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女神伝説  作者: Sugary
第七章
99/127

2 選択する理由

 まただわ…。

 あたしは、真っ暗な夢の中でそう思った。

 映像のない夢というのは起きているのか寝ているのか分からなくなる。それでも〝私〟と名乗るその人の声が聞こえてくるのは、間違いなくあたしが眠ったあとだ。何かにひどく苦しんでいて、〝どうして…?〟から始まる言葉には、いつも同じ答えが待っていた。そしてそれは、今日も同じだった。


 〝みんなの言う通り…やっぱり私は悪魔の子なんだわ…。一番恐れていたことなのに、それを自らの手でしてしまうなんて…しかも、何の躊躇いもなく……〟


 言葉と共に伝わってくる苦しみと、何かに対する怒りは、まるで自分がその人になったような気持ちになる。

 あなたは誰…?

 どうして自分を〝悪魔の子〟だなんて言うの…?

 何度も繰り返し見るという時点で──この場合〝聞く〟という方が正しいのだろうが──既にただの夢でない事は明らか。ならば、〝悪魔の子なんだ〟と思うようになった経緯や原因を知りたいと、何度か夢の中で問いかけてみたのだが…。もともと夢とは一方的なものなのだろう。同じような言葉が聞こえてくるだけで、その答えが返ってくることはなかった。

 いったい、この夢は何を意味するの? 予知夢や正夢のようにこれから起きる事? それとも突然目の前が真っ暗になった時みたいに、今現在どこかで起きている事なの?

 声だって男の人か女の人か分からないし…唯一分かるのは、口調から女の人という事だけ。それ以上は本当に何も分からないのだ。

 何だっていい。何かに繋がるような事があれば…。

 彼女の言葉を思い出しながら考えていると、ふと、前にもこんな事があったような…と微かな記憶が頭をよぎった。随分と前の事なのかあまりハッキリは覚えてないのだが、色んな人の言葉が聞こえてきたような気がする。しかも、その時も男の声なのか女の声なのか分からなくて、同じように口調で判断してたんじゃなかったっけ…? それに言葉……言葉にも何か聞き覚えが……。

 ──とそこまでの記憶を手繰り寄せたところで、状況の変化に思考が途切れた。急に目の前の闇が煙のように動いたかと思うと、〝え…?〟と思う間もなく、まるで風が吹いたようにその闇がサァーっと流れていったのだ。

 そこに現れたのは、雲ひとつない夜空と丸い月。

 それまで目を開けているのかどうかも分からないような闇だったせいか、照らし出された世界は昼間のように明るく感じた。

 そんな夜空の下に、二人の男女が向かい合って立ち話をしている姿が目に入った。たださっきの夢とは正反対で、声や音が聞こえないため何を話しているのかは分からない。

 独特の服を身にまとった男性はあたしと同じくらいの年齢だろうか。最初その表情は驚きや嬉しさがあったものの、すぐに辛そうな表情へと変わった。

 何か酷い事でも言われたのかしら…?

 そう思い改めて相手の女性に視線を移してみれば、

 え…あ、あたし──!?

 その顔が自分だったから驚いた。しかも彼の目を真っ直ぐ見ているあたしは、時折、笑みさえ浮かべそうなほど穏やかな顔をしていたのだ。

 けれどそんな驚きも束の間、次第に月の光が弱くなっていくと、あたしの意識も深い眠りに落ちていったのだった──



 翌日 目が覚めたのは昼近くになってから。しかも〝わぁ、雪よ!〟と、ルシーナの家にいた時から四度目となる雪を見て、ミュエリが感嘆の声を上げたからだった。

 さほど珍しくもない雪にそれほどの感嘆の声を上げるとは、さぞかし見た事もないほど雪が積もってるのかと思いきや、窓の外を見れば全くの予想外。思わず無言でミュエリに問いかけたのだが、彼女は〝あら、なに?〟と首を傾げただけだった。

 まぁ、イオータの予想が当たったから…というのは、後々 分かったことなのだが…。


 それにしても、寝過ごすとはねぇ…。

 雪道を歩きながら、あたしは小さな溜め息をついた。

 明確な目的もなければ急ぐ必要もないこの旅で、寝過ごす事は大した問題ではない。ただここ数日は、あたし個人の理由で少々焦っていたのだ。

 最初に起きたのはイオータだと聞いて、ならば起こしてくれればよかったのに…と言えば、他のみんなもついさっき起きたばかりだと聞かされた。更には、

 〝雪も積ってるし、それだけみんな疲れてるんなら今日はゆっくり休んでもいいんじゃねーか?〟

 ──とも言われ、そうしたい気持ちはあったものの、寝過ごしてしまうほど疲れてきている事実に、正直、あたしは焦りが増したのだ。

 早々に宿を出てから数時間後。イオータと一緒に前を歩いていたミュエリから、その日 何度目かの同じ質問が飛んできた。

「ねぇ、まだ真っ直ぐでいいの?」

 色々と考える事があってボンヤリしていたあたしは、その声でふと顔を上げた。二人は既に数十メートル先で立ち止まっていて、彼らの向こうには真っ直ぐな道と右手の山に続く分かれ道があった。

