BS4 生存するもう一人の共人
タウルと共にルシーナの家に戻ってきてから二日目の夜。
ルフェラの様子がどこかおかしいと気になりつつも、それ以上にルーフィンの様子が気になっていたネオスは、夜中、彼を外に連れ出した。
階段に腰掛け、どうかしたのかと聞いてはみたものの、そこから見える月をジッと眺めるだけで、なかなか喋ろうとしない。それでもネオスは信じていた。
〝ルーフィンならちゃんと話してくれる〟
──と。
案の定、しばらくするとルーフィンが重い口を開いたのだが、それは、今までの出来事とはまるで関係ない質問から始まった。
『ネオス…神への口付けが許されない理由は知っていますよね?』
『あ、あぁ…もちろん。神を汚すことになって力が失われる、だろう?』
『そうです。では、神が与える口付けが特別な事の理由は?』
『………?』
改めて問われ、ネオスは今更ながらその意味を知らないことに気付いた。〝いや…〟 と首を振れば、ルーフィンは 〝そうでしょうね…〟 と小さな息を吐き出した。そして、このあと聞かされた内容が、ネオスでさえ聞かなければよかったと思う衝撃の事実になろうとは…。
『いいですかネオス、よく聞いてください』
ルーフィンはそう言うと、次の言葉の重要性を伝えるように一呼吸置いた。
『神からの口付けは、新たな命を与えられる事を意味します』
『新たな…命…!?』
『つまり…生前、神に口付けされた者は、一度死んでも再び生き返るという事です』
『────!!』
『分かりますか、それが何を意味するのか…』
『ま…さか…共人が……ルフェラの本当の共人が生きている…!?』
ネオスの答えに、ルーフィンがスッと目を伏せた。
『…えぇ、間違いありません』
『────!!』
〝多分…〟 ではなく、〝間違いない〟 というルーフィンの言葉に、ネオスは愕然とした。
(本当の共人が…生きて…いる…? まさかそんな……だとしたら、いったい自分はどうすればいいというのだ…? 共夢を見るまでにもなった、自分の存在理由はいったい…? まさか、彼と再会するまでの繋ぎだとでもいうのか…?)
最後までルフェラの傍にいられない可能性が浮上し、さすがのネオスも動揺を隠しきれなかった。彼にとってそれは、共人としての存在理由と同じくらい失いたくないものだからだ。
そして、あと少しでも無言の状態が続けば、最悪の言葉を心の中で呟いていたであろうその時、
『…殺してください』
感情を押し殺したようなルーフィンの声が聞こえ、その言葉にネオスが驚いた。
『ルー…フィン…?』
『もしもの時は…ネオス、あなたがその共人を殺してください』
『ルーフィン…何を──』
『主君の命を守るという点では、彼は既にその使命を果たしました。本来、生きているべきではないのです』
『でも、ルフェラを守る共人なら──』
『ルフェラの今の共人は、あなたです。彼ではありません』
『……………!』
『それに、これからは特にあなたの存在が必要になってきます。本人はまだ気付いていませんが、封印された過去の記憶が解かれつつあるのですよ』
『過去の記憶が…もう…!?』
『はい。初めてクァバナを食べた時、本来の共人と木苺を採っている記憶を思い出していました。ルフェラはその共人をネオスだと勘違いしていましたが…あれは、間違いなく封印されたアルティナとしての記憶でした』
『そんな……』
『あの時が初めてなのか、それとももう少し前から封印が解かれ始めたのかは分かりませんが…とにかく、その記憶に疑問を持つのも時間の問題です』
『……………』
ネオスはもう、それ以上何も考えられなくなっていた。
本当の共人が生きている事も、もしもの時は彼を殺すよう言われた事も、更には──覚悟をしていたとはいえ──封印された記憶がこんなにも早く解かれつつあるとは…冷静でいるにはあまりにも衝撃が大きすぎたのだ。
ルーフィンは、そんなネオスを叱咤激励するかのように、再び同じ言葉を繰り返した。
『ルフェラの今の共人は、あなたです。それを忘れないでください』
