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女神伝説  作者: Sugary
第六章
90/127

BS3 タウルの秘密

 タウルが連れて行かれる少し前のこと──


 庭では、ラディが一人単独鍛錬をしていた。

 片足でバランスをとるのはかなり難しく、剣を振るたび体がぐらつき倒れそうになる。イオータのような流れる剣の動きには到底敵わないが、それでも汗が体を流れ落ちるくらいになると、バランスを保ちながら剣の動きに繋がりを出せるようになってきた。

(とりあえず…今日のところはこんなもんにしとくか…)

 満足いくものではなかったが、剣を振ってもバランスが取れるようになったのはひとつの進歩。独鍛を終える区切りにはちょうどよかった。けれど、それ以上に 〝こんなもんにしとくか〟 と思ったのは、右足がつりそうになっていたのと、ミュエリが昼ごはんを温めなおしていているのか、おいしそうな匂いが漂ってきたからだった。

 剣を収めたラディが胸の前で手を合わせると、それまでずっと縁側で見ていたタウルが拍手を送った。

「あ、ありがたいんだけどよ、タウル…その前にこっち来て、手ぇ貸してくれねーか…」

「え…?」

「足、つりそうなんだ──ってか、今つった…」

 その一言に、思わずタウルが笑った。

「やりすぎですよ、ラディさん。──ほら、つかまってください」

「お、おぅ…サンキュ…」

 駆け寄ったタウルの肩を借り何とか縁側まで辿りつくと、早速つった足を伸ばし始める。

「うぉ~、いってぇ~!」

「何も足がつるまでしなくても…」

「まぁ、そうなんだけどよ。少しでも早く上達してあいつに追いつかねーと……足手まといのままじゃ、大事なモンが守れねーだろ?」

「大事なモンって……ルフェラさんの事ですか?」

「そっ。やっぱ、大事なモンは自分の手で守りたいからな。それに、こんな状態でも少しくらい立ち打ちできるようになっておかねーと、お前の事だって守れねーじゃねーか」

「ラディさん…」

「昨日も言っただろ、オレらはお前の味方だって」

「…どうしてそこまで…僕は…役人に追われているんですよ…?」

「あのなぁ、オレには弟が四人もいたんだぜ。悪いことしたかどうかくらい簡単に見抜けんだよ。お前は何もやっちゃいねぇ。少なくとも殺されるほどの大罪はな」

 〝だからお前の事は信じる〟

 口には出さないそんな言葉がタウルの胸に響けば、何か熱いものが頑なに閉じていた心の殻を溶かして視界を滲ませていった。

「お、おぃ…タウル…どうし──」

「ラディ…さん…」

「あ、あぁ…?」

 タウルは意を決するように大きく息を吸った。

「僕が捜しているのは…同じ日に生まれた女の子なんです」

「同じ日って…お前とか…?」

 繰り返した質問にタウルが 〝はい…〟 と頷いた。

「水の月の十二日…その女の子は──」

 ──と言いかけたところだった。突然、庭の扉が開いたかと思うと、そこから入ってきたのは仕事に出かけたはずのディトールの父親だった。

「やっべ…タウル、お前 逃げ──」

「ティオ様…!?」

 咄嗟にタウルを背後に隠したが、一瞬早くその姿を目にした父親が叫んだのは、タウルとは全く別の名前だった。

「ティ…オ…?」

 それが逃げるタイミングを失わせた。

「こんな所に…まさか私の家においでとは……」

「…あ…あなたの…家…?」

 隠れていたためディトールの父親と面識はないが、目の前にいる男の格好は間違いなく役人で…まさか自分の隠れている場所がその役人の家だったとは…。タウルは驚きのあまり言葉を失った。

「ティオ様、私と一緒にお戻り下さい。御両親が心配して──」

「悪ぃけど、タウルは渡さねぇぞ」

 近づこうとしたディトールの父親の前に、ラディがそう言って立ちはだかった。

「どけ。あんたには関係ないことだ」

「関係なくても、タウルはオレらが守るって決めたんだ」

「なんだと? そもそもあんたは私の家で世話になっている立場だろうが」

「そうだけど、それとこれとは話が別なんだよ」

「フンッ! 話にならんな。とにかくそこをどくんだ。さもないと──」

「さもないと、どうなるってん──ぅがっ…!?」

「ラディさん!!」

 最後まで言い終わらないうちにものすごい衝撃がラディの顔面を襲った。殴られたと気付いたのは、奥の壁に激突し口の中に血の味を感じた時だった。

「──こうなるってことだ」

「ってぇ~!!」

「ラ、ラディさん!」

 タウルが壁に叩きつけられ頭を抱えているラディの元に駆け寄った。

「大丈夫ですか!? ラディさん──」

「タウル、お前は逃げろ…」

「え…? あ、でも…」

「ちょっとぉ、さっきからうるさいわよ! 足悪いのに──」

 〝暴れるんじゃないわよ〟 と言いにきたミュエリだったが、部屋にいた人物を目にしてそんな言葉も吹き飛んだ。

「ちょ…ちょっと…どうしてこの人がここに──」

「ミュエリ、タウルを連れて逃げろ」

「え…?」

「いいから逃げろ! 少しくらいなら時間稼いでやるから」

「でも、あなたのその足で何ができるって──」

「いいから行けって!!」

 そう言うや否や、再びその場で立ち上がった。その瞬間、左足に激痛が走った。

(──っ!! くっそ…足がめっちゃ痛ぇじゃねーか…! せっかく治りかけたってゆーのに、また捻っちまったのかよ…!?)