「雪が降ったあとなんだぞ? 真っ直ぐに決まってんじゃねーか」

 そう言って二人を抜かしていったのはラディ。

 〝雪の残る山道は危険だ〟という彼の言い分は正しく、わざわざ聞くような事でもないのはミュエリも分かっていることなのだが…。ならばなぜ尋ねるのかというと、ルシーナの街を出てから、幾度となく〝そっちじゃないわよ〟と進む道を否定されてきたからなのだ。もちろん、このあたしに。

 当然、その度に質問と不満が飛んできた。

 〝どうしてそっちなのよ?〟

 〝どっちでもいいじゃない〟

 〝もっと早く言ってよね〟

 ──などなど。

 〝だったら先に行かなきゃいいでしょ〟と突っ込みたくなる最後の不満は別にしても、明確な目的がない以上、どっちに進んでも問題ないと思うのは当然の事で……逆に言えば、否定するならそれなりの理由があって然るべきなのだ。なのにあたしが答えたのは、〝ただの勘〟とか〝気分〟という到底納得できない理由だったから、余計にミュエリの不満も増していった。

 ──とはいえ、本当にそれが理由なのかというとそうではなかった。自分的にはちゃんとした理由があって道を選んでいたのが…ただ、言える事ではなかったというだけだ。

 そんなあたしの本音に気付いたのか否か、イオータがミュエリを諭してくれたおかげで、今はとりあえず聞いてから進む…という事で落ち着いたのだった。

「いいの、真っ直ぐで?」

 迷いもなく真っ直ぐ歩き続けるラディを気にしながら、再びミュエリの声が聞こえてくる。

 あたしは二手のどちらに進むべきか、その答えを探した。

 先に進めば進むほどラディの口数は減り、今日なんかは特に、あたしが選ぶ道を避けようとしてきた。そんな彼の行動からしておそらく右だろうと思えば、案の定、その答えは右を記していた。

 あたしが無言で右を指差せば、その行動にミュエリが溜め息を付く。

「残念だったわねぇ、ラディ。──右だって」

「……………!」

 そう言われ躓くように立ち止まったラディの背中には、〝だから何でそっちなんだよ!?〟という苛立ちが見えた。それでも、今までは黙ってついてきたのだが…。

「ルフェラ! いったいオレが何したってんだよ!?」

「あら、何かしたの?」

 振り向きざま叫んだラディの問に、ミュエリが間髪入れず面白そうに答えた。──が、

「うるせぇ、お前は黙ってろよ!」

「な…なによ…」

 いつもの反応ではなく、本気で怒られてしまった。

「雪の山は危険だって事ぐらい分かってんだろ!? なら、なんでそっちを選ぶんだよ!? 勘だとか気分だとか…そんな理由で選ぶ事じゃねーだろーが!」

「……………」

「それに……だいたい何でオレが行こうとする方とは逆を選ぶんだ!? オレが嫌いだからか!? オレが嫌いだから、オレの意見には全部反対してやるって、そう思ってんのかよ!?」

「おぉ~お、えらい捻くれようだな?」

 あまりの言葉に、イオータが呆れたように吐き出した。

「だったらどうだってんだ! ことごとくオレが行こうとする方を避けやがって…。だいたいな、お前らもお前らだ! 危険だと分かってんのに反対しねーなんてよ……おい、聞いてんのか、ネオス!? 人一倍心配すんのはお前の役目だろーが!」

 怒りの矛先は、とうとうネオスにまで向けられてしまった。けれど、この〝らしくない態度〟に、それまで自信のなかったあたしの推測は確信に変わったのだ。

 そう遠くないんだ、と。

 そんなラディに、イオータが冷めた言葉を投げつける。

「ほんっとにアホだな、お前は」

「ンだと──」

「そんなヤツだと思ってたのか?」

「あぁ!?」

「嫌いだっていう理由だけでそいつの意見無視して、敢えて危険な道を選ぶような…そんなことするヤツだと思ってたのかよ、ルフェラを? 他に何か意味があるとは考えねーのか? ──だとしたら、ルフェラに対するお前の愛情は偽りだな」

「────ッ !」

 〝フン〟と吐き捨てるようにそう言うと、イオータはさっさと右の道を歩いていった。本気でそう言ったのか、それとも黙らせる為にそう言ったのかは定かでないが、ラディにとってはかなり堪えた一言だったようで悔しそうに拳を握り締めていた。そんな彼の姿を見て流石にイオータの言葉はキツイと思ったのだろう。なかなか動こうとしないラディを心配してミュエリがあたしに目で訴えてきた。

 〝フォローしてきてよ〟

 ──と。

 おそらく、ミュエリは分かっているのだ。好きな人がいる者にとって、自分の愛情が偽りだと言われた時のショックがどれほどのものか…。そして、らしくない態度をとってしまったとはいえ、ラディの愛情が偽りでない事だけは確かだ、ということを。ただし、あんなにもイライラしている本当の理由を知っているのは、道を選んできたあたしだけだ。できるならギリギリまで言いたくなかったのだが、ここまで来たら黙っているほうがラディにとっては辛い事なのかもしれない…。

