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その1 魔王様と腹心様

 この世には魔王が存在する。

 具体的に言うと、私鉄で郊外のベッドタウンに出て終点駅からもうちょっと先へ進んだ、わりかし辺鄙だけど気合の入った限界集落とまではいかない、中途半端な田舎あたりに魔王の城はある。バスは一時間に一本くらい、郷土資料館とか道の駅とかあるような、そんなカンジ。ちなみに特産品は炭と椎茸。最近蕎麦づくりも始めました。道の駅で売ってますので、お立ち寄りの際にはぜひどうぞ。

 で、うちの魔王様ですけど。

 ――あ、その前にご挨拶しときませんとね。アタシは魔王軍の一員、ニケと申します。ミケじゃなくてニケ。淡いベージュの被毛が部分的にチョコレート色なのよ。だからニケ。瞳は妖しくも美しいブルー。猫じゃありませんよ。魔王軍ですからね。ケット・シーという立派な魔物なのです。よろしくね。

 アタシはまあ、はっきり言って下っ端のザコなんですけどいいんです。主役は魔王様ですからね。

 うちの魔王様は女性です。それはそれは愛らし……いえ、お美しい方でございます。ふわふわした髪は淡いピンク、瞳はスミレ色。小柄ですけど胸はそれなりに。残念ながら巨乳とまではいきませんけどね。

 見た目にはそうですね、十五、六歳くらいでしょうか。でもこの魔王様、実はこの春入社……じゃなくて、生まれたばかりの新しい魔王様なのですよ。先代様が遺された種から目覚められ、魔王の座を受け継がれました。もちろん魔物ですから生まれた時から今のお姿でしたし、能力もすでにそなえていらっしゃいました。我々は人間や普通の動物と違って、生まれた時から一人前なのです。

 ――基本はね。

 基本スペックに関してはそうなんですが、経験などはやはり年月とともに重ねるものですからね、なかなか最初からうまくはいきません。そこは魔王様といえどまだゼロ歳児、毎日が「はじめての」です。

 頑張り屋な魔王様は一生懸命働いていらっしゃいます。失敗も多々ありますし、それで落ち込んで泣いてしまうことも少なくありませんが、けっしてなげやりになったりなさいません。真面目でひたむきな、とてもすばらしいお方でございます。

 ……ただ、なかなか結果に結びつかないのが辛いところですねえ。

「魔王様、何度同じことを言わせるんですか!」

 ああ、今日も腹心様の厳しい声が響いています。こっちまでびくっとしてしまいますよ。小さくなっている魔王様のお姿が、見なくてもわかります。

「魔王たるもの常に胸を張って堂々と! 魔王軍のトップがやたらにヘコヘコ頭を下げるんじゃありません!」

「すっ、すみませんタナカさん」

「だから頭を下げるなと!」

「ああっ、ごめんなさいタナカさん」

「タナカタナカと連呼しなくてよろしい!」

「はいタナカさん!」

 あ、えーと、タナカというのが腹心様のお名前でございます。わかりますよね。ちなみに魔王様のお名前はサトー様とおっしゃいます。どっかの国民的苗字に似てるとか言われてもいっさい関係ありませんので。我々魔王軍ですから。魔物ですから。

 タナカ様はこれまたすごい美青年でいらっしゃいます。見た目は。人間的には二十代なかばくらいに見えますかねえ。たしかもう二百歳いってたはずですけど。

 鋭いグレイの瞳はこんな時、銀色に光って見えます。髪は夜空のような深い紺色。細身ですけど見上げるような長身で、威厳と迫力に満ちておられます。視線だけで殺されそうな、凍てつく氷の副官タナカ――正直、この方が魔王と名乗られてもまったく違和感ありません。むしろそっちの方がしっくりします。多分だまって並んでたら十人中十人がタナカ様の方を魔王認定するでしょう。

 そんな方に遥か頭上から見下ろされてガミガミ叱られるんですから、魔王様のご心境は察して余りあります。さぞ怖いことでしょう、お気の毒に。

 今日もひとしきり魔王様を叱ったタナカ様は、一呼吸置いたあと告げられました。

「今日は測定をします。そこに立ってください」

「……はい」

 なぜかびくびくしながら、魔王様は指示された魔方陣の中心に立たれました。数秒もかからず、測定結果が目の前の空間に表示されます。


 名前:サトー

 属性:魔王

 魔力:999

 知力:52

 体力:13

 すばやさ:5

 防御力:8

 身長:156cm

 体重:××kg

 B:86

 W:57

 H:88


「…………」

 あ、タナカ様の眉間にくっきりしわが寄ってます。ここまで聞こえるほど、大きく、深々と、ため息をつかれました。

「……魔王様」

「は、はい」

 低い声で呼ばれ、魔王様が首をすくめます。

「ウエストが二センチも増えてるじゃないですかどういうことですか!?」

「ごめんなさいゆうべ食べ過ぎちゃって!」

 タナカ様が問題視されたのはそこでしたか。うんまあ、どこでもいいですけど。

「昨日だけじゃないでしょう、間食しまくりましたね! 魔力だけ高くてもろくに使いこなせずそこらのスライムよりも弱いあなたの唯一の取り柄は見た目だというのに! その見た目すら崩れたら他に何が残るんですか!? 油断するんじゃありません。間食は一日一度のみ、もっとも体温のあがる午後三時頃、摂取カロリーは100kcalまで。なお増えた分を減らすため、これからはジョギング五キロを義務づけます!」

