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女神伝説  作者: Sugary
第六章
95/127

13 シーヴァの願いと変わる街

 息子を次期統主にするというシーヴァの計画は、皮肉にも自らの手で息子の命を奪った事により潰えてしまった。

 ハルトが言い残した 〝父上の願い〟 とは何なのか…。

 イオータが最初に言ったあの言葉が思い出される。

 〝シーヴァの目的は息子を次期統主にするだけじゃないようだ〟

 息子の名前を呼び続けるシーヴァの声を聞きながら、あたし達は、その目的がオークスに対する復讐でなかったという事だけはようやく分かった気がした。

 そんな中、真相に繋がる弱々しい声が聞こえた。

「…父…上……」

 それは、ティオの声だった。

 オークスがハッとして彼を抱き上げる。

「ティオ──」

「父上は…なぜ街の人を信じないのですか…。なぜ、信じようと…しなかったのですか…」

 その口調は、父親を責めているものだった。

「ティオ…?」

「おじい様は…最後までこの街の人達を信じていました…。体にいいと渡された薬草も信じて飲んでいたのです…」

「だが、あれは──」

「あれは…本当に体にいい薬草でした…。ただ…どんなにいい薬でも…飲み方ひとつで悪く作用してしまうことがあるんです…」

「で…は…飲み方が悪かった…というのか…?」

「おじい様は…それを…調べていたんです…自分の体を使って…」

「な…に!?」

「体の調子が悪くなった時…すぐに、その薬草が原因だと分かったそうです…。もちろん、体にいい事も分かっていました…。ただ…飲み方を間違えれば、街の人も自分と同じようになると…それを心配して……だけど…それを調べるよう指示を出せば…立場上…薬草を持ってきた人に責任が及んでしまう…。それを避けるために…自分で調べようとしたんです……」

「まさか…そんな……」

「…おばあ様が亡くなる前日……おばあ様は僕とハルトさんを枕元に呼んで…その事を話してくれたんです…。おじい様が亡くなって……父上は人を信じようとしなくなった…だから、本当の事を言っても信じてくれないと…。それで…僕たちに頼んだんです…結果的にどちらが統主になっても……薬草の研究を許可するようにって……」

「────!!」

 その言葉に驚いたのは、もちろんオークスだけではなかった。

「…では……最初からそのつもりだったと…?」

 シーヴァの問いにティオが頷けば、〝なんという事だ…〟 と更に肩を震わせた。その言葉に、誰よりも先に気が付いたのはミュエリだ。

「もしかして…あなたの願いってこれだったの…? 息子を統主にして、薬草の研究を許可させる……それがあなたの本当の目的……願いだったってこと…?」

 ミュエリの質問に、シーヴァはハルトをギュッと抱き締めた。〝そうだ〟 という明確な答えではなかったが、誰もがそれと分かるものだった。と同時に、あたしは彼が言った 〝どちらの味方か〟 という意味も分かった気がした。あれは、ルシーナ達とシーヴァのどちらの味方か…ではなく、薬草を拒否する考えのオークスとそれを研究しているルシーナのどちらが正しいと思うか、という質問だったのだと。

 事実を知れば、それまでシーヴァに対して抱いていた怒りが切なさに変わっていく…。だけど、更に怒りを露にしたのはラディだった。

「──ンだよ、それ!? ふざけんなよ!? 最初っからそれが目的なら、何でそう言わなかったんだよ!? こいつと殴り合ってでも、その想いをぶつけりゃよかったじゃねーか!! 何が自分の息子を統主にするだよ…? だいたい、こいつはそれを望んでなかったじゃねーか……お前の勝手な考えで……結局、大事な息子が犠牲になったんだろーがよ!!」

 ラディはたまらず、下に落ちていた剣を足で蹴飛ばした。それでも怒りは治まらず、

「…くっそ…どいつもこいつも、子供の将来 勝手に決めやがって…!」

 ──と吐き捨てるように口にしたのは、おそらくディトールの父親の事を思い出したからだろう。そんなラディの気持ちを受け止めつつ、ミュエリが続けた。

「そうよね…ラディの言う通りだわ…。誰かがちゃんと人の話を聞いていれば…誰かがちゃんとその想いを伝えていれば、こんな事にはならなかった…。その子が死ぬこともなかったのよ…。でも今は、あなた達を責めてる場合じゃない…」

