7 闇の中に見えた現実 ※
そろそろ帰ろうか…という時になっても、ディトールの両親はまだ帰ってこなかった。ある意味それはそれで助かるのだが、これがディトールの毎日だと思うと、何だかとても悲しくなる。しかも、普段は彼一人なのだ。
両親が健在で、さほどお金には困らず、食事だって栄養を考えて作ってくれる人がいる。
着る物も食べる物もギリギリで、体の弱い母親しかいないルシーナに比べたら、どちらが幸せかは考えなくとも分かることで……なのにルシーナを見ていると、そうじゃないと思えてくるのは、きっと気のせいなんかじゃなく、事実 〝そうなんだろう〟 と思った。
少々家が貧しくても、母親が病弱だったとしても…たとえ父親が役人に殺されたとしても、親が傍にいて溢れんばかりの愛情をもらえるルシーナの方が、そうじゃないディトールに比べてよっぽど幸せなのだ、と。
帰り道、前を歩くルシーナの笑顔を見ながら、あたしはついさっき別れたばかりのディトールを思い出し、やるせない溜め息を吐き出した。
その直後、
「やっぱり後悔してるんじゃない、おねえさん?」
「え…?」
あたしの視線か、それとも付いた溜め息が聞こえたのか、ルシーナが振り返りそう言った。
「うちに連れてきたほうがよかったかも…って思ってるんでしょ?」
一瞬 誰の事を言ってるのか分からず──ディトールの事を思い出していた為── 〝連れてくる…って彼を?〟 と心の中で聞き返したが、すぐにそれがタウルの事だと気付き首を振った。
実は、帰り際ディトールが不安そうに尋ねてきたのだ。
本当にタウルをここに置いていていいのか…と。
ルシーナは、役人に追われているという同じ立場だからか、こんな街中より少し離れた自分の家に連れて行ったほうが絶対安全だ…と一緒に帰る事を提案した。もちろんディトールが不安に思っているのはタウルが言ったそれではなく、役人補佐である自分の父親に見つかってしまう可能性のことなのだが…。
口にする事のできない不安を理解したのはあたし達だけで…故に、考えている事をお互いの顔で確認するように見合わせると、
「剣術に長けたイオータと一緒にいるほうが安全だから」
──と、一般的に納得する理由を口にしてタウルを任せたのだった。
あたしは、その時の事を思い出しつつ、もう一度改めて首を振った。
「いいのか悪いのか…イオータは、ああいう経験を何度もしてるから、戦い方はもちろん、逃げ方も含めて身を守る方法は誰よりも知ってるのよ。危険な気配も感じられるし、素人同然のあたし達といるよりは……」
〝イオータに任せた方が安心なの〟 と続けようとしたその時だった。
「──ッ!?」
「ルフェラ!?」
また、突然の闇に襲われ、大きくグラついたのとネオスが瞬時に支えてくれたのはほぼ同時だった。
「ルフェラ、大丈夫かい…?」
「おねえさん…また眩暈なの…!?」
「とりあえず座らせた方がいいわ。大丈夫、ルフェラさん?」
『ルフェラ…また 〝闇〟 ですね?』
『あ…ぁ…ルーフィン……そうよ、また真っ暗になって……』
暗闇の中、みんなの声に混じって聞こえたルーフィンの言葉に、あたしは反射的に心の中で答えていた。
〝大丈夫よ〟 とか 〝目の前が真っ暗なの…〟 と説明する状況でないのはもちろん、誰よりもあたしの現状を分かっているルーフィンの方が話しやすかったからだ。
目を閉じたままの状態で、ゆっくりと地面に座らされる感覚を受けながら、あたしは再び体に触れるルーフィに問いかけた。
『…どうして…何度もこんな…?』
『また、見えるかもしれませんよ?』
『…え?』
〝またすぐ見えるようになる〟
そういう意味かと思ったのだが、次に起きた現象にそうじゃないと悟った。
『────!?』
三日前の時と同じように周りの音が消えたと思ったら、何かの映像がフッと闇の中に浮かび上がったのだ。ただ三日前と違うのは、ものすごく暗くて見え辛いことだった。
これは…何…?