 そう思ったあたしは、ネオスとルーフィンに〝先に行ってて〟と言ってからラディの所に向かった。

「ラディ…」

 その声にラディが顔を上げれば、あたしを見て力なく笑った。

「…はは…偽りだってよ……お前に対する愛情が……」

「なに言ってんのよ、らしくない。そんな事ないっていうのは、あんたが一番よく分かってる事でしょ? それに、あたしはラディの事を嫌ってなんかいないわよ。むしろ、村にいた時よりずっと見直してるんだから」

「…ルフェラ……」

「ねぇ、ラディ。道を選ぶ理由に納得できないのは、よく分かってるわ。勘だとか気分だとかそんなふざけた理由…逆の立場だったら、あたしだって納得しないもの。でも、ラディがイライラしてる本当の理由は、そんな事じゃないんでしょ?」

「……………」

「こんなこと言って、そのイライラが消える事はないかもしれないけど…それでも、そこに繋がると思うから言うわね」

「な、何だよ…」

「あたしが道を選んだ理由は、そっちに行かなきゃいけないって思ったからよ」

「…どういう意味だよ…?」

「もし避けてるのがあたしじゃなく、ラディの方だとしたら?」

「……………!」

「行かなきゃいけないって思う理由は、ラディが一番よく分かってるんじゃない?」

「…ル…フェラ……お前……!?」

 どうしてその道を知っているのかは分からなくても、そこに向かっているというのは伝わったようで、核心に触れたあたしの言葉にラディはひどく驚いていた。

「何がどうなるのかはあたしにも分からないけど、今度こそ本当の意味でラディを救えるんじゃないかって……ううん、絶対に救ってみせるから。──愛情が偽りじゃないなら信じられるでしょ、あたしの事?」

 努めて明るく自信満々に、そして一見冗談にも聞こえるような口調でそう言うと、あたしは敢えてラディの返答は聞かず元の道を戻っていった。

 〝オレは行かない〟という選択もできただろうが、彼にとって最後の一言は〝行く〟という選択しか与えられないのと同じで…案の定、しばらくするとラディの足音が聞こえてきた。

 ホッとしながらもネオスの所に追いついた頃、ちょうど少し前で立ち止まっている少女と目が合った。彼女もあたし同様ホッとした表情を浮かべていたが、すぐに背中を向けると、イオータの前まで走っていった。

 彼女の名前は、タフィー。

 そう、ラディの亡くなった妹だ。そして、あたしが道を選んできた理由でもあった。

 夢ではなく、現実の世界でハッキリと彼女の姿を見るようになったのは、ルシーナの家を出たその日から。正確にはタウルと共にルシーナの家に戻ってきてから、〝あれ?〟と思うような事はあったのだが、ハッキリしなかったため気のせいだと思ったのだ。

 それが最後にもう一度クァバナを食べたい…というラディの意見に賛成し、再びあの賑やかな街に行った時だ。そのクァバナを食べた直後、あたしは行き来する街人の中に、ふと彼女の姿を見つけたのだ。その姿は消えそうなほど透けていて、周りの人も彼女に気付かずその体を通り抜けていた。それは明らかに亡くなった人の姿で、もし夢の中で彼女と会っていなければ、そして彼女がラディの妹だと推測していなければ、おそらくあたしは彼女に近付こうとしなかっただろう。

 〝死者と関わればその世界へと引き込まれていく〟

 ルーフィンの言葉はもちろん、実際に死者と関わったエステルの事があったからだ。関わり方で引き込まれる速度に違いが出るのかは分からないが、とりあえず、あとを追うだけで会話はしないよう心掛けていた。もっとも、彼女自身あたしと距離をとっていたから、話し掛けようにも話せられなかったのだが…。

 ただ、あとをついて行くだけなら大して体力も奪われないという考えは間違っていたようで…寝過ごしたという事実に焦ったのは、そういう理由だったのだ。そしてタフィーの向かおうとしている場所が自分の村──つまり、ラディの村──だと気付き始めたのは、口数が少なくなったのと、彼女が示す道を避けようとする態度からだ。そこにきて、あの〝らしくない態度〟を目にすれば、既にここはラディの知っている場所なんだ、と予想がつく。つまり、それが〝そう遠くない〟と確信した理由だった。

「ネオス、また色々と話したい事があるんだけど…」

 ハッキリと言わないにしても、道を選んできた理由にタフィーの事が絡んでいるというのはラディも気が付いたはずだ。そのうちみんなにも話さなきゃならないし、ネオス、また色々と話したい事があるんだけど…。

 そう思い〝できれば今日の夜にでも…〟という意味を込めて話しかけたのだが──

 俯き加減のネオスは 〝心ここにあらず〟 の状態で、まるであたしの声など聞こえていないようだった。

 そういえば、ここのところネオスも様子が変なのだ。何か考え事をしてるというか、思いつめたような表情が多くて…。

 最初はあたしの行動のせいかと申し訳ない気持ちにもなったのだが、よくよく思い出してみて、どうもそうじゃないという事に気が付いた。というのも、ネオスの様子がおかしかったのは、あたしがタフィーの姿を見る前からだったのだ。だとすればいったいネオスに何があったのか。気になって何度か声を掛けようとしたものの、目が合うや否や〝何でもない〟とばかりに微笑まれるからそれ以上は聞けないでいた。

