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女神伝説  作者: Sugary
第六章
93/127

11 ルシーナを追って…

 〝僕はルフェラを恐れたりはしない。ましてや離れるなんて…それこそ有り得ない事だよ〟


 不安と孤独で押し潰されそうだった心を、まるで大きな手で包み込むように救い上げてくれた言葉。あたしは、ネオスのその言葉に救われた。

 もし、単に 〝僕も同じ力を持っているよ〟 と言われただけなら、どうしてこんな力が自分にあるのか、これからどうなっていくのか…焦る気持ちを抑えきれず、イオータの時と同様、ネオスを質問攻めにしていただろう。〝またゆっくり話そう〟 と言われて、〝その時〟 まで待ってなんかいられないもの。なのに、半ばそんな質問はどうでもよく素直に頷けたのは、あたしにとって 〝離れるなんて有り得ない〟 というあの言葉が、何よりも欲しかったものだからだ。

 ホッとしたのと嬉しいのと…それまで堪えていた反動なのか涙はすぐに止まらなかったが、それでもようやく落ち着くと、ネオスは寝床に、あたしは翌朝 後悔しない為に、しばらくルーフィンの所で目を休めたのだった。



 そして翌朝──

 久々に心地よい眠りを一気に覚まさせたのは、焦るミュエリの声だった。

「ちょっと、起きて…ねぇ、みんな起きてよ!」

「…んぁ? ンだよ…うっせーなぁ……オレはまだねみーんだ…もうちょい──」

「ルシーナがいないのよ!」

「────!!」

 〝もうちょい眠らせろよ〟 と続けようとした矢先、そんな場合じゃないと言い放った言葉に、あたしやネオスはもちろん、さすがのラディも飛び起きた。

「な…んだ、どういうことだよ!?」

「どうもこうも…起きた時にはもういなかったのよ。顔でも洗ってるのかと思ってちょっと待ってたけど、全然戻ってくる気配はないし…探したけどどこにもいなくて──」

「薬草を採りにいったって事は…?」

 毎日してきたことでその可能性はあるだろうと口にしたのだが、すぐに、その必要はないんだ…と思い出し、〝違うわね…〟 と否定した。

「レイラさんのお墓に新しい花が供えてあったのよ…。あの子の靴もないし──」

 そんな説明を聞きながら、あたしは枕下に置いてあったはずのものがなくなっている事に気付きハッとした。

「ない…」

「え…?」

「ないって…何がないんだよ?」

 突然 〝ない〟 と言われ、キョトンとした二人の視線があたしに向けられた。

「剣よ…あたしの剣がなくなってる…」

「な、なにっ!? ンじゃ、ルシーナがそれ持ってっちまったってゆーのか!?」

「やだ…まさか、一人で復讐しに行ったっていうんじゃ…」

「ウソだろ、おい…? あいつ一人が刃向かって、果たせる復讐じゃねーだろーが!?」

「そうよ…刃を向けただけで反対に殺されるわよ!?」

「それを覚悟して行ったんだわ…」

「────!!」

「母親を失い、薬草の研究を続ける意味さえなくなったのよ。今のルシーナに残っているのは、命を賭けて復讐を果たすこと…ただそれだけだもの…」

「そんな…」

「とにかく、ルシーナを追いかけよう。向かうとすれば、きっと命令を出した現統主のところに違いない」

 言葉を失うミュエリの代わりに、すべき事を口にしたのはネオスだった。あたしもそれに同意する。

「そうね。じゃぁ、ネオスとミュエリは先に行って、統治家の場所を誰かに聞いておいてくれない? あたしもすぐに追いかけるから」

「あぁ、分かった。じゃぁ、クァバナの店の前で待ってるよ」

「えぇ。それからラディは──」

「ちょ、ちょっと待てって! オレも行くんだからな!?」

 何を言われるか察知したのだろう。慌てて立ち上がり、準備して出て行く二人を追いかけようとしたが、痛みを我慢しているのはそのバランスの悪さでよく分かる。あたしはラディの腕を掴むと、〝いいから行って〟 と二人を送り出した。それでも尚 出て行こうとするから、あたしは掴んでいた腕をグイッと引っ張り、半ば倒れるようにその場に座らせた。けれどあたしが止めたのは、彼が 〝察知した事〟 が理由ではなかった。

「…っにすんだよ、ルフェラ! 昨日言ったろ、オレは──」

「分かってるわよ」

「…へ?」

 意外な返答に、ラディの焦りが拍子抜けしたようにプツリと途切れた。

「昨日の計画とは違うけど目的は変わってないもの、そうでしょ?」

「あぁ…まぁな」

「それに、あたしだって分かってるつもりよ。ラディが自分の手でティオを助ける事にこだわる本当の理由を」

「……………!」

「だから安心して、止めたりしないから」

「ルフェラ…お前…」

「分かったらほら、さっさと足出して。薬を作ってるヒマはないけど、できるだけきつく巻いて固定するからさ」

「あ、あぁ…」

「痛いだろうけど、我慢してよ?」

「おぅ、思いっきりやってくれ。それがお前の愛情なら、オレはどんな痛みだって耐えられる!」

 止めないと言われホッとしたからか、ラディはいつもの軽口を叩きながら余裕の笑みを見せた。が、それも束の間、あたしが足の包帯を巻き直し始めると、かなり必死に痛みを堪える形相へと変わっていった。それでも巻き終わって立ち上がると、足首の動きが制限された分 かなり痛みが軽減しているのが分かったのだろう。〝おぉ、スゲェ!〟 と何度か感激したのち、

「よっしゃぁ! 行くぞ、ルーフィン。案内してくれ!」

 ──とルーフィンに道案内を指示した。

 そんなラディの足取りは思ったより安定していた。まぁ、走るのは無理だろうが、何とか行けそうだと思えるもので、ホッとすると同時に、あたしも彼らの後に続いたのだった。そんな矢先、前を歩いていたラディが不意に立ち止まったかと思うと、後ろを振り向きもせずあたしの名前を呼んだ。

