イヌの転生、イヌの飼い主
私は利口なワンチャンなので、これを書く。
"吾輩は猫である"を読んだことがあるだろうか。
あれは事実である。理由は後述する。
私はイヌが好きだ。
イヌが好きすぎるあまり、イヌになりたかった。
さながらドッグマンである。
"動物園が好きすぎて、動物園になりたい"と同じ原理である。
そんなドッグマンは、物理的にも精神的にも引っ張ってくれるパートナーを愛し、時に甘え、従順に生きてきた。
しかし、世話になった祖母の店の看板犬だったり、離別していった父が愛車と共に目にかけていたくらいで、自分で飼ったことはない。
人生で驚いたことがある。
輪廻は実在する。
ここに書かれているような、いわゆる"転生モノ"は、多少の脚色はあれど、おおむね事実に基づき描かれている。
なぜわかるか。
私がイヌだからだ。
イヌとして再び生を受けたからだ。
見ろ。
この美しい黒と茶のグラデーション、適度に湿り気のある鼻、冴えた瞳、ぴんとそそり立つ耳。
そう。
――ジャーマン・シェパードである。
そして、夏目漱石はネコだったのである。
彼がヒトではなくネコであったのではないかという仮説を証明に導いた私であるが、いまはとても賢いイヌだ。
ただの名犬である。
素晴らしき天命を全うしたのち、次にある記憶は、ホームセンターのショーケースのなかで、こちらを覗く人間たちの顔である。
見事な吠え面である。
親の顔は知らぬ。
しかし、純血であることは確かだ。
この毛並みや顔立ちで伝わるであろう。
そんな私が、飼い主の目を盗み端末を立ち上げ、鼻のシワで指紋認証を突破し、今まさに、このようにエッセイを綴っている訳である。
人生ならぬ犬生を語り、飼い主を印税で食わせたいのである。
無理である。
なぜか。
かつての人生で小説家として生きたわけではないからだ。
ヒトに読ませる文章をえがくというものは案外難しく、それなのに、イヌになってからこれを行っている。なかなかハードである。
そう。ハードなドッグフードは、歯を健康に保つ。
私には忠誠心がある。
あるじのため、私は喜んでしっぽを振ろう。
しっぽの勢いで風を起こし、風力発電で得た莫大な資金で養ってやろう。
東京の一等地にビルを立てて、夜な夜なパーティーに出歩かせ、札束の風呂に入れてやろう。
カス人間の誕生である。
無理である。
なぜか。
私の尾がそこまで大きくないからである。
あたりまえである。
飼い主はメスのホモ・サピエンスである。
列記とした日本人である。
なぜわかるか。
二足歩行で税金を支払う哺乳類だからである。
飼い主は会社勤めの、よい主人だ。やや内向的な性格だが、動植物には優しい女性である。
私を決まった名前で呼ばない、変な人間である。
奇しくも、"名前はまだ無い"というフレーズ引用する事になるとは夢にも思わなんだ。
我が君主は基本的に定時上がりのため、そろそろ帰るころである。
彼女の生活を少しでも楽させてやりたい。
いつかペットカメラが導入されるまでの間、我が野望の実現のため、どうかよろしく頼む。
暫定タイトル。
なぜか。
私がイヌだからだ。