微かに見えるのは、色んな大きさの黒い物体。それがあちこちに散らばっていて、いったいそれが何なのか検討もつかなかった。けれど、暗闇に目が慣れるように次第に見えてくると、そこが家の中だという事が分かってきた。
誰の家…? どうしてこんなに物が散乱してるのよ…?
そう心の中で問いかけた矢先、あたしはその映像に見覚えがあることに気付いた。
ここって──
まさかと思いつつ浮かび上がる映像に見入っていると、その 〝まさか〟 を決定付けるものが目に入る。
赤い線のついた矢羽根だ…!
心の臓がドクン…と強く打った。──と次の瞬間、目の前を数人の男たちが横切り、バタバタ…と裏口から出て行く姿が見えた。
あいつらの…仕業…!?
「…あっ…ルフェラ…!?」
目の前にその男たちがいるわけではないのに、気付けば反射的に闇の中で逃げた男たちを追いかけるように駆け出していた──
なん…なの…?
これは夢…?
それとも幻…?
どうしてそんな映像が見えたのか、その映像が現実かどうかさえ分からない…。見たこともない場所なら、三日前と同じように何もしなかった。だけど現象が何であれ、そこはルシーナの家に間違いなく、更には作ったばかりの矢が見えれば、ジッとなんかしてられなかったのだ。
何か嫌な胸騒ぎを覚えつつ、あたしは夢中でルシーナの家に向かった──
あともう少し…!
お願いだから…間違いであって…!
そう願いながら最後の階段を登りきったあたしは、玄関を目の前にして立ち止まった。
この扉の向こうに、闇の中で見えた光景が広がってたら…?
そう思うと、怖くてすぐには開けれなかったのだ。
『ルフェラ…?』
『…う…ん…』
背中を押すようなルーフィンの声に、あたしは手の平に掻いていたじっとりした汗を拭った。乱れ打つ心の臓や呼吸も、二・三度深呼吸をして整える。そして意を決するように唾を飲み込むと、ようやくその扉に手を掛けた。──とその時、
「おねえさん!」
突然、ルシーナの声が聞こえて驚いた。振り向けば、ちょうど階段の中腹を駆け上がってくるところだった。
「ルシーナ…!?」
正直、あたしはこの時までルシーナが追いかけてきたのはもちろん、ルーフィン以外のみんなを置いて一人走ってきたことに気が付かなかった。とにかくルシーナの家に行かなきゃ…その一心だったからだ。
「…はぁ…はぁ…急に、どうしちゃったの…おねえさん…?」
「…あ……一人…で…?」
やっと追いついた…と両膝に手をついて呼吸するルシーナに、あたしは何て答えていいか分からず、思わずそんな質問をしていた。
「は…走るの…得意だから、あたし……。それに…はぁ…はぁ…お母さんはおにいさんに任せた方がいいと思ってさ…。けど…ダメじゃん、おねえさん…」
「え…?」
「眩暈してるのに…そんなに走ったりしたら…」
「…あ……」
「でもまぁ、それだけ走れるなら…大丈夫って事だよね…」
そう言いながらあたしの顔を見て安心したのか、急に走り出した理由のことなど忘れてしまったように、玄関の扉に手を掛けた。
「ちょ…ルシーナ、待っ──」
止めたところで何がどう変わるわけでもないのに、反射的にそう言っていた。けれど、〝待って〟 と言った時には既に扉は開けられていて、故に差し込む月の光で見えた中の光景に、あたしとルシーナはハッと息を呑んだ。
既に、玄関を開けた所から物が散乱していたのだ。
「な…に、これ……?」
数秒の間があってようやく声を発したルシーナが、動揺しながらも更に部屋の奥へ確かめに入った。そして何かに躓いたり蹴飛ばしたりしながら点けた明かりの下で見たものは、あたしが闇の中で見た光景と全く同じものだった。
机やタンスはひっくり返され、中にあったものも全てぶちまけられている。物があまりなく広く見えていた部屋も、今や足の踏み場もないほど散らかっているのだ。
家を出る前と同じ場所に置いてあるものなどひとつもなく、ネオスの弓矢さえも投げ捨てられたように転がっていた。
どう…いうこと…?