「…ルフェラ」

「…なに?」

「あ…ありがとな…。足のこともだけど、その…オレの気持ち分かってくれてよ…」

 嬉しさを隠すようにそう言ったラディは 〝らしく〟 なかったが、きっとそれが本当のラディの姿なんだろうという気がした。それが何だか嬉しくて、あたしも立ち止まっているラディを無言で追い越すと、顔も見ずに 〝うん〟 とだけ答えたのだった。



 クァバナの店に向かう途中、あたしは自分の体と街の賑やかさに妙な違和感を覚えるようになった。それが何かは分からないが確かめている余裕はなく、結局、まっすぐ店まで向かったのだが、その後者の原因は彼らの説明ですぐに分かるのだった。

「ネオス、ミュエリ。どう、場所は分か──」

「あ、ルフェラ…大変よ!」

 名前を呼ばれて振り返るや否や、ミュエリがあたしの言葉を遮って直球を口にした。

「ルシーナが役人に連れて行かれるのを見たって!」

「────!!」

「マジ…かよ!? あいつ、もう役人に刃を向けたのか!?」

「あ…それはちょっと違うみたいなんだけど……」

「違う…? ──って、どーいうことだよ?」

「それが…歩いてたルシーナに役人が話しかけて…そのまま連れて行ったっていうか、ついて行ったっていうか…」

「ついて行ったって…つまり、無理やりじゃねーってことか?」

「うん…なんて声を掛けたかは分かんないけど、逃げようと思えば逃げられる状況だったって…。ただ、ルシーナにとっては好都合だったのかもしれないわ」

「──とういうと?」

 今度はあたしが問いかけた。

「数日前、現統主が病で床に伏されたんですって。その病状が思わしくないらしくて主権交代が近いみたいなの。それで、なかなか統治家には近づけなくなってるって……今じゃかなりの厳戒態勢が敷かれてるそうよ」

 そんなミュエリの説明に、あたしは 〝これだったんだ…〟 と納得した。

 ここに来るまでに感じた違和感。あれは、賑やかさの中に混じる街人たちの不安と緊張感だったのだ。

 でも、どうしてこんな急に…?

 病に都合もタイミングもないのは分かっているが、どうしてもそれが納得できない…と思っていると、店のおじさんが地図を描きながら、ネオスとの会話で同じような事を口にしたのが聞こえてきた。

「ただ、この話は本気にしないほうがいい」

「どういうことですか?」

「結果的に主権が交代するにしても、その過程はウソだってことさ」

「ウソ…?」

「あぁ。今の統主はかなりの神経質の持ち主でね、健康には人一倍気を遣っているんだよ。今まで病に掛かったといえば風邪くらいで、それもこの三十年以上の間で数えるほどだ。そんな方が急に床に伏せられて、命さえ危ぶまれてるだなんて考えられないだろう?」

「つまり、誰かが故意に…って事ですか?」

 ネオスの質問に、おじさんはゆっくりと頷いた。

「でもまぁ、床に伏されてるかどうかも怪しいもんだけどな。単に主権を奪おうと、統治家を制圧しただけかもしれん。あんな事があったあとだし…」

「あんな事…?」

 ネオスが引っ掛かった言葉を繰り返すと、おじさんは辺りを伺いながら、更に声を潜めた。

「数日前、シーヴァ派の役人に統治家のご子息が連れて行かれたのさ」

 ──── !

「シーヴァ派…?」

「役人にも派閥があってな、オークス派…つまり、現統主に忠実な役人と、弟であるシーヴァ様に忠実な役人がいるのさ。一見仲良くやっているように見えるが、その裏では権力争いにも繋がる手柄の奪い合いがあるんだ。数日前、行方の分からなかった統治家のご子息、ティオ様が見つかってな、オークス派の役人が護送していたんだが、人気のない所でシーヴァ派の役人ともめて連れて行かれたらしい」

「でも、ご子息の顔は役人でも一部の人にしか知られてないと聞きました。どうして連れて行かれたのが、彼だと分かったんです?」

「あぁ、それがな…。たまたまそこを通りかかった街人の一人が、〝ティオ様…!〟 って役人が叫んだのを聞いたらしいんだ。──ほら、これでいいかい?」

 そう言うと、描きあがった地図をネオスに差し出した。

「あ…はい、ありがとうございます」

「ほんと、いつの時代も権力争いってのはあるが、大人の欲で子供まで巻き添えにしないで欲しいもんだよ。あまりにもご子息が可哀想だ…」

 おじさんはそう言うと、悲しそうな顔をした。直接本人に言いたいのだろうが、権力のある者に逆らえないのはどこでも同じで…ただ、それまで制圧したのが誰なのか口に出してまで断言しなかったものの、話を聞く限りそれは明らかだった。もちろん、あたし達の頭の中でも色んな事が繋がり、おじさんの知らない事も含めると、間違いない…と言えるほどになっていた。

 ディトールの父親は少なくともティオにとって味方だったんだ…。彼がシーヴァ派の役人に連れて行かれて、直後に主権交代の話が流れたって事は…弟のシーヴァがティオを人質に統治家を制圧したと考えるのが一番妥当な線だろう。だとしたら、ルシーナを連れて行ったのもシーヴァ派に違いない。しかも、シーヴァ本人はルシーナの正体を知っている。じゃなきゃ、連れて行く理由がないもの。万が一 正体を知らなくて、薬草を扱っているという理由で連れて行ったのだとしたら、現統主を殺す為にその知識を利用しようとしてるだけだわ。──どちらにせよ、ルシーナの命が奪われるのは時間の問題だ。