「…ネオス?」

「え?」

 再度の問いかけに、ようやくネオスが顔を上げた。

「あ、あぁ…ごめん、何だって?」

「うん、あの…さ…」

 〝何か気になる事があるんだったら……〟

 〝話したい事がある〟と繰り返すよりも、その言葉が喉の所まで出かかった。けれど〝何でもない〟と微笑む態度を見ていれば、聞いても話してくれないことぐらいは分かる事で…。結局、あたしはどちらの言葉も口にする事はできなかった。

「別に、大した事じゃないのよ。ラディがやっと納得してくれた…って言っただけだから」

「………? …そう?」

「うん。──ねぇ、それより急がない? このままだと、山の中ではぐれちゃうわよ?」

 〝ほら、見て〟とばかりに視線を送れば、改めて彼らとの距離を確認したネオスが、〝確かに…〟と苦笑する。そんな笑顔に少しだけ安心すると、あたしは後ろを歩いているラディにも声を掛け、歩を早める事にした。



 山の中に入ってしばらく歩いていると、行かなきゃいけないと選んだに道にも拘らず、あたしの胸の中には僅かな後悔と不安が生まれていった。

 足首くらいだった雪は今や倍くらいの深さにまでなっていて、道とそうでない所の境界線をあやふやにさせていた。場所によって膝の辺りまで積もっている所があるのは、数日前に降った雪が溶けないうちに、新たな雪が積ったからだ。

 山の中では当然の状況だと分かっていたが、実際歩いてみると思った以上に歩きにくく危険だと実感する。更に登る一方となれば疲れが一気にやってくるのも、これまた当然のことで…だけど、誰も〝休憩しよう〟とは言い出さなかった。休んでいたら今日中に山は越えられないという事を分かっていたからだ。

 そんな中、

「…ちょっと、休憩でもするか?」

 ようやく最初に口火を切ったのはイオータ。下り坂になって随分経った頃だった。

 あともう少しでこの山を抜けるだろうとは思っていても、それは予想だけで確実な事ではない。みんなの疲れが限界に来ていた事もあり、〝完全に暗くなる前に野宿を覚悟したほうがいいんじゃねーのか?〟という、あたしへの問いかけだったのだろう。

 山に入る時点で既に昼は過ぎていて、日の短い冬に入るならそれくらい考えておくべきだった。それが死者との関わりで焦っていたから、とにかく早く…と足を踏み入れてしまったのだ。光を遮る葉が少ないとはいえ、山の中は暗くなるのが早い。明日にすれば良かった…と後悔しても時既に遅く…あたしはイオータの〝隠れた問いかけに〟ようやくその覚悟を決めたのだった。

「そうね…少し休んだら、手分けしてどこか寝られる場所を探しましょ」

「あぁ、それがいいな」

 そんな〝野宿決定〟の短い会話に、みんなから静かな溜め息が漏れた。否定的な溜め息というよりは、安堵の溜め息に近いだろうか。

 普段ならここで文句の言うミュエリが、何も言わず近くにあった石の上の雪を払い、崩れるように座り込むのを見れば、それだけで納得ができるというもの。次いで、道の脇に腰を下ろしたラディが、熱くなった体を冷やすように上体を後ろの雪の中に埋める。そんな二人を見て、残りのあたし達も適当な場所に腰を下ろした。

 寒い冬にはもちろん、こんな雪に囲まれた場所で吐く息は白い。それが熱い体から吐き出されているとなれば、尚更白く感じるものだろう。あたしは自分の呼吸が落ち着くまでの間、周りの雪の色に同化していく白い息をボンヤリと眺めていた。

