今の彼女と臆病次女
アメリカでは15歳から(だったかな?)運転の講習を何時間か受ければ運転免許の筆記試験を受けることが法的に可能です。もらえるのは仮免だけど。本免許は仮免運転を数ヶ月続ける必要があり、最後に運転試験があります。結構長いプロセスですが、18歳からなら講習を受けなくても仮免試験を取ることが出来、ものの数ヶ月で無免許から本免許を取ることも…(怪しい言い方ですが、もちろん全然問題のない方法です)。
(ちくしょう……あいつのせいで授業遅れた)
昼休み中、車内でステファニーと警察のやり取りに付き合わされたおかげで戻るのが遅くなった志穂。おかげで次の授業に着くのが遅れてしまい教師に嫌な目で見られ、彼女は少し不機嫌だった。
志穂は今、授業で課された単純な数学の問題たちを済ませてトイレへ足を運んでいた。しかし特に足す用事もなく、ただぼんやりと静かにくつろぎたい思いでやってきたのだ。この様な行動は教師の心証を悪くするとは言え、成績は順調に抑えてる志穂には心配の要らないことである。
そんな彼女の特等席は一番向こうの個室。日本の学園漫画でいえば不良の主人公がくつろぐ場所であると志穂も認識していた。
(…とはいえ、ここはアメリカの学校だけどね)
そんな深い意味もないことを頭でつぶやきながらドアに手を添えて押す。
開かない。
(……先客がいたか。まぁ、ケータイいじるだけだからいいけど)
奥の個室はあきらめ、仕方なく隣の半分くらいの広さの個室へ入る。
ドアを閉めた時、志穂はある事に気づく。
彼女の目線は床から個室の縁の隙間から見える隣の個室の床に向けられていた。
そこにはあって当たり前のもの……トイレのタイル張りの床と便座が見える。
しかしそれだけ。
使用されている個室ならば便座の前に足が見えてなければおかしい。
(……何だ?空き室なのか?
鍵をかけて個室から出るなんて……小学生でもこんな悪戯はしないぞ)
携帯を取り出そうとしていた右手を愛用のパーカーのポケットから出し、個室の天井を見上げる。
(ま。ちょっと野暮だけど、誰もいないなら入らせてもらうか。
そっちの広いスペースに勝る空間はない)
小学時代、男子と混じって遊んでいた志穂は運動神経に自信があった。
便座に乗り、個室の上の縁に手をかけ勢いよくジャンプをする。
結果、隣の空間を縁から身を乗り出して覗いている形になった。
それを年頃の女子高生がやっているアクションだとはとても思えない。
身を乗り出した彼女は広めの個室を目で観察する。
先ほど見た便座のところには誰も座っていない。それは当たり前のこと。
しかしそこから先に向こうへ目を送ると問題が見えた。
個室の鍵がかかっていた理由。
そこに壁に寄りかかり、隠れるように地べたで体育座りをしている女がいた。
(……トイレの花子さん?)
まさかの先客に志穂の思考が良く分からないところで停止する。
そこで女は見つめられていることに気づき、顔を志穂のほうへ上げて目を合わせる。
その女の顔に志穂は少し関心する。
(む……花子さんでも割とかわいい。くせっ毛だけど、顔もスタイルもステファニーに負けず劣らず…)
彼女がのんびり観察している間、女の顔は面を喰らったものに激変した。
もちろん、わざわざ隣の個室から身を上から乗り出してこちらを覗いている者がそこにいるからである。
「あ………ど、どーも」
この気まずい空気をどうしたら良いか分からず、とりあえず挨拶をする。
「……………きっ……!!」
(!!? やば……!!!)
女が悲鳴を上げると察したのか志穂は乗り出していた身を素早くその個室へ飛び降ろし、急いで女の口を手で塞いだ。
「あっ………!!??
