表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
女神伝説  作者: Sugary
第六章
92/127

10 葬儀後の計画とネオスの告白

 ルシーナの母親が亡くなってから三日が経ち、お葬式はあたし達を含め極親しい人の間だけで行われた。お墓は家のすぐ裏で眠っている父親の隣に建てられ、全てが終わった時には、もう既に日が傾き始めていた。

 みんなが帰っても、ルシーナはジッとお墓の前で座り込んだままで、何も言わなければ朝までずっとそこにいそうな雰囲気だった。夕飯の準備を済ませたミュエリが堪らず促せば、ようやく肩を抱かれるようにして家の中に入ってきたのだが、裏口の敷居をまたぐや否や、ルシーナは緊張の糸が切れたかのように倒れ込みそのまま意識を失ってしまった。

 突然の事に少々驚いたものの、考えればそれも当然の事で…ある意味、あたし達はホッとしたのだが。


「体のほうが限界だったのね…。でもよかったわ、眠ってくれて」

 ルシーナを布団に寝かせて戻ってきたミュエリが、安堵の溜め息と共にその正直な気持ちを口にした。

「昨日もその前も…殆ど眠ってなかったもんな。今まで倒れなかったのが不思議なくらいだぜ」

「ほんとよね…。せめて泣き疲れるくらい泣いてくれれば、自然と眠る事もできたんだろうけど…」

「あいつ、あれから一言も喋ってねーんだよな?」

 ラディが確認するように問いかけたのは、ミュエリがあの日からずっとルシーナに付き添っていたからだった。その質問に、ミュエリが無言で頷いた。

「まさか、口が聞けなくなったっていうんじゃ──」

「違うと思うわ」

 ラディの心配を遮るようにミュエリが否定した。

「私も最初はショックで声が出なくなったのかと思ったけど、そうじゃないみたいなのよね。喋れないというよりは喋りたくないって感じで……喪失感からくる一時的な無気力状態っていうのなら、そう心配する事はないと思うんだけど…」

「涙を見せないのもそのせいってか…?」

「そう思えないから心配してるんじゃない」

「だよな…」

 殆ど寝ていなかったという以外に、改めて気になっていたことを言葉にして、あたし達は深い溜め息をついた。

 母親を抱いて戻ってきた時、その現実の光景にラディとミュエリは声を失った。けれどそれ以上に言葉を失っていたのはルシーナ本人で、〝お母さんを家に連れて帰らなきゃ…〟 と言ったのを最後に、喋るどころか涙さえ見せていないことが、今はとても気がかりな事だったのだ。

「とにかく、しばらくはルシーナを一人にしておけないわ」

「あぁ、そうだな。んじゃ、お前はルシーナを頼む。オレはタウル──あ、いや…ティオを連れ戻すからよ」

「連れ戻すって……どうやってよ? 行けるわけないでしょ、その足で?」

「行けるわけなくても、行くしかねーだろ? あれからもう三日も経ってんだぞ? 早く助けてやんねーと…手遅れになったらどーすんだよ?」

「そうだけど…ティオにはイオータがついてるじゃない。万が一の時は助け出すって言ったんだから──」

「そのイオータが戻ってこねーんじゃねーか! 命を狙ってるやつに連れてかれて、〝万が一〟 の状況が三日もねーなんて…ありえねーだろ?」

「それって…イオータにも何かあったって言いたいの…?」

「その可能性があるってことだよ。それに…なんにもなかったんなら、万が一を待たずにとっとと助け出しゃいいじゃねーか」

「それはそうかもしれないけど…だからって、歩くのさえままならないあなたが行って、何ができるっていうのよ?」

「何ができるかなんてカンケーねぇよ。ただ、行かなきゃなんねーだけだ」

「どうして──」

「約束したからに決まってんだろ!?」

「……え?」

「オレは…あいつを守ってやるって約束したんだ。だから、あんなに口を閉ざしていた捜し人の事も、オレを信じて話してくれたんだぞ? あの時は守ってやれなかったけど…だからこそ今度は助けてやんねーと……あいつだってそれを信じて待ってるに違いねぇんだ」