 そうして数分が経った時、

『ルフェラ』

 ルーフィンの声が聞こえたのは、呼吸が落ち着くと同時に体の熱が冷めてきた頃だった。

 〝なに?〟と、既に触れているルーフィンの体を抱きしめるようにしたのは、極自然な動きに見せる為。

『近くに誰かいます』

 その言葉に少しドキッとした。

『誰か…って…まさか、敵なんじゃ──』

『だとしたら、イオータはもちろん、あなたにも分かるはずですよ?』

『あ…あぁ、そっか…。じゃぁ、誰が?』

『さぁ…。ただ、感じる気配がとても弱く、動く気配すらないというのが気になります』

『動く気配すらない…? それって、どこから感じるの?』

『あの、張り出した木の向こうからです』

 そう言われルーフィンの視線を追えば、あやふやな道の境界線を少し越えた所に、その張り出した木があった。

『分かった。ちょっと、見てくるわ』

『気を付けてください、ルフェラ』

『うん』

 あたしはそう言うや否や、張り出した木の方へと向かった。

 少なくとも、今はあたし達に危害を加える者じゃない。故に気を付けるのは足場の方なのだが、それ以上に気になったのは相手の容態の方だった。

 動く気配すらないというのは、〝動かない〟のではなく、〝動けない状態〟ではないのか。感じる気配が弱いというのは、つまりそういう事じゃないのか、と。

「…ルフェラ?」

 動き出したあたしに声を掛けたのはネオス。次いでイオータの声が聞こえてきた。

「どうかしたのか?」

「うん…ちょっとね……」

 言いながら、更に歩を進める。

「もうそこは道じゃねーぞ? それ以上そっちに行ったら──」

「分かってるって。ちゃんと気を付けて──」

 そう言って、張り出した木に手を付こうとした時だった。

「──ッ! き、きゃぁ──」

「お、おい!」

 前に出した足が滑ったかと思うと、足元の雪が崩れ、あっという間に体ごとすべり落ちてしまったのだ。

「ちょっ…やだ、ルフェラ!?」

「ルフェラ!? 大丈夫か、ルフェラ!」

 次々と駆け寄る音と声が、頭上から飛んでくる。

「ぁたたた…」

 思ったより衝撃が少なかったのは、雪と高さのせいか。

 腰の辺りを押さえながら落ちた所から見上げれば、心配そうに覗き込むみんなの顔があった。

「…大丈夫かい?」

 最後に、ネオスが確かめるように聞いてきた。

「う…ん、大丈夫…。びっくりしたけど、思ったより高くなくて……雪があって助かったわ…」

「──ったく、だから言っただろ。そこはもう道じゃねーって。それ以上そっちに行ったら危ねぇぞ…って言おうとした矢先に、これだ」

「悪かったわね。これでも自分なりに気を付けてたのよ」

「けど、結局は落ちてんだから、意味ねーよな?」

 バカにしたようにフッと鼻で笑ったのは、何ともないと分かって安心したからだろう。それはみんなも分かっている事で…故に、あたしも腹は立たなかったのだが。

「安心しろ、ルフェラ。オレが引き上げてやるから、な」

 そう言って上から手を伸ばしたラディに、〝ありがと〟と言いながら地面に手をつけば、視界の端に何か黒っぽい物体が横たわっているのに気が付いた。反射的にそちらを見るのと、落ちた衝撃で一瞬忘れていた事が頭をよぎったのはほぼ同時。こちらに背を向けて倒れているのが〝人〟だと分かった途端、あたしは、思わず〝いた…〟と漏らしていた。

「…あぁ? どうしたんだよ、動けねーのか?」

「う、ううん、違う…人が…倒れてるのよ…」

「…は? 倒れてって…どこに? ケガでもしてんのか?」

「分からないけど…ちょっと見てくる…」

「あ、おい…ルフェラ──」

 倒れていた場所は張り出した木の下のほうで、ちょうど窪みになっていた為、ラディたちには見えなかったのだ。

 思わず、最悪な事になっていませんように…と心の中で祈る。

 近付いてみると、何故かそこだけ空気が少しだけ暖かかった。不思議に思いつつも恐る恐るその人の体に触れてみれば、手は冷たかったものの、胸の動きがすぐに確認できた。

 生きて…る…。

 それが分かっただけでもホッとした。が次の瞬間、あたしはその人の顔を見て驚いた。同時にある光景が脳裏をよぎり、一気に胸の中が不安で満たされていく。

 夢の…人…!?

 あまりの驚きに、手が震えた…。

 見間違いじゃなくて…?

 ある意味そう願い、改めてその人の顔を覗き込んだのだが…。

 間違いない…この人だ…。

 それは、確認した故に否定できない事実だった。

 そう…。彼は今日あたしが見た夢の中の人……月夜の下であたしと話していた、あの男の人だったのだ。ただひとつ夢で見た容姿と違うのは、着ている服だけ。

 ──ってことはなに…?

 あれは予知夢で、やっぱりあたしが彼にあんな顔をさせるって事…? だとしたら、いったい何を言うっていうのよ?

 相手が誰であれ、あんな顔はさせたくない…。しかも、その時のあたしは笑みさえ浮かべそうだったんだから…。そんなひどい事──

「ルフェラ? どうだ、ケガとかしてんのか?」

 映像だけの夢で分かるはずもないのに、懸命にその夢を思い出そうとしていたあたしは、ラディの声にハッとした。

 そ…そうよ…今はそんな事思い出してる場合じゃない…。

 改めて優先すべき事がある…と慌てて彼の体を調べ始めれば、防寒着に破れた所はなく、またその中の服も汚れてはいるものの、ケガをしたような痕跡は見当たらなかった。

「なぁ、ルフェラ~?」

「あ…うん、大丈夫よ…ケガはしてないみたい。でもかなり体が冷え切ってて…」

 あたしはそれだけ言うと、彼の頬を軽く叩いた。

「ねぇ、起きて…こんな所にいたら死んじゃうわよ!? ねぇ──」

 冷え切った頬をパシパシッと数回叩けば、瞼の下の眼球が、まるで死の道夢をさまよっているかのように動いた。

「ねぇ、聞こえる!? 目を開けるのよ!」

 死の道夢を歩いているなら、あたしの声を聞いて…!

 ラディがあたしの声を聞いて戻ってきたように、今だとばかりに声を上げる。そうして再度頬を叩いた時だった。眼球の動きが定まり眉が僅かに動いたかと思うと、ゆっくりとだが、その目が開いたのだ。

「あ…ぁ、よかった……ねぇ、分かる…?」

 顔を近付けそう問いかけてみる。初めて見るのに〝分かる?〟と聞くのもおかしいのだが、その人はあたしの顔を数秒見たのち、〝え…?〟と驚くような表情を見せた。しかもそれはほんの一瞬で、あたしが驚いている間に再び気を失ってしまった。

 どうして…?