 そう言うと、シーヴァの前で立ち尽くしているルシーナの両腕を掴み、膝をついた自分の方に向かせた。

「ルシーナ…教えて、解毒草はどこにあるの?」

「……………」

「このままだと、ティオも、あのお母さんも死んじゃうわ…。お願いだから教えて、ルシーナ」

「……い…やよ…」

「ルシーナ、お願いだから…あなたのお父さんもお母さんも、誰かを救うことを願ってたんでしょう?」

「……そんな事したって…ムダだもん……」

「ル──」

「なぁ…頼む、ルシーナ」

 説得にラディが加わった。

「お前がこの男を憎んでんのはよく分かる。今でも殺したいほど憎んでるっていうのもな…。その相手に向けた刃を下ろすなんてよ…マジ、尊敬したぞ、オレは」

「……………」

「けど…ティオもあの母親もあいつがした事は何も知らなかったんだ…。それでも、唯一 自分が入れ替わった事を知ったティオは、あんな弱っちぃ体で、入れ替わったもう一人の命を救おうと捜し回ってたんだぜ…? なぁ、ルシーナ…あいつらこそ、お前の手で救ってやってくれよ、な?」

「……そんな…必要ない……」

「必要ないってよ…ルシーナ──」

「言ったでしょ! そんな必要ないの!! 今ここに解毒草があったって、意味がないんだから!!」

「は…? い、意味がないって──」

「どういう…事、ルシーナ…?」

「……………」

「まさか…もう手遅れっていうんじゃ──」

「 〝飲んだのは毒じゃない〟 ──そういう事でしょ?」

 あたしは、彼女の言葉と死の光が見えないという事実から導き出した答えを、静かに口にした。その答えに驚いたのは、あたしと同じ理由で推測したであろうイオータやネオス以外の、ほぼ全員。けれどその中に最も驚くべきはずのシーヴァが入っていなかった。その姿を見て、あたしはもうひとつの事実を知った気がした。

 彼はあれが毒でない事を知っていた。最終的には刃を向けたけど…本当はルシーナと同じで、最初から二人を殺すつもりなんかなかったのだ、と。

「毒じゃ…ないって……ほ、ほんとなのか、ルシーナ!?」

「そうなの、ルシーナ!?」

 二人に詰め寄られ一瞬口を閉ざしたが、もしそうであるなら、今にも抱き締めると言わんばかりの雰囲気に、ルシーナは少しバツの悪そうな顔をして答えた。

「…単なる食中毒よ…即効性のある……死ぬような毒じゃ──」

「ルシーナ!!」

 案の定、最後まで言う前に、ルシーナはミュエリに抱き締められてしまった。ラディも思わずホッとしたようにその場に座り込み、オークスはティオと妻のエルミアを抱き締め、ルシーナに感謝の言葉を繰り返した。

 そして、しばらくしてルシーナが呟いた 〝もう、帰る…〟 という言葉に、あたし達も静かにその場を去ろうとしたのだが……。

「ま、待ってください…」

 呼び止めたのはティオだった。

「僕も…一緒に連れていってください…」

「え…?」

 そう言うと、抱き締める父親の腕から必死に離れ、その場で手をついた。

「…ち、父上…僕は…統主にはなれません…」

「…………… !」

「統治家の人間でないと分かった以上…それを隠してまで統主にはなれません…。もともと…その役目を果たせるほど強い体でもないですし…。だから、お願いがあります、父上…。薬草の研究を許可し、僕をルシーナさんの所に行かせて下さい…。彼女と一緒に…薬草の研究がしたいんです…!」

「ティ…オ……」

「もちろん…彼女が許してくれれば…の話ですけど…」

 ティオはそう言って、ルシーナに許しを求めた。当然すぐには答えられなかったが、考える時間を与えるかのように、ラディが話を続けた。

「けど…統治家はどうーすんだよ? お前が継がないっていったら、誰がこの街を統治していくんだ?」

「…それは…街の人です…」

「街の人…?」

 ティオが頷いた。

「…統治する力があるなら…僕は…家系なんて関係ないと思っています…。僕が跡を継げないと言った事と矛盾してるとは思いますけど……でも、この街に住むなら…統治するのに相応しい人を…この街に住む人たちが選べばいいと思うんです…。きっと…きっと、その方がずっとよくなる……そう思いませんか…?」

