表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
竜魔導の領主、エレトルテ  作者: 筆狐@趣味書き


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

1/4

光月‐始まり

 人は年を取ると、神様から最高の贈り物が贈られる。

 ですが、私「エレトルテ・ペルニカ」はその「神々からの贈り物」が原因で、両親に伯爵家から放逐されようとしているわけで。


 贈り物には、明確に決まった形は存在しません。

 また、人によっては複数の神様から賜ります。

 私が受け取ったのは、「発展」や「商売」の神から授かったアーティファクト。それと、「魔導」の神から賜った力の3つです。

 ……いえ、私は嘘をついたのかもしれません。「商売の神」からのアーティファクトを運んできた竜も、4つ目の贈答品の可能性があります。

 でも、贈り物という名前に反して、私にとってはただの傷です。竜との出会いだけは素晴らしいですが、その他は私の在り方を歪める亀裂でしかありませんから。


 いま、人の姿に変わった彼女――メルテは、私のベッドを占拠して眠っています。

 自分の住処へ帰ってもいいよと言っても、彼女は首を左右に振ってどこにも行かないのです。

 1週間前に現れた彼女について、まだ詳しくは知れていません。ですが、口数が少ない人物なのは確かです。

 あと、とてもマイペースで、日中はふらりと街中を放浪してしまいます。

 ですので、大事な事を聞く機会は思うように得られず、彼女の右手の甲に刻まれた「暴風の神」の刻印だけが彼女の素性を仄めかしているだけ。

 そんな謎めいた彼女ではあるのですが、伯爵領名産の古代ブドウは気に入ってくれたようですね。

 隙あらば我が家のメイドにねだっている姿は微笑ましいです。


 ですが、彼女の存在により、私を取り巻く状況はあまりよくありません。

 ……ペルニカ伯爵領の家で魔法ランタンの明かりを頼りに日記を書いたり、空いた窓から吹き込む夜風を浴びるのも、もう今夜が最後になるのでしょう。

 私や彼女がこの土地に居続けるのは、きっと大きな災いのきっかけになりますから。


 世界には「魔法元素」と呼ばれる、物体や現象に関係する理があります。そして、魔法元素を使った術式で現象や構築物を生み出す技術が「魔法」です。


 竜はその魔法元素を吸収して蓄えてしまう性質を持っています。

 そして、吸収した魔法元素を増幅させて世界に解き放つことで、人間や魔族に実りや祝福をもたらすのです。

 けれど、竜が祝福をもたらす前にその土地に含まれた魔法元素を奪い尽くしてしまうことがある。そうなれば、祝福の導き手は災厄の先導者へと転じます。

 魔法元素の喪失は、魔導具の機能不全や作物や生物の死滅に繋がり、破滅は連鎖して止まらなくなる。規模によっては、街が1つなくなっても不思議ではありません。


 発展と荒廃のどちらかを与える、表裏一体の存在。彼女はそんな存在には見えないほどに可愛らしい姿をしているのに、その本質は福音と破壊を併せ持つ人ならざる者。

 また不幸なことに、ペルニカ伯爵領は魔法元素が枯渇している土地に、初代領主がその力をもって魔法元素を増やした土地です。

 初代領主は頑張りましたが、それでも辛うじて人間が住むのがやっとです。

 ですので、神の刻印を持つ上位の竜がもたらす負荷に、土地とそこに住まう領民たちが耐えきれません。


「貴女も、馬鹿ですね」


 このままでは、いずれ領民も元素の枯渇で苦しむことになるでしょう。

 それに、……竜の魔法元素の吸収は私たちに言い換えれば「呼吸」です。土地の魔法元素が少なければ、竜は呼吸するたびに息苦しさに苛まれ、死の予感に恐怖するでしょうね。

 ベッドに寝ている彼女の秩序を失った不規則な鼓動から察するに、ただの息苦しさを超えた耐え難い苦痛を味わっているはずです。

 昼間の間、貴女は上手く取り繕っているつもりでしょう。

 けれど、こうして夜に私の部屋で眠るとき、貴女の呼吸は痛々しいまでに規律を失います。苦しげに少し開いた口から、悲痛な声を漏らしながら、です。

