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女神伝説  作者: Sugary
第六章
94/127

12 滅びへの道

 ラディの剣術はあたしの想像を遥かに超えていた。

 イオータの力で全員を倒すにしても、とりあえずは敵の分散と時間稼ぎが必要になる。それをラディに期待したのだが、いざ剣を交えてみたら、二人相手に押されるどころか互角に戦い、更にはラディの腕の方が僅かに上回っていたのだ。

 いくら剣術に長けたジェイスに教わったとはいえ、その期間は数週間。朝から日が暮れるまで練習したとしても、果たしてここまで上達するものだろうか。しかもついさっきまで足が痛くてまともに歩けなかったラディの動きではないのだ。──となれば極自然に浮かぶのは、独自に練習していたという結論で…あたしは驚くと共に素直にラディを見直していた。

 イオータの力に次いで、ラディが最後の一人を倒したあと、ちょうどルーフィンに導かれるようにネオスがやってきた。死なないと分かっていても、相手にした人数が人数だけに、彼の無事な姿を見た時は正直うっすらと涙が浮かんだほどだ。

 あたしはミュエリに説明したのと同じ事をネオスにも伝えると、白い二本線のついた木を探し出し、イオータの所まで続くその印を辿っていった。



「イオータ、ミュエリ!」

 その先に二人の姿が見え、思わず──けれどできるだけ声を抑えて──二人の名を呼べば、振り向いたミュエリの顔が分かり安いくらいホッとして緩んだ。

「よかった…みんな無事で──」

 そう言ったものの、すぐに元の顔に戻った。

「お、遅かったじゃない」

「あら、信じてたんじゃないの?」

 本当に遅いと思っていたのではなく、心配してた事を隠す為の言葉だというのは明らかで、故にあたしもいつも通りの受け答えをした。

「そんなの…あなたが裏切るかもしれないでしょ、誰かさんの約束と同じで」

 そう言いながら 〝誰かさん〟 に視線を移せば、今までの違いに気付き驚きで眉を寄せた。

「ラディ…あなた足は…?」

「あ…? あぁ、これな。すげーだろ?」

「すげーって…」

「治ったんだよ」

 全然痛くない事をアピールするかのように、ラディがその場で何度も足を動かして見せた。

「うそ…そんなこと…だってさっきまで痛くて立ってられなかったじゃない。あなたまたムリしてるんじゃ──」

「だぁ~、うっせぇーなぁ。ほんとに治ったって言ってんだろ?」

「でも…」

「きっとアレだ。火事場の何とかってやつだろ? 人間ピンチになったら普段にはない力が出るって言うし、オレの場合、ケガを治しちまったんだな、うん」

「……………」

「どっちかってーと、誰かさんに対する愛情が勝ったんじゃねーのか?」

 平気で足を動かしているのを見ても信じられないミュエリの代わりに、そんな上昇気流を与えたのはイオータだった。当然の事ながら、ラディがその上昇気流を捕まえる。

「おぉ~! イオータ、お前いい事言うじゃねーか! そう、それだ、それ! ぜってぇ、間違いねぇ!! 病気もケガもなんのその! ルフェラに対するオレの愛情は、なにものにも勝るってことだな、うん。──っておい、聞いたか、ルフェラ?」

 余計な上昇気流を…と思いつつも、わざわざ上機嫌のラディを地に落とす必要もないわけで…あたしは少々引きつった笑顔で 〝はいはい…〟 と頷くと、早速イオータへ話を戻した。

「さっきはありがとう。──で、話は?」

「あぁ、ミュエリから聞いた。こっちも少し前から妙に慌しくなってきたから、何かあるとは思ってたんだが…それで納得した」

「多分、シーヴァはルシーナの正体を知ってるわ。違う?」

 調べていたのならそれくらいは把握しているだろう…と確認すれば、案の定イオータは頷いた。

「それと、薬草を扱ってるって事もな」

「じゃぁ、ティオの父親…オークスさんを毒殺して、その罰としてルシーナを殺そうと…?」

 シーヴァにとってルシーナを殺す理由はどちらでもいい。現統主の本当の子供という理由でも、毒殺者という理由でも。ただ、主権交代時の 〝過程〟 を正当化し、街人の支持を得るには、後者を選ぶ可能性が高いと思ったのだ。が──

「まぁ…直接、父親の仇としてオークスを殺させるよう仕向ける可能性もあるが、毒殺させるならオークスではなく、ティオかその母親だろ」

「──── !?」

 思わぬイオータの推測に、ここにいるみんなが驚いた。

 一瞬、言っている意味さえ分からなくて言葉も出なかったのだが、ようやく 〝どうして?〟 と聞き返そうとしたところで、ラディの方が僅かに早かった。

「なん…でだよ…? そりゃ、シーヴァにとってオークスや次期統主のティオが邪魔なのは分かるけど、母親はカンケーねーだろ? それに…ルシーナが殺したいと思ってんのはオークスなんだから、命令されたって二人を毒殺しようなんて──」

「直接手を下さなくても、毒草が何なのかを聞きだす方法はいくらでもある。それに、シーヴァの目的は息子を次期統主にするだけじゃないようだ」

「……え?」

 ここに来て、まだ知り得ない真相があるのかと驚きを口にすれば、ちょうど少し下のほうが騒がしくなった為、慌ててその場でしゃがみ込み身を隠した。

 少し斜面になった下の方は、どうやら統治家の裏庭に続いているようだった。騒がしくなったのは、その庭に十数人の役人が出てきたからで、それぞれ左右に分かれて並ぶと、その真ん中を歩いてきたのは四十歳前半と見られる男性とルシーナだった。

 あたしは彼女の頭上を見て、改めて 〝希望はまだある〟 と再確認した。

「あれが、シーヴァだ」

 視線を彼に向けたまま、イオータが声を潜めてそう言った。そして、続ける。

「ルシーナを連れてきたって事は…そろそろ始まるぜ」

「始まるって…?」

「もちろん、主権交代さ」

「──── !」

「だったら、こんな所で隠れてる場合じゃねーじゃねーか! とっととあいつらやっちまって──」

「バカ、焦るな」

 立ち上がって出て行こうとするラディを、イオータが冷静に止めた。

「今出てったところで、ティオの命を盾にされたら誰も手が出せねーだろ? まずは、役者が揃ってからだ」

「……………」

「それに、役者が揃えばアレも聞けるだろうしな」

「アレ…って、なんだよ?」

「真相だ。──お前も知りたいだろ?」

「真相はもう分かってんじゃねーか。他にどういう理由があるにしろ、ティオとルシーナを殺そうとしてることには違いねーんだし、それだけで十分だろ?」

「まぁ、二人の命だけ助けるっていうんならな」

「それ以外何があるってんだよ?」

「それを見極めるのに、真相が必要なんだ」

「はぁ!?」

「いいから、見てろって」

 そう言うと、〝とにかく座れ〟 と目で指示した。

 ラディにしてみれば真相より助ける事の方が重要で、言ったのがイオータでなければその制止も無視して飛び出していただろう。けれど、ティオの命を盾にされたら…という言い分は正しく、またそれを覆すだけの力が自分にはない…となれば、彼の指示に従うしかないわけで…。結局、渋々ながらもその場に座れば、イオータが言った通りシーヴァの指示で、縄で縛られたティオとその両親らしき人物が連れてこられたのだった。

 あの…人……!?

