ、魔王様をさらに下がらせました。

「だから言ったでしょう、彼らに説得など無意味です」

「タナカさん……でも……」

「勇者と名乗ってここまでやってきた以上、彼らは戦うことしか考えていない。言葉など届きません。力でもって退けるしかないんです」

 冷徹なタナカ様の言葉に魔王様は悲しげなお顔になりました。でもそうですね、アタシにも言葉での話し合いは無理なんじゃないかと思います。勇者は見るからに脳みそ筋肉ですし、拳での話し合いしかできないんじゃないでしょうか。

「でも……わたしは、みんなに戦ってほしくないです……それで怪我したら……も、もしも死んじゃったりしたら、とりかえしがつかないじゃないですか。大事な仲間に何かあったらいやです」

「フッ、何を寝言を言っておられるのか。我々がどうなると? あれを見なさい」

 タナカ様が指さす方をつられて見れば、うちの魔物たちにフルボッコにされている勇者の仲間たちの姿がありました。

「うわあ、ちょ、やめ……っ」

「いて、いてて、マジ痛いってそれ勘弁ーっ」

「ワタナベ助けてーっ」

 こっちでもめている間に、むこうはとっとと始めちゃっていたようです。そしてとっととやられてますね。うん、うちのみんな強いから。タナカ様のうしろでモブになってても、実はステータス高いから。

「ああっ、お前たちーっ!」

 いきなりの超劣勢で勇者が頭を抱えます。

「あれ……なんか大丈夫っぽい……? あの、でも、みなさんほどほどに……勇者さんのお友達をあんまりいじめないであげてくださいね」

「イー!」

「ウゴーッ」

 魔王様ラブな仲間は、控えめな制止にいい笑顔で応えます。ちょっとヒネリ入ってる先輩からは、

「やぁねー、いい子ぶっちゃってー。別にいいじゃん勇者たちなんだから。こいつらどうせ来る途中畑の作物勝手に取ったりそこらにゴミをポイ捨てしたりしてるわよ。きっちり痛めつけて二度と来ないようにしといた方が近隣住民のためよ。目先のことしか見ないで、もっと広い考え持てないもんかしら」

 辛口なコメントが出てきます。勤続百年のお局様が相手じゃ、生まれたばかりの魔王様なんて到底太刀打ちできません。アタシも怖いです。

「マナーの悪いハイカーみたいに言うな! 作物泥棒なんぞしとらんわ!」

 勇者がくってかかりましたが、それでたじろぐようなお局様ではもちろんありません。

「でもゴミ捨てはしてるでしょ。今日は燃えるゴミの日だってのに、ペットボトルが捨てられてたのよ。パンやおにぎりの包装入ったコンビニのビニール袋とか。どう見ても通りすがりの人間が捨ててったものじゃない。そもそもあそこは地域のゴミ捨て場で、よその人は捨てちゃダメなんだけど。マナー意識があるならゴミは持ち帰るのがルールでしょ」

 ゴミ捨て場から回収してきたらしいビニール袋を、お局様は勇者へぺいっと投げつけました。身体にぶつかり足元に落ちた袋を、勇者は気まずげに拾い上げます。

「ちゃんとゴミ捨て場に出したらいいかと思ったのに……」

「ばっかじゃない? 燃えるゴミの日だって言ったでしょうが! プラゴミとペットボトルはそれぞれ回収日違うし!」

「ぶ、分別厳しいんだな」

「あんたさては普段から適当に捨ててるわね? ちょっとくらいかまわないだろうとか言って、燃えるゴミと不燃物混ぜたりプラゴミ出したりしてるでしょ。乾電池とか割れ物まで混ぜてんじゃないの? 一人ひとりが「ちょっとくらい」って言ってルール違反したら、結果ものすごい規模の迷惑になるのよ! ダイオキシン出たら責任取れるの!? 清掃員の人が怪我したらどうすんの!? 自分一人くらいって考えが最低なのよ!」

「ううっ、ごめんなさい……」

 勇者もお局様には勝てないようです。うん、これからはゴミの分別きっちりしましょうね。大事なことですからね。

 この場でお局様に勝てる人といったらタナカ様くらいですが、今のところ異論はないようで黙って静観してらっしゃいます。魔王様はただもうおろおろするばかり。正直情けないですが、しかたありませんね。これも経験です。いずれはびしっとその場を仕切れる魔王様になられるでしょう。……たぶん。

 結局ボコボコにされたメンバーとすっかり意気消沈した勇者とを、魔王軍が取り囲むという構図になりました。攻撃はタナカ様によって制止されましたのでこれ以上は痛めつけませんが、さて彼らの処遇はどうなるのでしょう。

「だから言っただろう、レベルアップをすっとばしているぞと。その程度のレベルでどうにかなると思っていたのか。愚か者め」

「く……っ」

 嘲笑することすらない、呆れと軽蔑をありありと浮かべた冷たいまなざしに、勇者は唇を噛みます。そして不可解そうに首をかしげました。

「……ていうか、なんで魔王軍がゴミの分別とかすげー細かく気にしてんだよ? 近隣住民や清掃員の迷惑とか、魔王軍が気にするとこか?」

「え、なんでですか?」

 魔王様も不思議そうに聞き返しました。

「普通のことだと思いますけど」

「いやだって、お前ら魔王軍だろ」

「そうですけど、それが何か?」

「なにかって……なあ、そこのナンバーツー、さっき何しに出かけてたんだよ? 手下ぞろぞろ引き連れて、なにかしでかしてきたんだろ?」

 聞かれたタナカ様は、くだらないと言いたげなお顔でそっけなく答えました。

「オオニシさんとこの畑がイノシシに荒らされたので、電気柵の修理を手伝ってきた」

「オオニシさんて誰」

「三叉路の近くに大きな古い家があったでしょう? あそこのおばあさんです。おじいさんが施設に入ってて、独り暮らしで大変なんですよ」

 親切に教えてあげたのは、もちろん魔王様です。

「息子さん夫婦は遠くに住んでらっしゃるんで、なかなかひんぱんには帰ってこられなくて。だから畑のこととか、よくお手伝いしてるんです。うちは元気な男手も多いですから」