「ええっ!? わたし、五キロも走れません……」

 ショックを受けた魔王様は、泣きそうなお顔になりました。五キロかあ。アタシから見ればほとんど一瞬の距離だけどなあ。魔王様には辛いかなあ。

 うるうるな目で訴えられても、さすがのタナカ様は眉ひとすじ動かされませんでした。

「走れなくても走ってもらいます。体力づくりにもちょうどいいでしょう。まったく、相変わらず泣けるステータスですね。素早さと防御力にいたっては一桁台とは」

「うう……で、でも、前回よりちょっとだけ増えてますよ」

 そうですね、たしか前回のデータは体力11ですばやさは3でしたっけ。防御力は変わりありませんが、他はちゃんと増えてます。生まれつきカンストの魔力以外は、日々進歩しています。ただその歩みがおそろしくちっちゃいだけで。

 ドンマイですよ、魔王様! この調子で頑張れば百年後くらいには三桁になれますから!

 そこはタナカ様も一応認められたようで、否定なさいませんでした。そうですよ、魔王様はまだまだ新米なんですから。いきなりあれもこれもと要求するのは無理ってもんです。ちょっとずつ頑張ってもらえばいいんですよ。

 ため息まじりにタナカ様は測定結果を紙に写し取り、あらためて目を通されました。

「この体重××kgというのはいったい……」

「あ、あんまりまじまじと見ないでください。恥ずかしいです……体重なんて、そんなの教えられません」

「無意識に測定魔法に干渉したのか。こういうとこだけはちゃんとできているくせに、なぜ必要なことができないのか……」

 頭が痛いというお顔のタナカ様。だからー、魔王様はまだゼロ歳児なんですってば。そのうちいろんなことができるようになりますよ。

「まあいいでしょう、さっそくジョギング開始です。行きますよ」

「ええっ、今からですか!?」

「あとにする必要が? 二センチ増えただけあって、こころなしか腹が丸くなったようですよ。丸い腹を人目にさらしている方がよっぽど恥ずかしいと思いますが」

「ううっ……だってこれ、タナカさんが用意した服じゃないですか。わたしとしては、おなかが隠れるような服がいいんですけど」

 魔王様のコスチュームは、非常に露出の多いものでございます。まあはっきり言ってビキニスタイルとゆーか。似合ってらっしゃいますけどね。でもこの格好で生活してるって、普通に考えて痴女ですよね。魔王様だから許される、特別なコスチュームです。太りさえしなければ。

「中高年の主婦じゃあるまいし、体型隠しで衣装を選んでどうするんですか。気になる部分はむしろ出しなさい。そうすれば自然と意識も高まるでしょう」

「本当にそれが理由ですか? なんかこれ、魔王コスチュームというより、エロ系魔女っ子コスチュームって感じなんですけど」

 めずらしく強気ににらみ返した魔王様に、タナカ様は冷たくふんと鼻を鳴らして答えました。

「そのくらい色気をそなえてくだされば、誉めてさしあげますよ。今のあなたには魅惑のスキルもありませんからね。多少凹凸のある子供でしかない。これが我が軍の王とは」

 あてつけがましくやれやれと首を振られて、魔王様は悔しそうに頬を赤らめ、唇をかまれました。涙目で上目づかいににらむ姿は、それなりに魅力的なんじゃないかと思いますけどねえ。こういうの好きな男って、けっこういるんじゃないの? あざとすぎて逆にだめ? 魔王様は素でやってらっしゃいますけどね。むしろタナカ様が朴念仁というか性欲ないんじゃないのって思いますけどねえ。

「さあ、ぐずぐずしない! 文句を言う元気があるなら一メートルでも多く走りなさい! 行きますよ!」

「うっうっうっ……」

 ビキニ美少女に一ミリも心を動かされるようすなく、タナカ様は魔王様を引っ張って行ってしまいました。半泣きで出ていった魔王様は、その後フラフラになってお戻りになり、お部屋に帰るなりばったりと倒れ込んでしまわれました。

 これ、きっと明日は筋肉痛ですねえ。それでもまた走らされるんでしょうねえ。タナカ様ですものねえ、容赦はしてくださらないでしょう。

 アタシにできることなんて大してありませんけど、せめてもの慰労にと、うつ伏せに寝ている魔王様の上に飛び乗り、前脚でふくらはぎあたりをフミフミしました。運動後のマッサージは大事ですよね。