どうして荒らされたのかとか、誰による仕業なのかという疑問よりも、何故、闇の中で見えた光景と同じなのか、あるいは何故、闇の中でこの光景が見えたのか…という疑問の方があたしには強かった。
「…あい…つらだ…」
「…え?」
怒りで震える声に目を向ければ、ルシーナの手には雑に破かれた紙の切れ端が握られていた。その紙に描かれていた絵の一部から、ディトールが持ってきたものだというのがすぐに分かった。
「あいつらがやったんだ…薬草を扱ってる証拠を見つけようとして、あいつらがメチャクチャに──」
〝許さない!〟
そんな叫びを無言で残すと、ルシーナは 〝あいつら〟 を追いかけるように開いていた裏口から飛び出して行った。
「ルシーナ、待って…! ルシーナ!!」
慌ててあたしも追いかけたが、走るのは得意と言っただけあって、すぐには追いつけない。それどころかどんどん離されていくではないか…!
裏口はそのまま森の中に続いていて、夜で周りが殆ど見えないとはいえルシーナにとっては庭みたいなものだ。どこに何があるのか、危険な足場だって分かってるはず。あたしはルーフィンが走ったところを駆けるだけで精一杯だった。
ルシーナ、お願いだから戻ってきて…!
今追いかけたって、あいつらがいつ荒らしていったかなんて、あんたには分からないでしょ…!?
「ルシーナ…! ルシーナ!!」
確かに闇の中で見たあたしには、あれがついさっきの事だというのは分かる。でも、だからこそ追いかけて欲しくない…。だって、家を荒らしたのは一人じゃないんだもの…!
「ルーフィン、お願い! 転ばせてでもいいからルシーナを止めて!!」
このままでは見失ってしまうと、ルーフィンにそう叫べば、一気にスピードを上げてあたしの元から離れて行った。そして僅かな間があってから、〝きゃぁ…〟 というルシーナの声と共に、枯葉の上を転ぶような音が聞こえてきた。
それでもすぐに立ち上がって走り出そうとしたのだろう。
〝離してよ!〟
〝邪魔しないで!〟
そんな声が揉み合うような音に混じって聞こえてくる。その声と音を頼りに、ようやく彼女に追いつけば、ルーフィンが服の裾に噛み付き、それを離そうと二人が引っ張り合っているところだった。
離すまいとするルーフィンと、服を引きちぎってでも離そうとするルシーナ。最悪そのまま引きずって行きそうなほどだ。そんな力に服も耐えられず、ビリッ…と音がした為、あたしも咄嗟にルシーナの腕を掴んだ。一瞬、汗で滑ったが、すぐに掴みなおす。
「…ルシーナ、待って…! 落ち着い──」
「は…なして…! あたしもう…我慢できないの!!」
「だからって、今あいつらのところに行ってどうするの!?」
「決まってんじゃん! お父さんと同じ目に合わせてやるのよ!!」
「そんなこと…できるわけないでしょ!? 相手は役人なのよ!? それも一人や二人じゃない! 反対に殺されるわ!!」
「そんなの平気よ!」
「────!!」
「あたしはお父さんの仇が取りたいの! 仇さえ取れれば殺されたっていい! 死ぬことなんて怖くないもん!!」
「バカなこと言わないで! あたしやあんたが刃を向けたところで敵う相手じゃないことくらい分かるはずよ! 刺し違えるどころか、傷のひとつも負わせられやしないわ!!」
「──ッ!」
「それに、お母さんはどうするの!? あんたのお父さんが殺され、その上、仇を取りに行ったあんたまで殺されたら…お母さん、生きていけないわよ!?」
自分で言って、何て残酷なんだろう…と思った。言葉そのものじゃない。残酷なのは、たとえルシーナが殺されなくても、今 仇を討ちに行くのをやめたとしても、彼女の母親はもうすぐ死ぬという未来の事実だ。そして、それを知っていながら──ルシーナを止める為とはいえ──母親の事を引き合いに出してる自分自身だった…。
なんて…なんて残酷な人間なんだろう、あたしは…。
自分で自分が嫌になり、どうせ母親が死ぬ運命ならば、彼女のしたいようにさせた方が幸せなのか…と、引き止める手から力が抜けていけば、比例して彼女の勢いも弱まっていった。
「…たし…あ…たし…まだ死ねないんだ…」
「ルシーナ…?」
何かを思い出したようにそう言うと、ルシーナの目から見る見るうちに涙が溢れ、力が抜けたようにその場に座り込んでしまった。
「あたし…お母さんの病気を治してからでないと…死ねない…。あたしがお母さんの病気を治さなきゃ……だってその為に…その為だけに薬草を調べてたんだもん…」
「……………!?」
その…為だけに…?