 あたしは、その連れてこられた男性の顔を見て驚いた。

「あれが現統主のオークス…つまり、ティオの父親と母親だ」

「やっぱ、クァバナのおっちゃんが言った 〝過程〟 はウソだったんだな?」

「あぁ。体調崩して死にそうなどころか、縄かけたうえに左右の腕を役人が掴んでなきゃなんねーほどピンピンしてるぜ」

「へ…ぇ。けど…幾つなんだ? えれぇ、老けてるよな?」

「ああ見えて、四十八だ。弟のシーヴァとは三つしか離れていない」

「四十…八…!? はは…うそ…だろ? どう見たって六十代……若く見積もっても五十代後半じゃねーか…」

「まぁ、急激にきたのはこの数年らしいが、目に見えて老け始めたのは子供が生まれてかららしいぜ」

「なんで? フツー、子供ができて老けるのは女のほうだろ?」

「あら、失礼ね!」

 今の言葉は聞き捨てならないと、突如二人の会話に飛び込んだのはミュエリだった。

「女が老けるのは子供のせいだけじゃないわよ。男にだって責任あるんだから」

「はぁ?」

「老ける一番の理由は、男が女に苦労かけてるからよ。そんなことも分かんないの?」

「ンだと──」

「やめろ」

 今にも始まりそうな言い合いを、イオータが間髪入れずにピシャリと止めた。

「人が急激に老けるのにはそれなりの理由があるんだ。男だとか女だとか、そんなのは関係ねぇ」

 その通りよ…。

 イオータの言葉に、あたしはある事を思い出しながら小さく頷いた。そんな様子に気付いたのか、ルーフィンがスッと体を寄せた。そしてみんなに気付かれないよう心の準備をする間があってから、彼の声が聞こえてきた。

『どうしました、ルフェラ?』

『ルーフィン……あの人よ…』

『…え?』

『あたしが闇の中で見た人…』

 そう言うと、以前あたしが説明した様子を思い出したのか、すぐに理解した。

『ティオの父親ですか…?』

『間違いないわ。──ねぇ、ルーフィン。前に言ったわよね、〝同じような場所にいるのに、それぞれ、全く違う色を持つ人たちだ〟 って?』

『えぇ』

『もしそれが本当なら、彼もあの森にいたことになるわ…』

『彼も…? ──というと?』

『レイラさんを殺した連中の中に、闇の中で見た人たちがいたのよ。銀色の髪をした男の人もいたし…それはつまり──』

『本当ですか、ルフェラ!?』

『え…?』

 〝つまり──〟 のあとの言葉が一番重要なことだったのだが、それを言う前に突然 驚きの声を上げられ、話が途切れると共に思わずルーフィンの顔を見てしまった。その目はひどく動揺しているようにも見えた。

『…本当に…見たのですか? 銀色の髪をした男の人……闇の中で見たのと同じ男の人を…?』

『う…ん、同じ人だったけど…どうし──』

『そんな…』

 あたしの返答に、ルーフィンが愕然として顔を背けた。それはまるで言葉すら失ったような表情で、今までに見た事のない彼の姿に、あたしは何故か恐怖にも似た不安を覚えた。

『ルーフィン…?』

『……………』

『ねぇ、ルーフィン…どうしたのよ? その男の人に何かあるの…? 見ちゃいけなかったとか…? ねぇ──』

 あまりにもルーフィンの態度がおかしく、その理由を聞き出そうと必死になった矢先、

「おい、始まるぞ?」

 イオータの声が掛かり、それまでシーヴァ達から目を離していたあたしは、否応なしにその話を中断せざるを得なかった。

 彼らに視線を戻すと、シーヴァがルシーナと共にオークスの元へ近寄っていくところだった。

「…いったい何のつもりだ?」

 オークスの怒りを抑えるような低い声がした。

「そろそろ、統主が変わってもいい頃だと思いましてね」

 シーヴァは──ここからでは斜め後ろからしか見えないため分からないが──余裕の笑みさえ浮かべているような声だった。

「次期統主はこのティオだと決まっておる。お前の息子ではない」

「えぇ、分かっていますよ、兄上。でもそれは、彼が継承年齢まで生きていたら…の話。もともと体の弱いティオだ。今日・明日 死んだとしても、誰も疑いはしないでしょう?」

「なんだと!?」

 暗にティオを殺すと言われ、怒りを露にしたオークス。手は使えないものの思わずシーヴァに詰め寄ろうとすれば、両腕を掴んでいる役人に体ごと引き戻された。同時に、少し顎を上げたシーヴァが 〝もっとも──〟 と続ける。

「それ以前に、継承権があれば…の話ですが?」

「────!!」

 その一言にオークスは言葉を飲み込んだ。

 もしこの場にルシーナがいなければ─たとえその正体がバレていたとしても─ 〝何の事だ?〟 とシラを切り通したことだろう。だけど実の子供を目の前にした親は、そこにどんな事情があろうとも、〝自分の子供じゃない〟 と言う事には躊躇いが生じるものなのだ。それを分かっているシーヴァだからこそ、ルシーナを連れてきたのだろう。

 満足そうなシーヴァと何も言わず顔を背けるオークス。そんな二人の態度に不審を抱いたのは、もちろんティオの母親だった。

「…何を…言っているの、シーヴァ…? 継承権があれば…って、いったいどういう事…? ねぇ、あなた──」

 傍らからオークスの顔を覗き込んだものの、彼は視線を合わすどころか更に苦痛な表情で顔を背けてしまった。

「あな…た…?」

 そんな態度にわざとらしく溜め息を付いたシーヴァは、話の方向を少し変えた。

「兄上は…確か四十八歳でしたよね?」

「…………!」

「ティオが生まれるまでは歳相応だったのに、今では三つしか違わない私と二十も離れて見える。──知っていますか? 人が急激に老ける一番の原因は、精神的なものだそうですよ?」

「…何が…言いたい?」

「その原因を全てお話ししたらどうかと言っているのです」

「……………」

 そんな彼の言葉に対し、まるで 〝言う気はない〟 と再び口を閉ざせば、その態度が予想通りだったのか、シーヴァが可笑しそうにフンと鼻で笑うのが聞こえた。

「──だと思いましたよ。おそらく墓までその原因を持っていくつもりだったのでしょう? でも、そうはさせませんよ、兄上」

「なに──」

「義姉上、ティオ──」

 二人の名前を呼んだあと、最後にルシーナの肩に手を置いた。

「そしてルシーナ、今から真実を話してあげますよ。現統主が十三年間隠し続け、墓まで持って行こうとした真実をね」

「シーヴァ、貴様…──ッ!!」

 両脇の役人を振り払いシーヴァの口を閉ざそうとしたが、ほぼ同時に、近くにいた役人がティオとその母親の喉元に刃を突きつけた。

「人の話は静かに聞くもの。そう教わったはずですよ、兄上?」

「くっ…!」

 たとえ体が自由になったとしても、決して彼の口を封じる事のできない状況にオークスが顔を歪ませた。それとは対照的に頬が上がったのはシーヴァで、直後、大きく息を吸い空を見上げたかと思うと、その視線はすぐにティオの母親へと向けられた。

