表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
女神伝説  作者: Sugary
第七章
97/127

1 手に入れた剣術

「…っく……!」

 イオータが体を翻し、こちらに背中を見せたのを機に構え直した時には、既に彼の剣があたしの喉のすぐ横に当てられていた。しかも、後ろを振り返りもせずに、だ。

「…これで…分かったか?」

「…はぁっ…はぁ…はぁっ……」

 〝分かったか?〟と問われても、息が切れてすぐには返事ができない。とはいえ、それ以上に信じられない思いの方が強かったのだが…。

「言っとくが、手は抜いてねーぜ?」

 そんな思いを悟ってか、イオータがゆっくりと振り返り、そう付け足した。

「はぁ…はぁ……はぁ…」

 信じられないと思いつつも、戦い方や自分と同じように息が上がっている姿を見れば、その言葉がウソじゃないというのは分かることだった。

 あたしが〝分かった…〟と何度か小さく頷くと、イオータも〝よし〟とばかりに頷き、剣を下ろした。



 今から少し前のこと──

 ルシーナがいた村を出てから数日後の今日は、休憩を兼ねて早めに宿をとった。それぞれがそれぞれの事─ネオスは部屋で休み、ミュエリはお風呂、ラディは魚釣り─をする中、あたしは一人で剣術の練習をしていたイオータに、ある〝お願い〟をすることにした。

「イオータ…」

「あぁ?」

「また、剣術を教えてくれない?」

「………?」

 その言葉に振り向いたイオータは、どこか不可解な表情をしていた。〝頼む相手が違うだろ〟と、また突き離されるのかとも思ったが、その理由はこのあとの〝実践〟ですぐに思い知らされることとなる。

「シニアの一件で、ホントは剣を持つのさえ辛いんだろ?」

「それは…」

「それとも、この前の──必要に迫られた戦いで吹っ切れたとか?」

「……吹っ切れた…っていうんじゃないけど……あまりにも自分が無力だって分かったから…」

「ふ…ん、無力ねぇ…」

「レイラさんが殺される前、力を貸してくれたでしょ? 森の中で役人に見つかった時も、あたしはあんたの力であの窮地を脱する事ができた。ルシーナ達を助けようと飛び出した時もそうよ。あの剣が力を貸してくれたから、あんな風に戦えたんだもの」

「…あぁ?」

 一瞬 不思議そうな顔をしたが、あたしは構わず続けた。

「ルシーナがあたしの宵の煌に気付いた時、何て言ったと思う? 〝お母さんの病気を治して! 治してくれたら悪い事はしないし、やめろって言うんなら役人に刃も向けない!〟 なんて、しがみつくように言ったのよ。命に代えてでも仇を打ちたいと思ってたルシーナが、役人に刃を向けないだなんて…そうまでしてあたしに頼んだっていうのに、このあたしは思うように力が使えないばっかりに、結局、何もしてあげられなかった…」

「けど、死ぬ原因はそれじゃなかった。──お前も分かってただろ?」

「そうよ。でも、何もしてあげられないっていうのは悔しいじゃない…」

「ンまぁ、そりゃな…」

「レイラさんを殺した男達に会った時も、挑発するルシーナを必死に止めてたら言われたわ。〝止めるくらいなら、あたしの代わりにこいつらを殺してよ!〟って。〝どれだけ苦しくて、どれだけ悔しくて、どれだけ憎いか……なんにも分かんないくせに!〟って…。そう言われた時は、頬を殴られるどころか鋭い刃物で胸を刺された気がした…。あたしは何にも分かってなかったんだって…。母親の病気も治せない、戦い方のひとつも教えてあげられない…。辛いだろうけど戦うのは今じゃないって止めるだけ止めてさ…その上、人を殺める事を恐れて自分から剣を抜くこともできないなんて……」

「だから剣術だけでも手に入れる、ってか?」

 あたしは頷いた。

「相手がどんな悪人でも、人を殺めた時の苦しみはあるわ。あたしがその苦しみを恐れてるのも事実よ。でも…ミュエリはそれを覚悟してエステルさんに剣術を習ってたのよね…。あたしみたいに力を借りてない〝素〟の状態で、ルシーナ達を守る為には剣を振るのを躊躇わなかった。あの姿を見た時、傷つくことを恐れてたら誰も救えない、守れないんだ…ってそう思ったのよ。だから、今のあたしにできることで、いざって時に誰かを守る事ができるのは剣術くらいだって…」