あたしの胸に何かがチクリと刺さった気がした。
「もしかして…お父さんもそう思って…?」
そう聞けば、ルシーナは静かに頷いた。
「でも…お父さんはそれだけじゃなかった…。お母さんの病気を治すっていうのはあったけど、同じくらいみんなの為にって思ってたの…。病んでる人が少しでもよくなれば…そういう人が増えれば、きっと今の法律も変わる…ううん、変えてやるんだって…。でもあたしは…そんなのどうでもよかった…。誰かを助けるとか、法律を変えるとか…そんなのどうでもよくて…ただ、お母さんの病気を治したかっただけ…」
なんて…ことだろう…。
なんてイジワルな運命なんだろう…。
ルシーナのその想いに、あたしの胸の痛みが更に広がった。
母親の病気を治したい…ただそれだけを願って、大罪とされる薬草を研究し続けていたルシーナ。自分の命と引き換えに父親の仇を取りたいという想いさえ、たった今 押さえ込んだというのに…そうさせた理由が、あと数日で死んでしまう母親を救いたいという気持ちだったなんて…。
母親が死んだら生きていけないのは、ルシーナのほうだ…!
こんなのって…こんなのってないわ…。でも、だからってあたしに何ができる?
死の光は変更可能とされる紫色じゃない、黒色なのよ!?
〝運命は軽くない〟
〝何でもできるからといって何でもしていい事とは違う〟
〝運命を変えれば、周りの人間の運命に歪が生じる〟
〝運命を変える事は神の領域を侵すことだ〟
ルシーナの為にも母親を助けてあげたい…そう思えば思うほど、イオータの言葉が頭の中をこだました。
分かってる…イオータの言う事が正しいんだってことは。だけど、やっぱり頭で分かっていても感情がついていかない…。〝決断〟 すべき事は分かっているのに、そう決断したくなくて…結局、慰めの言葉すら出てこない自分に涙が出てきてしまった。
「…ご…めん…ごめんね、ルシーナ…ごめん……」
あまりにも無力で、あまりにも情けなくて…そして、自分では決断できない心の弱さに、気が付けばルシーナの腕を掴んだまま何度もそう繰り返していた。
「や…だ…何でおねえさんが謝るの…? おねえさんはあたしを止めにきただけじゃん…なのになんで…」
あたしの言葉に、まるで謝る理由が分からない…と戸惑ったのは当然ながらルシーナのほうで…けれど、しばらくするとその声も聞こえなくなった。その事に気付いたのはルーフィンに名前を呼ばれたから。ふと俯いていた顔を上げれば、何かに驚いているルシーナの顔が目に入った。
頬は濡れているが、涙は既に止まっている。
「ルシーナ、どう──」
「…なに…したの…?」
「え…?」
〝どうしたの…?〟 という言葉を遮ったその質問を、あたしはすぐに理解できなかった。
「なに…って…どういうこと…?」
さっきよりルシーナの表情がよく見えることを不思議に思いながらもそう尋ねると、再び同じ質問が繰り返された。
「今…何したの、おねえさん…?」
「今…って…」
ワケが分からずそう繰り返したところで、あたしはルシーナの目がある一点を見つめたままになっているのに気が付いた。極自然にその視線の先をゆっくりと辿ってみる。──と、そこで目にしたものに、あたしはルシーナ以上に驚いてその手を引っ込めてしまった。
「…治…したの…?」
「え…あ…ぁ……」
ルシーナには見えないであろう青白い光。それが彼女の腕を掴んでいたあたしの左手を包み込んでいたのだ…!