「二十歳でこの家に嫁いで随分ご苦労されましたね、義姉上?」

「……………?」

「長男の…しかも統主の妻とあらば、何よりもお世継ぎの誕生を期待される。それは妻にとって半ば使命とも言える事で、二十歳という若さから、誰もが皆すぐに子供はできるものだと期待していた。ところが一年経っても二年経っても子供はできず、気付けば十年という月日が流れていましたね」

「……………」

「辛かったでしょう、期待に応えられないというのは。そこにきて、私の所は結婚してすぐに子供を授かった。生まれたのはハルト、〝息子〟 です。口には出さなかったものの、誰もが次期統主はハルトだと思っていた。事実、私もそう思っていましたからね。でもそれから三年後、あなたは妊娠した。その時のみんなの喜びようと言ったら…おばあ様を始め、ほとんどの者が泣いて喜んだほどです。けれどその喜びは、本来、打ち砕かれるものだったのですよ」

「…どういう…ことですの…?」

 想像もできないその言葉の意味に、母親の声が不安で震えていた。

 シーヴァはオークスの方をチラリと見てから、再び彼女をまっすぐと見つめてハッキリと言った。

「あなたが生んだのは、お世継ぎとなる男の子ではなく、継承権のない女の子だったのです」

「……え?」

 あり得ない内容に、驚くというよりは理解できない反応だった。けれどシーヴァは続ける。

「それを知っていたのは、兄上だけ。次期統主は必ず自分の息子に…と思っていたのでしょう。万が一の事を考え、もし女の子が生まれたら、誰か他の子供と取り替えるよう、産婆に指示していたのです」

「────ッ!?」

「その思いに神が味方したのか、ほぼ同じ時刻に隣の部屋で男の子が生まれた。それが、そこにいるティオです」

「な──!」

 母親はあまりの驚きに言葉を失った。──が同時に、目の前にいるルシーナと呼ばれた女の子の存在を悟り始める。そんな、〝まさか…?〟 という表情を読み取ったシーヴァが、その答えを口にした。

「この子が本当の子供なのですよ、義姉上。よくご覧ください。強い意思のある目は、兄上とそっくりではありませんか?」

「…あ…ぁ…そんな、うそよ…そんなことあるはずが……そうでしょう、あなた…? うそですよね…?」

 自分に刃が向けられている事などすっかり忘れ、母親は顔を背けるオークスの前に回り込み詰め寄った。が、肯定も否定もしない彼の態度は、明らかに母親が望んだ答えでないものだと分かり、彼女はその場で崩れ落ちてしまった。

「あ…ぁ…そんな…そんな……」

 衝撃を表す言葉が他に見つからないほど、母親は同じ言葉を繰り返した。そんな母親の傍らで、少し驚きながらも静かに口を開いたのはティオだ。

「ルシーナさん…だったのですか、僕が捜していたのは…」

 その言葉に母親とオークスが驚いて顔を上げた。

「ティオ…?」

「…どういうことだ、捜していたとは……お前まさか─」

「クラムさんに聞きました、亡くなる少し前に…」

「──── !」


 知らない名前に思わず 〝クラムさん?〟 と呟けば、ティオやルシーナを取り上げた産婆さんで、秘密を漏らさないように統治家で雇われていたのだと、イオータが教えてくれた。


「おかしいと思ったんです…。父上も母上も…ここにいるみんなは健康なのに、どうして僕だけ体が弱いんだろうって…。顔だってどちらにも似てないし…そう思っている人がいるのも知っていました。だから、僕を取り上げてくれたクラムさんに思い切って聞いてみたんです。その時は僕が心配しているようなことはないと言っていましたが……床に伏せるようになって自分がもう長くないと分かった時、クラムさんは僕と二人きりの時に話してくれました。次期統主として、統治家に生まれた女の子と僕を取り替えたのだと。それが誰かまでは言わなかったですけど…僕に隠しているのが辛くて、申し訳ない事をしたと泣いて謝ってくれました…」

「…では…時折 家を抜け出していたのは、その子を捜すためだったというのか…?」

 ティオはゆっくりと頷いた。

「捜し出して…どうするつもりだったの…?」

 本当は聞きたくないのだろうが、母親は震える声で質問した。

「…分かりません。ただ、このままではいけないと思ったんです。正統な統治家の人間が、僕のような一般の者と入れ替わって生活してるなんて…。本当の両親の所に戻るにしても、まずは彼女を捜し出さないと…って思ったんですけど、その前に──」

「やめてよ!」

 我慢ならないと、話を遮って叫んだのはルシーナだった。

「…誰が本当の両親だって!?」

「ルシーナさん…」

「そんな人、あたしの両親なんかじゃない…! あたしのお父さんは五年前に…お母さんはついこの間 死んだわ!」

「────!? レイラ…さんが…!?」

「お母さんが死んだのはあたしのせいだけど……お父さんが死んだのはその人のせいよ!」

 ルシーナがオークスを指差し、更に憎しみのある声で叫んだ。

「その人に殺されたんだから!!」

「────!!」

 思わぬルシーナの告白に驚いたティオとその母親が、声も出せずにオークスの方を振り返った。さっきと同じように苦悶の表情で視線を逸らすオークスを見て、どこか楽しそうに続けたのはシーヴァだ。

「ひどい事をしましたよね、兄上? いくら薬草を扱う事が大罪とはいえ、よりによって彼女の父親を殺させるとは…」

「あ…なた…何てことを──」

「知らな…かったのだ…まさか取り替えた子供の父親だったとは……。去り際に家から出てきた女性を見て、初めてあの時の母親だと知った…」

「さすがの兄上も罪の重さを感じましたか…。思えばその頃からでしたね、急激に老け込んだのは?」

「……………」

「まぁ、それも当然のことでしょう。本来なら一生 感謝し、償い続けるべき人たちだったのですから。それを自らの手で地獄に突き落としたとなれば、自分で自分を殺したくなるほど憎んでも不思議はない。そうですよね、兄上?」

「……………」

 オークスの体は、自分の犯した罪の苦しみに耐えるように震えていた。

「彼女も同じですよ。あなたを殺したいほど憎んでいる」

「──── !」

「よかったではありませんか。この際、実の娘に殺されてはいかがです? あの日から密かに娘の成長を見守るより、ずっと償いらしい償いができると思いますが?」

「────!!」


 〝あの日から密かに娘の成長を見守る…?〟

 シーヴァの言葉を繰り返し首を傾げたラディだが、この時あたしは 〝やっぱり…〟 と思った。ついさっきルーフィンに言おうとしたのは、まさにこの事だったからだ。

 何日も前からルシーナを見張っていたその光景があの闇の中で見えたものなら、彼も同じようにルシーナを見ていた事になる。だとしたら薬草を扱ってる事も知ってたはずだし、それを知って殺すどころか目立たない服を着て黙って見てただけだなんて…自分の子供だからという理由以外にはないだろう。しかも子供が生まれてから老けたのが、その子供を取り替えた罪の意識からなら、急激に老け込んだ数年前というのは、おそらくルシーナの父親が殺され時からに違いない…そう考えたのだ。

 ──そしてその考えは当たっていた。

 おそらくオークスが驚いたのは、〝実の娘に殺されてはいかがです?〟 と言われた事よりも、密かに見守っていたのをシーヴァが知っていた事のほうだろう。

「さぁ、ルシーナ」

 シーヴァがルシーナをオークスの目の前に押し出した。

「その剣で父親の仇を取りなさい」

 その言葉に、両腕を掴んでいた役人が強制的にオークスをその場に座らせた。実の娘に殺されることを既に受け入れていたのか、オークスは抗うどころか黙って首筋を差し出している。


 ダメよ、ルシーナ…殺しちゃダメ…! 彼を殺したら、あんたも殺されるんだから…! そんなのお母さんは望んでないでしょ!?