 メルテは手のひらを握り締め、拳は小刻みに震えている。私の手をその拳に重ねると伝わってくるのは、生物が熱を失う寸前の儚さ。

 だから、貴女は逃げても良かった。少なくとも、神様が許さなくても私はそれを赦したでしょう。

 私は寝ている彼女の艷やかな白銀の髪を手で梳かす。愛おしいというよりは、運命に縛られる同胞としての親しみを込めて。


「今日は月が輝く日。大地から元素が一番湧き出る日」


 彼女を起こしてしまったのでしょう。寝転がったまま、月明かりを閉じ込めた黄金の大きな瞳で私を見つめて、穏やかな声でそう小さく呟いたのです。

 その小さな手は、いつの間にか私の手を握り返していて。その言葉は、自らを蝕む運命を感じさせないほど、流れるように紡がれていて。目の前の竜は決して弱き者ではないと、そう教えてくれている。

 そして、強いと同時に、貴女は勘のいい竜です。私や貴女がこの領地を去るのに一番適した月齢の日が、まさに今日なのですから。

 私が聖王陛下から逃げるための最後のチャンスの日であり、また聖王が仕掛けてくる時も今夜なのです。


「ええ、何かから逃げるのにとっておきの日。貴女も、私も」


 私に「魔を導くことができる力」がなければ、首都で玉座に座す聖王がその眼で私を映すことはなかった。

 その他についても、彼は大きな利用価値を見出したのだと思います。

 それゆえに、聖王には私を世界の版図に取り込まない選択肢がないのです。

 あの王様のことです。領主である父に会ったが最後、父を大いなる権力の名のもとに「説得」するはずです。そうなれば、私はどこかの領主に任命されて、聖王国の発展のために働かされるでしょうね。

 別にそれ自体は悪くはないのです。聖王様は決して悪い人ではありませんし、国民の生活を向上させるためなら非情な事以外は全部するというだけの、優しい王様です。

 領主になることも、私も貴族の娘ですからそうなるかもしれないと、最初から覚悟しています。

 けれど、私はまだ世界を知りたい。遠く離れた未開の地だったり、辺境に残る美しい花を目にしたいのです。もう少しでいいから、時間が欲しいと願うのです。


「ねえ、馬で逃げるの?」


 純粋無垢がゆえ、彼女は私の痛いところを突いてきます。逃げ切れは、……しないでしょうね。

 輝く月――光月から与えられる猶予は1時間ほど。猶予が過ぎた暁には聖王はあっという間にここへやってきて、そこからは見つかるのも時間の問題。もとより勝ち目のない戦いで、ただ最後に足掻いてみたいだけなのです。

 非力なカナリアだとしても、籠に囚われる前に広い世界を羽ばたいてみてもいいじゃないですか。


「エレトルテ、わたしもいる」


 旅の道連れ。あんまり好きじゃない言葉ですよ。

 まるで死にゆくひとに付き従う狂信者みたいじゃないですか。

 けれど、それが貴女ならば、案外悪くないのかもしれません。

 私は綺麗で可愛い物が好きなんです。

 白銀の長い髪も、灰色の鱗が甲に少し残っている小さな手も、大きな黄金の瞳も、幼気な表情も。神々しくて、可愛らしくて、貴女以外の全てに背いたとしてもこの手元に置いておきたくなるんですから。


「ええ。ならば、私に付いてきてください。ずっとどこまでも、……大地の底までも」


 多分、貴女はこの言葉の真の意味を理解しない。

 でも、それでいいのです。大地の底までも付いてきてほしいという言葉は、字面のままの意味も含まれているのですから。

 だから、いまだけは「付いてきてほしい」とだけ伝わればいい。それ以上は望みません。


「うん、準備する」


 彼女はそう言ってベッドから降り、身支度を始めました。


 私は机の前に戻って、日記に一文だけ付け加えます。

 ――「ペルニカ伯爵領に、始祖の時代から輝く月の加護があらんことを」、と。


 いつも通りなら日記に錠を付けるのですが、錠を掛けぬまま対になる鍵とともに机の中央に置いておきます。そうすれば、この部屋を片付けに来た誰かが確実に日記を見つけるでしょうから。


