448 桃の花咲くおやつ
五日間の授業を終え、ルノアはタスワンズ湖の居城に帰ってきた。
朝食を済ませると、福とともに厨房へ向かった。今日は、料理長と考案していた新しい桃のおやつを完成させる予定だった。
「ルノア様、材料はすべて用意してございます」
作業台には、テンサイ糖で甘く煮た桃と、ゼリーの材料が並んでいた。
今回のお菓子は、薄く切った桃を花びらのように重ね、透明なゼリーで包み込むものだ。中心には小さな桃の果肉を飾り、仕上げに桃の果汁を煮詰めたソースを添える。
ルノアは桃を丁寧に薄く切り、厚さをそろえながら少しずつ重ねていった。淡い桃色の花が形作られていく。
「うん、綺麗です。桃の色をそのまま生かしたかったのです」
「透明なゼリーなら、花びらの形もよく見えますね」
二人は桃の香りを損なわないよう、ゼリーの甘さや硬さを細かく調整した。
花の形に整えた桃を器に置き、透明なゼリーを流し込んで冷やし固める。最後に桃のソースを添えると、まるで桃の花が咲いたようなお菓子が完成した。
「おいしいです。桃の香りもしっかり残っていますね」
「甘さも控えめですから、桃本来の味を楽しめます」
二人が満足そうに頷いていると、そばで様子を見ていた福が口を開いた。
「ルノア、福は全然足りない。食べ応えがない。十個は食べたい。竜神様なら三十個は食べると思うよ。大丈夫?」
ルノアは思わず笑みをこぼした。
「やはり、そうなりますよね」
味には満足していたものの、透明なゼリーだけでは柔らかく、持ち運ぶ際に形が崩れやすい。ルノアは、もう少し工夫できないかと考えた。
「台の部分を、もう少ししっかりさせてみましょうか。魔牛の乳をしっかりと泡立てて、桃の絞り汁を使って、少し硬めの白いクリームのようなゼリーを作るのはどうですか?」
「よい考えだと思います。二層にすれば食べ応えも増しますし、上下で甘さを変えれば、味にも奥行きが生まれそうです」
料理長はさっそく材料を用意し、魔牛の乳と桃の絞り汁を使って、硬めの白いクリームゼリーを作った。
白いゼリーが美しい。その上に桃の花を置き、透明なゼリーを重ねる。二層のゼリーに淡い桃色の花びらが映え、先ほどよりも華やかな仕上がりになった。
福は待ちきれない様子で、完成した試作品を一つ口に運んだ。
「こっちのほうが好き! 桃の花もきれい。透明なゼリーだけの台より、ずっと目立つね。うん、白いゼリーが美味しい!食べ応えもある!」
福はもう一口食べてから、真剣な顔で考え込んだ。
「魔牛の乳のゼリーがすごく濃厚だから、五個は無理かな? 三個はいけそう。桃の絞り汁をもう少し増やしたら、味がもっとはっきりするかも。でも、今のままでもおいしいよ!」
「福ちゃん、ありがとう! 今日お会いできたらよかったのに……ラド様にも召し上がっていただきたかったです」
ルノアは、クロリナラドがスタンピードへの対応に追われ、今週は会えないと聞いていたことを思い出した。
スタンピードはまだ収束していないものの、魔力糸による防壁はしっかりと機能しているという。
イヤーカフを通じて状況は聞いていたが、次に会えるのかまでは分からなかった。
そのとき、耳元のイヤーカフが淡い光を放った。
『ノア、今、少しだけ時間ができたんだ。これからそちらへ移転しても大丈夫かな?』
「ラド様!」
思いがけない声に、ルノアの顔がぱっと明るくなった。
『急にごめんな。長くはいられないんだが、少しだけ顔を見られたらと思って』
「もちろんです! お待ちしています!」
ルノアは急いでお菓子を皿に盛りつけ、桃のソースを添えた。
準備が整った頃、応接室に移転魔法の光が広がった。光が収まると、クロリナラドが姿を現した。
「ノア、急でごめんな!」
「ラド様! 今日はお会いできないと思っていました。来てくださってありがとうございます」
「私もノアに会いたかったんだ。少しだけでも顔を見ておきたくてな」
クロリナラドはルノアの頭を優しく撫でた。
「実は、新しい桃のおやつを作ったんです。ラド様にも食べていただきたくて……」
「それは楽しみだな」
二人は席に着き、ルノアが用意したお菓子を囲んだ。
クロリナラドは、桃の花が咲いたような見た目に目を細めた。
「綺麗だな。桃の色がよく生きている」
「ありがとうございます。白いゼリーを台にして、その上に桃の花を飾り、透明なゼリーでまとめたのです」
クロリナラドは一口食べると、ゆっくりと味わった。
「桃の香りがいいな。甘さもちょうどいい。白いゼリーは濃厚なのに、桃の風味もしっかり残っている。魔牛の乳を使ったのか?」
「はい。福ちゃんにも気に入ってもらえました」
「これは美味しいな。食べ応えもある。白いクリームのようなゼリーだけを、もう少し水分を減らして硬めに作ってもらえないかな。持ち運べるようにしてほしいな。ノアの飴のように」
「ああ、なるほど……携帯できるように、ということですね」
「ああ。これなら、いくらでも食べられそうだから」
クロリナラドの言葉に、ルノアは嬉しそうに頷いた。
「当日中に食べていただく桃の花びらゼリーと、ラド様がおっしゃった硬めの白い桃ゼリーを商品にしてみようと思います」
料理長も賛同し、二種類の商品を用途に合わせて作る方針が決まった。
短い時間だったが、二人は穏やかなひとときを過ごした。
やがて帰る時間が近づくと、クロリナラドは魔空間から包みを取り出した。
「私の魔力を使って、塩とテンサイトウを作ってみたよ。いつもノアが作ってくれていたけれど、実際にやってみると加減が難しかった。料理に使ってね。いつもありがとう、ノア」
ルノアは驚きながら包みを受け取った。
「ラド様が作ってくださったのですか? ありがとうございます。大切に使わせていただきますね」
「ああ。少しでも役に立てたら嬉しいよ。また時間ができたら顔を見に来る」
「はい。お待ちしています。どうか気をつけてくださいね」
クロリナラドは微笑み、移転魔法で帰っていった。
ルノアは手元の包みを見つめ、嬉しそうに微笑んだ。