 ただ、〝希望〟 はまだある─

「くっそ…許せねぇ…! 自分が統主になりたいからって、よくもそんな──」

「あぁ、それは違うよ」

 怒りを吐き出すラディに、おじさんが手を振って否定した。

「〝一世代一統主〟 って言ってな、オークス様が統主になった時点でシーヴァ様にその権利はなくなったんだよ。つまり次期統主は、ティオ様かシーヴァ様のご子息のどっちかってことだ」

「じゃぁ…そいつは、自分の子供を統主にしようとしてるってことなのか?」

「あぁ。確か、ご子息のハルト様は今年で十六歳になるはずだ。十六といやぁ、統主になる事のできる年齢だからな。シーヴァ様は自分が統主になれなかった分、ご子息を…という思いが強いんだろう」

「なんっだ、それ!?」

 ラディの怒りが更に増したのは、おそらく本人の意思を無視しているであろう親の勝手さで、それはディトールの父親に腹を立てた時と同じだった。

「とにかく、急がないと…。行くわよ、ラディ?」

「お? あ、あぁ…そうだな。──おっちゃん、地図ありがとな」

 怒るラディを促し、彼の言葉であたし達も頭を下げた。が、すぐに〝あぁ、ちょっと待ってくれ〟 と背中越しに呼び止められた。振り向くと、おじさんが申し訳なさそうに店の袋を差し出していた。

「これ…こんな物で悪いが、貰ってくれないかい?」

「…え?」

「なんであの子が連れて行かれたのか分からないが…こんな状況だ、きっと悪い事に巻き込まれただけに違いない。この際、大人はどうでもいい…。あの子を連れ戻すなら、ティオ様も一緒に助けてやって欲しいんだ」

「おじさん…」

「…すまない。自分の街だってぇのに、あんた達に頼むのも情けないんだが…オレにできる事といったらこれくらいしかなくてよ…」

 そう言って申し訳なさそうに謝るおじさんの目には、不甲斐ない自分に対する情けなさや悔しさといったものが浮かんでいるように見えた。あたしは 〝そんなことない〟 と首を振ったが、それと同時か一瞬早く口を開いたのはラディだった。

「なぁ、おっちゃん…ひょっとしてそれ、クァバナか?」

「あ、あぁ…。頼み事とは不釣合いだが──」

「うぉ~! 助かったぜ!!」

「え…?」

「まだメシ食ってなくて死にそうだったんだ。いや、ほんと、マジ助かる。─ありがとな、おっちゃん」

 クァバナと分かるや否や、ラディは場違いなほどのテンションでおじさんからクァバナを受け取った。そのテンションにしばし呆気に取られるおじさんに、ラディが更に続ける。

「だぁ~いじょうぶ、そんな顔すんなって。二人ともぜってぇ助けてやるから。──ってか、最初っからそのつもりだったんだからよ」

 〝な?〟 とあたしに同意を求めたものの、すぐに、〝やべ…〟 と漏らし、慌てて背を向けた。その直後に聞こえてきたのは、

「最初っからそのつもりだったなら、これ貰う必要なくなっちまうじゃねーか」

 ──だった。

 ボソボソと小さな声で突っ込んだ独り言は、おじさんにもシッカリ聞こえていたようで、あたしと目が合った途端、思わず可笑しそうに二人で肩をすくめてしまった。

 そんなラディの言動がわざとかどうかは分からないが、少しでもおじさんに笑顔をもたらしてくれたことには、素直に感謝したいと思う。

「じゃぁ…行ってきます、おじさん」

「あぁ…十分気を付けてな。無事に戻って来るんだよ」

「えぇ、必ず」

 できるだけ力強くそう言うと、あたしは 〝行きましょう〟 と皆に視線を送り、その場をあとにしたのだった。



 地図に描かれた統治家は街の中心から離れた所に建っていた。家の裏はすぐ山になっていて、振り返れば街を見渡せるくらいの高さにある。そこに近付くにつれ街の人や建物はもちろん、賑やかさもなくなっていったのだが、それと反比例するように、役人の数とあたしの体に感じる 〝違和感〟 だけは増えていった。

 警戒する役人の緊張感かとも思ったが、どうもそれとは違う気がするし…何より、この違和感はあたしが家を出た時から続いているのだ。

 最初に感じたのは左腰の辺り。鈍い痺れにも似た感覚で、それでいて何かに触れられているような冷気さえ感じていた。その感覚が次第に体の左半分に広がると、どこかに引き寄せられるような感覚まで加わって…今や、体全体がその感覚に包まれるようになっていた。

「ねぇ、どうする? 厳戒態勢って言うだけあって、これ以上は近づけないわよ?」

 建物の影から統治家を伺っていたミュエリが、不安そうに言った。

「ルシーナにとっては好都合…か。敵の懐に入るには、その方法しかないってことかよ…」

「でも、その方法も私たちにはムリだわ…」

「あぁ、連れて行かれる理由がねーしな。どうする、ルフェラ? ──おい、ルフェラ?」

「……え?」

 体の感覚が気になってボンヤリとしか聞いてなかったあたしは、ラディに軽く体を揺らされ我に返った。

「どうしたんだよ? なんか気になることでもあんのか?」

「う…ううん、別に…」

「ほんとか? もし体の調子が悪いんならオレが負ぶってやっても──」

「ケガ人が何言ってんのよ? 大丈夫、何でないわ。そっちこそ、足の痛みはどうなのよ?」

「オレ? オレは もう全然 平気だぞ。ひょっとしたら治っちまったんじゃねーかなぁ?」

「そんなわけないでしょ?」

「いいや、有り得るって。そんだけお前の愛情が強いっていう証拠で──」

「 〝病は気から〟 っていうものねぇ?」

「気のせいなんかじゃねーって、これはな──」

「ちょっとぉ、今はどうだっていいでしょ、そんな話!?」

 状況といいタイミングといい、珍しくまともに突っ込んだのはミュエリだった。

 こんな状況でもなければ、間違いなく 〝どうでもいい話とはなんだよ、どうでもいい話とは!?〟 と反論するところだろうが、今回ばかりはさすがのラディも素直に身を引いた。

「そ、そうだな…。──で、どうする?」

「そうね…とにかく、役人の目をどこかに逸らせないと…」

「あぁ。問題はどうやって逸らすか…だよな」

 その方法を考えるように無言で頷けば、ややって、ミュエリがボソリと呟いた。

「一番いいのは、イオータが迎えに来てくれる事なんだけどぉ…」

「そんなのムリに決まってるでしょ? あたし達がどこにいるのかも分かんないのに」

「あら、そんな事ないわよ。何てったって、相手はイオータなんだから」

 それが自信満々に言える理由なのか…?