 ──だから、どんなことをしても助けに行く。たとえ自分の命と引き換えにしても。

 そんな覚悟をしているように聞こえた。

 ティオを助けられるなら、〝誰が〟 なんて関係ないのに、それを敢えて 〝自分が…〟 と強く思っているのは、〝約束したから〟 という以上に、ラディ本人が望んでいるからなのだろう。ティオに妹の姿を重ね、今度こそは死なせてなるものか…そう思っているのだ。

 ミュエリがラディの過去を知っているかどうかは分からないが、ただならぬ覚悟をしているというのは分かったのだろう。それ以上は何も言おうとしなかった。ただ、だからと言って放っておけるわけがない…というのも本音で、案の定、〝頼みの綱〟 をあたしに渡してきた。

「ちょっと、ねぇ…ルフェラも黙ってないで何とか言いなさいよ」

 少なくとも、あたしが 〝イオータなら信じられるから〟 と言えば、その考えも変わるかもしれない。そんな望みをあたしに託したのだ。だけど──

「止めはしないわ」

「──── !」

 あたしは静かにその望みを跳ね除けた。そんな予想外の返答に、一瞬ミュエリも言葉を失う。

「…あ…あなた何 言って…あんな足でティオの所まで行けると思ってるの!?」

「そうね、多分…」

「多分って──」

 多分、ムリ…。ううん、絶対にムリだわ。それはあたしにだって分かる。あの足では統治家の所まで歩いて行けない。ましてやティオを助け出し戻ってくるなどできやしない、と。だけど、ラディの気持ちはもっと分かるのだ。妹の死がラディの責任じゃなくても、本人がそう思っている以上、罪の意識で苦しんでいるのは事実。ティオを助けることで妹に対する償いができるわけではないけれど、そうせずにはいられないという彼の気持ちが分かれば、ヘタな慰めで彼を止めることもできないのだ。だから、あたしは付け足した。

「その代わり、あたしも一緒に行くわ」

「なっ…!?」

「な…なに言ってるのよ、あなた──」

「どうせ止めたって聞かないんだから、手を貸すしかないでしょ?」

「だからって…」

「それに、ティオもそうだけどルシーナの命だって危ないのよ。誰もが無事でいられる可能性を考えたら、あたしとラディはここにいないほうがいい。──違う?」

「それは…」

 ネオスとミュエリの剣術がどこまで通用するかは、正直あたしにも分からない。ただ、ケガをしたラディと自分の身もロクに守れないようなあたしがいたら──ルシーナを連れて逃げるしかなくても──二人の足手まといになることだけは確実なのだ。

 もちろん、身を守ると同時に相手を傷付けてしまうことを恐れているあたしが、偉そうに言えることじゃないのは十分に分かっていた。たとえ正当防衛だとしても、人を傷付けた時の苦しみなど味わって欲しくないのは当然のことで…なのに、そうなる可能性のある状況を彼らに任せようとしているんだもの…。酷いヤツだと思われても仕方がない。

 でもね、ミュエリ──

 あたしは少し口調を変えた。

「この状況でルシーナを任せられるのは、ネオスとミュエリの二人だけなの。だから お願い…彼女を守ってあげて」

 そう言うと、〝お願い〟 という言葉が効いたのか、それとも他にいい方法が思い浮かばなかったからか、ややあってミュエリは諦めたように小さな溜め息をついた。

「…分かったわよ。その代わり、そっちもみんな無事じゃないと許さないからね」

「えぇ、分か──」

「ダメだ!」

 ようやくミュエリが納得したと思いきや、今度は 〝話を聞いてなかったの!?〟 とツッコミたくなるようなラディの声が飛んできた。

「オレは一人で行く」

「あのねぇ…言ったでしょ? たとえティオをイオータに任せるとしても、あたし達はここにいないほうがいいって──」

「だったら尚更じゃねーか」

「何がよ?」

「命 狙われてんのは、二人だけじゃねーってことだよ!」

「──── !」

「お前だって命狙われてんだぞ…忘れたのかよ?」

 忘れていた…というよりは敢えて考えないようにしていた事で、それをハッキリと言われたから思わず動揺した。

「あ…あたしは大丈夫よ…。あいつらはもう、この世にいないんだから…レイラさんの仇はネオスがとってくれたって言ったでしょ?」

 あの日、何が起きたのか二人には話したが、その半分くらいはウソだった。

 狙われたのは実はあたしで、その原因がおそらくあのペンダントのようなものだという事、そしてルシーナを庇って母親が殺された事など、事実を言えたのはそれくらいだ。

 ルシーナを逃がしたあと突然イオータの声が頭の中で聞こえた事や、合図と共に剣が勝手に動きだした事は、色んな意味で彼らの反応が怖くて言えなかった。ましてや、剣術をまともに習ってないあたしが、傷ひとつ負わずあんな残酷な殺し方をしたなんて…。

