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女神伝説  作者: Sugary
第二章
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4 雨の村の理由

「い…ま…なん…て……?」

 それまでの話も信じられなかったが、最後の言葉は耳を疑うものだった。

 搾り出すようにそれだけ言えば、ユージンは顔色ひとつ変えず、同じ言葉を繰り返した。

「あの子を葬って欲しいのじゃ、そなたの手で」

「────!!」

 言葉を失うあたし達に構わず、ユージンは続ける。

「この村を救う事ができるのは、救い人である そなたのみ。そして、その方法は、呪われし子を葬り去る事だけなのだ。それで全てが解決する。これ以上 犠牲者を出さないためにも、どうか、この村を救ってはくれぬか!?」

 〝このとおりじゃ…〟 と頭を下げる二人を見て、何が言えるというのか…。

 何も…何も言えるわけない!

 〝分かった〟 なんて、誰が言えるの!?

 あたしはこの場にいるのが耐えれなくなって、気付けば部屋を飛び出していた。後ろでは、ネオスかラディがあたしの名前を呼んだ気もしたが、そんなの今はどうだっていい。

 階段を駆け下り、宿の外に出ようとすれば、入り口に集まる村人たちが目に入り、慌てて、裏口へとまわった。

 ルーフィン──!!

 彼のいる小屋に向かいながらも、すぐに、鍵がかかっていることを思い出し、裏口近くにいた女性──宿で働いている人──に、思わず叫んだ。

「ルーフィンを出して!」

「え…?」

「小屋よ! 小屋の鍵を開けるの! 早く!!」

 女性は、切羽詰った叫びに驚き、分けが分からぬまま、急いで鍵を取りに行った。

 戻ってきて鍵を受け取ると、あたしは一目散にルーフィンの元に行き、鍵を開けた。そして、ルーフィンが 〝どうしたのですか?〟 と話しかける前に、その小屋を飛び出した。

 どこに行こうというのはなかった。でも、ジッとしてられなかったのだ。雨の中を無我夢中で走り抜ける。ただ、村人がいない方へいない方へと──


 あ…たしは…いったい、何を言われたのよ…!?

 あの人は…何を言ってたの!?

 そうよ…何を言ってたのよ!?

 呪われし子…!?

 雨が止まない村…!?

 そんなの…あるわけないじゃない!!

 あの子を…葬るしかないって…いったい、あの人は何を言ってるの!!

 救い人なんて知らない…知らないわよ…!!


 そう心の中で叫び、頭の中で響くユージンの言葉を振り払おうと、更にスピードを上げようとした矢先──

「────ッ」

 ぬかるんだ地面に足を取られ、思いっきり転んでしまった。

 雨でできた大きな水溜りに体ごと飛び込み、目はもちろん、僅かだが、口の中にまで泥水が入ってしまった。

 あたしは、その水溜りの中で上体だけを起こし、座り込んだ。膝や手の平から滲む赤い血を目にして、思わず涙が溢れてくる。

 もちろん、痛さからじゃない…。

『大丈夫ですか、ルフェラ…いったい…どうしたというのです?』

 体の中に流れてくるルーフィンの声に、あたしの涙は一層止まらず、ただただ、彼を抱きしめるだけだった。

 ルーフィンもすぐには無理だと思ったのか、しばらくは何も言わず、ジッとしていてくれた。

 それでも、ある程度泣いて落ち着きが戻ってくるのが分かると、ルーフィンは再び話しかけてきた。

『──いったい、どうしたのですか、ルフェラ?』

 あたしは、涙を拭うと、周りに誰もいないことを確かめ、ユージンに聞かされたことを思い出しながら、話し始めた。




 ユージンが笑い、気持ちが和らいだ次の瞬間、彼女の顔から笑みが消えた。

「今日は、大事な話をしにきた。聞いてくれるかのぅ?」

「…は…い…?」

「……ワシらは、そなた達──いや、そなたを待っておった。獣を従えた、救い人をな」

「救い…人…」

 昨日から疑問に思っていた言葉。

 そして今朝、ルーフィンから、あたし達を待っていたという事を聞いたため、驚きはしなかった。

「そなたは、雨の村というのをご存知か?」

「雨の…村…ですか? いいえ…」

 あたしは首を振った。

「雨の村というのは、この村のことでな…。信じられないだろうが、この村は二年ほど前からずっと、雨が降っておるのじゃ」

「二年前からずっと…?」

 そんなこと──

「そんなことあるわけがない…そう思うだろう。だが、事実なんじゃよ」

「…でも、どうしてなの…?」

 質問したのはミュエリだった。

「呪われし子の仕業じゃよ」

「呪われし子…!?」

 恐ろしい言葉に、繰り返したミュエリはそのまま手で口を隠し黙ってしまった。その代わりに質問したのはラディ。

「〝子〟 …ってことは、まだ子供なのかよ…?」

「ああ。十二歳の子供じゃ。ローディに聞いたが…そなた達も、昨日会っておるぞ」

「オレらが…!?」

 そう言ったもの、すぐに見当がついた。

「も…しかして…あの女の子…!?」

「そうじゃ。雨の中、空に向かって呪いの言葉を呟いていた、女の子だ」

「ま、まさか…?」

 ユージンは首を振った。

「あの子の母親は、もともと心の蔵が弱くてのぅ…彼女が十歳の時、それが原因で亡くなってしまった。だが、母親が亡くなったのは村人のせいだと思ってな…ワシらに復讐しておるのだ。昔から不思議な力を持っておった彼女は、母親が亡くなったその日から、雨を降らし続けておる。雨のせいで、食料はまともに採れず、今は他の村から支援してもらってる状態だ。しかも、川は氾濫し、土砂崩れまで何度も起きて…その災害で命を落とした者も多数いる。先ほど乗り込んできた男も、その被害者の一人でな。幼い一人息子を、亡くしているんじゃよ」

