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ある男の遠吠え

作者: 鳥端

「どこからが浮気か」とは、だいたいの人間が巻き込まれたことのある論争だろう。

例えば、肉体関係を持たなければ浮気じゃない、とか、また例えば、心がすこしでも動けば浮気だ、とか。

そうやって自分の浮気論を披露すれば、やれチャラいだの、やれ堅物だの、言いたい放題の酒の席。

なんやかんやで、結局落ち着くところには「彼氏/彼女が浮気と思ったら浮気」となるのがよくある話。


俺としては他の男と二回もデートにいって告白なんかされた日には、浮気かもなと思う。その上、その男に気持ちが傾いていました、なんて言われたらもう決定打だ。

すなわち、沙良は浮気をしたのである。


ところが、だ。

沙良に言わせると「先輩は、たしかに彼氏でしたけど……。でも、今の人と付き合い始めたのは正式に別れたあとでしたし……」となる訳である。


今一度、浮気の暫定的な定義を思い出してみよう。

主語は、彼氏/彼女が、なのである。

俺は、果たしていつまで彼女の浮気を定義できる存在であったのだろうか。

ここでの問題はそこに尽きるわけだ。



前置きはこの辺にして、とりあえず話を聞いてもらおう。それから、みんなに沙良は浮気していたのか、という点をジャッジ願いたい。

話を始めるにあたって最適なのは、そうだな。

大学三年生の冬だろうか。


「さすがにそろそろ忙しくなるねー」

大学の期末試験も終わり、街がハートやピンク色に浮足立つこの日、俺は就職活動まっさかりであった。

説明会帰りのスーツに身を包んだ俺に、(当時もちろん彼女である)沙良は手のひらにおさまる小さな箱を差し出した。

「ハッピーバレンタイン! お疲れ様です」

この日を指定された時から期待していなかったといえばウソになるが、やはり実物を目にすると嬉しいものだった。カラフルなリボンで彩られたそれは、去年のものよりも垢ぬけたように見えた。

「おー、今年はなかなかラッピング凝ってるな~。まるで売り物みたいじゃん」

「あ……」

俺の手放しの褒め言葉に、彼女は少し言葉を濁す。

「ん?」

「ごめん、実は今年は手作りじゃなくて……あの、バイトが忙しくて、ちょっと……」

「お、おぉ……まじかー」

申し訳なさそうに、上目遣いをする彼女はやたら可愛く見えた。付き合い始めて1年半だったが、俺はまるっきり好みの顔をしていた彼女にべたぼれで、数回のケンカはありつつも、うまくいっていた。

「いや、でもあるだけでほんと嬉しいよ」

それは本心だった。もちろん手作りが欲しかったのも本心だが、そこまで拘束するつもりはなかった。1年のころからしているカフェのバイトを大切にしていたのを知っていたし、ホワイトデーというのも売り物を渡すわけだし、まぁイーブンかなと考えた。

今思えば、この時から彼女の気持ちはすこし俺から離れていたのだろう。


就職活動中は、周囲がそうであったように現実に一喜一憂して、彼女にそれまでのようにかいがいしく構うことはできなかった。毎月祝っていた記念日を、1年8カ月目だけは忘れてしまうという失態も犯した。

それでも週に一回はデートしたし、就活中の彼氏にしてはなかなかよくやっていたと自分では思っていた。

俺は、よく面接通過後に彼女に電話をかけた。俺の将来を、彼女も案じてくれていると思っていたからだ。電話口の沙良は、たしかに俺の通過を一緒に喜んでくれていた。


……え? はやく浮気云々の話をしろって?

いいじゃねーか、ちょっとくらい浸らせてくれたって……あー、いやもう分かったよ。


「お別れ、しようと思って」

沙良が突然別れ話を切り出したのは、夏休みに入ってすぐのことだった。

下宿先近くの行きつけのイタリアンで、俺は危うく泣きだすところだった。

「私、先輩に愚痴とか言えなくて。だって先輩の方が大変でしょ? それで、だからいつも先輩の話を聞いてあげなきゃって、そう思っちゃって、それが良くないのに、とまらなくて……」

だんだんと、気持ちが離れていったのだと彼女は言った。

もう好きではないの、と。

「でも、他に好きな人がいるとか、今すぐ別れたいとか、そう言うことはないんだろ?」

俺はしつこく食い下がった。1週間前まで、ハートマーク付きのメールが送られてきていたから、にわかには信じ難かった。

カップルに良くある別れることで愛が深まるみたいな、そんなことだろうと考えた。


いや、実際そうだったんだって!

ほんとに、ちなみにストーカーとか全っ然してないからな。いや、ほんとだよ!