む……!! っもごっ……!!!!」
口を押さえられながらも絶叫を上げようとしている。
女の目は恐怖に怯え、瞳孔を開いた涙目になっていた。
その恐怖を駆り立てている張本人の志穂は手で口を塞ぎながら、顔をゆっくりと女の怯えた顔へ近づけた。
そして耳元でそっと囁き始める。
「お願い。叫ばないで……。
別にアンタの何かを覗こうとしていた訳じゃないし……ただ個室が開いているのか確認したかっただけなんだ…。
でもここで叫ばれたら人が来る。こんな現場を目撃されたらあたしが困る。
こんなことで自分の高校生活をドブに捨てたくないし………。
アンタもここで窒息させられたくないでしょ?」
涙を流しながら女は志穂の言葉を聴き、しばらくして首を激しく縦に何度も振った。
「……ありがと」
手は口から離された。
───────
怯えも涙も引っ込みお互い落ち着きを取り戻したとき、志穂が口を開く。
「…それで?何で個室で地べたに座ってたの?
汚いじゃん」
「み……見つかりたくなかったから…」
「はぁ?どういうこと?
便座に座っていても……」
「だ、だってそれだと隣から見つかっちゃうから…。
…でもまさか上から乗り込んでくるなんて……」
(………その点はあまりツッコまないでほしいんだけど)
志穂は個室の壁に寄りかかりながら立ち上がった女を見つめる。
背は志穂の一頭身ほど上。女子にしては中々背の高いほうである。
髪もきれいな暗めの金髪で、ウェーブのようなくせっ毛の下に美しい青い瞳が伏せている。
身長や他の大きさに劣っていた志穂は心の中で舌打ちをしながらも話を続けた。
「それで………えぇ~と……。
花子さん?」
「ハナコ……って誰?
私の名前は アナベル・グリーン だけど……」
「い、いやいや!今のは気にしないで。
……あたしは志穂。志穂・三鳥。
ゴメン。さっきは脅かしちゃって」
志穂はダブルミーニングな謝罪をする。
「うぅん。気にしないで。
最初は驚いたけど……話してみるとシホさん、悪い人じゃないみたいだし…」
(さっきは窒息させるとか脅したんだけどな……)
ここで女は初めて笑顔を見せる。
「…私はアナベル。
縮めて”ベル”ってお姉ちゃんから呼ばれてるの。
よろしくね!」
「うん。よろしく、ベル」
志穂も少々ぎこちないが笑顔で出会いの挨拶を交わした。
「……で?」
「えっ?
な、何?シホさん」
「”な、何?”じゃない。
何でアンタ個室に隠れてたの?」
ベルはモジモジと言いにくそうに口元を結んで目を伏せた。
(でかいのにハムスターみたいなやつ……)
「私……今、追われてるの」
「えっ?お、追われてる……??
何?黒の組織とかから逃げてるってやつ?」
「い、いや……そんなアクションもの見たいなことじゃなくて…」
「じゃあ何?
他の女子からいじめられてるの?」
ベルはまだ両手をいじりながら何か迷っているようだったが…
「お、お姉ちゃん…」
突然ぽつりとつぶやいた。
「は?」
「……お……お姉ちゃんに追われてるの。
今も多分、私の教室に乗り込んで………」
「ベ~ルゥ~。
ここにいるのかなぁ~…?」
上の方からゆったりとした声が聞こえる。
志穂は素早く顔を個室の縁の上へ上げたが、ベルは恐怖で反応できないでいた。
志穂が見上げた先は先ほど彼女が覗いていたように、別の女が向こうの個室からこちらへ身を乗り出している。
こんなホラーな絵図らを見て、ベルが悲鳴を上げようとしていたのも志穂は理解できた。
こちらを見ている女は暗めのブロンドに美しい青い瞳……ベルの髪を伸ばしたような容姿をしていた。同じ血を流している姉妹に間違いなさそうだと志穂は判断した。
しかしその美人の顔にはたった数分前に知り合ったベルでも見せない、じっとりとした目で悪巧みをしているような笑顔が浮かんでいた。
(な……何なんだ、こいつ)
アメリカには色々と大きい女の子はゴロゴロいますが、小動物キャラは中々いません。