「……………」

「それに、いつまでもあんたの力に頼ってるわけにもいかないでしょ? だから──」

「いいぜ、お前がそこまで覚悟したんならな。どの道、剣術の上達は必要不可欠なことだしよ。けど…」

 イオータは、一度そこで切った。

「〝けど…〟なによ?」

「ん~? いや、その必要はねーっていうか、オレじゃなくてもいいんじゃねーかと思ってな」

「どういうこと…?」

「討ったんだろ、あの日。ルシーナの母親の仇をよ?」

「───── !」

 一瞬〝どうしてそれを!?〟と言いそうになったが、すぐに、隠す必要がない為ネオスが話したのだと理解した。

「あれだけの腕があるんだ──」

「あたしじゃない…」

「あぁ?」

 あたしはイオータの言葉を遮った。

「あれは…あたしだけど、本当のあたしじゃない…」

「…………」

「突然、周りの音が聞こえなくなって…勝手に体が動いたのよ。まるで誰かが乗り移ったみたいに次々と……あんな残酷な殺し方──」

「けど、それもお前の力だ」

「─────!?」

「目覚めたのさ、〝(あかつき)の煌〟 がな」

「暁の…煌…?」

 天の煌に宵の煌…その次は暁の煌…?

 何なのよいったい、それは…?

 初めて聞く言葉を疑問符で繰り返せば、ある光景を思い出させるような言葉と答えが返ってきた。

「右手から赤い光が出てただろ? それが暁の煌──〝攻撃の力〟だ」

「攻撃…!?」

「まぁ、自分でコントロールするにはもう少し時間と経験が必要だがな。それに、この剣を通して力を貸すことはできるが、剣自体に戦う力はないんだぜ?」

「…え?」

「つまり、統治家の中で戦ったのは、お前自身の力ってことだ」

 この時、あたしはようやく分かった気がした。〝あの剣が力を貸してくれたから…〟と言ったあとに一瞬だけ見せた、あの不思議そうな顔の理由を。だけど──

「そんなの…うそよ…。だってあたしは防御法しか教えてもらってないのよ? しかも、ほんの数日だけで……攻撃をかわす事で精一杯だったのは、力を貸してくれたあんたが一番分かってるはずじゃない。それに、あの時は赤い光も出てなかったし──」

「だったら、試してみるか?」

「え…? あ…た、試すって……」

「オレに及ばないまでも、マジに戦えばそれなりの剣術が身についてるのが分かるぜ?」

 そう言ってあたしが持ってきた剣を鞘ごと取り上げると、〝ほら〟というように剣の柄をこちらに向けた。

 そんな事…あるわけないじゃない…。まともに教わってないっていうのに、それなりの剣術が身についてるだなんて…。単にからかってるだけか、もしくは意味もなくあたしを試そうとしてるだけなんでしょ…?

 あたしは、しばらくの間イオータの顔と剣を交互に見つめていた。〝信じられない〟という思いと、イオータの真意が分からなかったからだ。けれど、その目はからかうどころか真剣そのもので、否定できない恐怖が剣を抜かざるを得ない心境にさせていった。

 あたしは、躊躇いながらも差し出された柄を握った。ゆっくりと引き半分ほど刃が出た所で、イオータが一気に鞘を引き抜き、それを近くの木の根元に静かに投げ落とした。

 イオータはそれまで持っていた長い剣をしまうと、あたしと同じような短剣に替え構えた。

「行くぜ?」

 たった一言の合図を受けた次の瞬間、

 ジャキ…ン── !

 あたしはイオータの動きに瞬時に反応していた。



 どうして自分にこんなことが…!?