 突っ込みたい気持ちを抑え、あたしは小さな溜め息をついた。

「あのねぇ…いくら勘が鋭いからって、ここに来るとさえ知らない事を察知できるはず──」

「分かってるわよ」

「だったら──」

「あぁ~もう、そうじゃなくて! 分かってるって言ったのは、〝イオータなら〟 っていう意味よ。私たちがどこにいようと彼には分かるの、それを持ってる限りはね」

 そう言ってミュエリが指差したのは、あたしの左腰に差してあるものだった。

「…イオータの…剣…?」

 言っている意味が分からず見たまま答えれば、今度はラディが思いだしたように続けた。

「そういや、あいつの剣にはお互いを引き寄せる特殊な力が宿ってるって言ってたな? だから剣の気配を辿ればもう一本の剣も見つけられるって…」

 ──── !

「えぇ。だからクモ賊に襲われた時も、先に行かせたルフェラにそれを渡したのよ。その事は後から聞いたけど、ちゃんとイオータは剣を見つけたでしょ? 今回の事だって、その為に持たせたんじゃないの?」

「あぁ~…そういうことかよ…」

 〝なるほどな…〟 と納得したものの、直後に 〝あれ?〟 と浮かんだ疑問を口にした。

「だったら何で 〝ネオスかルフェラに渡してくれ〟 って言ったんだ? 別にそれが目的なら、オレが持ってたっていいんだろ?」

「ケガしたあなたに持たせたて、何の意味があるのよ? 戦うどころか、家で留守番させられる可能性の方が高いっていうのに」

「だったら、お前の名前が出てこなかったのは何でなんだよ?」

「それは──…あらやだ、そうよね?」

「だろ?」

 〝変よね…?〟 と首を傾げる二人の会話をどこか遠くの方で聞きながら、あたしは今の会話をもう一度頭の中で繰り返してみた。

 イオータの剣にはお互いを引き寄せる特殊な力が宿っている…。その気配を辿ればもう一本の剣を見つける事ができて…だからクモ賊に襲われた時、イオータはあたしに剣を渡した。つまり、それを持ってさえいれば、あたしがどこにいるか分かるからだ。

 その結論に、ラディ同様 〝そういうことだったんだ…〟 と納得すれば、あの時は意味が分からなかったイオータの言葉もようやく理解することができた。


 〝あんたがこれを持って行かねーと居場所が分かんねーんだよ〟


 つまり、そういう意味だったのだ。

 そして今回 剣を渡したのも、おそらくミュエリの言う通りだろう。ただ、本当の目的はその逆なんだと思う。じゃなければ、剣を持つ者を指名する必要などないもの。

 ルシーナの家を出た時から感じていた左腰の違和感。そして次第にどこかに引き寄せられていくこの感覚は……。

 無意識的に剣を握り、導き出した結論を確かめるようにネオスを見れば、気付くのを待っていたかのようにネオスと目が合った。そして、ゆっくりと頷いた。

「────!!」

 やっぱり、これが剣の気配なんだ…。だとしたら、なんて強いんだろう。今まで何も感じなかったのが不思議なくらいだわ…。

 ただ、引き寄せられる方向が少し違うのが気になる。

 統治家は、今いる場所から左前方にある。イオータがその中にいるなら、間違いなく剣の気配はそちらから感じるはずで…なのに、どれだけ気を集中させても、その感覚はあたし達の前方か少し右の方角から感じるのだ。

 いったいどっちに行けばいいのよ…?

 それが分からず何度か統治家と気配を感じる方向を交互に見ていたら、ネオスが何を迷っているのか分かったのだろう。不意に肩に手が触れたかと思うと、

「信じよう」

 たった一言…けれど、迷いを吹っ切るには十分な言葉を、ラディたちには聞こえないくらいの小さな声で囁いてくれた。合わせて見せてくれた微笑みに、不思議なほど自信がわいてくる。

 あたしは〝うん〟 と頷くと、未だ 〝何でだろうな…?〟 と話しているラディに声を掛けた。

「ラディ、本当に足は大丈夫なのね?」

 その問いかけに、ラディから自信満々の笑みが返ってきた。

「あぁ、お前を抱き上げて走る事だってできるぞ」

「そう。──じゃぁ、ちょっと遠回りになるかもしれないけど…みんな、ついてきてくれる?」

「え…?」

 いつもの軽口に対する反応と違って少々拍子抜けしたようだが、あたしがさっさと歩き出したから、突っ込む余裕はなかったらしい。

「お、おい…ルフェラ、どこ行くんだよ?」

「そうよ、統治家はそっちじゃないでしょう?」

 理解できない行動に疑問の声を投げかけてきたが、あたしは 〝とにかく、ついてきて〟 とばかりに後ろを振り向かず歩き続けた。

 今は理由なんてどうだっていい。〝剣の気配を感じるからだ〟 と言ったって信じられないのは当然だし、その方向が統治家と違う方向なら尚更だ。

 気配を感じたのが統治家とは違う場所でも、その剣は絶対にイオータが持っている。役人に襲われて剣だけそこに落としたなんて事は、剣術の腕からいって有り得ないし、万が一、役人に見つかってその場所に捉えられていたとしても、彼がいなければルシーナたちを救い出すことは不可能だもの。