 そんな疑問が胸に浮かんだ。

 どうして、今笑ったの…?

 気のせいかと思うような微かな動きだったが、あたしには確かに微笑んだように見えたのだ。

 助かった…というホッとした笑みなのだろうか…?

 そう思えばなんら疑問に思うような事でもないのだろう。けれど、一度この人を夢で見ていたせいか、何か特別な理由があるんじゃないかと思ってしまうのだ。

 ──とその時、

「どうだ、ルフェラ? 大丈夫そうか? 意識は?」

 心配したラディが上から飛び降り、あたしの所にやってきた。その声に再びハッと我に返る。

「あ…さっき目を開けたわ…。でもすぐに気を失って……早く体を温めてあげないと、このままじゃ危険よ」

「…そうか。つっても、乾いた木を探して火をおこすには時間が掛かるしな…この辺に休ませてくれる家がありゃいいけど──」

「あったぜ、家」

「は!?」

 ラディの語尾に被せるように言ったのは、直後、〝よっ〟と言って飛び降りたイオータだった。

「しかも、オレらも泊まれるようなそこそこ広い家がな。ま、見た目は結構 ボロっちいけど?」

「おまっ…いつの間に見つけて……ってか、どこだよ?」

 そんな事はどうでもいいか、と家の場所を聞けば、

「あそこだ」

 ──と親指でクイッと指したのは、あたし達が今いる場所より少し下の方だった。

「明かり…? あんな所にあったのかよ?」

「あぁ、オレらもさっき見つけたところだ。上ばっか見てたっていうのもあるが、雪や木で見え難くなってたんだな。それが暗くなって家の明かりをつけたことで、オレらの目にも留まったってわけだ」

「そっか…。んじゃ、とっととあそこに連れて行こうぜ?」

 とにかく一刻も早く…とそう言うと、彼の両手を背後から引っ張り、〝せーのっ〟 と一気に背負い上げた。

 意識のない人を背負う大変さは、あの夏の日のイオータを見ていて分かっているつもりだ。だから、微力ながらも支えようとラディの後ろに回ったのだが、

「おいおい、お前はオレの後ろ。ラディが最後に決まってんだろーが」

 ──と、当然の口調でイオータに言われてしまったから、呆気にとられる。

 〝何で決まってるのよ?〟と言おうとしたけれど、さっさと歩き出した背中に、そんな間はなく…結局、彼の言う通りラディの前を歩くしかなかった。更に、足を滑らすように歩いているのがまるで子供のようで、〝何やってんのよ…〟と呆れてしまう。けれど数メートル歩いて彼の意図が分かってくると、なんにも分かってなかったのは自分の方だったんだと気付かされた。

「ラディ、気を付けて…」

 あたしは後ろを振り返り そう声を掛けると、イオータが付けた足跡──二本の線──の上を、ラディが歩きやすいよう、できるだけ雪を踏みしめて歩くようにした。そうして家の前に着く頃には、下に降りる脇道を見つけていたネオスたちとも合流した。

 平屋の家は〝そこそこ〟ではなく、思っていた以上に大きなものだった。建物は玄関を前にして左の方にずっと長く、そこには閉ざされたような窓が等間隔に並んでいた。ただイオータの〝ボロっちい〟と言った点は正しく、窓はもちろん、玄関の扉──引き戸──も軽く叩いただけで壊れてしまいそうなほどだ。

 そんな玄関の扉をイオータが躊躇う事なく普通に叩けば、案の定、扉どころか枠組みごとガタガタと揺れた。

 明かりがついた時点で中に人がいるのは明らかで、尚且つそれだけの音と振動があればすぐに返事が返ってくるものと思われたのだが…。人の動く気配はあれど、何故か返事が返ってこない。

 もう一度…と、イオータが更に続けて叩こうとするのを、あたしは慌ててその手を掴んで止めた。今度その力で叩いたら、本当に壊れそうだったからだ。

 代わりに、あたしが引き継いだ。

「すみませーん! 旅をしている者ですけど…病人がいるんです…! 部屋を貸していただけませんか? お願いします…!」

 心の中では扉を叩きながら、あたしはそう叫んだ。

 すると──

「病人って…いったい、どうしたんだ?」

 扉の向こうからではなく、同じ外──しかも少し離れた所──から男の人の声が聞こえたのだ。

 一斉に声がした方を見れば、左手に続いていた家の角から声の主が顔を覗かせているのが見えた。

「あ、あの──」

「熱はあるのか?」

 遮って続けられた質問に、あたしは〝いえ…〟と首を振った。

「この近くの雪の中で倒れていたんです。体が冷え切ってて──」

「あぁ、そうか。じゃぁ、早く家に入って体を温めてやんな。中のディアばあに診てもらえば、色々としてくれるから。今はちょっと手が離せないけど、オレもすぐに行くからよ」