 痛みに顔を歪めたものの、ラディは何とかタウルをミュエリの元に押しやった。そんな気迫にミュエリも覚悟を決めたのか、〝分かった〟 という返事は父親の 〝ティオ様!〟 という叫びとほぼ同時で、父親が逃げようとしたタウルの腕を掴もうと手を伸ばせば、ラディが瞬時にその手を払いのけた。その隙に二人が裏口から駆け出して行った。

「ティオ様、ティオ様って…そもそも、あいつはティオじゃねぇ! タウルだ!! ワケ分かんねーこと言ってんじゃねーぞ!?」

 今や、タウルがティオかどうかなんて関係なかった。人違いでもそうじゃなくても、彼が役人に命を狙われているのは事実で、その危険が今まさに迫っているというのが事実だからだ。

(役人なんかに渡してたまるかよ、このボケッ!)

 とはいえ、まともに戦って勝てる相手ではない。ディトールには悪いが、ここはひとまず足を狙って立てないようにするしかない、と剣に手を掛けた。

(そうなりゃ、少しくらいは家にいてやれるだろ!)

 そんな想いも頭の片隅に浮かべながら。

 ──が、父親はラディの予想に反して…けれどある意味まともな行動に出た。何かの合図のように口笛を吹くと、そのまま踵を返し入ってきた扉から出て行こうとしたのだ。

 相手は片足で立つのがやっとのラディ。逃げた彼らを追いかけたところで、ラディがあとを追えるはずもなく、故にここで時間を無駄にする必要はなかったのだ。

(くっそ…そこに気付いてんじゃねーよ!)

 とにかく今 行かせるわけにはいかないと、ラディは片足で飛び跳ねると、

「待てって、こンのぉ──」

「ぅおっ…!?」

 父親の背中めがけて思いっきり飛び乗れば、その勢いにバランスを崩し縁側から庭の方へと転がり落ちていった。

「は…なさんか…このっ…!」

「誰が離すかっ…くそ親父っ…!」

 転がり落ちた勢いで、背中に飛び乗ったラディも投げ出されたが、後ろから右手で掴んだ前襟だけは離さなかったのだ。

「離せと言ってるんだ!」

「だから、離さねぇって──」

 父親が立ち上がろうとするたび、ラディは掴んでいた襟元をグイッと引っ張り、立てないことを逆手に全体重をかけていた。そのたびに前のめりに倒れそうになる父親だったが、何度目かの時には、さすがに焦りが生じたのだろう。

「くっそ…ジャマだ、どけ!!」

 最後の言葉と同時に、ラディの腹部を思いっきり蹴り上げた…!

「────っ!!」

 つま先がもろにみぞおちに入り、これにはさすがのラディも息ができず、掴んでいた手が緩んでしまった。

「…っ…ぅぐはっ……はぁ…はぁ……」

 息ができたのは、父親がその一瞬をついて庭の扉から出て行ったあとだった。

(くっそぉ…! これでタウルに何かあったら…あいつが死んじまったら、またオレのせいだ…! ミュエリ、頼む…せめてイオータのところまで連れて行ってやってくれ…!)

 殴られた顔、壁に打ちつけた頭、更に捻った左足、転げ落ちて打ちつけた体に、蹴飛ばされた腹部と…痛いところだらけのラディはすぐに立ち上がることもできず、ただただそれだけを強く願っていた。なのに──


「…ディ…! ラディ…!?」

 今にも泣きそうなミュエリの声が聞こえたのは、その僅かあとだった。

「ラディ──」

「ここ…だ…」

 捜すような口調に、ラディが何とか声を出した。その声が聞こえた方にミュエリが振り返れば、庭に蹲っているラディの姿を目にして、慌てて駆け寄った。

「ラディ…ごめん…!! 途中で他の役人に追いつかれて…タウルが…タウルが──」

(くっそ…!)

「ごめ…ん…」

「…別にお前が悪いわけじゃねぇって…オレも…長く引き止められなかったんだ…。そ…それより…ッゥ…な、なんで戻ってきたんだよ…?」

 ここに戻ってきても、役人を探し出し追いかけることなどラディにはできない。ならばそのままイオータたちに知らせに行くべきだったのだ。

 喋るたびに痛むお腹を押さえながら、とる行動が違うだろうと言えば、そんなことは分かっていると早口で続けた。

「タウルに頼まれたのよ、あなたに伝えて欲しいって──」

「オレに…?」

「えぇ…捜し人を見つけて、その子を守って欲しいって…確かめる方法はあなたが知ってるっていうから…だから──」

 こんな時に、何故捜し人を見つけなければならないのか、そして守らなければならないのかは分からない。ラディ自身、頼まれる理由も分からなかったが、〝確かめる方法〟 と聞いてハッとした。