 少しでも気を抜けば命を落とすかもしれない。そんな状況でその事を考える余裕などなかったが、驚くことに、あたしはイオータとほぼ互角に戦えていたのだ。もちろん〝ほぼ互角〟とは言え、剣先を喉元に突き付けられた現実を見れば、彼の方が上だというのは明らかなのだが…。

 思わずその疑問が口をついて出たのは、首のすぐ横にあった剣が下ろされ、体の力が抜けるのと同時に大きく息を吐き出した時だった。

「…どうして…」

「あぁ?」

「どうして、〝ただの〟あたしにこんな事ができるの…?」

「あぁ~…まぁ 簡単に言えば、あの経験で体が覚えたって事だろうな」

「あの経験…?」

「エステルの体の中にお前の御霊が入った時だ。オレらと分かれたあと、気を失っていたエステルが目覚めただろ?」

「なんでそれを…?」

「ンなもん、クモ賊の遺体の傷を見りゃ、分かるさ」

「あ…ぁ、そうか…」

「その時、自分の意思で体は動かせなくても、意識はあったんじゃねーのか?」

「えぇ…途中からは体の感覚も戻ってきたわ…」

「──だろ? つまり、エステルの戦いを、その目と体の感覚で覚えていったって事だ」

「まさか、そんなこと…。有り得ないわよ、あれだけで体が覚えるなんて─」

「もちろんそれだけじゃムリだ。だが、似たような経験は他にもあっただろ? 自分の意識も体の感覚もあるのに、勝手に体が動くっていう経験がよ?」

「───── !」

 その瞬間、あたしの表情の変化をイオータが読み取った。

「分かったようだな? ─まぁ、力を貸したのはたった二回だが、力の目覚めた者にとっては十分だったってわけだ」

「……………」

 エステルの体に入った時の戦いと、イオータに力を借りた時の戦い…。まさか、あの経験が今のあたしに繋がってたなんて…。確かに、勝手に体が動いてた時は不思議な余裕があった…。戦う時の視野だとか、相手の動きに対してこっちがどう動けばいいかだとか…。イオータの力を借りてる時は特に、相手の動きを見ていたもの…。だけど相手はみんな男だったのよ? 力では敵わない時だってあったはずだし、そこをどうやって対処すればいいかなんて……。

 ──とそこまで考えてハッとした。

 〝押してダメなら引いてみろ、ってね〟

 ふと、倒れていく男に向かって言い放った自分の言葉が脳裏に蘇った。

 あの時って…確か、統治家の中で初めて役人の剣を受けた時よね…? 力が強くて弾き返せなくて…咄嗟に自分の剣を引いて相手の懐に入ったんだ…。計算でも何でもなかったけど、何故か一瞬…ほんの一瞬だけ前にもこんな事があったような…って思ったのよ…。もちろん、それを考えてる状況じゃなかったけど…今なら分かる気がする…。あれは偶然でもなかった……。あの動きは、エステルの体の中に入っている時に、彼女がクモ賊と戦った動きと同じだったのだ。

 説明されても信じられなかったイオータの話を、あたしは自分の記憶によって、証明された気がした。

「ま、そういう事だからよ、今度からはネオスにでも頼んでくれ」

 自分の剣をしまいながらそう言われ、半ば呆然としていたあたしは我に返った。

「…ちょ、ちょっと待ってよ。何でそこで〝だから〟に繋がるのよ? 剣術が身についてても、腕を上げる必要があるなら剣術に長けてるあんたの方が──」

「お前、オレを殺す気か?」

「え…?」

 さっきとはまるで矛盾する言葉に、一瞬、思考が止まる。

「統治家のあの一件で、ネオスの剣術の腕は分かっただろ? まだ僅かにオレの方が上だが、お互いその腕を磨く為に、毎日あいつとオレとで真剣勝負の手合わせしてんだ。そこにきて、お前の戦いっぷりに焦ったラディが更に熱くなりやがってよ…。お前まで相手してたら、オレは死ぬっつーの」

「……………」

「少なくとも、ネオスの腕はお前より上だ。オレはネオスと手合わせして互いの腕を磨き、お前はそのネオスと手合わせして腕を磨く。相乗効果も期待できるし、それで十分だと思うぜ? ──ってか、そうしてくれ」

 〝じゃねーと、マジで死ぬ〟

 そんな言葉が聞こえてきそうな最後の言葉に思わず笑いそうになったが、

「分かったわよ、そうする」

 ──と答えれば、イオータは〝よし〟と大きく頷いた。そしてあたしの鞘を拾い、〝ほらよ〟 とこちらに投げてよこした。当然のように、あたしはそれを受け取ろうと手を伸ばす。が、次の瞬間──

 ─────!!