 今すぐにでも飛び出してそう叫びたかったが、イオータの手がそうさせてくれなかった。

〝大丈夫だ〟 と付け足したイオータを見れば、反対側ではあたしにそうしたのと同じようにラディの腕を掴んでいる。

 もちろん 〝大丈夫だ〟 と言った理由はあたしにも分かっていた。何故ならオークスの頭上に死の光が見えてないからだ。だけど、ルシーナの今の心境を考えれば、結果的に死に至らないというだけで、彼を刺す可能性は十分にある。どんな些細な事でも、彼女を殺す為の正当な理由は作って欲しくない…と心の中で強く願ったのだが…。


 ルシーナは家を出る時に持ち出したあたしの剣を抜くと、その刃をオークスに向けた。

 憎しみか、それとも迷いか…僅かにその切っ先が震えていたが、それでもルシーナはゆっくりと剣を振り上げた。


 ルシーナ、ダメよ──!!


 ここにいる誰もがそう心の中で叫んだ時だった。

「あぁ、忘れるところでしたよ、ルシーナ」

 シーヴァがわざとらしくルシーナを止めた。

「先に例の物を飲んでもらわないと…」

 そう言うとティオと母親の脇にいた役人に合図を送ったのか、役人は懐から携帯用の小さな容器を取り出した。そして、ティオと母親の口を無理やりこじ開けると──

「な…何をするの…!? やめ…ぐっ……」

 ティオは抗おうにも力が足りず、母親のほうは抵抗したものの、結局は容器の中の物を強制的に飲まされてしまった。

「シーヴァ…貴様、二人に何を──」

「毒ですよ、兄上」

「────!!」

 シーヴァが平然と言った。

「ルシーナに教えてもらったのです、強力な毒草をね。もちろん、解毒草は彼女が持っていますよ。でも、兄上はお使いにならないでしょう? 何故なら、薬草を一切許さないのですから。私の妻が毒に犯された時も、決して薬草をお許しにならなかった。結局、数日後に妻は死んでしまいました。助ける方法があるのに助けられない…見ていることしかできなかった私の苦しみがどれほどのものか、今ここで味わってもらおうと思いましてね」

「────ッ!!」


「ったく、復讐だったのかよ…」

 シーヴァのもうひとつの目的がオークスに対する復讐だと知り、バカバカしいと怒りにも似た溜め息を吐き出したのはイオータだった。

 だけど──

 本当にそうなのだろうか…?

 あたしはこの時、根拠もなくそう思った。

「くっそ…何が真実だよ!? とっとと助けてやらねーからこんな事に──」

 イオータを責めながらも、最後まで言う時間が惜しいとばかりにラディが飛び出そうとすれば、

「待てって」

 再び冷静な口調でイオータに腕を掴まれてしまった。

「ンだよっ、放せって──」

「まだ出る時じゃねぇ」

「──っざけんな! あいつ、毒を飲まされたんだぞ!? 早くしねーと死んじまうだろーが!!」

「だとしても、それを決めるのはルシーナだ」

「────!?」

 全くの想定外…というよりは有り得ない返答に、ラディの動きがピタリと止まると、やや遅れて声が出た。

「な…にっ…!?」

「オークスの命もティオの命も、それからあの母親の命も…どうするかはルシーナが決めることだ」

「…なん…でだよ…? オレらが行きゃぁ、みんな助けられるじゃねーか!」

「あぁ、命はな」

「命は…って何だよ? それだけで十分だろーが!?」

「死を覚悟したルシーナにとってもか?」

「……あぁ?」

「あいつは今一人だ。父親も母親も失い、薬草を扱う理由も失った。生きる意味さえないあいつに唯一残されたものといえば、父親の仇を討つことぐらいだ。その仇を討てれば、死んでもいいと思っている。だからここにやって来たんだろ?」

「そりゃそうだけど……」

「今 オレらが出て行ってあいつを止める事は簡単だ。だが、唯一残された仇を討てず命が助かった所で何が変わる? 変わりゃしねぇだろ? 中途半端に助けるとなぁ、何も終わりゃしねーし、何も始まらねーんだよ」

「…じゃぁ、どーすりゃいいってゆーんだよ…!?」

「待つしかねぇだろ。どういう結果であろうと、あいつが自分で決めるまでな。──じゃねぇと、ただの生きる屍になるか、本物の屍になるかのどっちかだ」

「── ! ……くっそ…」

 イオータの言葉に、ラディはその場で膝を落とすと拳を地面に叩きつけた。

 きっと彼の言い分は正しい。それはラディにも分かることだった。だからこそ今すぐ助けたいという気持ちを押さえ込み、待つしかできない苛立ちを地面に叩きつけたのだ。

 あたしはそんなラディの姿に胸が痛くなり、思わず彼の拳に手を添えると、半分はそう願い、半分は自分に言い聞かせるように言葉を続けた。

「大丈夫よ、ラディ。きっとルシーナは剣を捨ててティオと母親を助けるわ。殺したいほど憎んでるのはオークスさんだけだもの。ひどく辛い葛藤はあるだろうけど、ティオを見殺しにはしないはずよ」

「ルフェラ…」

「だから信じようよ、ルシーナを」

 イオータ越しにラディの目を見つめそう言うと、ようやくラディの拳から力が引いていくのが分かった。

「…あ…ぁ…そうだな…」

 その言葉に、隣にいたミュエリも少しホッとした表情で頷いた。─がそれも束の間、ティオと母親の苦しむ声が耳に届き緊張が走った。


「…ぅ…くっ…はぁ…ぁ…」

「…っぅ…あぁ…ティ…ティオ……はぁ…はぁ……」

「ティオ…エルミア…!」

 苦しさのあまり地面に倒れ込んだ二人を抱き寄せようとしたが、オークスの腕を掴んでいる手は緩まなかった。

「さすがは強力な毒草。もう効いてきたようですよ、兄上?」

「────ッ!!」

 まるでよく効く薬の話でもしているかのような口調に、オークスの顔が怒りの形相へと変わった。一瞬 シーヴァを睨みつけ何かを言おうとしたが、手遅れになる前に…と必死で彼を呼ぶエルミア──ティオの母親──の声に、オークスが振り返る。