「あ、はい!!」

 〝ありがとうございます!〟 と頭を下げると、男性は小さく頷いて顔を引っ込めた。

 とりあえず許可は貰った…と、あたしは最後にもう一度だけ軽く扉を叩いてから、その戸を開けた。

 入ってすぐの土間の右側には薪が沢山積まれていて、その奥は台所になっていた。左側には二基の囲炉裏がある広い居室で、あの等間隔に並んでいた窓のある部屋がそれなのか、両側には部屋がひとつずつあった。おそらくその奥にも同じような部屋が続いているのだろう。部屋と部屋の間はまた部屋なのか、それともローカになっているのかは、引き戸が閉められているので分からないが、とにかく中も広い家だった。

 そんな広い家の中にいたのは、囲炉裏の前でこちらに背向けて座っている一人の老人だった。傍らには薪が置いてある。

 あの人がさっき言ってた〝ディアばあ〟っていう人ね…。

 あたしはそう心の中で確認し、声を掛けた。

「あの、すみません…」

 けれど、その人はこちらを振り向くどころか、顔さえ上げず囲炉裏に薪をくべている。

 無視しているのか、それとも耳が遠いからなのか…あたしは後者の事も考えて、更に声を上げて続けた。

「病人がいるんです…。さっき、男の人があなたにみてもらえって…。お願いです、この人を──」

 〝助けてください〟と続けようとした所で、急に後ろから冷たい風がヒューと入ってきたから、思わず言葉が途切れてしまった。けれど、その風が老人の背中にあたり、囲炉裏の火を大きく揺らしたからか、それまで何の反応もなかった老人が、不意にあたし達の方を振り返った。

「あの──」

 ──と言いかけて止めたのは、そのおばあさんの驚きようが想像以上のものだったから。

 信じられないというような目で、両目を見開き口までポカンと開けている。一瞬時間が止まったのかと思うほど微動だにせず、〝ホォーッ〟と驚きの声を上げたのは、それから数秒後だった。

「こりゃまた、よーさんの人じゃのう、えぇ?」

「す、すみません…でも…」

「しかも、こぉ~んなに若くて元気なんてなぁ。うんうん…」

 嬉しそうにそう言った直後、ラディが背負っている彼を見るや否や、〝んん?〟 と険しい顔つきになった。

「あの…彼、この近くの雪の中で倒れてて……」

 改めてその説明を繰り返したのだが、おばあさんはそんなあたしの方など見向きもせず、一直線に彼の元に歩み寄っていった。そしてその体を調べるように腕や頬に触れると、驚いた事にニンマリと笑ったのだ。

「おばあ…さん…?」

「ホッ、ホッ、ホッ! 雪女の誘惑に負けおったな、若者よ」

「ゆ、雪女ぁ!?」

 思わぬ言葉にみんなが叫んでしまい、おばあさんはそんなあたし達の反応を見て、更に〝ホォッ、ホォッ、ホォッ〟と大きく笑った。

「大丈夫じゃよ。体を温めて栄養のあるもん食えば、すぐに良くなるわ。ほれ、もっと火を焚いてやるから、濡れた服を脱がせて火にあたらせてあげんさい。ほれほれ、おまえさん達もな」

 そう言うと、あたし達の背中をポンポンと叩き、居室に上がるよう促した。そして足元に置いてある薪を〝よいしょっ〟と両脇に抱えたところで、突然、息を切らした女性が駆け込んできたから、その足も止まった。

 まだ他にも人がいたんだという驚きと、なんとなく後ろを気にしてるように見えた為、ここに助けを求めにきた人なのかと思ったのだが…。おばあさんの次の言葉に、彼女もこの家の人である事が分かった。

「おぉ、お帰り、リアン」

「あ…バーディアさん…」

「どうしたなぁ、そんな息切らしてぇ。えぇ?」

 おばあさんの心配そうな目に、彼女の視線が自然とあたし達の方に移った。当然のように軽く頭を下げれば、何かを考えるような間があったのち、再びおばあさんの方を向いて〝ううん〟と首を振った。

「ちょっと、沢山の人が家に入っていくのが見えたからどうしたのかと思って……」

「うん…?」

 聞こえていないのか、おばあさんは首を傾げた。けれど、〝この人達は?〟という彼女の視線で何を言ったか分かったのだろう。おばあさんは、〝あぁ〟と眉を上げた。

「ホッ、ホッ、雪女の仕業じゃよ。人もよーさん来たしのう、今日はぜ~んぶの囲炉裏に火を入れるぞい? ほれ、リアンも手伝っておくれ」

「…あ、はい」

 持っていた薪をリアンに渡したおばあさんは、再び〝よいしょっ〟と足元の薪を持ち上げた。そんな姿に、思わずあたしの体も動く。

「あ、あたしも手伝います…!」

 泊めてもらうのに、動けるあたし達が何もしないなんて…と同じように足元の薪を持とうとすれば、

「ダメじゃよ」

「え…?」

 なぜか、即座に断られてしまった。しかも少し怒ったような口調で。

 思わぬ答えに戸惑ったのはあたしで、何か気に触るような事をしたのかと不安になったのだが──

「おぉ、そうじゃっ!」

 思い出したように叫ぶと、おばあさんはあたしの事など気にも留めず、〝メシじゃ、メシ。メシを作らんといかんかったわい〟と言いながら、さっさと台所の方へ行ってしまったのだ。