 しばらく忘れていたあの〝闇〟が、再びあたしの視界を襲った。同時に、受け取るはずだった鞘が手先を掠め足元に当たった。

「…おい、ルフェラ!?」

 単に〝取り損なった〟と思わなかったのはさすがというべきなのか。異変に気付いたイオータが駆け寄り、伸ばしていたあたしの腕を掴んだ。それは普通なら何でもないような力だったが、視界を奪われたあたしの体は簡単にふらついてしまった。

「おぉっと…」

 瞬時にもう一方の腕があたしを支える。そして、その場にゆっくりと座らせてくれた。

「大丈夫かよ、おい? ルフェラ?」

 今度は…なに…?

 不安を感じつつも意外と冷静にそう思えたのは、あの日──統治家の外でディトールを待っている時に──〝闇〟の事をネオスに話していたからだろう。その結果、〝何故か〟という疑問はさて置き、闇の中で見えた事が離れた場所で実際に起きている事なのだとしたら、真実を知る為にも目を逸らすべきではない…という結論に至ったのだ。

「おい、ルフェ──」

「黙って…!」

 闇の中に集中したくて彼の声を遮れば、この前と同じように周りの音が聞こえなくなり、闇の中心がボンヤリと白く浮かび上がった。思わずイオータの腕を掴んでいた手に力がこもる。

 闇の中心に浮かんだ白い部分は、まるで白い煙か霧のようで、その向こうの景色をあやふやにさせていた。

 なに…そこは外なの、それとも家の中…?

 もしあの白いものが煙なら、どこかが火事になってるって事よね? だとしたら、人は…? そこにいるの?

 あぁ…もう、早く見せてよ…!

 火事だったら…という過程に少々焦りながらもそう願うと、その思いが通じたのか、次第に視界を遮っていた白いものが薄れてきた。比例して形を現してきたのは、どうやら体を折り曲げるようにして横たわっている人の姿だった。

 ま…さか……!?

 最近、人が死ぬ場面ばかり見てきたからだろうか、真っ先に最悪な事が頭をよぎった。

 うそ…よね…?

 咄嗟に、生きている証を探そうと白いものを払いのけるように手を伸ばせば、時折 何かが当たって邪魔をした。それがイオータの手だと知ったのは闇が消えたあとのことだが、その時は夢中で払いのけていた。

 焦る気持ちとは裏腹に白いものがゆっくりとなくなっていく。と、そこでようやく生きている証を目にすることができた。──呼吸をしている胸の動きが見えたのだ。

 よかった…生きてる…。

 ホッとして大きな息を吐き出せば、その息が残りの白いものを吹き飛ばすかのように消えていった。そして横たわっている人の姿がハッキリと見えた時、あたしは驚きと共に、〝また会えた〟という喜びが湧き上がってきた。

 見覚えのあるきれいな顔立ちと、金髪に近い茶色い髪。そして腰に差してあるのは、あの時に見た剣と同じものだった。

 間違いない。彼は、クモ賊に襲われたあたしを助けてくれた青年だ。

 未だ周りの景色が見えない為そこがどこなのかは分からないが、闇の中で見えるということはそう遠くない所にいるということだろう。今度会ったらちゃんとお礼もしたいと思っていたし、あれから色んな事があって聞きたい事も出てきたから、また会えるという可能性が高くなったことは素直に嬉しいことだった。

 思わず手を伸ばして起こしたくなったが、現実に彼がそこにいるわけではないため、しばしその寝顔を見つめていた。そんな時、ふと青年が何かを握っているのに気が付いた。何を握っているのかとその手をジッと見ていたら、どうやらそれは青い紙で折られた鳥のようだと分かった。

 どうして子供でも女の子でもない人が、あんな物を…?