 まずはイオータと合流しなければ…。

 それが第一条件だと心がはやれば、あたしは自然と足早になっていった。


 剣の気配は統治家を回り込むように感じ、それは裏山へと続いていた。

 山の入り口にも見張りの役人が何人かいたが、流石に大きく回り込むように行くと誰もいなくて、あたし達はそこから中に入ることにした。おそらく統治家に近付くにつれて役人の姿も見えてくるだろう。ただ、視界を遮る木々があるというのは、不利でもあるが有利にも働くものだ。もちろん、相手も同じ条件だからどっちに有利か…というのは意味のない事なのだが…。

「それにしても、裏山から行くとは考えたよなぁ、ルフェラ?」

 剣の気配を辿っているとは言ってないが、次第に向かっている場所がハッキリしたのだろう。山に入ってから役人を見てない事も重なって、ラディが余裕で話し始めた。それに続いたのはミュエリだ。

「ほ~んとよね。考えてみればさ、厳戒態勢っていっても戦じゃないんだもの。裏山の見張り役を表ほど多くする必要はないのよね。でも、〝少し〟 どころか 〝大分〟 遠回りしたわよねぇ~?」

「いーじゃねーか、〝少し〟 だろーが〝大分〟 だろーが。安全に行けるのが一番なんだからよ」

「それはそうだけど…」

「あ…ひょっとしてお前、アレだな? 疲れて歩けないって言いたいんだろ?」

「別にそんなんじゃ──」

「かぁ~、これっくらいで疲れるとは、日頃の運動が足りねー証拠だよ。ってか、心はともかく、体は正直だっつーもんなぁ?」

「なによ、年だとでも言いたいの!?」

「違うのか?」

「違うわよ! だいたい、私より遅れてついてくるあなたに言われたくないわ! それとも、自分が遅れてることすら気付いてないっていうの? だとしたら、それこそ年なんじゃなのぉ~?」

「ンだとぉー」

「なによぉ──」

「いい加減にしてよ、二人とも! 役人に聞こえたらどうすんの!?」

 どうしてこう、少しでも余裕が出てくると言い合いに発展してしまうのか…。ウンザリしながらもできるだけ小声で注意すれば、お互いソッポを向いて黙ってしまった。が、その直後──

「何者だ!?」

「────!!」

 時既に遅く、目の前に二人の役人が現れた。

 後ろでラディが舌打ちする音が聞こえた。

「見かけん顔だが、道に迷った…というわけではなさそうだな?」

 役人は剣を握っているあたしの手を見て言った。もちろんそれは剣の気配を辿る為で、戦おうという意思表示ではない。けれど不審者の侵入を許さない状況で、そんな言葉を誰が信じようか。

 それでも何とかごまかせるなら…とすぐに剣から手を離しのだが、ほぼ同時に口を開いたのはラディだった。

「だったら、どうだってんだよ?」

「ラディ!」

 止めるように制したが、ラディは構わず前に出てきた。その言動に、もう一人の役人が仲間を呼びにこの場を去っていった。更にラディが噛み付く。

「 〝敢えて〟 だったらどうだってんだ?」

「大人しくここから出て行くか、さもなければここで命を落とすか、だ」

「ハッ! 上等じゃねーか! 誰が大人しく出てくかよ。オレはこの先に用があんだ。シーヴァって野郎の計画をブチ壊すっていう用事がな!」

「なんだと!?」

「ほら、やれるもんならやってみろよ?」

 そう言うと、ラディが挑発するように剣を抜いた。

「止めなさいって、ラディ! あんたのその──」

「うっせーな!」

 まるで弱点を言うなとばかりに遮ると、今度はネオスに向けて言い放った。

「お前も何やってんだよ!? みんな連れて先に行けって!!」

「バカなこと言わないで、ラディ!!」

「これがバカな事なら、反論しねーよ! だから、とっとと行けって!!」

「行けるわけないでしょ! ねぇ、ネオスも何とか言って──」

「──どうしたい?」

「え…?」

 あたしとラディの切羽詰った状況とは裏腹に、ネオスの口調はとても冷静だった。そして、再び言葉を付け足し繰り返した。

「ルフェラはどうしたい?」

「あ……どうしたいって…あたしは……」

「お…い、何言ってんだよ、こんな時に!? お前がとっとと連れてったらいいことだろーが!?」

「ルフェラ──」

「てめぇ…聞けって!!」

「どうしたいか言えばいい」

 ラディの言葉などまるで聞こえてないかのように、ネオスはあたしの答えを求めた。

 どうしたい…って……あたしはここを突破したいだけ……ううん、違う。突破しなきゃならないのよ。その為にはこの役人を倒さなければならない。でも、今のラディにそれはムリだ。

 ──ということはつまり、誰が戦うかってことよね…。それを選べってことなの、ネオス!?

 そんな思いでネオスを見れば、その目はとても穏やかで強いものだった。その眼差しが昨日の事を思い出させる。


 〝信じて欲しいんだ、僕の事〟


 ネオス…。

 分かってる…ネオスが何を望んでいるのか、そして何を言えばいいのかは。


 〝ネオスに任せる〟


 ──その一言だ。

 あぁ、だけど…!

 そんな危険な状況を人に任せて、あたし達だけ先に行くなんてできないよ…!