 そんな気持ちを察してか、黙ってしまったあたしに助け舟を出してくれたのが、さっきのようなネオスの 〝ウソの説明〟 だったのだ。

「唯一 生き残った男もいるけど、ネオスには適わないって分かって逃げるように去っていったんだから…もう二度と襲ってこな──」

「そいつが他の仲間を引き連れてきたらどーすんだよ? その可能性はあるだろ?」

「それは…」

「逃げたのが眼帯したリーダー風の男ってことは、その目だって、ぜってぇ 戦いの時にやられたもんだぜ? だとしたら、そんなヤツが簡単に引き下がるとは思えねーじゃねーか。それに理由は分かんねーけどよ、狙ってる物があるってことは、これからだってそういう連中が出てくる可能性があるってことだろ?」

「……………」

「だいたい、それを知ってネオスが許すもんかよ?」

 無言で 〝そうだろ?〟 とネオスに問えば、返ってきた答えは意外なもので…それにはラディだけでなくあたしも驚いた。

「僕は、ルフェラがそうすると決めたなら反対しないよ」

「なっ…お、お前 なに言ってんだよ!? 忘れたのか? あいつら普通じゃねーんだぞ!?」

「あぁ」

「あぁ…って──」

「ちょ、ちょっと待ってよ…普通じゃないってどういうこと…?」

「え…? あ、いや…それはよ……」

 思わぬ言葉に問いかければ、マズイ事を言ったとでもいうように口ごもってしまった。──とその直後、

「…結…界…」

「── !」

「おい、ミュエリ!」

 思い出したように呟いたミュエリの言葉──知るはずもないと思っていた言葉──にあたしが驚くのと、慌ててラディが注意したのは同時だった。が、ミュエリは構わず続けた。

「あなたがルシーナたちを追いかけて家を出た後、いきなり戸が閉まったのよ」

「え…?」

 いきなり戸が閉まった…?

 そう繰り返し三日前の記憶を辿れば、すぐに 〝そういえば…〟 と思い当たる事がありハッとした。

 まさか背後で何かを叩きつけるような音がしたのは、戸が閉まった音だったってこと?

「すぐに開けようとしたけどダメだったわ。何かものすごい抵抗感があって、戸に触れる事すらできなかったのよ。そしたらラディが 〝あの時と同じだ…〟 って…」

「あの時…?」

 あたしは即座にラディに視線を向けた。すると一瞬ミュエリを睨んだものの、すぐに 〝しょうがねぇ〟 とばかりに頭を掻きながら口を開いた。

「…リビアに赤守球を渡しに行った時さ。あん時オレらは家の中に入れなくてよ…力づくで入ろうとしたら、すっげー強い静電気みたいなものに弾かれちまったんだ。その時イオータが 〝結界だ〟 って教えてくれて…三日前もその時の感覚と同じだったから、すぐにそれだって分かったんだよ。狙いがルフェラなら、オレらと引き離すために結界張ったってゆーのにも説明がつくだろ? ──ったく、ほんとは、あんま怖がらせたくなかったから言いたくなかったのによ…」

 最後の言葉は独り言に近かったが、あたしは同時にそれが口ごもった理由だとも知った。

「そんな…ワケ分かんねーもん操ってるヤツが相手なんだぞ? おい、分かってんのか、ネオス!? オレがケガしてなかったらまだしも、この状態で襲われたら誰がルフェラを守るってんだよ!?」

 その場に一緒にいながら 〝忘れていた…〟 というのはネオスに限って有り得ないことで、故に 〝分かった上でのあの言葉だったら許さねーぞ〟 という怒りがありありと伝わってくるものだった。そんなラディにネオスが僅かな間を置いて答えた。