「エルミ──」

「…あ…あなた…お願い…です……ティオを…ぅっ…はぁ…はぁ…ティオだけでも…助け…て…」

「エルミア…」

 オークスの顔が苦渋に満ちた。

 今まで薬草の使用を一切許さず、それを扱えば大罪者として殺すよう命じてきた彼が、自分の家族を救う時だけ解毒草を渡してくれとは…今更どんな顔で頼めるというのだろうか。しかも、頼む相手は大罪者として殺した男の娘──自分の本当の子供である──ルシーナなのだ。殺したいほど憎まれ、今まさに刃を向けられているというこの状況で、頼めるわけがない。

 だけど──

 子供の命は何物にも代え難く、救えるものならどんな代償でも払えるのが親というもの。ならばそれは、オークスとて同じことだろう。

 目の前で苦しむ二人の姿に涙を浮かべながら、オークスはルシーナに頭を下げた。

「…頼む、ルシーナ…二人を助けてやってくれ…この通りだ…!」

「おやおや…自分の家族には薬草をお使いになるとは…あまりにも勝手が過ぎるではありませんか、兄上?」

 彼の行動が予想していたものなのかそうでないのかは分からないが、シーヴァが刺々しい口調でそう言った。が、オークスはそんな言葉も全て受け入れるように続けた。

「私の命なら喜んで差し出そう。お前に憎まれ殺されるのは当然だ…。それだけの事はしたし、その覚悟もとうにできている…。煮るなり焼くなり、お前の好きにしてくれればよい…。だから…だから二人だけは助けてやってくれ……。全ては私一人がした事で…二人には関係ない事なのだ…。頼む、ルシーナ…この通りだ…!」

 地面に頭を擦り付けるように懇願するオークス。その姿にシーヴァが空を仰いで深い溜め息を付いた。バカバカしい溜め息なのか、それとも呆れているのかは分からない。

 一方ルシーナは、上から見下ろすようにオークスをジッと見つめていた。刃は変わらず彼の首筋に向けられているが、剣を持つ手が微かに震えていた。

「頼む、ルシーナ…! 二人を…妻と息子を──」

「…何が…違うの…」

「…………?」

「あたしのお父さんも、お母さんを助けようとしてた…。見つかったら殺されるのに、それを覚悟で病気を治す為に薬草を調べてたのよ…。大事な人を助けたいって思って……今のあんたと何が違うの…? 同じじゃない…! 自分の命と引き換えに二人を助けてくれ…? 冗談じゃないわ…! あたしのお父さんはね…自分の命と引き換えにしても、お母さんを助けることができなかったのよ!?」

「──── !」

「それだけじゃない…! お母さんの病気を治したら、同じように病で苦しんでいる人たちも助けるつもりだったのに…。救えるはずの人も救えなかったのよ、あんたがお父さんを殺したから!!」

「ル…ルシーナ……」

「許さない…あたしは絶対にあんたを許さないんだから…!」

 ルシーナは剣を大きく振り上げた。


「…くっそ…やめてくれ、ルシーナ…頼むから…!」

「そうよ、お願い……その男の為に手を汚す必要なんてないのよ、ルシーナ…!」

 ラディとミュエリは思わず声を漏らしていたが、その思いはあたしもネオスもイオータも、そしてルーフィンも同じものだった。両手を胸の前で組み、この思いが通じてくれとばかりに強く願う。


「た…頼む…ルシーナ……」

「許さないんだから…あたしは絶対に……」

 怒りのせいなのか、ルシーナの剣がさっきより大きく震え始めた。そんな時、

「…ル…シーナ…さん…」

 母親が苦しみを押してルシーナを呼んだ。

「…夫が…あなたにした事全てを…私も謝ります…ご…めんなさい……っう…はぁ…はぁ…許してもらえないのは…分かって…います……。でも…お願いです…ティオだけは…ティオだけは生かせてあげてください…お願いします…お願い…しま…す…」

 そう訴えかける母親の言葉に、更に剣が震えた。まるで、ルシーナの心そのもののようだった。そんな様子にシーヴァが気付く。

「どうしました、ルシーナ? ひょっとして心が動きましたか?」

「……………」

「ならばその気持ちは早く捨てたほうがいい。助けたいと思えば思うほど、あなたまで苦しい思いをする事になるのですから。それとももう──」

「お母さんは…」

 ルシーナがシーヴァの言葉を遮った。

「お母さんは死ぬ間際に言ったわ…あたしに生きて欲しいって…。あたしのお父さんとお母さんはね、そういう人なの…。誰かを助けたい、誰かに生きていて欲しい…そう願った人なの…」

 そう言うと、ティオの母親から再びオークスの方に顔を向けた。

「あたしは、あんたを殺したい…。その気持ちは何があっても変わらない…」

「…ルシーナ…」

「だけど、あたしはあんたの子供じゃないから──…あたしはお父さんとお母さんの子供だから、誰かを助けなきゃいけないの…誰かに生きて欲しいって願わなきゃいけないの…! だって……だって……」

 ルシーナはそれまでよりギュッと強く剣を握った。

「それが、お父さんとお母さんの子供である証だからよ!!」

 その叫びと何かを断ち切るように振り落とされた剣が、彼女の涙と共に 〝ザシュッ──〟 と地面を切り裂いた。

「…ぉ…お…ルシーナ…ルシーナ…すまない、ルシーナ……」

 感謝してもしきれない、謝っても謝りきれないその言葉に、オークスは声を震わせた。そして、ルシーナも剣を振り落としたままの格好で肩を大きく揺らしていた。

 なんて強いの、ルシーナ…。

 彼女の決断にホッとしながらも、あたしは胸が痛くなるほどの強さに涙が出てきた。

 なのに──

 そんな彼女の決断を無にするようなシーヴァの声が響いた。

「やれやれ…やはり子供は甘くていけませんねぇ。あんな涙で五年間の思いを断念するとは…。でもまぁ、こういう事もあろうかと手は打ってあるんですけどね」

 そう言うと、不安げに顔を上げたオークスの前で座り込み、その 〝打った手〟 を口にした。その声はあたし達には小さくて聞こえなかったが、直後に一変したオークスの表情と言葉にはただならぬものを感じた。

「…騙…したのか…シーヴァ…!?」

「あなたがついた嘘に比べれば、小さな事でしょう? まぁ、それでも子供に罪はないですからね──」

 そう言ってシーヴァが二人の役人に合図を送ると、一人は改めてティオの首筋に刃を突き付け、もう一人──母親に刃を向けていた役人──はシーヴァがいた場所へと移動した。そしてその男が突き付けた相手に、オークスは声を失うほど驚いた。なぜなら、刃が向けられたのはルシーナだったからだ。

「…な…ぜ、その子まで──」

 ようやくその驚きを口にすれば、シーヴァがフンと鼻で笑った。

「統治家の者を毒殺し、現統主にまで刃を向けたのですよ? 罰せられて当然ではないですか? それに、もともと死んでもらうつもりだったのです、ティオが彼女の存在を知り、捜し始めた時からね」