「…………」

「あたしたちはゴミ出し当番。もー、人数多いからゴミの量も半端なくって。手分けしなきゃとても一人じゃ運べないわよ」

 うんざりしたように言うのは、さっきのお局様です。不機嫌そうにしっぽをぱたぱたやってます。同じ猫系でも、アタシとちがってお局様は基本人型なんですよね。耳としっぽがあって、瞳孔が変化するくらいで。だからゴミ捨てもできるんです。お手伝いすらできないアタシは、肩身が狭いです。

「ヒッヒッヒ……ワシは川を調べに行っとった。先日の大雨で堰が流されちまってのう、田んぼの方にうまく水が流れなくてコンドウさんやクラタさんとこが困っとるんよ。簡単な堰だとまた増水で流されるし、この際コンクリートでしっかりしたのを作ろうかって話になっとってのう」

 やたらと邪悪な口調で言ったのはやはり邪悪な顔をしたゴブリンです。ものづくりが得意なんで、そういう作業にはうってつけなんですよね。けっこう近所でありがたがられてる存在です。このあいだはお堂の屋根の修繕もしてました。

「全員で行動していたわけではない。たまたま帰りが一緒になっただけだ」

 最後をタナカ様がしめくくります。勇者たちはなんともいえない顔でしばし黙り込み、やがてぽつりと訊ねました。

「魔王は……?」

「あ、はい」

 自分の名前が出たので、ぴょこんと魔王様が進み出ました。

「ご挨拶が遅れて申しわけありません。わたしが魔王サトーです、よろしく」

「頭を下げるなと言ったでしょう!」

「ひゃいっ! え、でもご挨拶ですし」

「魔王の挨拶はふんぞりかえってするものです!」

「ええー……なんか失礼じゃないですか、それ」

 言い合う魔王様とタナカ様を黙って見ていた勇者たちは、その後疲れた声で言いました。

「あの、俺たちもう帰ります」

 アタシたちは寛大で親切ですからね、もちろん快く聞き入れましたよ。




 ――の、はずが、最後にまたちょっとめんどくさいゴタつきがありました。

「バス出たばっかじゃん! 次のって一時間後だよ、信じらんねー!」

 停留所の時刻表を見て、勇者たちがまた騒ぎ出しました。バスの時間くらいちゃんと確認しときなさいよね。って、そう言われると、

「そんなもん気にしたことねーし。地元じゃ時刻表なんか見なくても十分も待たされることねーし」

 ……ああ、都会の人ですかそうですか。今のさり気なく自慢ですかね。一日二本とかじゃないだけ、ここらだってまだ都会寄りだと思いますけどね、ふん。

「ありえねー! こんな山と畑と山しかないようなとこで、一時間も何して時間つぶすんだよ」

「だから車で行こうって言ったのに。ワタナベが反対するから」

「戦うつもりだったんだから、当たり前だろ!? 行きはいいよ、元気だから。けど戦ったあとの疲れた帰り道、誰が運転すんだよ? 俺は嫌だぞ。お前らだって嫌だから賛成したんだろうが!」

「……そーだけどー……」

 仲間内でもめる勇者たちを、アタシたちはさっさと見捨てることにしました。ほっといても別に問題ありませんからね。騒いでる間に一時間くらいすぐ経ちますよ。その場に残して帰ろうとしたんですが、ただひとり魔王様だけが一緒に困ってあげて、結局通りがかったオクダさんとこのおじさんに頼んで軽トラに乗せてもらうことになりました。おじさんは駅前のホームセンターに行くらしいんで、快く引き受けてくださいました。本当は荷台に人を乗せちゃいけないんで、荷物に扮装して乗り込みます。お巡りさんに見つかりませんように。

「じゃあ、お気をつけて」

「ありがとう……あの、サトーちゃん」

 最後まで見送る魔王様に、勇者がなぜか恥ずかしげに声をかけました。

「また来て、いいかな……?」

 その瞬間、タナカ様が冷気をまとったのをアタシは感じましたよ。ていうかみんな感じたと思います。ただひとりの例外をのぞいては。

 魔王様だけはのんきな笑顔でうなずきました。

「けんかしないで仲良くするためでしたら、ぜひ」

「お、おう! もちろん! ぜひ仲良くしてくれ!」

「はい、お待ちしてます」

「ふ……そうですね、心を込めてもてなしてやりましょう」

 タナカ様が魔王様の後ろに立ちます。勇者が挑戦的な目でにらみ返そうとしましたが、一瞬で敗北してすごすごと荷台の荷物になりました。はいはいサヨウナラ、お気をつけて。お巡りさんに見つからないようおとなしくしててくださいよ、オクダさんのために!

 ――でも懲りない勇者たちは、その後もちょくちょく遊びに来るようになったのでした。


軽トラの荷台に人を乗せるのは道交法違反です。良い子も悪い子も真似しないでください。

あと猫を抱き上げる時、首のとこをつかむのは絶対しないでください。あれができるのはお母さん猫だけです。

片手で軽く持ち上げ、反対の手ですかさずお尻を支えます。猫の身体に負担をかけないよう、優しく抱き上げてください。

ついでに言うと犬は骨格が違うので、人間の子供にやるように脇(前脚の付け根)に手を入れて持ち上げてはいけません。猫同様お尻を支えて抱っこしてください。


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