 最後の質問はどちらかと言えばオークスに向けられていた。流石に即答はできず、黙って俯いただけだったが、反対する権利などない事はオークス自身がよく分かっていることだ。黙って俯いたのは、ある意味、彼の言葉を受け入れたという返事なのだろう。

「──ってゆーことらしいけど、どうする、ルシーナ?」

「……………」

「 〝ぜってぇ、嫌だ〟 って言うんならしょうがねーけどよ…オレは──」

「…嫌よ…」

 ラディの言おうとした事が分かったのか、ルシーナはそれを遮って拒否した。

「ティオと一緒だなんて、絶対に嫌…」

「そ、そうか……」

 強い口調に、みんなの顔が一斉に曇る。けれど、ルシーナは 〝でも…〟 と続けた。

「でも…?」

「…ティオは嫌だけど、タウルとならいい…」

「──── !」

 さすがに、その展開にはあたしも頭が下がった。

 本当に、なんて強い子なんだろう…。なんて素晴らしいのよ、あんたって子は…。

 思わず抱き締めたくなって手を伸ばしたのだが、それはラディの方が一瞬だけ早かった。

「うおぉ~!! お前ってやつは、ほんとすげーなっ!! オレはもう…感激してよ…くそ…涙が出てくるじゃねーか!!」

「ちょ、ちょっと…おにいさん…痛いって…放してよ……」

「お…? あぁそうか、わりぃ、わりぃ…。あんまりお前が愛しく思えたからよ、つい、な? それとティオも…あ、いや…タウルもよかった──って、あれ?」

 ラディと同じくあたしもふとタウルに目をやったのだが、さっきまで地面に手を着いていた場所にタウルの姿はなく、慌ててキョロキョロと辺りを見渡せば、既にイオータが抱きかかえてあたし達の傍に立っていた。

「は、はぇーな…お前…」

「そうか?」

「あ…あぁ…ははは…ま、いっか。早いとこ、クァバナのおっちゃんに知らせて、安心させてやろーぜ」

「あぁ。──って事で、行くぞ?」

「おぅ!」

 残されたオークスたちの事が気にならないと言えばウソになるが、これからの生き方を決めたのはティオ…ううん、タウル自身だもの。自分の手で運命を狂わせた代償がこの結果ならば、彼らはそれを受け止めるしかない。

 そう思い彼らに背を向けた直後、

「なぁ、あんたらよ?」

 何かを思い出したようにイオータが振り返った。

「 〝子供は宝だ〟 って言われてる理由、知ってるか?」

 その質問に、オークスたちが顔を上げた。が、誰もすぐには答えられなかった。その姿にイオータが溜め息交じりに答える。

「神はな、その家族にとって宝となる子供を授けるんだ。男であろうとなかろうと、健康であろうとなかろうと、それはその家族、延いては家系にとって必要な存在になる。オークス家に男の子が生まれなかったのは、こうなることを避けるためだったんだ。分かるか?」

「いや、分かんねぇぞ?」

 即答したのはラディだった。

「あのな…」

「なんだよ?」

「いや、何でもねぇ…。つまり…だ、男の子が生まれたらハルトを次期統主にしようと、こんな争いが起きるって事だ。単なる権力争いでも起きるんだ、兄弟で意見の相違があるんなら尚更だろ? それを避けるために神はオークス家に女の子を授けたんだ。そうすれば、必然的にハルトが跡を継ぎ、争いはもちろん、統治家も途絶える事はなかったんだからな。けどオークスさん、あんたはその神が与えた現実を受け止めなかった。薬草の研究を許可されたら…という恐れから、無理やりその現実を変えようと子供を入れ替えたんだ。分かるか? 現実を受け止めてさえいれば、ハルトも命を落とす事もなかったってことだ」

「──── !!」

 十分に後悔し、苦しんでいるオークスに対してキツイ言葉だとは思うが、それもまた事実であり、受け止めなければいけないことなのだろう。

 現実を受け止める事がいかに大事なことか、そしてどんな子供であれ、その子供は自分たちにとって宝であることを痛感させられる、そんな言葉だった。

 イオータは、〝とにかく、生きて償うことだ〟 とだけ言い残すと、一人さっさと歩き出した。言葉自体は冷たく感じるものだが、その口調はどちらかと言うと応援しているように聞こえ、それはきっとオークスにも伝わったことだろう。地面に頭を付けながら肩を震わすオークスを見て、あたし達も静かにその場をあとにした。

