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おならフェアリー

今回はコメディです。少しでも心の中に残ればいいのですが・・・。

 ある高級住宅街に、それはそれは広大で美しい庭のあるお屋敷がありました。その前を通るだけでバラの香りが漂い、庭からはかわいらしい子供の笑い声と、上品な老婦人の話し声が聞こえてくるのでした。

 周りの住人は、いつも尊敬と憧れのまなざしで見ておりました。お屋敷に住んでいるのは、郷地安代ごうじやすよというおばあさんと、郷地安太郎ごうじやすたろうという五歳の孫、そして身の周りのお世話をするお手伝いさんが数人いました。

 名前を取って、(ゴージャス屋敷)と呼ばれていましたが、本人達は、そのことをまったく知りません。というのも、郷地婦人はめったに屋敷から出ないし、おまけに耳がかなり遠かったので、風の噂を聞く機会がありませんでした。

 孫の安太郎は一歩外に出ると、途端に内気な子供になるため、やっぱり噂を聞くことができませんでした。


「おばあさま、今からお外へ遊びに行ってもいいですか?」

鈴のように凛とした声で、安太郎は言いました。郷地婦人は、にっこり笑いながら何度もうなずきました。

「私は紅茶でいいわ、ありがとう安ちゃん」

 会話がずれているのにはもう慣れっこになっていましたので、安太郎はお手伝いさんAに紅茶を頼んでから屋敷を出ました。


 安太郎がいつも遊ぶところは、(売土地)と書かれた小さな空き地の中でした。雑草がちょうど安太郎の背丈ほど生い茂っていますので、誰にも見つかることはありません。

 ここに来るときは、必ず小さなゴム製のクッションを持参します。ズボンを汚すとお手伝いさんが困るだろうと、地べたに座る時はお尻に敷いていました。何て優しいお子さまなのでしょう。

「この悪党め!正義の剣を受けてみろ!!」

 お決まりの一人勇者ごっこを始めました。棒きれを剣に見立て、雑草をバッサバッサと倒していきます。すると・・・。

「・・・ここなんです」

 今まで誰も来ることがなかった空き地に、二人の男が何やら話しながら安太郎のそばにやって来るではありませんか。内気な安太郎は、おびえたウサギのように体を縮めて身を隠しました。

 男達は安太郎に気付いていないらしく、ついさっき遊んでいた辺りを眺めています。

「ごらんなさい、昨日はなかったところにもできている!」

眼鏡をかけた背の高い男が、興奮した様子で叫びました。

「おぉ、まさしくこれは未確認飛行物体のいたずらの跡・・・なんちゃってサークルだ!!」

もう一人の薄毛で小太りの男が、両手を激しく振りまわしながらやっぱり興奮気味で答えました。

(なんちゃってサークル?どういう意味だろう??)

 日頃テレビを見ない安太郎は、最近世間を賑わせている現象のことなど知りません。

「こ、この、幾何学風な倒れ方といい・・・君、早くカメラを!!」

 二人は見たこともない大きなカメラで雑草を撮り、サンプルとか言いながら何本か引き抜いています。

 やがてさんざん見て回った男達は、満足しながら空き地を出ていきました。

 そして、二人が去り際に、

「こりゃあお宝映像になるぞ」

と言っていたのを、隠れていた安太郎はしっかり聞いていました。

「そうか、ここには宝が隠されているんだ!」

 安太郎は、決して貧しい子供ではないのですが、どの子供にも共通して(宝)という言葉に弱かったのです。

 さっそく棒を使ってあちこち掘りました。

 ザックザックザックザック・・・ぷぅ〜。

 あんまりはりきりすぎたので、ついおならが出てしまいました。

「誰?」

 安太郎は、自分のおならの音におどろいて、周囲をうかがいました。

 すると・・・

 ぶうぅぅぅぅ・・・ぷ!

 誰もいるはずのない空き地に、大きなおならの音が響き渡りました。まるで返事をしているようです。

 すぐにでも屋敷に帰りたかったのですが、音があんまり間抜けで面白かったので、安太郎は思いきっておならを放ってみました。

 ぶりぶりぶりぃ・・・ぷ!

 するとまたどこからともなく・・・

 ぶぅうぅうぅ・・・ぶりぶりぃぷぁっ!!

といった具合に、やっぱりおならが帰ってきます。

 ところが困ったことに、安太郎のおなかには、もう答えてあげるだけのおならは残されていませんでした。

 それでも相手は何度もぶりぶりと放ち、心なしか音がだんだん近付いてくるようです。安太郎はとうとう我慢できなくなり、見えない相手にきちんと謝りました。

「ごめんなさい!もう僕、これ以上出ないんです」

 ぷ・・・?