 罪悪感にも似た気持ちが言うのを躊躇わせていると、仲間を呼びに行った役人が戻って来るのが見えた。後ろには十人くらいの役人がついてくる。

 いくらなんでもあんな人数相手に……と、躊躇っていたことに後悔と焦りが更に増した時だった──

「──── !」

 役人たちの頭上に見えたものに、あたしは一筋の光を感じた。咄嗟に目の前の二人に視線を移せば、さっきまで気付かなかったあの光が頭上で怪しく揺らめいているではないか。

 今までは絶対に見たくないと思ったものなのに、今は見えてよかったと思ってしまう。

 改めてネオスの頭上を確認して、あたしはようやくその覚悟を決める事ができた。

「ネオス、自信は?」

 その問いかけに、ネオスが軽く微笑んだ。そして、答える。

「もちろん」

「そう。じゃぁ、ここをお願い」

「──ッ! ルフェラ、お前まで──」

「ルーフィンはここに残って、全てが終わったらネオスをあたし達の所に案内して! ラディとミュエリは──」

「っざけんな!」

 さっきの言葉を無視したからか、ラディが更なる大きな声を出して遮った。

「これはオレが売ったケンカなんだぞ!」

「ケンカなんかじゃない! 生きるか死ぬかの戦いよ!!」

「だったら勝ちゃぁ、いいんじゃねーか!! それとも何か!? オレが負けるとでも言うのかよ!?」

「負けるわよ!!」

「────ッ!!」

 こんな事で言い合いなんかしてる場合じゃない…と、普段なら濁す言葉をハッキリと口にすれば、案の定ラディの反論が止まった。

「誰もが無事でいる為よ、ラディ。──それに、あの子を助けるんでしょ?」

「……………!」

 〝負ける〟 と言われたから、それともティオを助けるのは自分なんだと改めて認識したからか、ややあってラディが 〝あぁ〟 と頷いた。

「じゃぁ、早く…ミュエリも来て!」

 役人の仲間がここに到着するかしないかのタイミングで、あたし達はその場を離れた。すぐに追いつかれるかとも思ったが、ネオスの剣術がそれ以上に上回っていたのだろう。剣を交える音がかなり遠くなり、〝とりあえず、ここまで来れば…〟 と胸を撫で下ろしたのだが──

「ちょっと、ラディ…!?」

 ミュエリの声に驚いて振り向くと、ラディが木の根元で膝をついた所だった。その顔色は悪く、顔から流れる汗は走ってきたからというよりは冷や汗に近い。

「ラディ、あんたまさか……」

 その可能性が頭をよぎり慌てて足を見れば、解けかけた包帯の隙間から見えた足首の腫れと色に驚いた。

「だ、大丈夫だ…少し休めば──」

「大丈夫なわけないでしょ!? 何で黙ってたのよ!? 本当は痛くてたまらなかったんじゃない!」

「言ったところでどうなるってんだよ…? オレは…止められてもぜってぇ行くって決めたんだぞ…?」

「バカ! そんなの分かってるわよ! ただ、痛いって言ってくれたらあたしだって──」

 ──と、そこまで言ってハッとした。ふと、数分前のミュエリの言葉を思いだしたのだ。


 〝だいたい、私より遅れてついてくるあなたに言われたくないわ!〟


 まさか、あの時から既に限界だった…? ミュエリもそれに気付いて…だから、〝遠回りだ〟 なんて言い出したってこと…?

 あ…ぁ、そうよ…朝の時点でまだあんなに腫れてたのよ? 包帯の巻き方ひとつでそこまで痛みが引くわけないじゃない…。それを…いつもなら本気にしないのに、〝お前の愛情が…云々〟 なんて言葉を真に受けて、歩く早さも考えなかったなんて……。

 剣の気配に気を取られて何も気付かなかったのはあたし……バカはあたしの方だ…。

「ごめん、ラディ…。あたしが最初からゆっくり歩くべきだったのよね…」

「あ、いや…だから別にルフェラが謝る必要はねーって…。オレが勝手に黙ってただけなんだからよ…」

「……………」

「それに…包帯を巻き直して痛みが楽になったのは事実なんだぞ! ほんとに、ほんとに楽になったんだからな!」

 それが本当かどうかはあたしには分からないが、必死でそう言ってくれるラディの優しさにあたしは 〝ありがとう〟と小さな笑みを返した。それを見て、ラディがホッとしたような表情を浮かべれば、すかさずミュエリが突っ込んだ。

「そうよねぇ。ただ敢えて言うなら、愛情が足らなかったってだけじゃない? 残念だったわねぇ、ラディ?」

「くっ…ミュエリ、てめぇ…」

 面白半分にそう言ったのは、おそらくミュエリの優しさなのだろう。

 バカ正直なのに変に我慢してウソを付くラディや、ちょっと捻くれた優しさを見せるミュリ…。あたしは少しずつだが、今になって彼らの事を分かってきたような気がした。

 そんな二人に心の中で感謝しつつ、あたしは気持ちを切り替えるように息を吐き出した。

「とりあえず、巻き直すわよ、ラディ」

「あ、あぁ…頼む…。めちゃくちゃキツク巻いてくれていいからな」

「どうせなら血が止まっちゃうくらい巻いちゃいなさいよ。その方が足も痺れて痛みなんか感じなくなるんじゃない?」

「おぉ~、それいいかもな」

「バカ言わないでよ」

 あたしは軽く笑いながら包帯を解くと、再びそれを巻き始めた。

 痛みを堪える時に漏れる声を聞くたび、包帯を巻く手も緩んでしまいそうになるが、きつく巻くことがラディの為だと思えば、心の中で謝りながらもその手に力を込めた。そうしてあと半分ほどになった時だった──

 後ろで枯れ木を踏んだ音が聞こえたのと、ミュエリが思わず 〝ルフェラ…〟 と漏らしたのはほぼ同時で、あたしは反射的にラディの足首を掴むと体ごと振り返り、その手を後ろに隠した。