 ……「元素の砂時計」。それは、私が作った魔導具の中では傑作と言っていい、お気に入りの品です。

 時ではなく、土地の大まかな元素含有量を刻む魔導雑貨。私だけが、その砂時計を構成する砂のレシピや本体の材料を知っているのです。

 組み立てやパーツの製作こそ職人に任せていますが、砂と合金の配合は私の中にだけ存在しています。

 それらをこの数日で、こと細かく日記に書き記しておきました。

 この砂時計は我らが領民だけに配っていた雑貨品です。けれど、これからは砂時計の派生品を含めた品が、この地の名産品として世界全土に広まっていってしまうことでしょう。

 もし、この領地の職人が自分ではこれを作れないと口走るならば、その時は私が酷く失望するだけです。もっとも、そんなことにはならない確証はあるのですがね。

 ……信じていますから。勤勉なる領民も、厳格なる父も、優しき母も、聡明なる兄や姉も。

 彼女が着替えたのを確認して、私もクロークを身に着けます。


 そうして準備を終えた私たちを部屋の扉の向こうで待っていたのは、この領主屋敷に住み込みで働くメイドの1人でした。

 不思議なことです。光月の日の夜には、彼女たちメイドやバトラーにもちゃんと休暇が与えられているはずなのですから。

 ということは、この邂逅は偶然ではない。そう示しているのでしょう。

 魔法で宙に浮くカンテラが、メイドの青い瞳に光を当てて輝かせます。


「エレトルテ様、領主様が中庭でお待ちです。それと、これらを領主命令としてお渡しするように仰せつかっています」


 メイドから渡されたのは、一冊の本と一挺の拳銃が入った革の鞄。本に書かれた名前は姉さんであり、拳銃を製作したのは兄さんだろう。

 家族には全部お見通しだった、ということでしょうね。

 この拳銃の製作方法は、兄さんしか知らない。また、本の内容を一文一句違わず別の本へと複写する技術は、この領地では姉さんが秘匿している。

 といっても、姉さんの技術も兄さんの知識も、王都まで行けば代わりになる技術や知識はいくらでも溢れている。実用的というよりは、工芸品としての価値が大きい物たちだ。

 だから、私もメイドに最後の頼みを託すのです。


「ねえ、部屋の片付けをよろしくね。貴女に判断は一存します」


 彼女が腰を曲げて、私に深々と礼をした。これで誰かに技術は伝わるはずです。

 あとは、その誰かが結実させることを願うだけ。私にできるのはそこまででしょうから。

 それから、屋敷を出るまで誰にも出会いませんでした。あのメイドを除いて、みな酒場に赴いてジョッキを傾けているのでしょう。

 光月の日はそれが許される、誰にとっても神聖な日。あらゆる魔法が姿形を持ち、月が輝いてから朝が来るまでずっと騒ぎ立てる日なのですから。


 その騒がしくも神聖な日に、我が父は中庭の中央で孤独に立っていました。その背中はあまりにも雄大で、悲しさも帯びていて。

 世界に吹く風だけが私たちに音を届けます。私たちが父に近づくと、彼は背中を向けたまま語りかけてきました。


「行くのだな。ならば、俺も最後の仕事をせねばならぬのかね?」


 けれど、父は本来ここに居る必要はないのです。事後報告になったとしても、書類に私を追放したとしたためて聖王都の貴族院に送りつければ解決するのですから。

 だから、そう。彼は自分の意志でここに立っている。私を追放すると魔術を織り交ぜて宣言して、私が追放されたという事実を覆すための隙を聖王やその部下に与えないために。

 もしかしたら、その書類すらも既に用意していて、聖王様に追加で突き付けるつもりかもしれませんね。

 普段は厳格な性格なのに、時たま感情に素直になって突き進む。そんな父ならやりかねませんから。


「ええ。刹那の時でもいいから自由になりたい、そう願ってしまいましたから」


 父が笑い声をあげる。笑っているはずなのに、心なしか嗚咽混じりに聞こえる声で。

 不意に目に映る景色に、光虫のような小さな光点がいくつか浮かび上がって、数回瞬いたのちにその姿を消します。私が身に着けているネックレスのチャームとして使っている砂時計を見ると、砂が落下せずに空中で動きを止めているのが分かります。