「ラディ…?」

「あ…あぁ、分かった。とにかく、オレたちだけじゃどうにもならねぇからな…みんなの所に行くぞ、ミュエリ…」

「う、ん…分かった」

 立つのがやっとだというのはミュエリにも分かっていた。けれど、ここで休んでいるように言ったところでラディが聞かないのは、それ以上に分かっている事だ。自分がラディの立場でもやはりここで大人しく待ってはいられない。故に、ミュエリは何も言わずラディに肩をかしたのだった。




 それからしばらく後──

 ある場所から戻ってきたイオータが、人ごみの中でぎこちなく歩く二人の姿を見つけた。後姿ではあるが、それがラディとミュエリだというのはすぐに分かった。

(──ったく、あのバカ。あれだけ大人しくしてろって言ってんのによ…。にしても、よくミュエリが大人しく肩 かしてんな?)

 嵐でも来るんじゃねーか…と空を見上げたが、

(雲ひとつない青空、か…)

 雨さえ降りそうもない空に、イオータはフンと鼻で笑った。そして再び顔を戻すと、二人のもとに駆け寄って行った。そして──

「なぁ~んだ、ラブラブじゃねーか、お前ら?」

 面白半分に驚かせてやろうと背後から囁いたのだが、振り返った二人の表情に驚いたのはイオータのほうだった。

「どうした…!?」

 ラディの顔のアザはもちろん、一目見て何かあったと分かる。

「イオータ…」

「なん…で…お前がここに…ルシーナの所に行ったんじゃなかったのかよ…?」

「あ…? あぁ、オレはちょっと調べたい事があって途中で別れたんだ。それより、何があった?」

「何って──」

「タウルが…役人に連れて行かれたのよ…!」

「なに…!?」

「突然ディトールのお父さんが帰ってきて、タウルを見つけたの…。ラディが時間を稼ぐからって、その間にタウルを連れて逃げたんだけど、途中で別の役人が追いかけてきて──」

「あいつ…口笛を吹きやがったんだ……」

「仲間を行かせた…か」

「あ…ぁ、多分な…。オレも…あいつを引き止められなかったしよ……」

 独り言のような責め口調に、イオータは小さな溜め息をついた。

「仲間がいたんならしょうがねーだろ、自分を責めんな。それにその足じゃ、オレがお前でも引き止められなかったさ」

「……………」

「──それより、あいつを連れ戻さねーとな」

「あ…あぁ。けど、オレもあいつに頼まれた事があんだ」

「頼まれた事?」

「捜し人を見つけて、守って欲しいって……確かめる方法は──」

「あぁ…あいつと同じ日に生まれた女の子、だろ?」

「は…?」

 言おうとした事を当然のように答えられ、ラディはもちろんミュエリも驚いた。

「な…んで、お前が知ってんだよ…?」

「調べた結果だ」

「調べたって──」

「いいか、よく聞け」

 細かい事はこの際どうでもいいとばかりに、イオータはラディの言葉を遮ると声を潜めた。

「タウルはこの街を治めている統治家の息子だ」

「は…?」

「しかも現統主の一人息子で、名前はタウルでなくティオ」

「ティ…オ…!?」

 その名に二人が驚いた。けれどもっと驚いたのはそのあとの言葉だった。

「けど、現統主の本当の子供は…息子ではなく娘だったんだ。おそらく、生まれた時にすり替えられたんだろ」

「────ッ!!」

「分かるか?」

「あ…つ、つまりタウルが…ぁいや、ティオが捜してんのは──」

「現統主の…本当の子供…ってこと…?」

「あぁ」

「でも、どうしてそんなことが…?」

「さぁな…」

「そんなことより、なんであいつが殺されそうになってんだよ…? しかも捜し人を守って欲しいってことは、その女の子の命も危ないってことだろ?」

「確かな事は分かんねーが…まぁ、ありきたりな理由じゃねーのか?」

「ありきたりって…何だよ?」

「決まってんだろ。ああいうところで起こるのは、大抵 権力争いだ」

「────!!」

 つまり、次期統主を狙う者が一部の役人を使って二人を殺そうとしているという事だった。

(問題は、ティオを連れて行ったヤツラが 〝どっちか〟 って事だな…)

 イオータはそれを確かめることにした。

「ま、そういう事だからよ、お前らは他のみんなにこの事を伝えといてくれ」

「伝えといてって…お前は来ないのかよ?」

「とりあえず、あいつの無事を確かめてくる。万が一の時は、助け出せるよう見張っておくから、お前らは役人より早くその 〝捜し人〟 を見つけ出すんだ」

「あ、あぁ…」

「それから、一応これも渡しておく」

 イオータはそう言うと、いつかの時と同じように腰に差していた短剣を抜いてラディに手渡した。

「ネオスかルフェラに持たせてやってくれ」

 ──そう、付け足して。

 そうしてラディが 〝分かった〟 と頷けば、それぞれがそれぞれの目的の場所へと向かったのだった。

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