そんなすったもんだで、とりあえず「距離を置く期間」に入ろうということになった。

誰かが歌ってただろ、さよならデート。そんなことを何回かしようって。

距離を置いて見れば見えるものもあるんじゃないかって、期待をこめたんだ。

沙良もふわりと笑って同意してくれた。その方が、さびしくないかもね、と。


つまり、この「距離を置く期間」が、問題だった訳だ。

俺はこの時も、沙良を彼女として扱っていた。家に泊まらせてはくれなかったが、手をつないでデートしたし、酔った勢いでホテルにも入った。結局彼女が泣きだして、行為には及ばなかったけどな。


あ、キモいとかゆーなよ!

くそ、だってさ、俺結局……いや、もういいや。


しかし沙良としては、この期間はただの「お情け期間」だったわけだ。俺がこのままでは別れないとごねたから、すぐに別れる理由もないし、まぁ付き合ってやるか、という。

実際彼女はなんら不具合を感じなかったらしく、1か月くらいはさっき言ったような付き合いが続いていた。

しかし、2ヶ月目に入ったあたりで状況が変わった。

もともと夏休みが終わるころを区切りに、とは言っていたのだが、「いつ最後のデートをしようか」と聞かれたのだった。

俺は楽天的だった。

1か月以上も距離を置く期間を保てたことで、安心していたのかもしれない。

あぁ、やっぱりちゃんと別れるってかたちを取らないと、別れることで愛が深まるには当てはまらないからなって考えたんだ。

そして、夏休みを2週間残して、俺たちは最後のデートをした。


で、今日だよ、今日。

後期の授業が始まる今日、俺は沙良を呼び出したんだ。

え? その話はさっき聞いたって?

とにかく俺は話したいんだよ!だから、


「どうしても、沙良のことが忘れられないんだ。俺、ちょっと成長したと思う」

沙良は、困ったような、それでいてすこし軽蔑の色を含んだ目をしていた。

「それ、言ってどうするつもりですか?」

「……え?」

予想外の返答に、少し戸惑った。

「いや、あの。だから、もう一度、付き合って下さい」

しばしの沈黙。

そして

「別れる詐欺をしたつもりはないんですよ、私は。本当に、好きじゃなくなったから別れたんです。だから、ごめんなさい」

ものの見事にふられた。

ふられたのは、うん。いやもういいんだ。

いいんだよ、一回メールで遠まわしに会うの拒否された時点で、分かってたんだ。

その後がさ!

その後が問題なんだよ……。


「それに、あの、私、もう彼氏います」


「………………え?」

予想外の言葉に、今度は少しなんてもんじゃなく、パニくった。

「バイト先の同期に、正式に別れるちょっと前に告白されてて、ずっと迷ってたんですけど」

バイト先の同期なんて、それはもう、俺は何度か沙良のバイト先行ってるから分かるけど、俺にはかなわないようなイケメンばっかなわけよ!

それはさ、俺ちっさいじゃん、もう、みんな長身なわけよ!

あー、ひがみですよどうせひがみですよーだ。


「それは、俺と別れるの知ってての計画的な……」

自分でも分からないうちに、その見知らぬ彼氏とやらに対抗心を燃やしていた。

「いえ、バイトでは別れたって話してなくて。二人で出掛けた時に、訊かれて、別れそうって言ったら、けっこう驚かれたので計画的ではないかと……」

律義に答えてくれるのは結構だが、俺はそこに二重のショックを受けることになったわけだ。

「……え? 俺と付き合ってたときにデートしてたってこと?」

「……え? いや、いっちゃえばそうですけど。私は別れるつもりでしたし、男友達とご飯食べに行くのに、断り要らないかなって思って」

「それって、いつだよ」

「あ、え? あの、別れ話切り出して、2週間ぐらい後、でしょうか。最初にご飯食べに行ったのは」

「それさ、浮気じゃないの?」

「………………私はそうは思いません。し、そうだとしてももう先輩には関係ありません」

「いや、当時彼氏だったんだから、「先輩は、」

沙良は強引に俺の言葉を遮った。

「たしかに彼氏でしたけど……。でも、今の人と付き合い始めたのは正式に別れたあとでしたし……」

「そらそうかもしれないよ、でも……」


……もう、いいって?

いやそんなこと言うなよー

俺さ、ほんとに好きだったんだよ?


え、うん。うん、知ってるよ。

俺だって分かってるよ。

浮気だったかどうかなんて、どうでもいいんだよ。

俺はただ、話を聞いてほしい。

ここでの問題はそこに尽きるわけだ。

だから、

前置きはこの辺にして、とりあえず話を聞いてもらおう。

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