 あまり時間がない。それを理解していても、私はこの場から逃げられない。


 ――いいえ、逃げてはいけないんです。私が覚悟を決めたように、父も腹を括ってここに立っているのですから。だから、お互いに役割を果たすまで、無事決別を成すまでは向き合い続けるのが正道でしょう。


「ならば、もはや無駄な言葉は要らん。光月が奴らを導く前に終わらせねばならぬ」


 父が振り向きます。その目は私を貫き殺すほどに険しく、口から溢れる言葉は威厳に溢れているのに、紡がれる声は少しだけ震えていた。


「聖王国伯爵、ガルドルオ・ペルニカがここに宣告する。エレトルテ・ペルニカはこれよりペルニカ伯爵家の一員ではない。よって、この場から立ち去るがよい」


 追放宣告の言葉。これをもって、私は貴族の子ではなく、ただの旅人となるのです。

 もう、貴族ではない。けれど、私は父に向かってスカートを指で掴む優雅な礼をしてみせた。

 私が貴族だったからではなく、その威厳と決断に敬意を示すために、普段はしないような完璧な返礼をしなければなかった。そう思わせるだけの力と決意を感じたのですから。


 先ほども現れた光の粒が群れて、世界を覆い隠そうと企み行進する。伯爵領との別れの時はもうすぐそこに来ているのです。


 光の粒があちらこちらで集まり、様々な人の形を作り出す。古い時代に生きたペルニカ家の執事や召使。もしくは、今は亡き古き領民たちが黄金に光り輝く人間となって、私たちを囲みます。

 そして、その中に父すら霞むほどの威圧感を感じさせる老人の影も存在していました。老人はゆっくりと手を叩き、私を見つめて祝福の言葉を呟くのです。


「見事だ。さあ、貴殿の自由への戦いは待ってくれぬぞ」


 その言葉とほぼ同時に、――砂時計の天地が逆転して砂が巻き戻り始めた。途端に激しく光り輝いた太陽の如き黄金の月が、暗闇に慣れてしまっていた愚者たちの目を眩ませたことだろう。


 私は、拳銃を握って、空に向かって空砲を放った。

 空砲の薬莢から放たれた魔法が、周りの元素の流れを一時的に書き換える。濃厚な風の魔法元素が舞い踊る舞台で、暴風の竜が真の姿を取り戻した。


「領主様、あなたの娘はもらっていく。文句いわないでね?」


 竜の姿をしたメルテが、私を灰色の鱗で覆われた前脚で庇うように座し、父に告げる。

 父は再び私たちに背を向け、迷う心を振り払うかのようにぶっきらぼうに言の葉を吐くのです。


「構わん!――さっさと、飛べ!」


 私は彼女の前脚にしがみつき、彼女に指示を出す。それが父の言葉への返答になるのですから。


「メルテ、私を導きなさい」


 彼女が操る暴風が私を落ちないように補助し、私を乗せた彼女は空を目指して一切羽ばたくことなく一気に駆け上がる。

 空から見る領地は新鮮でした。

 過去の亡霊たちと領民が葡萄酒を飲み交わして、恥も忘れて騒いでいるのでしょう。酒場やその周囲に魔法ランタンがいくつも浮かんでいます。

 ふと屋敷の屋根を見ると、今頃酒場で騒いでいるはずのメイドやバトラーたちが勢揃いしていました。そして、母様や、私の兄姉の姿も。

 彼らはジョッキを片手に、こちらに空いている手を振っています。


「使命なんて捨てて酒場に行けばいいのに、貴方たちも馬鹿者ですよ。……貴方たちに、永遠の祝福があることを願っていますからね」


 ――嗚呼、どこからか塩辛い味がしますね。

 私が彼女たちから目を逸らすのを、メルテはずっと待っていてくれました。

 決意のままに迷いを振り切った私を、メルテは腕から背中に私を乗せ換え、空を彗星のように飛翔し始めます。

 瞬く間に遠ざかる故郷に対して、今までの感謝の言葉を反芻しながら私はメルテと空を飛ぶことになったのです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