 何だか(本当に?)と言っているように感じたので、

「本当です!だから許して下さい!」

と必死に訴えました。

「ド、ドウカ イノチダケハ、オタスケクダサイ・・・ぷ」

 安太郎の足下に、というよりクツの上に、小さなトンボみたいな人間が震えていました。



 安太郎がおならで交信をしている頃、ゴージャス屋敷では、ちょっとした出来事が持ちあがっていました。

「私のかわいい安ちゃんはどこにいるの?もしや誰かにさらわれたんじゃ・・・Bさん、警察を呼んでちょうだい!」

 郷地婦人の勘違いには、もう慣れっこになっていましたので、お手伝いさんBは、にっこり笑いながら、

「かしこまりました、奥様」

とお決まりの台詞を言いました。

 そこへ、四角い顔をしたがっしりタイプの男が、レンガで作った花壇の中を歩いてきました。男は回り道をするのが嫌な性分らしく、せっかくバラをのぞみながら歩ける見事な石畳の道を、あっさりと無視したのでした。

 男が郷地婦人に近づこうとしたため、お手伝いさんA・B・Cはあわてて間に入りました。

「奥様に何の御用でしょうか?」

きれいに重なった三人のよくある台詞に、男はちょっとひるみましたが、すぐ怖い顔に戻りました。

「郷地さん、もう年だからお忘れかもしれないが、今日いっぱいで、このお屋敷と土地はワシの物になる約束ですぞ!」

そう言って一枚の紙を突きつけました。

 そこには・・・

 

(私、郷地安代は、今住んでいるこの屋敷と土地を、かわい安ちゃんに、三年後に譲ることをここに誓います。)


と書かれた手書きの文字に、今からちょうど三年前の日付と判子が押されていました。 

「ああそれね、安ちゃんのお誕生日のプレゼントにしようと思ってね、ふふふ」

 まるでお茶会の相手に語りかけるように、郷地婦人はやさしく微笑みました。

「お、奥様の言う通りです。ここにちゃんと、安ちゃんと書いてあるではないですか!」

 お手伝いさんの中で、一番勇気のあるCが言いました。

 ですが男は、あわてるどころか、口元をにやりとさせています。男は言いました。

「ワシの名前は、かわい安と言うんだ。よ〜く文を見てみるんだな」

 確かにそこには、かわい安ちゃん、と書いてあります。ですがどう考えても、(かわいい安ちゃん)と書くつもりだったことは明らかです。

「だいいち、どうして見ず知らずのあなたに、奥様がこんな大事な紙を渡すのか分かりません!!」

 お手伝いさんCは、ずっと疑問に思っていたことを叫びました。

 パチン!

「お・・・奥さま?」

 にこやかに座っていた郷地婦人が、突然お手伝いさんCの頬を打ちました。とてもゆっくりと・・・。

「Cさん、何てことを言うの。この方は、私が安ちゃんのお誕生日にプレゼントするものを、毎年親切に提案して下さったのよ。昨年は持っているだけで幸運がやってくる、素敵な音色を奏でるクッションでしたわね、かわいさん?」

かわいという男は、

「はい、そのとおりですよ、奥様」

と言ってにやりと笑った。



「き、君は誰?どうして震えているの?」

この気味の悪い生き物を、早く振り払ってしまいたいと思いながら、安太郎は尋ねました。

 するとその生き物は、ゆっくりと顔を上げて安太郎を見ました。その顔は、どことなく老けてみえます。

 この老けた生き物は、頭の中でいろいろ考えているところでした。

(ナンダ、ヨクミルト マダ コドモジャナイカ。ナラ、デマカセヲ イッテモ ダイジョウブダナ)

「ワタシハ、オナラフェアリー トイウ、ヨウセイサンデス、ぷり!」

そう言いながら、細長い四枚の羽根で、安太郎の周りを飛びました。とてもゆっくりと。

「え、おならの妖精なの?本当にいるんだ、すごーい!ここに住んでるの?」

 安太郎が知っているフェアリーは、ピーターパンと一緒のかわいい妖精だけでしたので、少しがっかりしましたが、本物に出会う嬉しさの方が断然勝っていました。

 おならフェアリーは、急に首をがくんとうなだれ、また安太郎のクツの上に急降下しました。

「ハイ、デスガ・・・サイキン コノトチヲ アラス ニンゲンガフエ、イマデハ イエモ ナクナリ、ミンナデ オビエテ クラシテイルンデス・・・ぶ」

 安太郎は、とても後悔しました。毎日ここで勇者ごっこをしていたことが、おならフェアリーの住みかを壊していたことになっていたとは、と。それに、安太郎の他にも二人の男が、宝を狙って荒らしていました。