 そう言われ、男が口走っていた言葉を思い出した。

「…それで…〝あいつのせいで俺の子供が…〟 って…?」

「ああ」

「け、けど…それなら、言やぁいいじゃねーか。その子の母親が亡くなったのは、ただの病気だって。それで誤解を解けばいいだけの話だろ?」

「いや…。確かに、一番の原因は病かも知れぬ。だが、あの子の力を恐れた村人が、あの親子をこの村から追い出そうとしたのも、また事実なのだ。心労が溜まった故に、発作を起こしてしまった可能性も、大いにある」

「そ…れじゃぁ…村人のせいっていうのは当たってんじゃねーかよ」

「ああ、その通りかも知れぬな…」

 ユージンは悔やむように、溜め息をついた。

「ワシも、彼女たちを守ろうとはしたんじゃよ。先読みの力では、彼女たちに悪い陰はなかったからのぅ」

「先…読み…?」

「そうじゃ。ワシには、特殊な道具を使って、未来の事を予言する力がある。村人は困った事があると、ワシの所にやってくるのだ。故に、頼り人と呼ばれるんじゃがの…。その先読みでは、あの子の不思議な力に悪い陰は見られなかったのじゃ。だが、一度持った疑念というのは、ちょっとやそっとで消えるものではない。その力を目の当たりにすれば、尚更な。故に、ワシは提案した。お前らの為に、この村を出てはどうか…と」

「出て…いかなかったのですね?」

 即座に聞いたのはネオスだった。

「その通り。当の本人は、母親が一緒ならどこにでも行くと言ったのだがな…。母親の方は頑なに拒んでいた。その結果…村人たちの仕打ちがエスカレートしていったのじゃ…」

「そんな…どうして出て行かなかったのよ…?」

 ようやく、ミュエリが口を開いた。

「さぁ…ワシにも分からぬ…」

 何をどう言っていいか分からなくて、あたしはずっと黙っていた…。他のみんなもそれ以上の言葉は出てこなくて、また、しばらくの沈黙が続いた。

 そんな時、再び口を開いたのはラディだった。

「そ、それで…その事とルフェラとどう繋がるんだ?」

「それは…先読みの力でな…この村を救ってくれる 〝救い人〟 として、そなたの事を知ったのじゃ。獣を従えた者が西より現る…とな」

「そ…れが…あたし…!?」

「そうじゃよ」

「あ…でも…あたし…この村を救うなんて…何がなんだかよく分からないし…何をどうすればいいかも──」

「簡単な事じゃ…いや、そのこと自体は難しいかも知れぬが…することは決まっておる」

「…な…に…?」

 〝そのこと自体は難しい〟 と聞き、恐る恐る問いかければ──

「──呪われし子を葬むるのじゃ」

「────!!」




 それが、ユージンから聞いた話だった──

 さすがのルーフィンも驚いていたが、冷静さは失わなかった。

「葬るって……葬るってことは…あの子を殺めるってことよ、ルーフィン…!? そんなのできるわけない!!」

『そうですね…。ではどうしますか?』

「…どうするって…」

『この村の問題は、あくまでも、この村の問題です。たとえ、先読みの力で 〝救い人〟 が現れると言っても、それは彼らが信じているだけのことです。あなたが、この問題に関わらないと決めるのなら、明日にでも村を出る…というのも、ひとつの方法だと思いますが…?』

「村を…?」

『はい。ただし、彼らも必死ですから、そう簡単には出させてもらえないかもしれないですけど』

 ──考えもしないことだった。

 そうか…。

 あたしはただの通りすがりの人…。たまたま日の出る方に向かったってだけで、ここにきたのは偶然だったのよ。それをあの人たちが勝手に思い込んだ…あたしが 〝救い人〟 だって。

 ついさっきまで、何が起こってたかなんて知らないのに、救えるわけないじゃない…。

 ルーフィンの言葉に、あたしはとても救われた気がした。

「…出るわ…明日の日の出前に…」

 気付けばそう言っていた。

『分かりました…。では、小屋の鍵もちゃんと手に入れてくださいね』

「もちろん。上手く拝借するわ」

 冗談とも思える口調でそう言うと、あたしはやっと立ち上がり、宿に帰ることにした。



 あたしたちが帰ると、既にユージンたちの姿はなかった。

 少し前に帰ったらしい。

 びしょ濡れで、泥まみれ…しかも、転んだ時の傷口から滲む血を見て、ローディはもちろん、ネオスたちも驚いていた。けれどそれ以上に驚いていた理由は、飛び出した時に比べて、断然、あたしが平気そうな顔をしていたからだろう。

 あたしは、勧められるがまま お風呂に入り、傷口には薬草を塗ってもらった。

 一段落すると、急にどっと疲れが出てくるもので…あたしは大事な話──明日の朝、日の出前に村を出る計画──をする前に、しばしの休息を取ることにしたのだが……。

 それを実行するどころか、ネオスたちに伝えることすらできなかった──

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