 予想外だった内情や結末に驚きはしたものの、十三年前から始まった問題は全て解決され、あたし達はみな一様にホッとしていた。けれどオークス家の門を出た所で、あたしはまだ問題がひとつあったんだ…と思い出し、ふと立ち止まった。しばし、問題解決に向けて考えてみる──

 そして思ったより早く解決方法が浮かんだあたしは、ラディを呼び止めた。

「ねぇ、ラディ?」

「お? おぅ、何だ?」

「ひとつ、頼まれてくれない?」

「………?」

「あたし、ここで待ってるからさ…ディトールのところに行って、本当に薬草の研究がしたかったらここに来るよう伝えてくれないかな?」

「は…? 今…からか?」

「うん。ただし、許可が下りたとは言わないでよ」

「言わないで…ってよ…そんなんじゃ、来たくても来れねーんじゃねーか?」

「そうよ。殺される…って思ってるのよ?」

「来るわよ、本当にその気があれば」

 自信を持って答えた言葉に、みんなの顔から 〝どういうことだ?〟 と疑問の声が聞こえてくる。

「け、けど…あの親父が許すわけねーぞ?」

「えぇ。でも、決めるのは本人よ。本人が死を覚悟して選んだ道なら、親は何も言えないわ。それが間違っていないと思うなら尚更。心配しながら我が子の安全と幸せを願う事しかできないものなのよ」

 あたしは、ルシーナの母親が言った言葉をそのまま繰り返した。

「それでも反対して、無理やり自分が敷いたレールを歩かせようとするなら……」

「…するなら?」

「──そんな親、ブン殴ってやればいいわ」

 〝どう?〟 と笑顔でそう言うと、一瞬 思わぬ言葉に驚いた顔をしたが、すぐに 〝ははは…〟 と笑い出した。

「なぁ~るほどな、そういう事か。──よし、分かった。足も治ったし、一回くらいは思いっきりブン殴ってやりたかったしな。任せとけって」

 〝ブン殴る〟 というその拳で胸をドンと叩くと、それまでの鬱憤を晴らせる嬉しさからか、ラディは足早にディトールの家へと向かっていった。その小さくなるラディの姿を眺めながら、イオータが面白そうに呟く。

「──で、殴れると思うか?」

「なに? 反対にやられるかも…ってこと?」

「まぁ、その可能性もあるが…今のあいつならやられたりはしねーだろ。それより、殴る必要がなかったら…と思ってな」

「それならそれで、いいんじゃない? どっちにしろ、ラディには満足する結果なんだから」

「そりゃ、そーだな。──よし、ンじゃ、オレらは先に戻ってるからよ。ネオス、お前はルフェラと一緒に待ってるんだろ?」

「…あぁ」

「じゃ、あとでな」

 無言で 〝うん〟 と頷き彼らを見送ると、あたしとネオスは 〝この一件が終わったら、ゆっくりと話そう〟と言った事について少しだけ話しながら、ディトールが来るのを待ったのだった──




 それから数日が経ち、タウルの体調が元に戻った頃、統治家から発表されたある内容に街中が大騒ぎになった。その内容は、数日前に約束した統治家系の廃止と薬草の研究を許可する内容で、新たな統主の選出方法から役人制度の見直しなども掲示されていた。

 薬草の研究はルシーナ、ディトール、タウルが中心となり、主にルシーナの家で行われることになったのだが、のちにシーヴァも独自の研究していたことが分かり、その資料や集めた薬草を提供すると共に、研究場所として自宅なども開放されるようになった。もちろん、全面協力するというオークスからの申し出もあり、最初は悩んでいたルシーナだったが、〝全てはみんなの為〟 と割り切ることにし、その申し出を受けることになった。


 街は、あの出来事で変わり始めた。

 十三年前、オークスによって狂わされた幾人かの運命と時代の歯車。その代償は大きかったが、それを受け入れた事で本来あるべき街の方向へと進み始めたのだろう。

 そんな街の変化を感じながら、あたしもまた、あの日から新たな感覚に襲われるようになっていたのだった──

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