「そうか・・・ごめんよ、君たちが住んでるって知らなかったんだ。そうだ、もしよかったら、僕の家の庭に住んだらいいよ。ここよりずっと広いし、とても優しいおばあさまがいるんだ」

 それを聞いたおならフェアリーは、思わず心の中で舌打ちをしました。それは、おならフェアリーが妖精ではなく、フェアリー星という星から来た、地球侵略をもくろむ宇宙人だったからです。空き地で写真を撮っていた男達の目は、どうやら節穴ではなかったようです。

「アリガトウ、デモ ワレワレハ ココガ キニイッテルンデ、ハナレタクナイ・・・ぶおっ!!」

 おならフェアリーは、少しイライラしていたので、一気におならが爆発してしまいました。

 あまりにも大音響で臭いおならに、安太郎はしりもちをつきました。

 ぶぶぶぶぶぶうううううっ・・・・・・!!!

 安太郎は、運良く自前のクッションの上に座ったのでした。それは、おばあさまからの贈り物の、(持っているだけで幸運がやってくる、素敵な音色を奏でるクッション)だったのです。またの名を、(ブーブークッション)とも言うようです。

「ナ、ナンテ スバラシイ ネイロナンダロウ!ソノ、スバラシイ オシナハ ナンデスカ?」

 おならフェアリーは、どうしてもブーブークッションが欲しくなりました。おならと共に生き、おならで侵略をしてきた彼らにとって、ブーブークッションの音は母の子守歌のようなものです。

「これは、持っているだけで幸運がやってくる、素敵な音色を奏でるクッションっていうんだよ。それよりねえ、おならフェアリーさん、お願いだから僕の家に来てよ。ここにいたら、きっと恐ろしい目にあうから」

 安太郎は、宝を狙ってまた男達がやって来るに違いないと思っていました。

 おならフェアリーは、また心の中で舌打ちをしました。

(ドウシテモ アノクッションガ ホシイ。コウナッタラ、ギブ・アンド・テイク デ イクカ)

「ワカリマシタ、アナタノ オウチニ イキマス。ソノカワリ、コノクッションヲ ワタシニ クレマセンカ?」

 おばあさまからの大事なプレゼントですが、おならフェアリーがあまりにも熱心に頼むので、心優しい安太郎は、快く差し出しました。

 おならフェアリーは内心ほくそ笑んでいました。

(ヘヘ、チョロイモンダゼ。アトハ コノコゾウノ オニワデ、カルク シンリャクノ ヨビレンシュウデモ スルカ)



 さて、ゴージャス屋敷では、かわいという男とお手伝いさん三人が、にらみ合いをしていました。

「ひきょうよ、書き間違えたと分かって何も言わなかったんでしょう、あんた!」

「うるさい!書いてあることが真実なんだ、この世の中は・・・ハンッ!」

 かわいは三人を無視しつつ、これから自分のものになる素晴らしい庭と屋敷に、自然と頬が緩んでいました。一人悦に入って、庭をどんどん散策しました。

「どうだ、この見事な庭!ここにある花はすべて俺のものだぞー!」

 そうして思いきり大きく息を吸い込んだ途端、

 ぶうぅうぅうぅ・・・ばりばりばり!!

 ぷっ!ぷっ!ぷっ!ぷっ!ぷう!

 ぶおっ!ぶおっ!ぶおぉぉぉぉっ!

庭のあちこちで、一斉におならの爆音と鼻がもげそうな異臭が広がりました。音と臭いは消えるどころか、次第に強烈になっていく一方です。

 かわいは、薄れゆく意識の中で、羽根の生えた小さいおっさんが、たくさん飛び回っているのを見ました。

「悪夢だ・・・」

 

 幸い、安太郎に誘導された郷地婦人とお手伝いさん達は、軽いめまいだけですみました。かわいはというと、ショックで記憶喪失になってしまい、なぜか親切なおじさんへと変わりました。

 おならフェアリー達は、十分に威力を発揮できて満足したのか、手土産のブーブークッションを携えて、別の星へと飛び立っていきました。

「コンナ スバラシイ ホシヲ ツブスノハ、モッタイナイ」


 ゴージャス屋敷と地球は、こうして危機から救われたのです。

 ブーブークッションに幸あれ!!


・・・おしまい




 



最後まで読んで下さってありがとうございます!ご面倒でなければ、ぜひ感想もお願いします!

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[一言] 面白すぎます。 ツボを押さえたギャグセンスをお持ちですね。 > かわいは、薄れゆく意識の中で、羽根の生えた小さいおっさんが、たくさん飛び回っているのを見ました。 この一文、シュールな絵が…
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