「なん──…」


「お…い、どーすんだよ!? このままじゃ二人とも殺されちまうぞ!」

「そうよ…どうするの、イオータ…!?」

「マズイな、この距離で一人ならまだしも二人同時とは……」

 珍しく舌を鳴らしたイオータの傍らで、あたしはふと、その向こうに見えた光景に目を奪われた。それは赤い紐が巻き付けられた弓を握っているネオスの姿だ。

 あれは……と、あたしの脳裏にある記憶が蘇れば、先ほどのイオータの言葉がリンクする──

 〝一人ならまだしも二人同時とは…〟

 あぁ…そうか…。

 これだったんだ…見た事があると思った赤い紐の記憶は……。

 その記憶からある結論を導き出したあたしは、二人を助ける方法はこれしかないと悟った。

「ネオス、〝鏡矢の技〟 よ」

「────!?」


「…やっ…ぱり…本当の子供も……殺そうとしてたんですね…叔父上……?」

 捜し出してどうするつもりだったのか……その答えの最後に言おうとした事を、今ようやく苦し紛れにティオが確認すれば、シーヴァが 〝その通り〟 と頷いた。

「兄上の事だ、ティオに何かあれば、法を変えてまで継承権のない彼女を統主にすると言い出しかねないですからね。ルシーナが統治家の血を引いている以上、生きていられては困るんですよ」

「なんって…やつだ、お前は──」

「あなたほどではありませんよ。──さぁ、兄上。その目でシッカリと子供たちの最後を見届けてあげてください」


 そんなシーヴァの言葉に役人が剣を振り上げるが早いか、〝もうあとはない〟 と言葉より早く飛び出したのはラディとイオータだった。そのすぐあとにあたしとミュエリも続いたが、その直前、あたしはネオスに叫んでいた。

「お願い、あの剣を射抜いて!!」

 いくら弓の腕が優れているとはいえ、練習もなしに成功するほど 〝鏡矢の技〟 は簡単ではない。長い間そこから離れていたネオスには尚更の事で、それはあたしにも分かっていた。だけど、さっきの光景で確信したのだ。

 〝大丈夫、ネオスならできるわ。だって…あれは予知夢だったんだから…!〟

 それを口にする時間はなかったが、〝分かった〟 と力強く頷くと、すぐさま弓を構えてくれた。

 間違いない、この光景だ──

 走り出しながら目の端で捉えた光景に、あたしは改めてそう確信した。そして後ろで〝ヒュンッ…〟 という音が聞こえたかと思うと、矢によって裂かれたであろう鋭い風があたしの頬を掠めていった。早くて矢の軌跡こそ見えないが、狙った場所から目を放さないでいると、それは見事に二本の剣を──しかも同時に──弾き飛ばしたのだった。

「ヒュ~ゥ♪」

 そんな光景を目にしたイオータが、襲い掛かってくる役人と剣を交えながら余裕で口笛を吹いた。

 一方、突然の事に怯んだのは剣を弾き飛ばされた者たち。いったいどこから飛んできたのかと辺りを見渡していたが、今のうちに少しでも…と走り寄るあたし達の姿に気付けば、代わりに両脇からオークスを押さえ付けていた役人が剣を抜いた。

 咄嗟に二人を庇おうと彼らの前に立ち塞がるオークス…!

 そんな彼にさえ躊躇なく刃を振りかざした役人だったが、あともう少しで血に染まるという寸での所で、再びネオスの 〝鏡矢〟 が彼らの体を貫いた。矢の勢いと力の入らなくなった体が、後ろへよろめき地面へと崩れていく…。


 あともう少し── !


 敢えて 〝ありがとう〟 という言葉をしまい込み、イオータとラディによって開かれていく僅かな隙を縫って、あたしとミュエリは突き進んでいった。途中、何度か攻撃を受けそうにもなったが、とにかくその剣を弾き返すだけ弾き返して前に進む。そして最初の二人が弾き飛ばされた剣を拾い、こっちに向けて刃を構えた時には、

「行くわよ、ミュエリ!」

「えぇ!」

 あたしとミュエリは躊躇いもなくそれぞれの腹部を切り裂いていた。

 あたしは瞬時に体を翻しシーヴァに刃を向けた。──が、意外にも彼は落ち着いていて、自分に向けられた剣よりも、ミュエリが三人の縄を切っている光景のほうを静かに見ていた。

「この人たちは殺させないわ」

 注意を引くようにそう言えば、ようやくシーヴァの視線があたしに移った。

「 〝何者か?〟 という愚問はさて置き、──今までの話を?」

「えぇ、全部聞いたわ」

「では、あなた達はどちらの味方ですか?」

「……え?」

 な…に、どういうこと…?

 どちらの味方って…あたしはあんたに刃を向けてるのよ?

 思わぬ質問に、一瞬 思考が止まる。周りでは生きるか死ぬかの戦いの音が響いているのだ。普通この状況で 〝どちらの味方か〟 という質問こそ、愚問ではないのだろうか。

 殺されそうになっているルシーナ達を助けようと、たった今この男の目の前で手下を斬ったというのに、まだ自分の味方の可能性を問うとは……。それとも、妻を救えなかった自分には同情の余地がある…と、救うことを許されなかった自分が取った行動は仕方がなかったんだと、そう思わないかってこと…?

 質問の意図が分からず答えられないでいると、シーヴァが小さな溜め息を付いた。

「…まぁ、いいでしょう。どちらにせよ、この計画を邪魔するあなたは私にとって敵だ。それに…私はもう、二人を殺したも同然ですからね」

「────!?」

 〝いったいどういう意味…?〟 と心の中で問うが早いか、その答えはミュエリから聞かされた。

「ルフェラ、大変…解毒草がないって…!」

「なっ…! 本当なの、ルシーナ!?」

 思わず振り返りルシーナに確かめれば、俯いたままの彼女の変わりに答えたのは またもやシーヴァだった。

「本当ですよ。最初から殺すつもりの者に、解毒草を用意するはずがないでしょう?」

「…オークスさんが 〝騙したのか…〟 って言ったのはこういう事だったってわけ?」

「えぇ」

「なん…て人なの…あなたって人は…!」

 ミュエリがたまらず叫んだ。

「恨みがあるのはオークさんだけでしょ!? それを主権交代まで絡ませて二人を巻き込むなんて──」

「おや、言ったはずですよ? 見ている事しかできなかった苦しみがどれほどのものか、本人に味わってもらう為だ…と。五年前…いえ、遡れば十三年前に犯した罪を償うのに、兄上は既に死を覚悟している。そんな人を殺したって何の意味もない。私はね、彼が最も苦しむ方法で償ってもらいたいのです。それに、主権交代は──」

「だったらムダよ」

 あたしはそれ以上聞きたくなくて、シーヴァの言葉を遮った。

「ムダ…とは?」

「二人は死なないからよ」

 シーヴァはあたしの返答にフッと笑った。

「言葉は正しく使うものですよ? 〝死なせない〟 というのと 〝死なない〟 というのとでは全く意味が──」

「だから、〝死なない〟 って言ったの」

 言い間違いではないと強調すると、シーヴァの顔が僅かに曇った。

「それは、つまり?」

「つまり、死ぬ運命じゃないって事よ」

 あたしは彼の目を見て、ハッキリと言った。

 ──そう、死ぬ運命じゃない。

 山の中で役人相手に戦ったネオスやラディがそうだったように、そして役人に連れていかれたルシーナや彼女に刃を向けられたオークスがそうだったように、その二人の頭上にも死の光が見えてなかったからだ。