 かなり遠くなったとはいえ、剣を交える音を聞きつけたのだろう。既に、五人くらいの役人があたし達のところにやってきていたのだ。

「何か騒がしいと思ったら、お前たちか…」

「くっそ…! 何でこう、取り込んでる最中に……。ルフェラ、今度こそミュエリと二人で逃げろ。ここはオレが──」

「ダメよ」

「ダメってな…約束しただろ! 万が一、襲われるような事があったらオレの事は放って逃げるって!」

「したわ。でも、ハナから守るつもりはなかったもの」

「な、なに!?」

「ラディだって、あたしが守るとは思ってなかったでしょ?」

「──── !」

「でも…どうするのよ、ルフェラ?」

「そうね……」

 不安なミュエリの質問に、あたしはできるだけ冷静に考えるようにした。

 とりあえず、この役人の頭上にもあの光が見えるってことは、戦って勝つのはあたし達ってことよね。あとは誰が戦うかだけど、ラディは絶対にムリだから、あたしかミュエリって事になる。でも、いくら剣術を習ったからって、女一人で五人も相手にできるわけがない…。それはあたしも同じだけど…ううん、防御するのがやっとのあたしこそ、ムリな話だろう。だけどもし互角かそれ以上に戦えるとしたら、可能性はただひとつ。

 ──イオータの剣だ。

 あたしはラディの足首を隠したまま、右手でイオータの剣を抜いた。

「ルフェラ、よせって──」

「ほぉ…。役人の俺たちに刃を向けるって事は、その覚悟があるんだな?」

「えぇ。でも女一人を相手にするんだから、そっちも一人ずつよ。じゃないと、役人の名が汚れるでしょ?」

「ははは…うまいこと言うじゃないか。──よし、いいだろう」

「ミュエリ、何やってんだよ!? 早くルフェラと逃げろって!」

「でも──」

「ミュエリはラディとここにいて! 少しでいい…少しの間でいいから、自分の身とラディを守って!」

 あたしはそう言うと、立ち上がった。

 後ろでは 〝ばっかやろ…オレだって自分の身ぐらい自分で守れるんだぞ〟 と、ラディの声が聞こえたが、あたしは心の中で強く呼びかけていた。

『お願い、イオータ…力を貸して…! あんなに離れた所からでも、力は届いたわ。この近くにいるんなら、容易い事でしょ!? ねぇ、聞こえる、イオータ!?』

 〝お願いだから…!〟 と、剣を握る手に力が入れば、次第に手の平がじっとりと濡れてくる。

 役人の一人が剣を抜き、間合いを取るように剣を構えた。ジリジリと、だけど余裕を見せながら近付くその足の動きは、流石に剣術の腕が優れていると思われるものだった。

『イオータ…イオータ、早く答えて…!!』

 絶対に聞こえる…そう信じ何度も呼びかければ、一瞬、周りの音が遠くなった気がした。とその直後──

『ルフェラか…?』

『────!!』

 何かが繋がったような耳鳴りにも似た中に、イオータの声が混じって聞こえた。その時のあたしの反応に役人の眉が上がる。

「どうした、何か気になることでもあるのか?」

「うるさいわね、ちょっと集中してるだけよ。そのくらいの時間はくれてもいいでしょ?」

 邪魔しないでとばかりにそれだけ言うと、あたしは再びイオータに話しかけた。

『イオータ? イオータ、聞こえるのね!?』

『あぁ、今聞こえた』

『お願い、力を貸して!』

『そりゃいいが…なんでそんなトコにいるんだ?』

『そんなこと説明してるヒマなんてない! 役人に見つかってこの先に行けないのよ!』

『ネオスは?』

『別の役人と戦ってるわ』

『そうか…』

『だから早く──』

『あぁ、分かった。とりあえず、そこから少し右に行った所に 〝無の結界〟 が張ってある』

『無の結界…?』

『木に白い二本の線がついてるから見れば分かるはずだ。そこまでいったら、あとはその印を辿って統治家まで来い』

 時間がない為、イオータは敢えてその説明を避けた。 〝無の結界〟 がどういうもので、以前に見た結界とどう違うのか気になるところだが、今はイオータの言葉に従うしかないだろう。

『分かったわ。でも、ラディの足が思ったより悪くて歩けないのよ。ミュエリだけ行かせるから、この役人と戦う力を貸して!』

『あいつも来たのか!?』

『えぇ、どうしてもティオを助けたいって──』

『ったく…あぁ、まぁいいや。オーケー、その時になったら合図しろ』

 その返事を確認したあたしは、視線だけ役人に残し後ろのミュエリに話しかけた。

「ミュエリ、〝どうして?〟 っていう質問はナシで、とにかく聞いて」

「な…に…?」

「ここから少し右に行った所に白い二本の線がついた木があるわ。それはイオータの所まで続いているはずだから、その印を辿って統治家まで行って」

「行ってって…あ、あなた達はどうするのよ?」

「大丈夫よ。あたし達もあとで行くから」

「この状況でどうやって……」

「戦いに勝つ、それしかないでしょ」

「そんなの…あなた一人にできるわけないじゃない…!? ラディは動けないし…私も一緒に戦うから──」

「ダメよ! 一刻も早くこの状況を知らせる為にも、全員がここに足止め食らってるわけにはいかないの!」

「でも──」

「大丈夫。ネオスもすぐに追いつくわ。だから早く行って!」

 そんなあたしの口調に、ミュエリの言葉にならない声が迷いの溜め息となって漏れた。

「ミュエリ、迷ってるヒマはないのよ?」

 返事がない為そう急かすと、ようやくミュエリが口を開いた。

「分かったわよ…。でも、ひとつだけ聞かせて」

「…なに?」

「…あなた、死んだりしないわよね?」

「────ッ!?」

「おまっ…何言い出すんだよ、こんな時に!?」

「大事な事なのよ!」

「はぁ!?」

「ルフェラ、答えて…。あなたは死なないわよね? そう簡単に死んだりしない、そうよね!?」

「お前、いい加減に──」

「死なないわよ」

 いくら思った事を口にするとはいえ、〝死〟 なんて言葉、縁起でもない…と驚き半分、呆れもしたが、どうもミュエリの様子が変だったから、あたしはもう一度──今度は役人の目を見て──繰り返した。