そう言うと、誰かがやってくる気配を感じたのか、スッとネオスから離れていった。そして入れ替わるようにやってきたのは、イオータだった。
「シビレたぜぇ?」
「え…?」
「 〝鏡矢の技〟 さ」
イオータは矢を射るマネをしてから、ネオスの隣に腰掛けた。
「二本の矢を同時に射ることで、まるで鏡に映ったように見える事からその名が付いたんだってな?」
「あ、あぁ…」
「正確に的を射るには、風と距離と角度を一瞬のうちに判断しなきゃなんねぇ。もう何年と弓を握ってなかったっていうのによ…大したもんだぜ」
「ルフェラが教えてくれたからね…」
「予知夢、か」
「あぁ。それで不安が消えた」
「弓を作ったのは偶然か、それとも計算か?」
「どっちも、かな。ルーフィンにシニアの時の事を聞いてたから、夢を気にするようにはしてたけど…」
「話の流れで変に思われず弓作りができたのは、偶然だったってわけか」
ネオスは頷いた。
「でも弓に付けた赤い紐を見た時のルフェラの反応が気になってね…その時に、もしかしたら…っていう思いが強くなった」
「そうか、いい心掛けだったな。けどまぁ、これであいつも二度の予知夢を経験したんだ。お前と同じくらい、自分の夢を気にするようにはなるだろ」
「あぁ…」
「それはそうとよ…ルシーナの母親を殺したヤツを殺ったのは、本当にお前か?」
聞いたのはミュエリからで、あの時の状況から言ってその説明には疑問を持っていたのだ。もちろん、隠すつもりはないため、ネオスも 〝いや…〟 と首を振った。
「やっぱな…」
「僕が行った時には、既に酷い状況だったよ…。ルフェラの意識はあったけど動けない状態だったから──」
「暁の煌、か…」
「…多分ね。ジェイスさんがクモ賊を罰した時の状況とよく似ていた…」
「なるほどな」
イオータは両手を後ろについて空を見上げた。
「どうりで全く通じなかったわけだ」
「通じなかった…?」
「あぁ。剣を通じてあいつに力を貸していたんだが、ルシーナが母親のいる方向に走って行ったのを機に通じなくなった。おそらく、自分の意思で動いたから途中で切られたんだろうが…そのあと何度 試してみても跳ね返されるように通じなくてな。こりゃ、何か別の事が起きてんな…とは思ってたんだけどよ…そうか、とうとう暁の煌が目覚めたか…」
「あぁ…。でも、まだ自分の意思じゃないと思う」
「だろうな。けど、そうすっと…今以上にお前の 〝支え〟 が必要になるんじゃねーのか?」
敢えて、〝もう黙っているわけにはいかないだろ〟 と含みを持たせて言えば、ネオスは組んだ手を口元に当てたまま、吐く息にその返事を乗せた。
「…言ったよ」
その返答に、イオータが素で驚く。
「マ…マジでか!? いつの間に!?」
「ルフェラが動けなくなってた時…その時に宵の煌を使った…」
「意識がある状態で…か…」
「あぁ。だから、レイラさんのお葬式が終わったその夜に少しだけ…流石に、僕が共人だとかルフェラが神だとか…そういうのは言えなかったけど、同じ力を持っているってことは話したよ」
「…は…はは…そうか…。なんか、オレのいない間に随分と前に進んだな」
「そうでもないよ。僕はまだ、扉を開けただけだ…。ただ……」
「ただ…?」
「ここから先は、意思とは関係なく前に進まざるを得なくなった…」
扉の向こうに広がる、ネオスだけが知る事実。
ネオスを頼りやすくなった分、ルフェラもその事実に近付く事になる。時には本人が望む望まないとに拘らず、封印された記憶が戻ることで苦しむことにもなるのだろう。その時にどれだけ自分が冷静でいられるのか、どれだけルフェラを支えていられるのか…そして何より、ルフェラはいつまで自分を頼ってくれるのか…。それを考えると、今更ながら告白した事を後悔してしまうほどなのだ。
ネオスの背負っているものがどれほどのものか…。それはイオータの想像を遥かに超えていることなのだろうが、同じ共人として、彼が抱く苦しみや不安を理解することはできた。