 もちろん、その事をシーヴァが知るはずもないのだが、少なくともハッタリでない事は感じたのだろう。彼から余裕の表情が消えた。

「ならば、その運命を変えるしかありませんね」

 そう言って数歩下がると、彼と入れ替わるように別の役人があたしの前に立ち塞がった。

「ルフェラ…!?」

 同時に聞こえたのはラディの声。ハッとして回りを見れば──話していたから当然と言えば当然なのだろうが──いつの間にか剣を構えた役人に囲まれていた。

「…くっそ…待ってろ、すぐにそっちに行ってやるからな!」

 ラディのありがたい言葉が耳に届いたが、彼らが相手している役人の数も思ったより多く、言葉どおり 〝すぐに〟 とはいかないことは、激しく交える剣の音を聞くだけでも伝わってくることだった。

「ルフェラ…」

 〝どうするの…?〟 という言葉を省略したミュエリの問いが後ろから聞こえてくる。

 どうするも何も…自分たちで何とかするしかない。みんな精一杯 戦ってるこの状況で、あたし達だけ誰かをアテにするなんて…それこそ、ただの足手まといだ。

 あたしは改めて剣を握り直すと、周りの役人を睨みながら後ろの二人に向けて強く言った。

「ミュエリ、あんたはルシーナを、オークスさんはあたしの剣で二人を守って、いいわね?」

「守ってって…あなたはどうするのよ…? まさか一人でこの人達と戦おうって言うんじゃ──」

「その 〝まさか〟 よ」

「そんなのムリだわ、私も──」

「 〝あたしは死なない〟──そう、信じてるんじゃなかったっけ?」

「そう…だけど……」

「大丈夫、目の前の事にだけ集中させてくれたら何とかなるわ。あぶれた何人かはあんたに任せる事になると思うけど、あたしもあんたを信じてるから」

「ルフェラ…」

 そう、大丈夫よ。だって、これはイオータの剣なんだから。この状況で本人に 〝力を貸して〟 とは言えないけど、戦いを知っている剣というのは心強い。ましてや──作用はどうであれ──不思議な力を宿しているんだから。

 バカバカしい事かもしれないけれど、とにかく今はそう信じるしかない…と、あたしは意を決するように大きく息を吸った。

「さぁ、かかってきたら?」

 敢えて 〝どこからでも〟 という言葉を省けば──もちろんその覚悟はしていたが──最初に剣を振り上げたのは目の前の役人だった。

 あたしはそれを左から右上に弾くと、そのままの流れで右から左へ腹部めがけて真横に振り切った。

 相手は剣術を習得している役人。当然その攻撃は弾かれたが、怯んでいるヒマはない。同時に体を翻したあたしに飛んでくる別の攻撃を見極め、あたしもそれを弾き返した。が、直後、違う男の剣が振り下ろされる──

 ガキ…ン──!!

「…くっ……!!」

 咄嗟にその剣を受け弾き返そうとしたが、力の入った重い剣は僅かに浮いただけで、すぐに顔の近くまで迫ってきた。

 所詮は男と女の力。まともに力比べをして勝てるわけがない。

 あたしは力に押されながらも周りの男達に背を向けないように動くのが精一杯だった。

 そして、

「口ほどでもないな?」

 フッと男の口角が上がった次の瞬間、剣を押しやる力に合わせて、あたしは自分の剣を引いた。同時に、その場にしゃがみ込むように体を低くすると、下から斬り上げるように男の腹部から胸を切り裂いた。

「カハッ──…!!」

 体の前面を鮮やかな血に染め、男が前のめりに倒れていく。

「押してダメなら引いてみろ、ってね」

 男の力に負けそうになり思わず取った手段で、計算でも何でもなかったが、あたしは倒れていく男にそう言い放った。一瞬、前にもこんなことがあったような…とも思ったが、当然の事ながらそれを思い出しているヒマはない。

 あたしの命をとったも同然だと思っていた男が目の前で倒れると、極自然にその姿を目で追っていた仲間の殺気が一気に強くなった。さっきより機敏な動きに、あたしの集中力も更に増す。

 全神経を集中させ、ひとつの攻撃を防御しながら周りの動きに目をやれば、次に繰り出される攻撃が見えてきた。その攻撃を軽く弾き返しつつ、隙のできた男に近付き反撃を繰り出す。時には体を反らせたり、時には左右にかわしたり…と、剣だけの防御にとどまらなかった。


 動ける── !


 そう思ったのはそれまでの攻撃を全て防ぎ、偶然ではなく二人目を斬った時だった。

 自分の目を通して得た情報に、体が自然と反応しているのが分かったのだ。どう動いてどう反撃するか…攻撃を仕掛けてくる相手に限らず、その先を読んだようなムダのない動きに自分自身が驚いてしまう。

 もしかして、イオータが力を…?

 そう思い戦いの合間に─普通ならそんな余裕はないのだが──イオータの姿を捜せば、参戦したネオスの隣で二本の剣を巧みに操っていた。おそらく二本目の剣は相手から奪ったものだろうが、その分、相手にする数もネオスたちより多くなる。窮地に陥っているわけではないが、あたしの事を気に掛けてる場合ではないようだった。

 ──って事は、ひょっとして剣に宿った力のせい…?

 そう信じるしかない…と思っていた可能性が頭をよぎったが、あたしは即座に心の中で首を振った。

 ううん、ひょっとして…じゃなく、きっとそうなんだわ…。自分の力でもイオータの力でもなければ、考えられるのはそれしかないもの。じゃなければ、防御するので精一杯だったあたしが、こんなに冷静でムダのない戦い方ができるはずがない。

 …あぁ、だったらお願いよ…最後までこの力を貸して…!

 あたしは祈るような気持ちで剣を握る手に力を込めた。とその時─

「ルフェラ、後ろ──…!!」

「────!?」

 突然ミュエリの叫ぶ声が聞こえ反射的に後ろを振り返れば、今まさに剣を振り下ろそうとしていた男の喉に、横から矢が貫いたのはほぼ同時だった…!

 息のできなくなった男が、目を見開いたままあたしの視界からゆっくりと消えていく…。

 ネ…オス…!?

 咄嗟に矢が飛んできた方向に目をやると、たった今 矢を放ったはずのネオスが、既にラディやイオータと同じように剣を使って戦っていた。

 まさか、剣で戦いながらその合間を縫って矢を放ったっていうの…!?