「──僕が守るよ」

「は…ぁ!?」

「いざとなったら、ルフェラの命は僕が守る」

 そう繰り返したネオスの目はとても強く真剣で、それでいてどこか穏やかにも見えた。なのに何故だろう、身に覚えのある恐ろしさが胸の中に広がってくるのは…。

 そんな感覚をラディも感じているのか、それともネオスの真剣さに圧倒されているだけなのか…言っている事に矛盾があるにも拘らず、すぐには言い返せないようだった。それでも、ややあってその矛盾を投げ付ける。

「お…前…自分の言ってること分かってんのか? ルフェラをオレと行かせて、どうやってお前が守るってんだよ? 守れるわけねーだろーが!?」

「直接は無理でも、結果的に守れるならそれでいいんだ」

「は? 何…言ってんだよ…お前…?」

「要は、僕を信じて欲しいって事だよ」

「信じてって…できるか、んなワケ分かんねーことで──」

「だったら、ティオのところに行くのは諦めるかい?」

「それこそできるわけねーだろ!? あいつはオレを待ってんだぞ!? それにオレが残ったら、尚更 足手まといになるじゃねーか! そんなのは死んだってごめんだ!! くっそ…誰がなんと言おうとオレは一人で行ってやるからな!」

「じゃぁ、好きにすればいいよ。どうせ、誰がなんと言おうとルフェラも後をついていくだろうからね」

 〝そうだろう?〟 と確認の視線を送られて、あたしは即座に 〝もちろん〟 と頷いた。

「──── !」

 止めてもムダだという強い意思を、そっくりそのまま返されたのだ。反論したくてもできない状況に、ラディの顔が悔しそうに歪んだ。そんな彼にミュエリが呆れたような溜め息をつく。

「もう諦めなさいよ、ラディ。あの連中には居場所がバレてるんだから。ティオの事がなくても二手に分かれるのが一番いい方法だってことくらい、あなたも分かってるはずでしょ? それに、男が戻ってくるのも 〝絶対〟 ってわけじゃないのよ? ゼロじゃないってだけの可能性なら、尚更ここにいないほうが安全だっていう考えもできるじゃない」

「……………」

 それは、ミュエリにしては珍しくまともな意見だった。

 襲ってくるのがルシーナの命を狙う役人だけだったとしても、二手に分かれるのが一番いい方法であることには変わりない。ミュエリはそう説明したのだ。

 分かっている事を指摘され、いつもならカチンとくるラディだが、今回は状況が状況だけに渋々ながらも諦めたようだった。

「──ったく、分かったよ。その代わり、ひとつだけ約束してくれよな」

「なに?」

「万が一あいつらが現れたら、オレの事は放ってさっさと逃げるって」

 たとえ逆の立場でもそんな事できやしないのに、敢えてラディはその約束を求めた。おそらく、約束したところであたしが素直に守るとは思ってないだろうが、今のラディにはウソでも必要な約束なのだろう。

 あたしはラディの目を真っ直ぐ見つめると、〝分かったわ〟 とゆっくり頷いた。

「絶対だからな!」

「えぇ、約束する」

 再度 言葉にして返事をすれば、

「大丈夫だよ、ルフェラなら」

 そんなネオスの言葉も加わって──信じるか否かは別としても──ようやく 〝よし〟 と頷き納得してくれた。

 一方あたしは、ネオスの言葉がどちらの意味なのか少々気になった。〝自分が守るから大丈夫〟 なのか、それとも 〝あたしには、あの連中を倒した力があるから大丈夫〟 なのか…。どちらにせよ、それを聞くのは何だか怖い感じがして口には出せなかったのだが。

「んじゃ、メシ食ってとっとと寝ようぜ。明日の為に、少しでも体力つけとかねーとな。──いただきまっす!」

 いつもの調子でラディが言えば、少なからずその場の空気が軽くなった気がして、あたし達はようやく目の前の食事に手を付けることができた。そして、ルシーナの事を気にしながらも食事を終えると、ラディ、ミュエリ、あたしの順にお風呂に入ったのだった。