「ニケちゃん……ありがとう」

 倒れたまま、魔王様は顔だけをこちらへ向けて微笑まれます。いえいえ、これがアタシのお仕事ですから、お気になさらず。太股もしっかりマッサージしておきましょうね。

 実を言いますと、アタシも新米なんです。魔王様よりちょっとだけ早く生まれた、ほぼ同期なんですよね。しかも魔王様と違って魔力低いですし、これからの伸びしろもあまり期待できませんし。戦闘力もささやかなケット・シーとしては、せめて癒しでお役に立とうと心に決めているのです。

 フミフミ、フミフミ、真剣にマッサージを続けます。

「ありがとうね、ニケちゃん……でもツメ痛い」

 途中で起き上がった魔王様の上から転げ落ち、抱き上げられてしまいました。うーん、フミフミってどうしても爪が出ちゃうんですよね。

 慎重に爪を引っ込めて、柔らかな肉球で魔王様のほっぺたにタッチします。魔王様がくすぐったそうに、でもすごくうれしそうにしてくださるのでアタシもうれしいです。頭すりすりもしますよ。なんならおなかなでていいですよ。どうぞ、存分にモフってください。

「うふふ、可愛い。ニケちゃんは可愛いねえ」

 そういう魔王様はもっと可愛いですよ。ああ、この笑顔。タナカ様ももうちょっと優しくなれば、こんなふうに可愛く笑いかけてもらえますのにね。でもあの冷血朴念仁には無用ですか。いいですよ、アタシが独り占めさせてもらいますから。

「ニケちゃん大好き」

 アタシもです、魔王様!

「にゃにゃにゃん、にゃにゃにゃん!」

 ……アタシも頑張って、言葉を話せるようにならないとね。




 翌日、タナカ様は部下たちを連れて外回りに出かけられました。魔王様はというとお留守番です。まだ外でのお仕事はできませんからね。タナカ様が残していった課題を頑張ってらっしゃいました。

 そうして夕方近く、お戻りになったタナカ様は、魔王様をさがしてやってこられました。

「あ、戻ってきたんですね。お帰りなさい、タナカさん」

 気付いた魔王様が笑顔で出迎えられます。しかしタナカ様は、ものすごく難しいお顔をして、眉間にくっきりしわを寄せて立ち尽くしていらっしゃいました。

「あの、タナカさん……? なにか……」

 ほらー、そんなお顔をなさるから、魔王様がみるみるしょげてしまうじゃないですか。

「……なにをなさってるんです」

「え、あの、お料理を……」

「そんな課題は出しておりませんが」

「か、課題は全部やりました。でも、あの、お仕事にはなってませんし……わたしって全然役に立たない魔王で、今日の外回りだってタナカさんたちに完全におまかせだったし……申しわけなくて、せめておいしいご飯作ってみなさんの働きに少しでも報いることができたらと……」

「…………」

 これ以上ない苦い顔のまま、タナカ様はまた深ーくため息をつかれます。これはアタシにも魔王様にもはっきりわかります、お叱りの前兆です。魔王様は身を小さくしてタナカ様の言葉を待ってらっしゃいました。

 やがて、タナカ様はカッと目を光らせておっしゃいました。

「料理はともかくその格好はなんですか!」

 ――あ、そっち?

「えっ? な、何かまずかったですか?」

「割烹着に三角巾て! どこの調理実習もしくはまかないのおばちゃんですか!」

 魔王様はいつものコスチュームの上に、清潔な白の割烹着と三角巾をつけていらっしゃいました。露出過多なコスチュームが隠れると、普通にちんまい可愛いお嬢さんにしか見えませんね。

「どこの世界に割烹着を着る魔王がいるんです!」

「で、でも、魔王コスチュームのままでお料理するのって、なんかものすごく違和感あって。ちょっと変態的じゃないですか?」

「……たしかに」

 必死に言い返す魔王様に、意外にもタナカ様はすんなりうなずかれました。アタシもちょっと想像してみます。……そうですねえ、ビキニコスでお料理って、もうAVにしか見えませんよねえ。

 しばし考えていたタナカ様は、ふたたび目を上げて魔王様をにらみ据えました。

「しかし! そこでなぜ割烹着をチョイスするのです!? 着るならむしろミニスカワンピにミニエプロンでしょう! 三角巾ではなくカチューシャで! そして決めゼリフは!」

「おかえりなさいませご主人様!」

「誰がご主人様ですか!?」

「言わせたのはタナカさんじゃないですかーっ!」

 ……あー、えーと、まあ、本日もお二人はいいコンビです。

 平和だにゃん。


大掃除中に思いつきました。アホ話ですので、真面目なツッコミは勘弁してください。アホなツッコミは大歓迎。

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