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『きらきらのおねえさん』

作者: わちまこり
掲載日:2026/01/15


遠い昔……。


 夜になると、まわりはまっくらで、星だけが空に穴をあけたみたいに、ぽつぽつ光っていた。

 ぼくは、母さんと父さんとくらしていた。ぼくが冬をむかえるのは、これで六回目なんだって。

 晩ごはんのあと、ひとりで外に出て星をながめていた時のことだ。寒い日は、いつもより星が近くて、きれいに見えていた。すると森の奥のほうで、見たことのない光を見つけた。ゆらゆらゆれながら、それは近づいてきた。人影の胸のあたりが、きらきら光ってみえた。

「だれ……?」

 それは女のひとで、胸が光ってた。オレンジ色に。長い髪は星の色、肌は月みたいに白くて、動くたび、空気の中に光がこぼれた。冬を二十回以上はむかえていそうな、きらきらしたおねえさんだった。

 服は着ていないのに、ぜんぜん寒そうじゃない。

「こわがらなくていいよ」

 おねえさんの声は、石を打ち合わせたときの音みたいに、よくひびいた。

「きみ、ひとり?」

 ぼくはうなずいた。

「じゃあ、一緒に行こう。きらきらを探しに」

「きらきら?」

 ぼくが聞き返すと、おねえさんはぼくの手をとって、自分の胸の光るところに押しあてた。

「そう。ここにある光。でも、もう足りないの」

 森の奥へ進むと、木々はだんだん細くなり、地面は冷たい石ばかりになった。

 おねえさんが歩くたび、闇は後ずさりするみたいに逃げていく。

 ぼくは、その光があれば、もう夜はこわくないと思った。

「きらきらは、人の中にあるの」

 おねえさんは言った。

「うれしいとき、だれかを思うとき、あったかくなるでしょう?」

 ぼくは、母さんが火を守っていた夜を思いだした。父さんが狩りから帰りの遅い日も、母さんは火を消さなかった。そのとき、胸の奥が少しあたたかくなったこと。

「それ、見えるわ」

 おねえさんが笑った。

「それが、きらきら」

 ぼくは、おねえさんの胸のきらきらをじっと見た。

「どうして足りなくなったの」

 ぼくがそう聞くと、おねえさんはすぐには答えなかった。そして、泣くのをこらえるみたいに笑った。

「わたし、ずっと使ってきたの」

「夜を照らすのに」

 おねえさんは、森の闇を見まわした。

 森の音が、急に遠くなった。

 しばらくして、おねえさんは空を見上げた。

 星は、どれも小さく、冷たそうだった。

「むかしはね」

 おねえさんは言った。

「人は、もっときらきらしてたの」

「もっと?」

「うん。火を見つけたばかりのころ、夜はこわくて、寒くて。だから、人はいつも、だれかのことを考えていた。ひとりでは、生きられなかったから」

 おねえさんは、胸の光を指でなぞると、

 その光は、少しだけ揺れた。

「ひとりで生きられなかったから。泣く子がいたら、だれかが抱いた。火が消えそうなら、交代で守った」

 ぼくは、母さんの背中を思い出した。

 火のそばで、じっと動かずにいた夜。

「でもね」

 おねえさんの声が、少し低くなった。

「人は夜を火で満たした。明るくして、獣を追いはらった。人は、ひとりでも平気だと思うようになった」

 風が吹いて、木の枝が鳴った。

「きらきらはね、いらないって言われると、消えてしまうの。星も、同じ」

 おねえさんは空を見上げて言った。

「見上げる人がいなくなると、少しずつ落ちていく」

 ぼくは、のどの奥がつまって、なにも言えなかった。

「だから、もっときらきらが必要なの」

 おねえさんは笑った。

「ぼくの、あげようか」

 おねえさんは、びっくりして目をひらいた。

「だめ、やっぱりだめ。それは、きみのだよ」

「でも」

「ごめんなさい。寒いところに連れ出したりして。本当は……」

 おねえさんは、しばらく黙っていた。


「……本当はね」

 おねえさんは、ぼくをまっすぐ見た。

「きらきらを、もらいに来たんじゃないの」

 森の音が、すっと消えた。

「迎えに来たの」

「だれを?」

「きみを」

 ぼくは、なにを言われたのか、よくわからなかった。

 でも、胸の奥が、ひやっと冷えた。

「この冬で、きみは終わるはずだった」

 おねえさんは、やさしい声でつづけた。

「寒さか、けものか、病か。理由は、どれでもよかった」

 風が吹いて、木の枝が鳴った。

「あなたの順番が来たの」

 ぼくは、怖くなって、お家の暖炉の火を思い出した。母さんが、じっと火を見ていた夜。父さんが帰らない日も、火を消さなかったこと。

 おねえさんはぼくの目をじっと見てから、こう言ったんだ。

「今の、見えちゃった」

 おねえさんは、目を伏せた。

「火を守るひとを。待つひとを。だから、迷うわね。天使は、迷っちゃいけないのに」

 おねえさんは、ゆっくりと、ぼくの胸に手をあてた。

「だから、少しだけもらうことにする。これでつり合うはず……。ごめんね。むずかしいことを言って」

 ぼくは、声がうまく出なかった。

「生きられるよ」

 おねえさんは言った。

「そのかわり。少し悲しい未来になるかも」

 おねえさんの胸の光が、急に明るくなったけど、おねえさんの顔はうれしそうじゃなかった。涙がポロポロ落ちてるんだ。

「返すね。いつか、きっと。君の名前は?」

「イェシュア」

「救い、という意味ね。昔から、よく呼ばれてきた名前。私もとても好きな名前よ」

「おねえさんの名前は?」

 おねえさんは答えないで、ほほえんだまま、ぼくをじっと見てた。

「きみが、だれかの夜を照らしたとき、返しにくるわ」

 そう言って、おねえさんは森の奥へ歩きだした。だんだん遠ざかり、森の奥の星の中にまざっていった。

 ぼくは、ひとりでおうちに帰った。

 母さんと父さんは、いつもと同じように、火のそばにいた。

「どこに行ってたんだい」

「きらきらの星をみてた」

 母さんは、ぼくを抱きしめてくれた。

 七回目の冬は、ちゃんとやって来た。

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