 ラディの足の薬は、ミュエリがお風呂に入っている間にあたしが張り替えたのだが、その足首は真っ青で張れもまだまだ残っていた。それがあまりにも痛々しく、思わず 〝あの力だったら…〟 と包帯を巻く自分の手を見つめてしまった。が、当然の事ながらあの光は出てこない。

 同じ力なのにイオータのように思うように使えないなんてね…。

 あたしは自分の無力さを痛感すると共に、その思いを心の中で吐き出すしかなかった。

 その後、あたしがお風呂に入って出てくると、ラディとミュエリは既に隣の部屋で寝息を立てていた。交代で入ろうとしたネオスに 〝先に寝ていいから…〟 と言われていたが、どうしても聞いておきたい事があったため、彼が出てくるまで待っていることにした。

 案の定、お風呂を終えたネオスが起きているあたしを見て、〝あれ?〟 という顔をした。

「まだ起きてたんだ? ──ひょっとして眠れないとか?」

「ううん、そうじゃないけど……ねぇ、ネオス?」

「うん?」

「ちょっといい?」

 あたしはそう言うと、熟睡している二人には聞こえないと思いつつも、台所の方へと移動した。

 あの日から一段落着いたら聞こうと思っていたこと…それが今だっていうのに、いざとなったら何から聞いていいか分からなくなる…。それに、知りたい気持ちと同じくらい、知るのが怖い気もするのだ。

 ネオスに背を向けたまま、もしあの時のことが夢だったら…なんて今更ながらの不安を心の中で考えていると──

「宵の煌…のこと?」

「────!!」

 静かに口火を切ったのはネオスだった。それはイオータが口にしたのと同じ言葉で、ドキッとすると共に 〝これでもう、あとには戻れない…〟 という後悔にも似た重さを胸に感じた。

 あたしは大きく息を吸うと、ゆっくりと後ろを振り返った。

「…いつから?」

「…ジェイスさんがクモ賊を罰した日だよ。ルフェラの魂が元の体に戻った直後、やっと目覚めたんだ」

「やっと…?」

 その言葉に、あたしは眉を寄せた。

「それって…ネオスは最初から自分にその力があるって知ってたの? 目覚める事を望んでたってこと…?」

「あぁ」

「どうして…?」

「それが僕にとって生きる意味になるからだよ」

「……………?」

「そう望んで生まれたからね」

 それは、言い換えれば 〝生まれる前から望んでいた〟 という事で、到底、答えとは思えない答えだった。

「よく…分からないんだけど……」

 もっとよく分かる説明を…と求めてみたが、ネオスはどこか寂しそうな表情で 〝そうだろうね〟 と答えただけだった。だから、少し質問を変えた。

「ネオスは、どこまで知ってるの? イオータの事もあたしの事も知ってるんでしょ? 三日前…あたしに 〝宵の煌だよ〟 って言ったのは、あたしにその力が見えるってことを知ってたからよね?」

 同じ力を持っているなら──あたしとイオータがそうであったように──二人が話していても不思議はない。ジェイスの村で、エステルに 〝人殺し〟 と呼ばれたあの夜…帰る途中にラディが言っていた。

 〝そういや最近、ネオスとイオータが二人っきりになる事って多いよな? 〟

 ──と。

 あの時は暗く重い空気を変えるため、ラディがバカな事を言っただけなんだ…って思ったけど、同じ力を持っている者同士なら、二人きりになる事が増えたというのにも納得がいく。

 案の定、ネオスは静かに頷いた。

「宵の煌が目覚めた事も、月の光を避けている事も……自分の中で目覚めていく力に戸惑い、恐れさえ抱いている事も分かってたよ」

「…だったら、どうして何も言ってくれなかったの? 自分も同じ力を持ってるって…だから心配しなくていいって…そう言ってくれたらあたし──」

「聞く相手を間違えなかった?」

「──── !」

 あたしはその言葉にハッとした。と同時に、ルーフィンの本当の気持ちも知った気がした。

 ルーフィンは知ってたんだ…ネオスも同じ力を持ってること……。だからあんなにもネオスに話すよう勧めたんだわ…。あたしの事が心配なのはもちろん、聞く相手はイオータではなくネオスだと教える為に……。

 じゃぁ、どうしてそう言ってくれなかったのよ、ルーフィン…?