 別に持っているのが悪いというのではなく、単に〝何でだろう…?〟という疑問が浮かんだだけなのだが、それを機に目の前の映像が砂嵐のように消えていった。そして入れ替わるように周りの景色と音が戻ってきた。

『…ルフェラ? ルフェラ、聞こえますか?』

 真っ先に聞こえたのはルーフィンの声だった。

「…あ…ルー…フィン…? いつの間に……?」

「ついさっきだ。どこにいたのか知らねーが、すごい勢いで飛んできたぜ? それより、大丈夫なのか? ほんとは普通の眩暈じゃねーんだろ、お前?」

「……………」

「まぁ…オレも前から気になってはいたん──」

「イオータは…?」

「あ、あぁ?」

 いずれネオスから話は伝わるだろうし、それより何より隠す必要もなくなった為、あたしは単刀直入に聞いた。

「突然 目の前が真っ暗になって…その中に何かが見えたりする事ってある?」

 その質問に一瞬 眉を寄せたイオータだったが、〝何かが見えた〟というのは分かったのか、すぐにいつもの顔に戻った。

「…何が見えた?」

「眠ってる男の人……クモ賊に襲われた時、助けてくれた人よ」

「助けてくれた人…?」

 あたしは〝そう〟と頷いた。

「顔を洗ったあと急に濃い霧が出てきて…クモ賊に囲まれたって話、したでしょ?」

「あ~、あの時のな。──そういや、テトラの事ばっか考えてて、囲まれたあとの話は聞いてなかったな」

「クモ賊の男に捕まって身動きがとれなかった時、突然、霧の中から空気の刃みたいなものが飛んできたのよ。その刃に当たった男は、あっという間に弾き飛ばされて…霧も刃が通った所だけ切り裂かれたみたいに本来の景色が見えてたわ」

「霧が…刃で裂けた…?」

「もちろん、またすぐに見えなくなったけどね。その霧の中に現れたのが、あたしを助けてくれた人よ。歳は十七か十八くらいだったけど、剣術はイオータに勝るとも劣らないものだったわ。本物の刃が当たってないのに弾き飛ばされた時は、何が起こっているのか分からなかったけど…今思うと、ジェイスさんがクモ賊と戦った時と同じだって気がする…」

 ──と、そこまで説明したところで、ふとイオータの様子がおかしい事に気がついた。彼には珍しく、動揺しているように見えたのだ。

「イオータ…? どうしたの?」

「あ、あぁ…いや、何でもねぇ…。それより、そいつの名前は?」

「それが…聞いたんだけど教えてくれなかったのよね」

「…そうか」

「うん…。で──」

「ほらよ、これ」

 どこか残念そうな返事に、〝でも、きっと近いうちにまた会えるはずよ〟 と続けようとしたのだが、それで話が終わったと思ったのか、落とした鞘とそこから出てきた例の石を拾い上げると、あたしに手渡してくれた。

「いつまでもこんな所に入れとかねーで、身に付けておいた方がいいぜ?」

「そうは言ってもしょうがないでしょ、留め具の部分がないんだから」

「それで奪われたらどーする気だ?」

「どうするって…そんなに欲しかったらくれてやるわよ」

「はぁ!?」

「だって、レイラさんはこれが原因で殺されたも同然なのよ? また同じように襲われて誰かが傷つくようなことがあるなら、最初からそいつらにくれてやるっていうの」

「アホか」

「ア、アホってあんたね……」

 思わぬ言葉に、その先は言い返す言葉も見つからなかった。そんなあたしに、イオータが冷静に続ける。

「あのなぁ、それを狙うヤツが現れたから教えてやるが、その石からはハンパねぇ力を感じんだよ」

「ハ、ハンパねぇ…力…?」

「あぁ。どういう力で何に作用するのかはオレにも分かんねぇが、悪用されて傷つくのが一人や二人で済まなくなったら、どうするつもりだ?」

「……………!」

「オレが分かんねーんだ。おそらくそれを奪いに来る輩もその作用は知らねーだろ。けどな、お前の力と同様、この石の力に導かれるヤツはこれからも出てくるはずだぜ?」

「…この石に…導かれる…」

 そう繰り返した直後、あたしはある言葉を思い出した。

 〝あなただったのですか、これは…〟

 〝ずっと気になっていたんです、この感覚が…〟

 あれは確か、青年があたしに言った言葉。あの時は言っている意味が分からなかったけど……もしかして、そういう事だったの…? 彼はこの石の力を感じて、その感覚に導かれてきた…ってこと?