イオータは 〝そうだな…〟 と呟くと、〝背負っているものの少しでも…〟 という思いから、ある事を口にした。
「なぁ、ネオス…。前によ、ルフェラは自らの手で守るべき村を滅ぼした…って言ったよな?」
「あぁ…」
「初めてルフェラを見た時に言ったエステルのあの言葉……あれが本当なら、つまり…ルフェラは守るべき村の住人を皆殺しにしたってことだ、違うか?」
その質問に、ネオスは 〝その通りだよ〟 と苦しそうに頷いた。
(やっぱそうか…。共人の死が原因だとすれば、悲しみや殺されたという怒りから我を失って暴走したと考えてほぼ間違いない…。それがまだ九歳だったっていうんなら、自分の力もコントロールできねーだろうしな。けど…)
イオータはその続きを声に出した。
「だとしたらよ、やっぱ理解できねーのは、〝何で守るべき村を滅ぼしてもなお、力が目覚めるのか〟 ってことだ。本来 守るべき村はひとつのはずで、それを失ったからって、新たに守るべき村ができる…なんて言うのは聞いた事がねぇ」
「…つま…り?」
「つまり、だな…。オレなりに考えて辿り付いたあるひとつの可能性があるんだが……」
〝可能性…?〟
ネオスが無言で繰り返す。
「その村の誰かが、まだどこかで生きてんじゃないかってことだ」
「────ッ!!」
「まぁ…信じらんねーかもしんねーけどな。そう考えれば──」
「…っぱり…そう…なのか……」
「ネオス…?」
〝やっぱり…〟 とはどういう事なのか。予想外の返答に驚きその疑問を続けようとすれば、その理由を口にしたのはネオスの方が早かった。
「…さっき…ルーフィンから聞かされたんだ……ルフェラの本当の共人が生きてるって……」
「な…にぃ!?」
自分が導き出したひとつの可能性だったにも拘らず、生きているのが本当の共人だとは思いもよらず…イオータは一瞬、言葉を失った。
「生前、神に口付けされた者は…新たな命を与えられて……一度死んでも…再び生き返るって……」
「…ぁ…あ、おい、ウソだろ…?」
ネオスは首を振った。
「それが…神からの口付けが特別だと言われる理由らしい…」
「……………」
ルーフィンから聞かされた時のネオス同様、流石のイオータもそれ以上は言葉が出てこなかった。
(どう…なってんだ、いったい…? 本当の共人が生きてるなんてよ……だったら、共人の証である共夢までみたネオスの存在はどうなるってんだ…!?)
何がどうなっているのか、そしてこれからどうなっていくのか……全く予想できない未来に恐れさえ感じた二人は、しばらくそこから動けなかった─
一方その頃──
遠く離れた小さな村では、一人の男がある者の報告を心待ちにしていた。もうそろそろ着く頃だと寝ずに待っていると、案の定、部屋の扉を叩く音がした。
「失礼します」
白く柔らかな服を身にまとい入ってきたのは、銀色の長い髪を後ろで緩く束ねた二十代半ばの男性だった。
「どうだった?」
「えぇ、記憶はまだ戻っていません。力も目覚めたばかりで、自在に操るどころかその存在にさえ戸惑っている状態です。けれど、それも時間の問題かと…。未だ秘められた彼女の力は、私でさえ計り知れません。アレを奪うなら早い方がいいかと思いますが?」
〝彼女〟 をよく知っている者の言葉ゆえ、それに従った方がいいのだろうが、男はしばし考えてから、小さく首を振った。
「いや、まだだ。もともとオレの目的は、アレを奪うことだけじゃねーからな」
「えぇ、分かっていますよ。その為に、私がいるのだということも」
「あぁ、そうだ。──よし、今日はもういいぞ。部屋に戻ってゆっくりと休め」
「はい、では…」
そう言って軽く頭を下げ扉に手を掛けた所で、銀髪の男性が 〝あぁ…〟 と何かを思い出したように振り返った。
「そういえば、あの力を見ましたよ。あの日、あなたから全てを奪ったという、あの力を」
「……………!」
「片目のギル以外は、あっという間に全滅…。私も初めて見ましたが、恐ろしい力でした…」
「あぁ、そう…だろうな」
男は呟くようにそう言うと、何かに耐えるように拳をギュッと握り締めた──