 ネオスに言った言葉を心の中で繰り返せば、今度はネオスが同じ言葉をあたしに投げかけてきた。

「ルフェラは?」

「え…?」

「ルフェラは、どうして僕たちに話そうとしなかった?」

「それは……」

「不安な事、気になる事…何でもいい。一人で抱え込まないで僕たちの誰かに話すことだってできたはずだよ、違うかい?」

「それはそうだけど……できるわけないわ、そんなの…」

「どうして?」

「だって…あんなワケの分かんない力…自分が自分でなくなったり、普通じゃ有り得ないことばかり起こってるのよ? 自分でも恐ろしいって思うのに──」

「それを聞いて、僕たちがルフェラを恐れると思った?」

「──── !」

「僕がルフェラから離れていくと?」

「だ、だって…」

「僕はどこにも行かないよ。たとえ同じ力を持っていなくて、ルフェラが普通の人とは違うと分かったとしても、僕はルフェラを恐れたりはしない。ましてや離れるなんて…それこそ有り得ない事だよ」

「ネ…オス…」

「少なくともルフェラがそう望まない限りはね。──だから信じて欲しいんだ、僕の事」

 その言葉に涙が出てきて思わず背を向ければ、更なるネオスの優しさが胸に響いてきた。

「ごめん…。ルフェラが言うように、状況を知っている僕から話せば、そんな辛い思いはしなくて済んだんだと思う。それは僕も分かってたんだ。でも、その事に触れて欲しくないみたいだったし、何よりルフェラから話してくれるのを待つべきだとも思ったんだよ。自分の意思ではなく、人から安全だと言われた方に進むだけじゃ何も変わらないからね。ただ…日を追うごとにルフェラの苦しみが増していくのを見ると、どちらの考えを優先すべきか分からなくなって…結局、あの時まで言い出せなかったんだ……」

 〝本当にごめん…〟

 決断するのに時間が掛かったと、最後にもう一度謝るネオスに、あたしは大きく首を振った。

 違う…。謝らなきゃいけないのはあたしのほうだ…。

 ネオスの事は信じられる…口ではそう言いながら、結局言い出せなかったんだもの…。それはつまり、ネオスを信じてなかったという事と同じだ…。ううん、彼だけじゃない。ルーフィンの事だってそうよ。あたしは心の中の不安を打ち消すことができるほど、彼らを信じ切ってなかったんだ…。なのにネオスはあたしの事をちゃんと考えてくれてて、信じ切ってなかったあたしのせいで、彼らにまで辛い思いをさせてたなんて…。

 力の事も、心のどこかではイオータと話せたらそれでいいと思ってたのかもしれない…。それが突然 〝聞く相手を間違えてる〟 と言われ、孤独を痛感した途端、誰かに 〝救いの手〟 を伸ばしたくなった。だから、〝知ってるのにどうして何も言ってくれなかったの〟 と、ネオスを責めてしまったのだ。

 自分の意思で、避けられるかもしれない…という不安に立ち向かおうともせず、安全な道を与えられるまで待つ事しかできなかったっていうのに…。

 なんて…なんて都合のいい人間なんだろう、あたしは…。

 自分の弱さや勝手さにどうしようもなく腹が立ってくる一方で、同じくらい彼らに対して申し訳ないという思いが湧いてくる。

「…めん…ごめん…なさい…ネオス……あたしのせいで……あたしがちゃんと話そうとしなかったから……」

「ルフェラ…」

「…ごめんなさい……」

 ただただ謝るしかないと同じ言葉を繰り返せば、返事の代わりか、ネオスの手があたしの背中に触れ、そのまま腕の中へと引き寄せられてしまった。

 〝もういいから〟

 そんな言葉が聞こえてきそうな温もりと優しさに、あたしの目から更なる涙が溢れてくる。でもそれはさっきまでとは違う、感謝にも似た涙だった。

「この一件が終わったら、またゆっくりと話そう、ルフェラ?」

 そう言ってくれたネオスの言葉に頷くと、ようやく〝ありがとう〟と感謝の言葉を返せたのだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