「死なないわよ。死んでたまるもんですか!」

 自分にも言い聞かすようにそう言うと、〝そうよね…〟 と納得したようなミュエリの声が聞こえた。そして、

「信じてるからね」

 祈りにも似た言葉を残し、ようやく右手の方へ走って行ったのだった。

 即座に、行かせまいと追いかける役人。あたしはそんな彼らの前に回り込むと、行く手を遮るように刃を突きつけた。

「悪いけど、あたしが先でしょ?」

 役人の目が、走り去るミュエリとあたしを交互に見つめたが、その姿も木々で見えなくなったのだろう。あたしに視線を移すと、〝フン〟 と鼻を鳴らした。

「…まぁいい、どうせすぐに捕まるさ」

「さぁ、それはどうかしらね?」

 他にも仲間がいるのは分かってる。だけど、少しの時間でいいのよ。ミュエリが結界の中に逃げ込む、その時間だけ稼げれば。

『イオータ、ミュエリがそっちに向かったわ。準備はいい?』

『あぁ、役人の顔もハッキリ見える。いつでもいいぞ』

『じゃぁ──』

「行くわよ?」

 イオータと目の前の役人に対してそう言うと、あたしは役人の動きをシッカリ捉え、できるだけ体の力を抜いた。その次の瞬間、自分の意思とは関係なく剣が振り上げられ、相手が防御の構えをしたと思ったら、突然 剣は向きを変え、隙のできた脇腹を真横に切り裂いていた。

 それはほんの一瞬。しかもフェイントをかけて振った剣は、どちらかというと右利きのあたしには振りづらい左から振られたのだ。その素早さと予想外の動きに、斬られた男が驚きの目を向けたまま地面に倒れていった。

 途端に周りの役人の顔つきが変わる。

 斬られた男を目にすれば、一人ずつ…なんて考えが消し飛ぶのは当然で、合図もなく四人があたしを取り囲むと一斉に剣を振り上げたのだった…!

「────!!」

 一人・二人ならともかく、全員の動きなんか見れるわけがない──

 そう思いながらも、あたしは必死で視界に映る男たちの姿を捉えようとした。勝つ為にはそれが必然なのだ。さっきのイオータの言葉で、あたしはそれを悟った気がした。

 あたしが見ていなければ、イオータにも見えない。

 〝役人の顔もハッキリ見える〟

 あれは、あたしの目を通してこの状況を見ているということだろう。だから前の時も 〝相手をシッカリ見ろ〟 と言ったのだ。

 瞬きもできないくらい相手の動きから目を離さずにいると、ギリギリの所で二人の剣を弾き返してくれた。その直後もう一人に視線を移したのだが、剣で攻撃を防ぐには遅く、あたしは咄嗟の判断で体を翻しその剣をかわした。──けれどやはりと言うべきか、それが限界だった。かわした勢いと足場の悪さにバランスを崩し、そのまま地面に転んでしまったのだ…!

 瞬時に振り返ったものの、男の刃は目前に迫っていた…!

 う…そでしょ…死の光はまだ見えてるのに…間に合わない…!?

 そうすれば助かるわけでも痛みに耐えられるわけでもないのに、あたしは条件反射のごとく目をギュッと瞑り、体全体を硬直させた。──と次の瞬間、耳をつんざく金属音が顔のすぐ近くで響き、その音の振動が肌を通して伝わってきた。ピリピリとした空気に鳥肌が立つ。

 凄まじい音はもちろん、斬られた痛みも衝撃もないことに反射的に目を開ければ──

「────ッ!!」

 その光景に、あたしは声も出せないほど驚いた。何故なら、立つのがやっとだったはずのラディがあたしに背を向け立っていたからだ。しかも、左足はシッカリと地面を掴んでいる。

「あ…ラ、ラディ…足……」

「んん?」

 やっと口にしたその言葉にラディ自身が気付けば、体勢を立て直す男から目を離さず左足を動かした。そして思いもよらぬ答えが返ってくる。

「おぉ!? 治った!!」

「…………!?」

「全っ然 痛くねぇ!」

「そんなわけ…あんたまたムリして──」

「ちげーって! ほんとに痛くねぇんだよ!!」

「……え?」

「はは…これなら思いっきり戦えるぞ。──ほら、来いよ。今度はオレが相手だ」

 そう言うと、さっきの男を挑発しに掛かった。

 な…に、どういうこと…?

 さっきまであんなに痛がってたのに、その痛みが消えるなんて……ましてや治るなんて事あるはずが──

 ──とそう思った矢先、〝治る〟 という言葉とラディの左足に見えたものにハッとした。

 宵の…煌…!?

 微かだが、その左足首に青白い光が残っていたのだ。

 まさか…ケガを隠そうと足を掴んでた時に…!?

 思わず自分の左手を見つめるが、動いたせいかそれと分かる残光は見られなかった。でもあれは間違いなく宵の煌。ルシーナの腕の傷を治した宵の煌ならば、〝痛くない〟 と言ったラディの言葉はウソじゃない。

 ──本当に、治ってるんだ…。

 改めて体重の乗った左足を見て、あたしはそう確信した。だったらもう、不安に思う事はない。

 あたしは剣を握り直し、ラディと背中合わせに立ち上がった。

「ラディ、そっちの二人、任せたわよ?」

「あぁ。ついでに、お前の将来も任せとけって」

 いつもの軽口を叩かれ、普通なら 〝こんな時に何言ってんのよ!?〟 と怒鳴ってしまうところだが、今はその余裕がとても心強く思えた。

 死の光が見えるという事だけじゃない。ラディの剣術がどれほどのものかは分からないが、背中を通して感じるものや一人で戦うんじゃないということが、自信と心強さに繋がっているのだ。

「ラディ?」

「あぁ?」

「とりあえず、この窮地を脱するまでの 〝未来〟 は任せるわ」

「そんだけかよっ?」

 そんな突っ込みにクスッと肩を揺らすと、あたしとラディは目の前の役人に刃を突きつけたのだった──

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