 気に触るような事をした憶えはなく、まるで無視するようなおばあさんの言動が理解できないでいると、隣にいたリアンがクスッと肩を揺らした。

「気にしないで」

「え…?」

「本気で怒ってるわけでも、あなたを嫌ってるわけでもないから」

「そう…ですか…?」

「えぇ。それどころか──」

「喜んでる、だろ?」

 リアンの言葉に続けるように、後ろから男性の声が聞こえた。聞き覚えのある声に振り向けば、そこにいたのはさっきの男性。身長も年齢もネオスと同じくらいだが、雰囲気はラディのような子供っぽい笑顔を持っていた。

「はは…ディアばぁ、嬉しそうだなー」

「えぇ、本当に…」

 そんな二人の視線につられて改めておばあさんの顔を見てみれば──

 なるほど。確かに嬉しそうだ。

「この家に人が来るのは珍しいからなー。しかも、こんな人数……昔を思い出して張り切ってんだろ」

「昔…?」

「あぁ。昔は人がたくさん来てたらしいんだ。まぁ、みんな病人だったみたいだけど……って、こんな話はあとでいいか。とにかく、遠慮せずゆっくり休んでくれ。その方がディアばぁも喜ぶ」

「あ、はい…」

 今の段階で既にいくつか聞きたい事があったものの、彼の言う通り、それは〝あとで〟もいい事で…。

「じゃぁ、お言葉に甘えて…」

 〝そうさていただきます〟と頭を下げると、あたしはみんなと同じように居室に上がった。

 倒れていた男性の防寒着を脱がせ、他に濡れている所はないかと調べていると、リアンが一式の布団を持ってきた。そして、この家の中で一番暖かいとされる場所──二基の囲炉裏に挟まれた場所──に敷き、そこに寝かすよう勧めてくれた。

 一方、男性の方はリアンに代わって奥の部屋の囲炉裏に火を入れていた。

 部屋と部屋の間はまた部屋のか、それともローカなのか…と疑問に思っていたその場所は、どうやら囲炉裏のある部屋だったらしい。しかも、男性が火を入れ終わるごとに開けられた扉の向こうも、同じように囲炉裏のある部屋だから驚いてしまう。いったい幾つ囲炉裏があるのかと火に当たりながら見ていたら、四基目の囲炉裏に火が入って、ようやく男性が戻ってきた。つまり、この家には居室の二基を入れて六基の囲炉裏があったのだ。しかも、囲炉裏を挟むように両端に部屋があるため、全部で八部屋もある。

 どう見ても普通の家ではなかったが、似たような造りに見覚えがあったのと、さっきの男性が話した言葉で、何となくここがどういう所かは分かったような気がした。ただ、聞きたい事を含め、そういった普通の話はこの日はできなかったのだが…。

 それからしばらくして、おばあさんとリアンが野菜のたくさん入った鍋を運んできてくれた。それぞれの鍋を囲炉裏の火にかければ、

「寒い時は鍋が一番。ほれ、食べんしゃい」

 ──というおばあさんの一言が〝いただきます〟の合図になった。

 調味料は塩味だけというとてもシンプルなものだったが、鶏肉や野菜のだしが良く出ていて、逆にそれ以外の味付けは必要ないと思うほど美味しいものだった。また唐辛子が入っていたことで、体の中からポカポカと温かくなってくる。雪道を歩いていた時の暑さとは違い、足の先まで温かくなるのだ。みんな、夕飯を食べ終わる頃にはもう一枚 服を脱いでいたほどだ。

 食事を終えて一息つくと、あたし達はまだ名前すら名乗ってない事に気付き、改めて自己紹介をした。

 おばあさんの名前はバーディア。今年、七十歳になったという。リアンは二十四歳、男性はリューイといい、意外にもネオスより年上の二十五歳だった。

「あと分からないのは、この人だけね…」

 体温は戻りつつあるものの、まだ目覚める気配のない彼を眺めながらミュエリが呟いた。

「心配すんなって。遅くても明日には分かる事だ。それより、早く風呂入って休んだ方がよくないか?」

 〝見てみろよ〟というリューイの視線を追えば、そこには座ったまま舟を漕ぐラディの姿があった。前後左右、気持ちよさそうに揺れている。さすがに囲炉裏に顔を突っ込みそうになった時は、みんなが〝あっ…〟と身を乗り出したが、それでも直前で体がビクンとなると再び元に戻って船を漕ぎ始めた。そんな姿に、あたし達は顔を見合わせて小さく笑った。

「確かに。これじゃぁ、いつ火傷するか分かんねーしな。──おい、ラディ、とっとと風呂入って寝るぞ?」

 ほぼ強引にラディを起こすと、イオータとネオスはリアンの案内でお風呂に入っていった。

「あいつらが出てきたら、あんたらも風呂入って寝ていいから」

「え、でも…」

「どうせオレは火の番で起きてるんだ。〝名無し男〟の事は任せて早く休みな。ディアばあ曰く、長生きの秘訣は〝心も体も素直が一番〟だそうだぜ」

 〝当たってるだろ?〟とおばあさんに親指を向けたリューイは、そう言ってラディのような笑顔を見せた。そんな笑顔と元気なバーディアさんの姿に、あたしも〝そうですね〟と素直に頷くと、彼らの好意に甘え先に休ませてもらうことにした。

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