 半ば信じられないことだったが、矢羽は間違いなくネオスのもの。そのあまりにも的確で素早い行動には、あたしだけでなく危険を知らせたミュエリも驚いていた。けれど 〝すごい…〟 なんて感心しているヒマはない。

 目を逸らした方向から、別の役人が振りかざした剣が目の端に映ったのだ。あたしは瞬時に体を翻しその剣を受けると、男の勢いを止めないように受け流した。そして、体があたしの脇を抜ける瞬間、

「…ぅぐっ…!!」

 剣を下げて男の腹部を深く斬り裂いた。

 〝く…ぅっ…〟 と、男の呻き声が倒れた地面に消えていく。それでもすぐに別の攻撃が繰り出される為、あたしは倒れた男に目をやる間もなくその攻撃を交わすと、同時に一人、また一人と確実に役人の数を減らしていった。そんな中、一人の役人がミュエリの方に向かっていくのが見えた。

「ミュエリ、そっちに一人行ったわ!」

 お返しとばかりに忠告すれば、その声にミュエリが気付く。

「任せてよ。──エステルさん直伝の剣術なんだから…甘く見ないでよ…ね…!」

 〝まともに受けたら力で負けるから…〟 と言おうとしたが、そんな心配は要らなかった。

 相手に喋りながら寸でのところで体で避けると、〝ね…!〟 と言った瞬間には、男の背後に回り込み、剣を振り落としていたのだ。

 普段のあたしと比べたら、剣術を習ったミュエリの方が断然 〝できる〟 とは思っていたが、目の前でその技を見せられて、正直、驚くと共に尊敬した。

 人を殺める事に苦しみがないとは言わないけれど、無力な自分が誰かを守る為には、剣術も必要なことなのかもしれないわね…。

 あたしは、ルシーナを背にしたミュエリが人を殺めながらも動じていない姿に、そんな事を思った。そして、この戦いが終わったら、ちゃんと剣術を教えてもらおう…と、そう心に決めた時だった──

「父上…!」

 不意にどこからか男の子の声が聞こえ、一瞬だが役人達の動きが鈍った。反射的にその声が聞こえた方にみんなの視線が移るため、あたしも釣られるようにそちらを見れば、ディトールくらいの男の子が家から走り出てくるところだった。

 〝誰…?〟 という疑問はすぐに解決したが、あたしは彼の頭上に見えた死の光に驚いた。

 殺…される…?

 まさかあたし達が彼を…?

「父上、おやめください…!」

「ハルト! ここは危険だ、お前は家の中にいなさい!」

「嫌です…! 父上、お願いですから…こんな事はおやめください…!」

「もうすぐ終わる…お前が統主になれば全て終わるのだ…!」

「父上…!!」

 息子の制止さえ聞かず、再びシーヴァが 〝もう少しだ!〟 と叫べば、役人達の士気や殺気が一段と増した。

 ハルトが出てきたからというのもあるのだろうが、〝もう少し〟 という言葉の裏には、〝早く終わらせろ〟 という意味もあったのだろう。分散していた役人の一部が、一斉にオークスたちの元へ向かい始めた。

「ミュエリ! オークスさん…!」

 二人だけではムリだとすぐにあたしも向かおうとしたが、周りの役人がそれを阻止しようと更なる攻撃を仕掛けてきた。それまで冷静に対処し、少なからず余裕さえあったあたしもさすがに手一杯になる。そんな時、オークスが斬られそうになった妻を守ろうと目を離した隙を狙って、一人の男がティオの背後に迫っているのが見えた。

「ティオ──!!」

 緊迫したあたしの叫び声に、ミュエリとオークスがハッと振り向く。が、二人共ちょうど相手の剣を受けた所で、それを弾き返しティオを守るには僅かに時間が足りなかった…!

 そんな…ネオス──!?

 せめてもう一度ネオスの矢が…と思った瞬間、ミュエリの横を誰かが駆け抜けた。直後に激しく響いた不快な金属音── !

 動きながらも、役人達の隙間から見えたその姿に、あたしとミュエリが同時に叫んでいた。

「──ラディ!!」

「ハッ! 死なせてたまるかよ!!」

 もともとこっちに向かっていたラディ。一部の役人が流れた事で自分も動きやすくなり、ギリギリ間に合ったのだ。

 よかった…これなら何とかなる…!

 ホッと胸を撫で下ろしながら、あたしはその想いを口にした。

「任せたわよ、ラディ!」

「おぅ! さっさと片付けて、お前の加勢にも行ってやるからな!!」

 そんな心強い言葉に、あたしは心の中で頷いた。けれど、〝待ってるわ〟 という思いは毛頭ない。ラディがミュエリと合流した時点で、そこに集まる役人の数も増したからだ。

 加勢するのは、あたしの方よ。

 あたしは自分にそう言い聞かせ、一秒でも早く…と目の前の戦いに集中した。

 時折、ルーフィンやネオスの矢に助けられたものの、その間を与えないようにと、ネオスに向けられる刃が増えていった。それでも確実に相手を倒していったため、ようやく先が見えてきたのだが──

「父上…!」

 再びハルトの叫び声が聞こえ、あたしは反射的にシーヴァの姿を探した。そして彼の姿を捉えた時には、たった数人に押されているこの状況に終止符を打つため、イオータ同様、自らの剣を両手に持ちティオたちの所に向かっているところだった。

「ラディ! シーヴァが──」

 あたしが叫ぶのとラディが気付いたのはほぼ同時。そうはさせるかと、立ち向かったラディだったが、シーヴァの一振りを受けた衝撃は役人のそれとは大違いで、一瞬にして弾き飛ばされてしまった。

「ラディ──!!」

 想定外の出来事にハッとすれば、自分の防御に隙ができてしまい、迫ってきた剣を咄嗟になぎ払ったものの、力のバランスを崩し地面に転んでしまった…!

「ル──」

「…っく…!!」

 ミュエリとネオスの声が聞こえたのはほんの一瞬。その声を掻き消すくらいの金属音を響かせ、あたしは自分に振り落とされる剣を転びながらも何とか弾くと、体を回転させ立ち上がった。

 その時だった──!!

「父──」

 ガ…キン──ッ!!

「──っく…!!」

 ハルトの声を同じような金属音が掻き消した。けれどその直後、全ての時間が一瞬にして止まったかような衝撃が走った。

 あたし達はもちろん、役人たちの動きも止まる。

「…お…ぉ…ハルト…!? なぜだ…なぜ…お前が……」

「て…てめぇ…なんて事しやがんだ…!」

 ティオ目掛けて振り下ろされた剣はオークスが受けたが、ルシーナに振り下ろされた剣を受けたのは彼女を庇ったハルトの背中だったのだ…!

 剣を捨てたシーヴァが、咄嗟に崩れ落ちるハルトを抱き締める。

「お…おぉお…ハルト…ハルトなぜだ……なぜ庇った……お前は次期統主になる男なのに…なぜ─」

「…ち…ちうえ……こんな事をしなく…ても…父上の願いは…ティオ…が……ティオが叶えてくれます…」

「…な…に…?」

「…私が…統主になる必要は…ない…のです…父上…」

「どういう…ことだ…ハルト…? ハルト…!?」

「お…願い…です、父上……ティオを…助けてあげて…くだ…さ……」

 傷は深く、抱き締めるシーヴァの腕や体が、見る間に流れ出る血に赤く染まっていく。痛みのせいか、それとも大量に出血した事による寒さのせいか体は震え、絞り出すようにそれだけ言うと、苦しみの表情が消えると同時にハルトの体は父親の腕の中で沈んでいった。

「お…ぉお…お…ハル…ト……ハルトぉおぉ……!」

 今やもう役人達の殺気は消え、シーヴァの悲痛な叫び声だけがこの場に響いていた。

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