手を離してもルシーナの腕にはその光が残っていて、彼女の表情がよりハッキリと見えたのはこのせいだったんだ…と思うと同時に、最初に腕を掴んだ時に滑ったのは、汗ではなく彼女の血だったという事にも気が付いた。
転んだ時に切ったのだろうが、青白い光に包まれたその傷口は、今や跡形もなく消えている。
「おねえさんの…力…? そんな力があったの…?」
ち…から…?
ルシーナのその言葉に、握り締めていた左手を恐る恐る開いてみれば、手の平にはルシーナの血と共に、青白い光が少しずつだが溢れてくるように見えた。
あたしの…ちから…?
〝もうそろそろ、潜在してる力に気付いてんだろ?〟
〝天の煌…つまり月の光は邪悪なものを弾き、宵の煌は相手からの攻撃を沈め、無力化するのさ〟
〝ね…ぇ、宵の煌には他にどんな作用があるの…? ラミールの記憶が戻った時、動けないあたしにこの力を使ったでしょ…? 心の臓の発作を起こした時も、少しだったけどこの光を見たのよ、あたし……〟
〝あ~…まぁ、使い方によって変わるからな、色々だ〟
数日前のイオータとの会話が蘇ってきた。
宵の煌は、怪我をも治してしまう力…?
その力があたしにもあって…それが目覚めたってこと…?
〝オレとあんたは同じ系統ってだけで、決して同じじゃぁない〟
だけど、全く同じ力が…同じ色の光がこの手に溢れてるのよ……!? 同じ系統ってどういうこと? 決して同じじゃないって、いったいあんたと何が──
「治して…!」
〝何が違うっていうのよ!?〟
そう心の中で続けようとした時、突然体が大きく揺れ、叫ぶようなルシーナの声が聞こえた。ハッと我に返り見てみれば、さっきとは逆にルシーナがあたしの両腕を掴んで揺らしていた。
「お願い、おねえさん…お母さんの病気を治して…!」
「ル…シーナ…?」
「治せるんでしょ? その力なら、きっとお母さんの病気も治せる…そうでしょ!? お願い、おねえさん…もう悪い事しないから……やめろって言うんなら、役人に刃も向けない…! だから…だからお願い! お母さんの病気を治して…!!」
「────!!」
しがみつくようにお願いされ、あたしの胸が張り裂けそうになった。
母親の病気が治るなら、敵討ちだってやめる…。何年も憎しみ抱いてきたその想いを捨ててもいいと思わせるほど、ルシーナは母親の病気が治って欲しいと願っているのだ。
この力で母親の病気を治すことができるなら、是が非でも治してあげたい…!
あ…ぁ、なのに…!
左手の光は想いとは裏腹に、あたしの見ている前で消えていくではないか…!
だめよ…消えないで……消えちゃだめ…その光が必要なのよ…!
今すぐというわけじゃない。だけど、使いたい時に使えなければ意味がない。どうやってその光を出すのか…左手を開いたまま力を入れてみたり、もしくはギュと握ってみたり…いろいろと消えつつ光を見ながら試してみたが、無情にもその光が反応することはなかった。
どうして…どうしてよ…どうして消えていくの!? ルシーナのお母さんにはこの力が必要なのに…どうすれば──
『ルフェラ、死の原因は病気ではありません』
『…………!』
冷静すぎるほど冷静なルーフィンの言葉に、たとえ力が使えても、これは無意味な事なんだと知らされた。
「おねえさん…?」
「…あ…ルシーナ…ご…ごめん……あたしにはできない…」
「どう…して…? だって今──」
「初めてなのよ…こんなの…。あたしに…傷を治す力があるなんて…どうやってその力を出したかさえ分からないの……」
「…お…思い通りに…使えないってこと…?」
そんなルシーナの絶望的な言葉に、あたしは絶望的な答えを返すしかなかった…。
「ごめん…ルシーナ…」
「そん…な…」
一日でも早く治したい…その願いを叶える 〝希望〟 が絶たれたと、あたしの腕を掴んでいたルシーナの手が力なく離された。そしてほぼ同時に聞こえたのは、あたし達を捜すネオスと母親の声だった。
「…ルシーナ…帰ろう…?」
自分の無力さを痛感しながら、あたしは項垂れるルシーナにそれ以外の言葉を掛ける事ができなかった…。