 ううん、もしかして…なんてあやふやなものじゃない。きっと、そうだったんだわ。だからあの時、言ったんだ。

 〝これからは一人で行動しないほうがいい。特に、今のあなたには危険すぎることですから〟

 ─と。その言葉を思い出して、あたしはハッとした。

「あ…だったら、あんたが持っててよ。この中で一番剣術に長けてて力も使えるんだから、あたしが持ってるより──」

「それはお前のだ。荷物を持ってやるくらいはどうってことねーがな、そういう力の宿ったモンは、決められた者以外、持つべきじゃねーんだよ」

「でも…これはもともとあたしのじゃない。たまたま森で見つけて──」

「だとしても、だ。それを手にしたのなら持ち主はお前だ。いいか? 時として、〝物〟が〝持ち主〟を選ぶ時がある。特にこういう強い力の宿った物はな。つまり、お前が持ち主として選ばれ、持ち主になるよう導かれた…ってことだ」

「……………」

「とにかく、布に包むか何かして腕にでも結び付けておけ、いいな?」

「……………」

 〝肌身離さず身に付けていろ〟 というその言葉に、あたしはすぐに返事ができなかった。そんな、〝身に付ける方法を教えてくれてありがとう〟という気持ちよりも、このイオータに〝ハンパねぇ〟と言わせる力が宿っている石を自分が持ってなきゃいけない、更には奪われたらいけないだなんて…その事の方が、ずっと責任が重く不安だったからだ。

 そんなあたしの気持ちが分かったのだろう。イオータは、〝しょうがねぇな…〟とばかりに大きな溜め息をついた。

「大丈夫だ、心配すんな。理由はどうであれ、それを狙ってくるヤツがいるっていうのはみんな知ってんだ。お前を一人にはさせねーし、いざって時は結界でも張ってちゃんと守ってやるからよ。オレらを信じろって」

 そう言うと、不安で俯いているあたしの頭をクシャッと掴み、わざとなのか、少々 荒っぽく撫でた。それはまるで子供を諭すような態度で…普段ならカチンときて、この荒々しく撫でる手を払いのける所なのだが、それ以上に嬉しいと思う気持ちが込み上げてくるのは、やっぱりあの言葉が引っ掛かっていたからだろう。

 〝聞く相手を間違えたってことだな〟

 そう突き放されて、あたしの中でイオータには頼っちゃいけないと思うようになった。ましてや、ネオスと同じような優しさを期待するなんて…。だからなのか、〝守ってやるから、信じろ〟なんて…初めてとも思える優しい言葉と手の温もりに、嬉しさのあまり涙さえ浮かんできそうになったのだ。けれど、あたしはそんな込み上げてくる涙と感情を飲み込むと、悟られないよう敢えて強気な口調で念を押した。

「もしその言葉がウソだったら、アッサリと敵にくれてやるわよ?」

 そんな言葉にイオータは一瞬 ア然としたが、すぐに〝あぁ、いいぜ〟と余裕の笑みを見せた。その表情につられてフッと力が抜ければ、あたしは今更ながら〝結界〟という二文字にそれまで忘れていた疑問を思い出した。

「ねぇ、そういえば…無の結界ってなんなの?」

「あぁ?」

「ほら、前に見せてくれたでしょ。殺気が気になって眠れなかった時……あれとはまた違うものなの?」

「あ~…まぁ、作用がな」

「作用?」

「使う力の組み合わせで、作用の違う結界を作り出せるんだ。無の結界は大地の力である〝地の煌〟を使って作り出す。その力で作られた結果は、言葉の通りその部分だけ〝無〟……つまり、無くなるってことだ」

「無くなるって…」

「まぁ、実際に無くなるわけじゃねーけどな。結界を張った者や、張った本人が許した者以外には、その空間が〝ないもの〟として映るってことだ。そうだな…例えば、お前がその結果の中にいて、敵が目の前を歩いていたとするだろ? お前には敵が見えるが、相手にはお前の姿は見えない。もし敵が左から右へ横切ったなら、消えた空間の部分だけ瞬間移動したみたいになるんだ。それが〝無の結界〟の作用ってわけだ」

「……………」

 まだ、信じられない…という気持ちがないわけでもないが、この非現実的な事が自分にとって〝普通〟になりつつあるのは事実で…。〝そうなんだ〟と口には出さなかったものの、心の中では〝結界にも色々あるんだ…〟と感心している自分がいた。そして、

「ちなみに、あの〝印〟はお前らが分かるように付けただけで、それ以外の意味はないぜ」

 ──と付け足したイオータの言葉に、あたしはようやく〝あぁ、そうなの〟と答えていた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